ぼっち
二ヶ月と十日。九条今宵が詩乃と出かけてから経過した時間だ。
すぐに帰ってこないということは、あっちの世界で何らかのトラブルに巻き込まれているんだろう。だがそれを知る方法は無い。
そして不思議な事にうちの学校の連中は皆、九条今宵と水沢の事を忘れていた。……いや、忘れていたというより、そもそも知っていないというのが正しいな。多分詩乃も同じだろう。
「あれから俺の能力も使えなくなったしなー、覚醒したみたいでかっこよかったのに」
魔力を増減する能力。俺が以前に使えるようになった魔法である。
この能力は無から何かを生み出す能力ではない。所詮、誰かの能力に足し引きするだけだ。俺自身に魔力を生み出す方法が無いので、無価値も同然になってしまった。
「あーあつまんねー。魔女でも何でもいいから目の前に降ってこねぇかな」
ぶつくさと文句を言いながら、教室のドアを開ける。
そういえば、九条今宵が居なくなってから変わった事がまだあった。
「お、おはようっ! 今日もいい天気だな!」
俺はドアを開けてすぐに、爽やか(自己評価)な声で挨拶をした。声が若干裏返ったのはご愛嬌って事で。
そんで変わった事というのは、少しは自分から話しかけるようにした事だ。人に対して壁を作っていたら超えようとする奴はそうそう居ないが、低い壁なら越えてみようとする奴も案外居る。結局は自分次第である程度は変えれるという事だ。それこそ九条今宵みたいに壁を蹴破る馬鹿も居るかもしれないが、今のところそんな馬鹿は九条今宵だけである。
「おう白井、早いな」
クラスメイト達はまだ若干の戸惑いがあるが、サッカー部の田代君は爽やかに返事をしてくれた。ちなみに彼とはあまり話した事はないが、気さくに話しかけてくるあたり、俺とは比べ物にならないコミュ力の持ち主だ。その後、途切れ途切れに他の人も挨拶を返してくれた。
「ま、まぁな」
話しかけた以上変な空気にしたら悪いので、短く言葉を返す。
そりゃコミュ障の人見知りだから緊張はするし、陽キャ特有の明るいノリには付き合う気にはならない。クラスメイトとは相も変わらず挨拶をかわすぐらいの関係からは進んではいないけど、それでも前向きに考えれる様になったのはかなりの進歩だろう。
「……ふぅ、疲れた」
少し挨拶しただけで、軽く疲労した。
ゲームで例えるなら、初級魔法分ぐらいはMPを消費しているといった感じか。
俺がぼっちな理由の一つに、一人で居るのが好きだというのもある。
それでも友達作りをしているのは、俺に友達が居る事を九条今宵に見せつけて、悔しがる顔を見るのが楽しみだからだ。あいつには色々と迷惑かけられてるからな、俺なりの細やかな反抗というものだ。それには肝心の九条今宵が居なければ意味がない。俺を前向きにさせたんだから早く帰ってこい。
「皆さん席に着くように! 先生が来ますよ!」
教卓の前に立つクラスメイトが張り切って声をあげる。
黒髪坊っちゃんヘアで丸メガネの、いかにも真面目な容姿の彼はアダ名は委員長君。何故委員長君が指揮を取っているのかというと、元委員長の水沢が居なくなった代わりに委員長をしていたのが彼だったらしい。こういう細かい辻褄合わせは詩乃達の組織がしてるはずので、その手際の良さには感心してしまう。
委員長君も言っているし、まだ少し早いけど席に座るか。
カーテンの隙間から太陽がやけに自己主張してくるので、自分の席に陽射しが当たらない様にだけカーテンを閉め、何事もなかった様に席に座る。
「テスト勉強したか?」
前の席から話しかけてきたのは丸山だ。
俺が前よりも話しかけられる事に寛容になったとはいえ、こいつのニヤケ面はいつ見ても腹が立つ。イライラさせるニヤケ面全国大会でもあろうものなら、間違いなくこいつは優勝候補だ。
「した。お前は?」
「爆睡してた」
「おい」
よくそれで人に聞けたもんだ。答えを聞く前から予想してたから驚きはしないけど。
「そういや話は変わるけどさ……」
丸山は悪びれる様子もなく話し始めた。
お前からから話をふってきたのに話題変えるのかよ。まぁ別にいいけど。
「定期的に二人一組でやる掃除当番。何でお前だけ一人なの?」
「知らねーよ」
俺とペアの掃除当番の九条今宵が居ないからなのだが、言った所で通じないし言うのも面倒くさい。丸山の頭の中では、九条今宵の存在自体が消えているから説明のしようがないし。
それにしても、委員長とかの代役は用意しているのに、掃除当番の代役は用意してないのは酷くないか? 詩乃の組織の奴等はこういう所は気が利かない連中らしい。それぐらい用意しとけ、職務怠慢だぞ職務怠慢。
「ふぅん。まっ頑張れや」
丸山は欠伸をしながら言った。
他人事だとしても冷たいな、そこは手伝うのが友情ってものだろ。逆の立場なら俺は確実に手伝わないけどな。それは絶対の自信がある。
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「ここに来んのも久々だな」
掃除以外で人が立ち寄らない何故あるのか謎な部屋、通称魔女の部屋(俺が勝手につけた)。簡単に言うと、二階奥の空き部屋だ。九条今宵にはよくこの部屋に呼ばれたけど、そうじゃなきゃ来る理由はない。陽当たりも悪いし何となく不気味なので、用事がなければ絶対に来ない。
「何か緊張する……。そういや初めて来た時もかなり緊張したよな」
当時、全く話した事の無い九条今宵と二人きりで掃除だったからな。それに比べれば大分楽か。
「……失礼しまーす」
誰も居ない部屋なのに声をかけたのは、俺が心の底で誰か居る事を求めているからだろう。それこそドアを開けたら九条今宵が「何やってたのよ馬鹿! 遅い!」などと大声で喚くのを期待しているのかもしれない。この言い方だと俺がド変態のマゾに見えるが、俺にそっちの趣味は無いから安心してくれ。
「居ない……よな」
部屋の隅には埃が落ちている。最近で人が来た形跡は見当たらない。他の掃除当番は何してるんだと思うが、誰も来ないからサボり放題なんだろう。教師とかも確認に来ないしな。じゃあ何故こ掃除させられるのかというのは、うちの学校の七不思議である。
「何やってたのよ馬鹿! 遅い!」
「そうそう、この声を聞きたかったんだよな……って、は?」
自分勝手で人の都合を考えない最低な奴の声が聞こえた。
俺の知り合いでここまで自己中な奴は一人しか居ない。でも帰ってきてるはずがないよな……。声の主を確認するために、後ろに振り返る。
「うわぁ!? 出た!!」
そこに居たのは、久しぶりの再会だというのに無愛想な顔で突っ立っている九条今宵だった。
「人を幽霊みたいに言わないでくれる? それに何? 私の声が聞きたかったって? いつから私のファンになったのかしら」
「ちげぇよ! ってかお前、帰ってきてたのか!? それなら早く言えよ!」
口の悪さは前と変わらない。そのふてぶてしい態度に懐かしさを感じてしまう。
「ついさっき帰ってきたのよ。言うタイミング何てあるわけないじゃない」
九条今宵は髪をかき上げ、伏せ目がちに言った。
「あれ、お前、マスクとウィッグは?」
どこかいつもと違うと思ったら、顔を隠していたマスクとウィッグを着けてなく、今の九条今宵は変装無しの素の状態だった。学校では必ず顔を隠していたので、顔を隠していないとかなり違和感がある。
「やめた。友達作りをする人間が顔を隠しているっておかしいでしょ。自分をさらけ出したくなかったけど、そんなの形だけでしかないって気づいたから」
今まで俺が散々言っても頑なにマスクを取らなかったのに、どういう心境の変化だ?
顔を隠しているのが怪しいという当たり前の事は、最初からわかってただろうに。
「あんたには素の状態で接してたのに、私がお姉ちゃんに誘拐された時、助けにきてくれたでしょ?」
お姉ちゃんってのは……水沢か。そう呼んでいるという事は、ある程度良好な関係を築いている様で何より。
「そりゃ見捨てたら後味が悪いからな。寝覚めが悪くなる」
心配だから助けたとは絶対に言わない。調子に乗られるのも嫌だし、こいつに気があると勘違いされたら最悪だからだ。言ってしまうと、それを逆手に命令を押しつけてくるのが目に浮かぶ。
「どんな理由で助けに来たとしてもよ。今まで私に関わろうとした人は誰も居なかった。私って、圧倒的に可愛いじゃない? だから容姿が原因かと思って顔を隠してもそれは同じだったの。じゃあ性格が問題なのかなと思って、あんた以外と話す時は直そうとしたけど……無駄だった」
「それは……」
性格が悪いのは否定できない。自己中でわがまま。そりゃ嫌われるだろう。
でも九条今宵に関わろうとした奴が居ないのは、それだけではないはずだ。推測にはなるが、詩乃達の組織が九条今宵を一人になるように仕向けたからだと思う。こんな考察しても無駄だから、こいつには言わないけど。
「だから、私の汚い性格を知っているあんたが助けてくれたのは嬉しかった。ありがとう」
九条今宵は真っ直ぐと俺の目を見て言った。
勘弁してくれ。そんな態度で礼を言われたら、どうしていいかわからなくなる。いつも通り憎まれ口でも叩いてくれよ。
「それと詩乃ちゃんに聞いたんだけど……」
「詩乃が? どうした?」
詩乃が言ってたなら、大事な事だろう。
何を言われても動揺しない様に身構える。もしかしたら、また命懸けで戦えとか言われるかもしれない。
「あんた、前世では私に仕えてたんだって。……そこで一つお願いなんだけど」
何だその情報。身構えるだけ損だった。
そしてこのタイミングで頼みごと? なるほど、九条今宵の意図は読めた。どうせ無理難題な命令でもするつもりだろう。それを俺が断りづらい状況を作るために、今までおとなしくしてたんだな。
「お願いってなんだよ?」
大体想像はついてるが、一応聞き返す。
すでに逃げる体勢は取っているので、いつでも言うといい。逃げる時のスタートダッシュの速さだけなら陸上部にもいい勝負が出来るはずだ。
「……私と、友達になって!」
九条今宵は他人行儀に頭を下げ、そう言った。
「はぁ? 俺とお前が友達になる?」
「私気づいたのよね。あんたとここで会議するのが嫌じゃない事に。今の主従関係も良いけど、対等な関係で居たいと思ったの」
九条今宵は、気持ちに嘘偽りないといった顔でそう言った。
主従関係のどっちが上でどっちが下か次第で俺の反応も変わるが、こんな顔も出来るんだなと素直に思ってしまった。だが勿論、答えは決まっている。
「ノーだ。友達にはなれない」
無いぐらい、きっぱりと断る。
元々九条今宵を助けた理由は、孤立していた九条今宵を見て見ぬふりをしてた罪悪感で助けただけなので、自己満足のためだ。だから俺はこいつの思ってる様な善人ではない。
「……そう。今まで付き合わせて悪かったわね。私はこれから一人で頑張るから、せいぜいあんたも友達作って満喫しなさいよ」
九条今宵はわざとらしくフッと笑い、立ち去ろうとする。
「何を勘違いしてるんだ? 俺とお前は共通の悩みを抱えた存在だ。いわば仲間と言える。いつでも相談には乗るし、駆けつけてやる。放課後は毎日この部屋に集合だ」
「……あんたって、素直じゃないわね」
「何がだよ」
素直じゃないのはお互い様だ。俺もお前もそんな器用ならぼっちではない。
九条今宵の見透かした様な態度に納得はいかないが、俺の気持ちは変わらない。
「まぁいいわ。これからもよろしくね、優紀」
九条今宵は満面の笑顔で言った。
「あぁ! こっちこそよろしくな。今宵」
白井優紀16歳。コミュ障ぼっち。友達居ない歴更新中。
かなり遠回りして、ぼっち仲間が出来た。つくづく思う。友達を作るのって、難しい。




