勝算の無い戦いには挑まない
「……無理だろこれ」
やると決めたのはいいが、二人の戦闘に俺が入り込む余地は無かった。
水沢が鎌を振りおろすと地面が抉れて軽い天変地異が起きているし、詩乃が呪文を唱えるとその抉れた地面が蒸発して消滅している。この怪獣ショーさながらの世紀末な戦いに人間の俺が参加するのは、ライオンの檻の中で裸で走り回るのと同義だろう。つまりは死ぬって事だ。
「……まずいな」
詩乃は隙を作ると言っていたが、どう見ても水沢が押している。
どうにか気を逸らして接近してしまいたいが、役立ちそうな物が周りには何もない。強いて言うなら近くにあるのは城ぐらいか。気を逸らすのに使えるとは……いや、いけるかもしれない。
「おーい! 水沢っ! かかってこいよ!!」
まずは水沢の注意をこっちに向けるために叫ぶ。
「先輩っ! 何してるんですか!?」
詩乃の反応は予想通りだ。俺の奇行に慌てている。
まぁ見とけ、俺は勝算も無い戦いを挑むほど馬鹿じゃない。
「白井君……正気?」
水沢は道端の埃を見る様な目で聞いてきた。
へっ、生憎だがそんな目で見られるのは慣れているぜ。文化祭の準備期間中にそういう目でよく見られたからな。一流ぼっちの俺に恐れる事はねぇ。
「正気に決まってるだろ馬鹿! 早く来いよ!!」
「へぇ……」
水沢の口角が上がった。俺に馬鹿と言われたのがムカついたのだろう。
九条今宵に似てプライドが高いようだ。そういう所は姉妹か。でもそのおかげで挑発には成功した。後は水沢があの鎌で攻撃してくるのを待つのみ。
「私は白井君の事嫌いじゃないし、生かしてあげようと思ってたけど……仕方ないか」
水沢が持っていた黒い霧の鎌は形を変え、霧の剣になって飛んできた。本数はざっと20本以上。その全ての刃先がおぞましくも艶やかに光っている。
「そんなの聞いてねえよ!!!!」
鎌で攻撃すると思ってたから、大量の剣を飛ばして攻撃してくるのは予想外だ。
俺の考えていた作戦はこうだ。まずは水沢を挑発して、俺の近くまで呼び寄せる。その後、城のある崖まで行き、逆上させて大振りになった水沢の攻撃をかわす。するとあら不思議、水沢の攻撃で崖が崩れ、さらには城も崩れては混乱。その隙に近づいて触るという完璧な作戦だったが……
「無理無理無理!! あんな大量の剣が飛んできたら死ぬって!!!」
一回の攻撃ぐらいなら避けれると思っていたが、数が多すぎる。しかも一本一本が正確に俺を目掛けて飛んできているので、このままだと致命傷は免れない。
「うわっとっ」
どうにか逃げようとしたが足がよろけ、盛大に転ぶ。
しかし結果的に足が止まったおかげで滑り込み、水沢の攻撃をかわす事に成功した。肘の辺りに擦り傷は出来たが、身体に風穴が空かなくて済んだみたいだ。
「あれ?」
水沢の飛ばした霧の剣は崖に刺さり、偶然にも俺の作戦通りの結果になったが、崖はびくともしていない。
冷静に考えれば当たり前か。地面を抉る威力を出していたのは鎌であって、剣を飛び道具に使った攻撃ではない。殺傷力こそあれど、崖を崩せる程の破壊力は持っていないのだろう。
「どうしたの? 鳩が対戦車ライフル喰らったみたいな顔してる顔してるけど」
「してねーよ! つーかどんな顔だよそれ! それを言うなら豆鉄砲だろうが!」
ツッコミを入れるものの、内心どうするべきかわからなくなっていた。考えていた作戦が破綻したので、これ以上俺に策はない。やはり詩乃が水沢の隙を作ってくれるのを期待するしかないのか……。
「危ないっ!」
立て続けに大量の霧の剣が俺を目掛けて向かってきた……が、九条今宵が俺を守る様に目の前に飛び出してきた。
「おい!? 何してんだよ!!」
このままでは俺と九条今宵もろともが当たってしまう。タイミング的に逃げることは不可能だ。
さっきは奇跡的に回避出来たとはいえ、次はない。待っているのは二人とも死ぬ結末だけだ。
「……え?」
霧の剣は急激に失速して、地面に刺さっていた。
外れた? いや、一本たりとも命中していないのはありえない。水沢が軌道を変えたのか? でも何故だ、理由なんて何も……いや、そうか!!
「……九条今宵。手を貸してくれ」
「手を貸すって?」
地面にへたりこんでる九条今宵の手を、問答無用で握る。
九条今宵の封印される前の能力はテレパシー。だったら、俺が触れると能力が増大して使える様になる可能性は高い。
「どうだ? 水沢の心の声とか聞こえるか?」
これで九条今宵の能力が使えないのであれば、俺はただ手を握っただけになってしまう。
体育のダンス授業以外で女子の手を繋いだ事が無い俺が、強引に女子の手を握ったんだから、せめて能力ぐらいは使える様になってくれよ。
「うん、聴こえる。あんた、女子と手を繋ぐの事に緊張してるみたいね。ダサっ」
「俺じゃねぇよ!! 水沢の心の声だよ!!」
俺の心の声が聴こえてるんだとすれば、テレパシーは使えるようだ。俺を辱しめる必要は全くなかったが、まあいい。
「悩んでいるみたい」
「何をだよ」
「私を攻撃する事に対してよ」
やっぱりな。口ではああ言っていたものの、水沢は妹の九条今宵を攻撃するのは抵抗があるみたいだ。俺を攻撃するのは一切抵抗が無いらしいのが悲しい所だ。
「悩んでなんかないけど。道路で人が飛び出してきたら驚くよね? それと同じだよ」
水沢は会話を聞いていたのか、即否定する。
否定しても無駄だ。俺の事は簡単に殺そうとした奴が、人が飛び出してきたくらいで攻撃の手を止めるとは考えてられない。それに水沢の標的は九条今宵なのだから、俺もろとも仕留めれて運が良いと思うのが自然だ。
「九条今宵、力を貸してくれ!」
九条今宵に頭を下げて頼む。
こいつに頭を下げるのは癪だが、水沢を止めるにはこいつの協力が必要不可欠だ。
「そんな殊勝な態度とって気味が悪いわね。力を貸すってどうやってよ」
「それはだな……」
水沢に聞かれない様に、小声で作戦を伝える。
「危険かもしれないが、大丈夫か? 怖いなら違う方法を考えるぞ」
「バカ、何言ってんのよ。怖いわけないでしょ! 私が怖いのはジェットコースターと幽霊だけなんだから」
怖いものあんじゃねぇか。しかも子供っぽい。
俺はジェットコースターと幽霊より、お前という存在の方が怖いと言いたくなるが、ややこしくなっても面倒なので我慢する。
「水沢あぁー!!」
気合い入れがてらに水沢の名前を叫ぶ。
「どうしたの急に?」
「何でもねぇよ。さっさと始めようぜ。あっ、壊れたら嫌だから預かっておいてくれ」
九条今宵に俺のスマホを渡し、後ろに下がってもらう。
「対等な立場だと思ってるの? ただのワンサイドゲームだよ?」
律儀に待っていた水沢が、ゆったりと攻撃の構えをとった。俺達程度、作戦を練られても余裕だという事なのだろう。
さっきの倍以上の数の霧の剣が、水沢の足下の黒い霧から生成されている。勿論、避ける方法は無い。
「詩乃! 俺を守ってくれ!」
「えっ、はい!」
様子を見ていた詩乃が、俺の言葉に反応して水沢の不意をつく様に攻撃を仕掛ける。
「……ちっ」
詩乃が水沢を引き付けてくれてる今のうちに逃げる。
少しでも見られない場所へ行かなければ意味がない。水沢の視界の外に出るように移動する。
「今のうちに位置を確認しておかなきゃな」
俺が目指す場所は崖付近。九条今宵が居るのは反対にある森の近く。ここまでは順調だ。水沢と詩乃が戦闘してる場所から距離が離れているので巻き込まれる心配は無い。
「後は俺が予定通りに出来るかどうかだな」
この世界が水沢の能力で作られた世界なら、俺の能力で干渉できるかもしれない。
具体的には崖の根元の魔力を減らして倒壊させ、自力で崩してしまおうという事だ。しかし問題がある。都合よく能力を使えるとは限らないし、特定の部分の魔力を減らせるような器用な能力ではないかもしれない。これは賭けである。
「……頼むから成功してくれよ」
崖の根元付近に手を伸ばす。
何だかんだこの能力のおかげで危機を脱していたので期待していたが、崖の倒壊どころか、何も起こらなかった。少しの風切り音が耳を撫でるだけである。
「やっぱり簡単には使えないのか? でもなぁ……」
九条今宵に対して能力を使った時は上手くいったから、今回も成功すると思っていた俺の認識が甘かった。増やす事は出来ても、減らすとかの細かい調整できないらしい。かといって魔力を増やして崖が爆発でもしようものなら、相当な被害が出てしまうだろう。
「あれは……」
視界の先には水沢が飛ばしてきた霧の剣が地面に突き刺さっていた。
この霧の剣を強化出来れば、もしかしたら俺でも崖を切れるようになるんじゃないか?
「あらためて見ると恐ろしいな……」
剣の刃先は艶かしく輝いており、刀身は黒い禍々しいオーラを放っていて恐いので、怯えながら霧の剣の柄の部分を握る。あの時転んでなかったら俺に刺さってたんだよな……。
「これならいけそうだ」
元々剣を包んでいた禍々しいオーラが、螺旋状に広がる様に大きくなっている。
これだけ見た目に変化があれば大丈夫そうだ。体力測定の結果が中の下の俺でも、容易に岩くらい切れそうな気がする。まぁ中の下というのは俺の希望的観測で、実際には下の上かもしれないし、あるいはもっと下の可能性もあるけど。
「じゃあ切るか……うらぁっ!」
掛け声とともに剣を振り抜くと、軽く剣が岩を通過していた。
……すげぇ気持ちいい。巨大な豆腐を切っているみたいだ。力を入れなくても簡単に切れてしまう。
崖は真っ二つに割れ、上の部分が落下して地響きが発生する。
「な、何が起きたの!?」
水沢が崖が崩れ落ちているのを見て、戸惑っている。
土煙が巻き上がって周囲一帯を囲んでいるので姿は見えず、声しか聞こえない。
九条今宵が作戦通りに動いている事を信じて、その土煙に紛れ、水沢の声がするほうへ急いでダッシュする。
「頼むぜ九条今宵、お前にかかっているからな」




