たまには早く帰らせろ
「間抜けな顔してないでとっとと意見だしなさいよ!」
いつも通り放課後に空き部屋に行くと、これまた無駄に元気な九条今宵が机をバンッと乱暴に叩き、俺に意見を求めてきた。勝手にやってくれと思うが、毎回巻き込んできやがるから迷惑な話だ。
「…………」
九条今宵の顔をジッと眺める。
「な、何よ」
急に見られたので、戸惑っているみたいだ。
うーん。昨日の詩乃の話では、こいつが本当に魔女だと言っていたが、どう見ても普通の人間にしか見えないな。見た目だけは美人ではあるけど。
「いや、何でもない」
昨日の話をこいつに話そうか悩んだが、止めておく事に決めた。
詩乃が監視しているのもあるし、何より本当だったと言えば調子に乗りそうな気がするからだ。だから言わない。
「ふぅん、あっそ」
九条今宵は少し恥ずかしそうに髪をくるくると弄りだした。
なんか微妙なリアクションだけど、勘づかれたか? 違う話に持っていこう。
「あー、そういえば友達は出来たか?」
「何その言い方? 過保護な親が子供の交友関係を探るみたいな聞き方やめてちょうだい」
何だその例え。状況が限定的すぎるうえによくわからん。
「で? どうなんだ」
「出来てたらあんたに意見を求めてない」
まぁそりゃそうだろう。わかってはいたけど一応な。
「毎度毎度意見を出せって言うけど、少しは自分で考えたらどうだ? 俺にはお前みたいなコミュ症でも人気者になれるアイディアは考えつかないぞ」
言いながら、バックに入れていた清涼飲料水を一口飲む。
あ、帰りにスーパーで洗剤買いに行けって頼まれてたな。忘れるとこだったぜ、危ない危ない。
「真面目に考えなさいよ! そんなだからあんたは無能ランキング一位なのよ!」
上の空で買い物の用事を思い出していると、九条今宵はかなり怒っていた。
その自尊心を傷つけるようなランキングがいつ開催されていたとか、二位は誰だよとか気になるが、九条今宵は殿堂入りなのは確かだ。俺が票を操作してでもそうするからな。
「と言われてもなぁ。むしろお前が無能だから人気者になれないのであって、俺に責任は皆無だと思うんだが」
「はぁ……話になんないわ。出直してきなさい」
九条今宵は呆れる様に溜め息をついた。
呆れたいのはこっちの方だ。お前がその態度はどう考えてもおかしい。まぁでも、出直してこいって言ってるし帰るには丁度いいか。
「はいはい、無能だから帰りますよっと」
昨日、こいつの事で悩んでいたのは何だったのやら。すげぇバカらしくなってきた。今日は買い物を済ましたいので早急に帰らせてもらう。
「ちょっと! 逃げるつもり!?」
「文句は明日にしてくれ、今日は用事があるんだ」
そう言って返事を待たずに、空き部屋から去る。
久々にすんなりと帰ることが出来たな。かれこれ二週間程度は九条今宵に付き合わされてるし、もっと前から無理矢理帰ってしまえばよかったな。今更すぎるけど。
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「……時間余った。どうすっかな」
洗剤の入った買い物袋を片手に、ふらふらと帰り道を歩く。
「おっ」
目に入ったのは派手な看板が掲げられたゲームセンター。
ゲーセンか、最近行ってねぇな。中学の時に何回か行ったっきりだしな。
「時間潰しがてらに入ってみっか」
入り口付近のUFOキャッチャーに夢中なカップルの横を通り、ゲームセンターの中に足を運ぶ。
けっ、リア充め、羨ましくなんかないぞちくしょう。好きなだけ募金していくといい。あれ、何か悲しい気持ちになってきたぞ。目が滲んでる気がするけど気のせいか?
「とりあえず手当たり次第にやってみるか」
両替した百円玉を握り、ドラム形式の音ゲーをやろうとすると、すでに先客が居た。
ん? あれってもしかして……
「水沢!?」
そこに居たのは、成績優秀、素行良好なクラスの女神、水沢葵だった。
水沢がゲーセンに居るのはかなり違和感がある。部活が無いときは遊ばずに帰っているイメージがあったから意外だ。
「えっ、白井君? どうしたの? こんなとこで」
「こっちの台詞だよ! 水沢がどうしてここに?」
「……暇潰しかな。あっ、曲が始まるから!」
水沢は慌ててドラムを叩き出した。
画面には大量の音符マークが滝の様に流れている。スピードもやたら早い。素人目には何が何だかさっぱりだ。
「うわ、すげぇ」
ダイナミックなドラム捌きで、画面にはperfectの文字が次々と表示されている。
普段の水沢よりも生き生きとしている様に見えた。こんな一面があったのか。
「そうかな」
水沢はゲーム画面を見ながら、俺の言葉に反応する。
話しながらでも出来るんだな。どんだけやりこんでいるんだろう。
「そういえば白井君、最近九条さんと仲良いの?」
「えっ!? どどどどうして!?」
動揺して不自然に聞き返してしまう。
「放課後に同じ教室に入っていくの見たよ。二階のあまり使われてない教室」
見られていたのか……しかも、よりによって水沢に。
「あー、九条今宵とは話した事はあるけど、たいした話はしてないし仲良くはないさ」
嘘は言っていない。
仲は当然良くないし、むしろ悪い方だ。話というのも強制的に意見を出させられるだけだし、会話らしい会話はまともにしていない。
「……ふぅん」
水沢はドラムを叩きながら返事をした。
「この前の体育の時に九条さんが参加したのは白井くんが原因?」
原因て。もっと良い言い方があるだろ。
「……一応そうなるのかな」
元は九条今宵が体育が人気者になるチャンスだから協力しろと言ってきたのが理由だけど、止めなかった以上は俺も加担はしてる事になるか。というか止める理由もないけど。
「どうして?」
「どうしてって……」
成りゆきでとしか答えようがない。明確な理由なんか無いし。
それより、何故水沢はここまで九条今宵の事を聞くのだろうか。水沢と九条今宵には体育以外に接点が無いはずだけど。
「九条さんは魔女なのに……」
「!?」
一瞬驚いたけど、そういや、あいつのアダ名が魔女だったな。
詩乃と話した時に、九条今宵が魔女と言われたのと重なってビビったぜ。でも水沢がアダ名の魔女を気にしてるのは少しショックだな。勝手にそういう事は気にしないタイプだと思っていた。
「魔女って言ってもアダ名だし、あいつが危害を加えるわけでも……いや、それはあるかもしれないけど、仲間外れにしようとするのは違うんじゃないか?」
「アダ名じゃないよ、本当に魔女だよ」
「は?」
「九条さんは本物の魔女」
水沢に冗談を言っている様子はなく、そう断言した。
「ははは、まさか」
渇いた笑いでごまかしながらも、内心嫌な予感がしていた。
昨日の今日で九条今宵を魔女という人間が二人、しかもその二人共が俺にその事を伝えてきた事が、何か大きな事に巻き込まれているのではないかと思ってしまう。
「昨日、屋上で詩乃さんにも言われたでしょ? あんなとこで派手に魔法を使えばバレバレだよ。あっ、安心してね、屋上一帯に認識阻害の空間魔法をかけといたから私以外にはバレてないよ」
そう言うと、ようやくドラムゲームを終えた水沢が立ち上がり、軽く崩れていた上着を直した。
「次やる?」
水沢はドラムゲームを指差し、聞いてきた。
「いやいい」
はっきりと断る。
暇潰しにゲームでもするという気持ちはどこかに行ってしまった。今は水沢の事が気になる。
「それで、俺に言いたいことがあるのか?」
九条今宵が魔女である事を伝えたいだけなら、昨日詩乃が話したので、俺に直接言う必要は無いはずだ。だとすれば、水沢には他に何か意図があるのだろう。
「ドンピシャ、白井くんは察しが良いね」
これだけ色々な場面に遭遇すると、嫌でも察しは良くなる。
水沢は指を鳴らし、こう言った。
「九条今宵を始末したいから、私に協力して」




