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コミュ障全力疾走


「九条今宵を……始末する?」


 水沢の口からは、そうはっきりと聞こえた。

始末という単語を水沢が発すると、とてつもない違和感があるな。


「うん、危険な存在は消した方が安全だし。世界を滅ぼすかもしれない魔女なんて、絶対にほっとけないからね」

「いやいや、あいつは別に危険でも何でもねえって。俺以外に害は無い」


 食いぎみに反論するが、水沢は小さく笑うだけだ。


「やっぱりとは思ったけど、九条さんの事を庇うんだね」

「庇うというか……九条今宵をどうこうする必要は無いって言いたいだけだ」


 俺の時間が多少奪われるだけで、他には特に問題は起こしていない。

九条今宵は良くも悪くも人見知りのコミュ障なので、自分から何か行動を起こす事がほぼないし、放置していれば被害は全く無いので無害だろう。


「それっておかしいよね?」


 水沢はクスクスと笑う。いや、ニヤニヤと言った感じか。どちらにせよ気分が良いものではない。

 俺を含め、コミュ障はそういう含みのある笑い方にデリケートだからな。もう少し気遣ってくれと頭の中で念じてみる。

 だが当然、俺の思いは届かず、水沢は軽く笑いながら話を続けた。


「白井君には害があるんだよね? なら利害が一致してると思うなぁ、九条さんが居なくて一番助かるのは白井君だよ?」


 まぁ……それは、そうかもしれない。

俺の言い分だと、水沢に手を貸すのは極々自然だろう。水沢は俺にとって憧れの人で、状況に戸惑いはある。憧れてる気持ちにも変わりはない。


「嫌だけど、そこまで嫌じゃないっていうか……」


 確かに九条今宵に振り回される事にうんざりする事もあるが、楽しんでいる自分も居る。

ましてや始末するという、物騒な選択肢は望んでない。


「いいね、その関係性。嫌いじゃないよ。でも私は詩乃さんと違って甘くないから。すぐにでも行動で示すつもり」

「それってどういう意味……」

「あのー、すみません!」


 水沢の発言を意図を確かめようとすると、後ろから声をかけられた。

声をかけてきたのは三十代半ば程度の男性だ。着ている服がゲーセンの制服っぽいので、多分ゲーセンの店員だろう。


「高校生ですよね? うちのゲームセンターは高校生は八時までって決まってるんで、お帰り頂けますでしょうか? すみません……」


 店員の男性は若造の俺に対し、申し訳なさそうに頭を下げてそう言った。


「あっ、わかりました。今出ますっ」


 鞄を持ち、水沢にも帰る様に促す。すると水沢は軽く微笑み、出口の方へ一人で歩いて行ってしまった。


「じゃあね、白井君。また明日」

「あ、あぁ」


 手を振られたので、つられて手を振り返す。

水沢の返事が聞けなかったけど、考えなおしてくれたのだろうか。……おっと、店員さんが困った顔で見てるし、俺も早く帰らなきゃ。

 水沢と逆の方向の出口に駆け足で向かい、入り口付近でユーフォーキャッチャーの景品を持って喜んでいるリア充カップルの横を駆け抜ける。

 あのカップル、一時間以上前にも居たのにまだ居たのかよ。けっ。


「雨降ってんなぁ……」


 肩が軽く濡れる程度の雨が転々と降っている。

こんな時に俺がリア充なら、可愛い女の子と相合い傘だのでキャッキャウフフとはしゃいでいる所だが、生憎相手が居ないので、無感情に鞄から折り畳み傘を取り出した。


「先輩っ!!」


 ぼーっと雨が落ちてるのを眺めていると、正面から猛スピードで詩乃が走ってきた。


「そんなに急いでどうした? あ、お前も相合い傘に憧れがあんのか? 仕方ねぇな、俺の傘に入れてやるよ」


 右側に一人分のスペースを空けるが、詩乃は入らずに声を荒げて言った。


「それどころではないです!! 水沢葵を見かけませんでしたか!?」

「水沢ぁ? さっきまでここで話してたけど」


 水沢と別れてから三分も経っていないだろう。


「クソッ! 先を越されたかっ!!」


 詩乃はいつもの敬語ではなく荒い口調で吐き捨てると、脇目も振らずに走り出そうとする。


「おい待てよ! 何だってんだよ!」


 詩乃の肩を掴み、理由を聞く。


「水沢葵が私達の組織を裏切りました」

「はぁ? お前と水沢って仲間だったのか?」


 質問をした俺に対し、詩乃はうざったそうな顔をしたが、立ち止まって喋りだした。


「そうですね。先を越された以上、慌てても仕方ないですし先輩にも説明します」


 詩乃は濡れるのが嫌だったのか、俺の傘に入ってきた。

うおっ、まさかの相合い傘! いやいや駄目だ! あきらかに真面目な話だし、浮かれる状況ではない。時と場合を考えろ俺。


「組織と言っても全員が仲間という事でもありません。九条今宵をどうするかは私達組織の中でも意見が別れました。何もせずに成り行きに任せる穏便派。何かある前に殺してしまおうとする過激派。まずは様子見をして考えるという中立派。私と水沢葵は中立派でした」


 そりゃ意見も別れるわな。たけのこ派かキノコ派かみたいなもんだろ、正解は無い。

それにしても距離が近いから集中できない。詩乃から甘い良い匂いも漂ってるし、何の香水使ってんだよおい、ドキドキするだろうが!


「聞いてますか?」

「あぁ、聞いてる聞いてる」


 あぶねぇ、他の事を考えてるのがバレる所だった。

顔をブンブンと振り、気合いを入れる。


「いざどうするかとなった時に監視をする事になりまして、元々様子見を望んでいた中立派の中から監視する人を決める事になりました。そして私と水沢葵がその役割を任されました」

「じゃあ水沢が裏切ったってのは……」

「はい、中立の立場の役割を放棄し、彼女は九条今宵を消す選択を選びました。理由はわかりません」

「……」


 傘を詩乃に押し付け、一目散に走り出す。


「どこに行くんですか!?」

「決まってんだろ! 見つけ出して止めてやる!」


 水沢の目的は九条今宵だ。九条今宵を見つけてしまえばそこに水沢も居るはずだ。

九条今宵が居そうな場所は……空き部屋、いや違う。八時にもなれば帰っているだろう。となれば家しかない。

 幸いにも九条今宵の家には行った事があるから、場所はわかっている。


「大体十五分くらいか……」


 人を避ける事で身についた逃げ足の速さだけには自信があるのだが、全力で走ってもそれくらいはかかる。足場は水に濡れて最悪の状態だから尚更だ。間に合うか? いや、考えている場合じゃねぇ。すぐにでも行かなけなければ手遅れになる。


「待ってろよ! 九条今宵!」




 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢




「はぁ……はぁ……はぁ、死ぬかと思ったぞ……」


 運動不足でなまりになまった身体は悲鳴をあげていた。

息はえげつないぐらい乱れるし、心臓が自分の物とは思えないぐらいの苦しい。インドアな趣味ばかりで運動しない自分が嫌になるぜ。


「はぁはぁ……でも、予定よりも早く着いた……」


 前に九条今宵に連れてこられたマンション、ここの801号室が九条今宵の家だ。だから後は8階に行くだけなんだが、大きな誤算があった。


「オートロックだから入れねえ!!」


 完全に頭から抜けていた。

入れないならどうしようもねぇじゃん! こんな簡単な事に気づかずに、馬鹿みたいに全力疾走してきた自分をぶん殴りたい。


「あっ、あれは」


 マンションの玄関に人が居る。買い物袋を持った四十代の主婦か。この家の住人ならオートロックを解除するはず。解除したタイミングを見計らって、後ろからついていくしかない。

 主婦がバックから鍵を取り出し、玄関のオートロックが解除された。……今だ!


「今日の夕飯は何かなー、腹へったなー。あっこんばんわ、雨酷くなりそうですねー。傘持ってってなかったから心配でした」


 俺はこの家の住民を装い、自然な感じで主婦に声をかけた。


「こんばんわ。そうね、雨酷くなりそうね」


 そう言うと主婦は一階にある部屋に入っていった。

よし! 怪しまれてはいない! さっさと8階に行こう。俺はエレベーターに乗り、階のボタンを無駄に連打した。

 8階に着いたので、エレベーターを飛び降り、九条今宵が住む801号室の前に立つ。


「インターホンは鳴らすか……」


 流石に勝手に入るのは気が引けるので、インターホンを押す。ピンポンという音が階に鳴り響くが、応答は無い。


「緊急事態だしやむを得ないか……! 後でたっぷり怒られるから許してくれ!!」


 ドアを開ける為に力を込めるが、鍵がかかっていなかったので、簡単にドアは開いた。

空き巣に狙われたらひとたまりもないだろうな。相変わらずセキュリティが甘すぎる。

 玄関に靴を脱ぎ捨て、リビングへ走る。


「おい! 平気か!!」


 叫びながらドアを開ける。


「居ない……」


 俺の声が反響するのみで、誰も居なかった。家具は元々無いからともかく、前に来た時に見たクッションすら置いていない。

 部屋の中心には灰色で出来た霧の様なモヤモヤが浮いている。見た目は小さいブラックホールの様だ。

 この異様な光景は十中八九、魔法だろう。水沢に先を越されたみたいだ。


「ちくしょうっ! 間に合わなかったか!」


 床を殴り、役立たずな自分を後悔する。


「いえ、まだ間に合います先輩!」

「!?」


 隣には詩乃が居た。いつの間に居たんだ……?


「先輩をつけてきて正解でした。その灰色の霧は水沢葵が魔法で作り出した仮想空間です。水沢葵はそこに居るでしょう。おそらく九条今宵も」

「その仮想なんたらに行くにはどうすればいいんだ!?」

「霧の中心に入ってください。後は身を任せれば大丈夫です」


 霧に対して腕を伸ばし、身体ごと霧の中心に移動する。

光が点滅したと思うと、虹色の螺旋の渦に吸い込まれていた。竜巻に巻き込まれた様な気分だ。

 何だこれ、すげぇ気持ち悪い。視界が激しく回転しているので、酔いで吐きそうになる。


「目を瞑って深呼吸をしてください。意識は何も考えない様に」


 平然としている詩乃は、冷静に言った。

深呼吸か、……すぅはぁ、すぅはぁ。気休め程度には楽になった気がする。


「着きます」


 詩乃が言うと、虹色の渦に亀裂が走り、真っ白な光が周囲を包んだ。


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