限りなくグレー
連れて来られたのは屋上だった。空一面は雲だらけの曇り空である。
まるで、俺の心境を空に反映させているみたいだ。まさに暗雲立ち込めるといった感じか。
「それで、話って何だよ?」
少し呼吸を落ち着かせた所で、詩乃に質問をする。
「単刀直入に言います。脅迫状を出したのは私です」
詩乃はまるで隠そうともせずに、そう言った。
マジかよ……。最悪だ、それだけは違ってほしかったのに。
「九条今宵には関わらないでください。これは警告です」
詩乃の口調からは明確な意思表示を感じた。
言うことを聞かなければ、手段は選ぶつもりは無いと。
「いや意味がわからない。九条今宵と関わらないのは願ったり叶ったりだけど、詩乃が俺と九条今宵を遠ざけようとする理由は何だ?」
詩乃と九条今宵は実際に会っているし、俺の見た限りでは何事もなかったはずだ。少なくとも脅迫するほどではない。
「私の役割は九条今宵を観る事。魔女の監視です」
詩乃は意味のわからない事を言った。
監視? どういう意味だ? それに役割って何だよ。仕事じゃあるまいし。
「確かにあいつは見てて飽きないだろうけど、魔女じゃなくて中二病なだけだぞ。役割とか大袈裟に言うなよ」
詩乃に注意をする。
傍観者気取りの勘違い野郎は少し前の俺だけで十分だ。見てると恥ずかしいから。
「いいえ。九条今宵は本物の魔女です。今は記憶が無いので妄想癖の中二病ですが、過去には私達の世界を滅ぼしかけた事もあります。私舘は甚大な被害と引き換えに、ようやく九条今宵を封印する事に成功したのです」
……詩乃も九条今宵と同じで中二病か。俺の周りに中二病居すぎだろ。
詩乃といい九条今宵といい、無駄に設定の細かいファンタジー妄想をするのが流行りなのか?
俺も中学生の時にそんな妄想をした事はあるが、正気に戻った時に辱しめを受けるからやめた方がいいぞ。
「信じられませんか?」
「当たり前だ、馬鹿げているからな」
信じるも何もそれ以前の問題だ。そもそも絶対にありえない。
俺もアニメとかゲームとか好きだから気持ちはわかるけど、現実とフィクション違いくらいはわかっている。
詩乃みたいに現実との区別が出来ない奴が居ると、どこぞのコメンテーターに揚げ足を取られて、肩身の狭い事になってしまう。俺の周りには現実の区別がつかない奴ばかりだから尚更だ。詩乃には現実を教えてあげなければ。
「詩乃、魔女なんて居ないし、魔法も存在しない。今まで生きてきて一度でも魔法を見たことあるか? それが答えだ」
詩乃を優しくたしなめる様に、教えてあげる。
しかし詩乃は無表情で俺を見ている。俺のアドバイスは全く響かなかったみたいだ。
「……私を見ていてください。瞬きしない様にお願いします」
詩乃は両手を水平に広げ、「レイン」と呟いた。まーた無駄に設定の凝った中二病かと思っていると、詩乃の掌からは大量の水が間欠泉みたいに噴き出した。
「おい!? 何かすげえ事になってるぞ!!」
屋上の床は瞬く間に水浸しになった。
このままの勢いだと洪水に巻き込まれてしまう! 下に水が流れ落ちる前にどうにかしなければ!
「ポラシオン」
詩乃はもう一度呟くと、屋上にあった水は全て蒸発した。
自分の手から水を出し、さらに一瞬で蒸発させるのは、人間技ではない。
「今のどうやったんだよ!? 手品か? 手品だよな!?」
「私も一応魔女なので、魔法ぐらいは使えます。水系統の魔法限定ですけどね」
詩乃はさらりと言いのけた。
確かに魔法としか言いようがない凄い技だったけど、それでも魔法て……。
「まだ信じてもらえませんか? では、もう一度撃ちましょう」
詩乃は再び両手を水平に構えた。
「いやいい! わかったから! 信じるから!」
また洪水にされたら、たまったものではない。
原理はわからないが、詩乃が水を操るのは確かだ。
「そうですか……では、やめておきます」
こんな時に考える事ではないが、詩乃の身体が若干濡れているので、目の向け所に困る。
仕方ないだろ、健全な男子高生の悲しい性だ。
「では、言うことを聞いて頂けますか?」
詩乃は最後のチャンスと言う様に、眠そうな垂れ目で睨みつけてくる。
ここで言うことを聞かなければ、それ相応の仕打ちを覚悟しろという事だろう。
「……九条今宵に関わるなって事か?」
「はい、そうです」
詩乃は感情の読めない表情で返事をした。
壁に対して返答する様に、無機質に答えている感じだ。
「俺からしたら九条今宵と関わらないのは構わないっていうか、むしろ大歓迎なんだけど、理由が知りたい。教えてくれなきゃ素直に従う事は出来ない」
「そうですね。理由も言わずにというのも不躾でしたね。失礼しました」
恐ろしく綺麗な角度で一礼。
敵意は無いみたいだ。話し合いで解決するならそっちの方がいいという事だろう。俺としてもその方が助かる。
「永遠に九条今宵に一人で居てもらう事が目的です」
「……え?」
「いつ封印が解けるかわかりません。少しでも接触を減らし、リスクを減らしたいのです」
それで俺と九条今宵を遠ざけたいのか……。
いや、流石に冗談だよな? 永遠にって事は学校生活とか関係なく一生一人にさせるという事だ。
「いや待て待て、大げさすぎるだろ」
「いいえ、大げさではありません。九条今宵の封印が解けた時を想定して、誰とも関わらせないのが最善の選択になります」
詩乃の表情に笑みは無い。
本気だ。本気で九条今宵を一人ぼっちにするつもりだ。
「でも今は記憶も能力も無いんだよな?」
「はい。封印が解けなければ」
「封印が解ける条件は?」
「不明です」
予想通りの問答を繰り返す。
そりゃそうだ。条件がわかっていればこんな回りくどい事はしてないだろう。
「俺みたいに一人になりたがる奴なら自業自得かもしれないけど、九条今宵は人気者になりたくて頑張ってるんだ。そんな奴が一生友達を作る事も駄目なのか?」
「そうなりますね」
詩乃はぴしゃりと言いきる。……ふざけるな!
内心、見てみぬフリをすればいいだけだとわかっている。俺は九条今宵が嫌いだし、元々九条今宵から逃げていた。腫れ物扱いしてたくせに、少し関わっただけで可哀想と思う自分の偽善者具合にヘドが出る。
……でも、どうしても、昨日の体育で喜んでいた九条今宵の笑顔が脳裏にこびりついて離れない。
「うん、決めたぞ。悪いけど、お前の言う事は聞けない」
「危害は加えたくないのですが……」
「それでもだ。その命令には従えない」
詩乃がさっきの力を使えば一瞬で一捻りにされるだろうけど、俺はこれ以上自分に失望したくない。来るなら来やがれ! 足は震えてるけど、これは武者震いだ。
「はぁ……わかりました。一旦保留にしておきます」
「えっ?」
「まだ何か?」
詩乃は欠伸を手で隠しながら、眠たそうに聞いてきた。
「いや、さっきの流れだと俺に遅いかかってくるのかと……」
「あれは脅しです。決意を試しただけです。ただし、九条今宵の封印が解けるような事があれば、共犯者として身柄を拘束させていただきますが」
なんたる肩透かし。寿命が縮むかと思ったぞ。
でも、とりあえずは大丈夫なのか。良かった。
「そうか。じゃあ見逃してくれるんだな、ありがとう」
「礼には及びません。これからも九条今宵の監視は続けますし、先輩の安全が約束されたわけではないですから」
「ああ、わかってるよ。それでも強行手段をとらない事にありがとうって言いたかっただけだ」
「……そうですか」
詩乃は無表情で返事をした。心無しか笑っていた気も……まあいいや。
今日はあまりにも想定外の出来事がありすぎた。詩乃は魔法を使えて九条今宵を監視してたり、九条今宵は本物の魔女だったりと、俺の手には負えない事ばかりだ。
九条今宵の事も少し調べなければいけないな。共犯者扱いは嫌だし。
今日は疲れたから、早く帰って寝よう。実は今日の出来事が全て夢オチでしたとかないかな。……無いな。




