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3話:死線を超えて

死の象徴と言えるグラント・リッパ―はバッファローを咀嚼始めた。4本の鎌を巧みに操り肉を裂く、そのたびに血の匂いが濃くなっていき辺りには死臭が漂い始めた。


(……終わった。食われちゃう)


そのおぞましい光景を瞳に映し、感情の読めない複眼が次はお前だと自分に語り掛けている様に思える。

走馬灯のように思い浮かべるギルドの職員の言葉、この状況では新人へ向けた心構えなんてものは何の役にもたたない。


そう思っていると、ゆっくりと顔を上げ牙を鳴らし始め、甲殻を鳴らし低い振動音を響かせる。


(……なっなんだ?この音)


ドサッと音がした後、グラント・リッパ―はバッファローに目もくれず、体を起こしゆっくりと少年の周りを移動し始め鎌で草を薙いでいく。それを数回繰り返すと、少年の周りに大きな円が描かれた。


(……ここから出るなってこと……?)

そう思った瞬間、背筋が凍りついた。

草の影の奥で、複眼がわずかに光り、

少年は、ここから出るなと死に告げられた気がした。


複眼の光が消えた瞬間、周囲の気配がざわりと動いた。

円の外側で地面がかすかに震え、振動音がいくつも聞こえてくる。

草が波のように揺れ、茂みをかき分けるように鎌が現れる。また一つ、また一つと。


(……来る)


少年の喉がひゅっと鳴った。

逃げなきゃいけないのに、足に力が入らず動けない。


そのとき、胸の奥で誰かの声がした。

「生きて帰ること。情報を持ってな……それができれば十分だ」


その言葉に固まっていた体がわずかに震え、足先に力が戻る。

震えたまま、それでも一歩だけ後ろへ下がった。


(……生きて帰る。あの人が言ったとおりに)


草を踏みしめる小さな音が、自分の耳に届いた瞬間、

少年はようやく“動けた”ことを理解した。


しかし、すでに8体のグラント・リッパ―が現れ少年を囲い、牙をカチカチと鳴らしながら、いたぶる様に円を縮め始めた。


(!……どうしたらいいの?)


生きる気力を取り戻したのは良いものの、冒険者として技術が未成熟であるため、この窮地からの脱出方法が浮かばない。

この希望の見えない状況で、少年の目の前に影が落ちてきた。


ゆっくりとその影は形を変え、おもむろにこちらを向いた。


(……人なの?)


「よう、またあったな少年」


少年の視界に影が落ちる、その少し前――


リードは少年を捕まえて馬で駆け抜けるつもりだった。そして、近づくにつれ状況が悪化していることに気が付く。


「もぐ、んっぐ……やべぇ、囲まれてるじゃねえか!」


猶予がないという事は一目で理解できた。しかし、冒険者にとって馬は体の一部、失うことは出来ない。


「しょうがないか……」


そう呟き、鞍に赤い布を結び「任せた」と言葉をかけ鬣をなでる。そして、馬が理解したように鼻を鳴らす。


(……間に合ってくれよ)


リードは手綱を操り、円のギリギリを走り抜けた。

今までの経験を持って鎌の攻撃範囲を見極め、その境目を正確に踏ながら、馬の背を借り、迷うことなく死臭漂う円の中へと飛び込んだ。


そして今――

グラント・リッパ―達は足を止め、

低い振動音と牙を鳴らして二人を見ている。


「ちっ……獲物が増えて喜んでやがる」


(俺なら、こうなる前にとんずらかますんだがな……

そのための軽装だし)


群れである以上、こいつらは通常よりも難易度が上がる。

スレイヤーのパーティが数組必要になるケースだな。

となると、基本は――リーダーを落として弱体化。


思考を巡らす間にも、

彼らは再び円を縮め始め、少年が小さな声を上げた。


その瞬間、リードは左手を水平に翳し

右手で手の甲に触れる。


重りの付いた紐のようなものが射出され、

すかさず左手で円を描くように振ると、

「ヒュッ」と音を立て目の前を通り彼らの脚を止めた。


「悪いね……もう少し時間もらえる?」


左手のリールを操作し、重りを回収する。

あえてゆっくりと。

それは最初に動く個体――

群れのリーダを炙り出すために。


「ん?……意外と冷静だな、ってか余裕ってか?」


リードは口角をわずかに上げると、邪悪な笑みを浮かべた。


ゆっくりと左足を半歩ほど前に出し、左手を臍のあたりに添え、右手を高々に掲げて指を鳴らす。


「パチーーーン」


からの~


「カムオオオオオオオンヌっ!」


……その瞬間、

少年もリッパー達も、

なぜか同時に固まった。


「ギッギギィィィィ!!」


群れの中の一匹が沈黙を破る。

瞬時にその声を耳でとらえ、「み~つけた」と小さく呟き、リーダーに向け迷うことなく駆けだした。


グラント・リッパ―は発せられた命令に反応し、

一斉にリードへと目標を切り替えた。

囲いが崩れ集中攻撃が始まる。


「顔真っ赤じゃねえか、煽り耐性低すぎんだろ」


(……両サイドの奴を釣りだせるか?)


リーダーの両脇のリッパ―が鎌を走らせる。

リードはフードを切られながらも身を捻って後退した。


(よし!食いついた……あいつは動かねえな。高みの見物か)


(真横の2匹もこっちに来てる……)


ガササッ、と地を這う音が耳に入る。


(後ろの奴らも来たか、人気者は辛いね~)


さらに背後から三匹が襲い掛かる。

横なぎの鎌が風を切り裂き、フードを切り裂いた。


「ヒッ」と少年が声を上げる。

だがリードはすでに体勢を低くし、その刃を紙一重で躱していた。


(こいつらは怒り状態だと狙いが首に集中する、煽った甲斐があったな)


身体強化を掛け、さらに後方に抜ける。


(ヘイトは俺に向いてる……でも、安全に離脱するには足らない)


そして、前方に見えるグラント・リッパ―の背中に向けて、地を蹴り飛翔した。


眼下に群がるグラント・リッパ―。

その中で、リーダーだけが俺を捉えている。

着地寸前を狙い、鎌を上げて待ち構えていた。


よく言う絶体絶命ってところだな。


「だが、そいつは――弱点を知らないやつに言ってくれ」


スカウトにとって……いや冒険者にとって情報は命だ。

とりわけモンスターの弱点には、金を積んでも手に入れる価値がある。


懐に手を伸ばし、鉄製のナイフを抜く。


狙うは――目と目の間。


わずかに沈んだ、脳への直通ルート。


「お前の敗因は、俺をその目で捉えたことだよ」


ナイフは指先から離れ、

吸い込まれるように急所へ突き刺さった。


リーダーは絶命した後ピクリと痙攣し、

反射的に鎌を振り回す。

その刃は密集したグラント・リッパ―を切りつけ、

うちの一匹を仕留めた。


直後、群れの空気が一気に荒れた。

鎌と甲殻がぶつかり合う鈍い音が響く。


(リーダー不在で暴れ始めたか……これなら)


乱れた群れを一瞥して少年の方へ視線を滑らせた。


「今だ! 逃げろ……って?」


そこにいたはずの少年は消えていた。

視線を落とすと、草が細い線のように倒れている。


風じゃない。足跡の線。

その先に、薬草だけが残っていた。


(……逃げたか。ありがてぇ、負担が一つ減った)


群れに視線を向けるとリッパー達が甲殻を震わせ始めた。


(問題は……こっちだ)


リーダーを失った群れは一時的に動きを止める。

だが、その静寂は長く続かない。


(こいつら……しばらくすると“次の”リーダーが生まれる。

 そうなったら、今度は誰かが死ぬかもしれない)


逃げたい。

本音を言えば、今すぐにでも撤退すべきなんだが。


小規模でもスタンピードだ。

ここで逃げれば、この脅威は街や村へ向かうかもしれない。


手持ちの武器は少ない。

時間を掛けても全て倒すのは無理だ。

だが──時間を稼ぐことならできる。


鎌の軌道が揃い始め、

六匹の散発的な攻撃が統率され始めた。


(くそっ、準備する時間があったら……って、それは言い訳か)


そして、雪崩れ込むように一斉攻撃が襲い掛かる。


その時、遠くから蹄の音が重なり始め、

草原の向こうに複数の影が揺れた。


「リード! 躱せ!」


それを聞いた瞬間、リードは横に飛び退き地に伏せた。

幾本の矢が空気を切り裂き、グラント・リッパ―を貫いていく。


「デルヴァ―隊はシールドアタックで分断しろ!」


「おう!!」「了解!!」「あいよ!」


「一匹に複数で当たれ、ダメージはあるが油断するなよ!!」


援軍が突入し、地に伏せたリードは安堵の息を吐いた。


「なに寝てんだ? まだ仕事は終わってねえぞ」


「二匹も倒したんだ、俺にしては上々だろ?」


「ちがいねな、スカウトにしては最良の結果だ」


「ついでに新人ワーカー救出ってのもな、さっき保護しといたぜ」


デルヴァ―隊が群れを鎮圧していく様を見届け、

リードは少年がいた場所に視線を向け口を開く。


「ああ、あいつは勝手に助かっただけだ」


クリフが近づき、散らばった薬草を拾い上げる。


「……これ、あのガキのか?」


「ああ。全部捨てて走ったらしい」


足跡の線の更に先に視線を向けると、そこには防具が散らばっていた。


「生きるために、か?」


「だろうな。判断としては……悪くねぇ」


パンっと乾いた音が鳴り響き、村から信号弾が目に入る。

スタンピードの終わりが伝わった。


二人は同じタイミングで息を吐き、

そのまま顔を見合わせた。


そして、

緊張が解けたように肩の力を抜くと小さく笑った。


「……ま、あのガキ、筋はいいわ」


「次はちゃんと連れて帰れよ、リード」


「次がないことを祈ってるよ……マジでな」


草原に、いつもの静かな風が吹き抜けた。

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