4話:夕暮れに灯るもの
新人ワーカー達はギルドの扉を押し開け、
ひと息つくように中へ足を踏み入れた。
昼の喧騒とは違い、少し落ち着いた空気が流れている。
受付の奥では帳簿が積まれ、
伝書鳩の対応に駆ける姿もあった。
ジョブ持ちの冒険者たちの声にも、どこか疲れが混じっている。
スタンピードの後処理のせいだろう。
いつもの匂いに、鉄と油、薬品の匂いがわずかに混ざっていた。
この雰囲気に少し飲まれながらも、
新人ワーカー達は受付へと足を運び、次々と報告を始める。
ほとんどが胸を撫でおろす中、
一人の少年だけは、自分の取った行動を問われる覚悟をしていた。
周りの声が耳に入らない。
胸の奥で、あの瞬間が何度も反芻される。
(助けに来てもらって……置いて、逃げた)
まるで自分の代わりに差し出したように。
(でも……生きて帰れと言われた)
その言葉だけを握りしめて走った。
それでも、喉の奥に重いものが残っている。
順番が回り、報告書に手を伸ばす指がわずかに震えた。
「報告と成果をいただけますか?」
その声に肩が跳ね、胸の奥がざわつく。
ゆっくりと顔を上げ、言葉を探すように口を開いた。
「……あの……僕……
助けてもらったのに……置いて、逃げてしまって……」
受付は少しだけ目を細めて、
落ち着いた声で言う。
「生きて帰る。それが一番大事よ。
あなたは間違ってないわ」
受付の言葉を聞いても、
少年の胸の奥にはまだ重いものが残る。
「……その……あの人は……無事、なんでしょうか」
少年の問いが空気に溶けた、その時だった。
ギルドの扉が勢いよく開き、夕日の光が差し込んだ。
重装備の赤髪の男と猫背の銀髪交じりの黒髪の男が疲れた様子で入ってくる。
「はあ……だれだよ、グラント・リッパ―持って帰るっていったやつ」
「まあ、あんなに状態がいいのは滅多にないしな」
「おかげで懐は温まるがよ……」
「よかったな、パンの耳から卒業できて」
「好きで食ってたわけじゃねえよ……
こりゃ当分は筋肉痛、プラマイゼロどころかマイナスか」
ざわめきが一気に広がり、
受付の視線がそちらへ向く。
「……戻ったみたいね」
少年も、ゆっくりと振り返る。
そこに──
リードとクリフの姿があった。
二人の姿を認めた瞬間、少年の胸がきゅっと縮んだ。
受付に向かってくる。
その足音が、やけに大きく響いた気がした。
(……怒られる)
思わず視線を落とし、肩がすくむ。
だがリードは少年の前で立ち止まることなく、受付の前まで歩き、
チラリと少年見た後、革袋を受付に差し出した。
「こいつの成果だよ、レア薬草もあるみたいだ」
淡々とした声が落ちる。
少年は、胸の奥の重さが
逆に増したように感じた。
「これは忘れもんだ」
今度はクリフが少し大きめの革袋を少年に渡した。
その重みには覚えがあった。
自分が投げ捨ててきた装備に違いない。
「じゃあな」
二人は用が済んだのか踵を返し、受付を後にしようとした。
少年はそれで終わりなのと呆気にとられたが意を決して問いかけた。
「あっ……あの……!
ぼ、僕……逃げて……その……
怒らないんですか……?」
リードは足を止め、
少年に視線を戻した。
「……逃げた? 当たり前だろ」
淡々とした声だった。
「俺でも逃げる状況だ。生きて帰るにゃ当然の行動だろ?」
「だな。まあこいつは腰抜けって言われるぐらいだからな」
「リスク管理に敏感なだけだって」
隣からの皮肉に軽く突っ込みを入れたあと、
表情を少しだけ緩めて口を開いた。
「生きろって言ったし、結果も上々。
これ以上欲を出すと罰が当たるぞ」
クリフは少年の肩を軽く数回たたくと、
受付嬢は微笑んだ。
「ありがとうございます!」
頭を下げ礼を言う。
少年の足元には、数滴の跡があった。
少しの静寂の後、パンパンと手を叩く音が響き、
ギルド職員の声が場を満たす。
「お疲れさまです。北区域の鎮圧が完了したとの報告があり、
脅威は完全に排除されました!」
ギルドの冒険者達は安堵の息を吐き、
静かに報告に耳を傾けている。
「緊急クエストは完了です!
つきまして、追加報酬で食事とお酒がふるまわれます。」
待ってましたと言わんばかりに声が上がる。
「よっしゃ!宴会だ!!」
「待ってました!!」
「今日はとことん飲むぞ!!」
冒険者にとって部位素材も大事だが、
生きていることを実感するこの瞬間がたまらないのだろう。
「お~お~、現金な奴らだね、全く」
「このために生きてる……って言っても過言じゃねえなアレ」
「まあ気持ちは分からんでもない……お前はどうする?」
「マジで疲れてるから帰って寝る……
腹はパンの耳で膨れてるしな」
クリフに別れを告げ、ギルドを出ようとしたとき、
背後から声が飛んだ。
「ぼっ僕は……フィン・トリンケットって言います!
おっお名前を……教えてください!」
「おっおう、俺はリード・ハーヴェイだ」
フィンは涙をぬぐいなが、必死に言葉を続ける。
「リードさん本当にありがとうございます!
師匠と呼ばせてください!!」
その言葉には、
“この人がいなければ今ここにいない”という
まっすぐな想いが詰まっていた。
リードは一瞬だけ目を瞬かせ、
ほんのわずかに眉を寄せた。
「え? 普通に嫌だけど」
えっといった表情で固まるフィンを見て、
クリフは笑いをこらえるのに必死だった。
リードはそれを横目に、
小さくため息をつき、歩き出す。
「師匠とは呼ばれたくないんだよ……
平穏に暮らしたいんだ俺は」
その言葉だけを残し、
リードは夕日の中へと消えていった。
フィンはその場に立ち尽くしたまま、
胸の奥で、何かが静かに灯った気がした。




