クロエの代償
それから王妃とダミアンをはじめとする咎人たちは改めて正式な裁判にかけられた。
二人は処刑が決まり、王妃に追従していた貴族たちもローラン家の寄子を含めてそれぞれに処罰が下った。
一連の顛末は王国に広く知らされ、貴族社会には激震が走った。国王ジェラールもただですむはずがなく、責任を取って隠居を余儀なくされた。
リュシアン王太子が成人するまでの約二年間は、王妹のセギュール公爵夫人が中継ぎで女王に即位することになった。
カルロには、彼自身とその子孫がマグノリア魔法王国の王位継承権を放棄することと引き換えに、養父のもとへ帰ることが認められた。
そしてレオノールは親たちの被害者であった一面が考慮されつつ、リシャール伯爵一家を鉱血病で不当に苦しめるなど王妃の悪行に加担したため、王位継承権の剝奪と修道院入りが決定した。
「……いろいろと、すまなかった。レオノール」
レオノールが修道院へ護送される日、見送りに来たリュシアンは憔悴した顔で頭を下げた。
以前の自信に満ちた王子様ぶりはどこへやら、二年でものにしなければならない帝王学と心労で、げっそりとやつれてしまっている。
反対にレオノールは清々しさすら感じさせる溌剌とした表情をしていた。
「別に構わなくてよ、王太子殿下。私だって誤解されるようにふるまっていたしね。それにあと二年で王になる方が、簡単に頭を下げていいのかしら?」
「謝るべき相手に謝罪できないよりはいいだろう」
目の前の異母妹たちに謝罪一つしなかった父親を思い出し、リュシアンは諦観の表情を浮かべた。
結局レオノールは、嫌味以外で彼を「お兄様」と呼ぶことはなかった。
それはそうだ、あれほど献身的に守ってくれる双子の兄がいたら、気が向いたときに咎めるだけの自分を兄なんて思えなくて当然だろう。
リュシアンは罪悪感に満ちた表情で、レオノールの隣に護衛として立っているカルロを窺った。
「王になるのが私で、本当にいいのだろうか。本物のリュシアンは君なのに」
「まさか俺に王になれって?堪忍してや。十歳まで中途半端な王女様教育しか受けておらんのに、無理無理」
笑顔で全力拒否したカルロはふと真顔になり、リュシアンに一歩近づいた。
「もしも俺たちに悪いと思っているなら、よき王になれ。それが、俺たちが舐めた辛酸も知らずにのうのうと暮らしていたあんたにできる償いや」
「承知している。叔母上やお爺様も助けてくださるから、次期王としての責任は果たすさ」
リュシアンの後ろ盾として実の祖父セギュール前公爵がはりきっており、今まで他人として接してきた分を取り返すように全力で支えている。
決意を込めた顔で、リュシアンは異母弟妹たちに呼びかけた。
「……もしも私が王としての責任を全うできたなら、手伝ってほしいことがあるのだ」
「なんや?」
怪訝そうなカルロたちに、リュシアンは前々から考えていたことを明かした。
「建国の英雄はマグノリアなのに、王位についているのは弟子の子孫である我々というのは図々しいと、昔から思っていて。かといって、今更ローラン家に王権を渡すこともできないだろう?」
「ローラン家の奴ら、放っておいたら魔法の実験に没頭して国政どころじゃなさそうだものね」
「失礼だぞ、レオノール。……けど、正直なところ私も同感だ。だからこの国も、いずれはリケッツアに似た共和制のような制度を採り入れられないか考えているのだ」
リュシアンの言葉に双子が目を丸くして、顔を見合わせた。
「もちろん、今すぐにという話ではない。けれど、もしも将来この話が現実味を帯びてきたときには、君たちの力も貸してもらえないだろうか」
「……まぁ、考えといたるわ」
頼られたのが案外嬉しかったのか、照れ隠し気味にカルロが頷いた時だった。レオノールを護送する馬車の御者が「準備できました」と声を上げた。
「じゃぁ、私たちはもう行くわね。そっちも色々大変だろうけど、がんばって。お兄様」
少々そっけないが、はじめて皮肉を感じさせない「お兄様」の言葉を聞いて、リュシアンは驚きに目を見開いた後、はにかんだ笑みを浮かべて頷いた。
そうして彼は異母弟妹の乗る馬車を、姿が見えなくなるまで見送っていた。
ところ変わって、王城の塔の一角である。ここにも、密かに修道院に向かう馬車を見送るものがいた。
「直接お見送りに行かなくてよろしかったのですか、クロエ様」
城の門を出ていく馬車を見つめるクロエに声をかけたのは、トリスタンだった。
「お別れなら昨日済ませた。それに私はリュシアン殿下と違って、行こうと思えば修道院に会いに行けるからね。今日くらいは兄妹水入らずで過ごしてほしいじゃないか」
「リュシアン殿下が心労で胃を痛くしていないといいんですが。カルロのやつが余計なこと言いそう」
「心配ならあなたこそ付いてさし上げればよかったのに」
くすくす笑いながら、クロエは空を見上げた。
レオノールたちの新しい旅立ちを祝うように、雲一つない青空だ。秋の始まりの爽風がクロエの長い紺色の髪を乱す。クロエは髪を抑えながら、トリスタンを振り返った。
「私たちの近衛業も、今日でおしまいだな」
「全て解決してすっきりしたようなお顔をなさっていますけど、レオノール王女が治療してくれるまで気は抜けませんよ?」
「それはそうだけれど。この数か月は諜報活動に転移魔法の完成に、とんでもなく忙しかったのだから、ちょっとくらい達成感に浸ってもいいじゃないか」
クロエが唇を尖らせると、仕方ないなぁ言いたげな顔でトリスタンが隣にやってきて、労うように頭をなでられた。
こそばゆさに笑いながら彼をうかがうと、表面上はいつもと変わらぬトリスタンのように見える。
けれども、彼が無理をしていないかクロエは心配だった。
先日、王妃に先んじてダミアンの処刑が決行されたからだ。
長年の側近に裏切られた怒りや悲しみはすぐに消えないだろうけれど、少しでも早くトリスタンの心が癒えればいい、とクロエは思う。
「さて、明日からまた慌ただしくなるぞ。あなたの寿命を延ばす方法を考えなければならないし」
一連の騒動が大方片付いて、トリスタンの時戻しの代償に関してようやく本腰を入れられるようになった。
おそらく彼が前回生存していた冬までは生きていられる可能性が高いが、それ以降はあとどれほど寿命が残っているのか、正確なところは不明だ。
ただ魔力の疲弊具合で、寿命が長くないとわかっているだけである。
それにクロエにはもう一つ、婚約者に打ち明けておかねばならないことがあった。
「ところで、トリスタン。……実は私、春からずっと、月のものが来ないんだ」
最近はとてもそれどころではなかったので、二人は妊娠に至るような行為はしていない。トリスタンが驚愕に目を見張った。
胸の痛みを隠して、自分は上手く笑えているだろうか。これから口にする提案を、何でもないことのように言えるだろうか。埒もない自問を繰り返しながら、クロエは穏やかに微笑む。
「私の代償は、生殖能力だった。だから、もしも子供が欲しいなら――婚約を、解消しようか」
声が震えないようにするのが精いっぱいで、クロエは自分が抱きすくめられていると気づくのに少し遅れた。
「嫌です」
なりふり構わぬ即答に、クロエは泣きそうになるのをこらえた。
「トリスタン。私はあなたの子を産んであげられないんだよ?主治医の先生に何度も確認して、それでも、だめだった……」
血を繋ぐのは貴族の義務だ。血統魔法を保持するマグノリアの子孫ならなおのこと。
魔力の強いトリスタンが子孫を残さないなんて事は、次期魔法卿として許してはならないのに。
「子に恵まれない夫婦なんてたくさんいます。血族婚の多い俺たち一族なら猶更です。うちが三兄妹なのが、奇跡とまで言われたのですよ?」
跡継ぎが必要なら養子をとればいい。誰にも文句は言わせない。自身の短命ゆえに、跡継ぎについては前から考えていたのだろう。トリスタンの口振りは淀みなかった。
「はじめのうちは俺も、考えていました。最悪の選択ばかりして長く生きられそうもない自分に、クロエ様の隣にいる資格があるんだろうか。あなたのためを思うなら、婚約を解消して離れるべきだって」
きれいな顔立ちとは裏腹に、しっかりと硬くて長い指がクロエの髪を撫でる。誰よりも繊細に美しく魔力を操り、いつだって一番に自分を支えてくれた、クロエの大好きな手。
「前に、誰かあなたにお似合いの男と幸せになってほしいと言った時。……本当は嫌だった。俺以外の男がクロエと人生を共にするなんて、想像だけでも嫉妬でおかしくなりそうだった」
トリスタンの腕の中でクロエが顔を上げると、紫の瞳が切なげに揺れていた。
「俺のことが嫌いになったわけじゃないなら、どうか婚約解消なんて言わないで。一緒にいられる時間が短かったとしても、最後まであなたのそばにありたいのです」
覚悟を感じさせる声に、クロエはトリスタンの背中に腕を回した。
「ごめん。馬鹿なことを言った。もう一人にしないでって言ったのは、私だったのに。……家族を増やしてあげられないけれど、ずっとそばにいてくれる?」
「当たり前です」
ぎゅっと力強く抱き返され、申し訳なさと安堵でクロエは胸がいっぱいだった。
その後クロエはどんなに反対されようと押し通すつもりで、改めて両家の家族に婚約の続行を宣言した。
「かまわないよ。私たちとしても初めからそのつもりだったし、女王陛下の許可もあるからね」
宣言を受けた親たちの反応はあっさりしたものだった。「いまさら自分たちが反対するとでも?」と言わんばかりのシリルに、クロエは肩透かしを食らう。
「いいのですか?」
「そりゃぁ本来は文句を言いたい親戚もいるだろうけど、文句を言いそうな輩ほど今はそれどころではないからね」
王妃失脚の余波で、公爵家を裏切っていた寄子はとてもクロエの縁談に横槍を入れられる状況ではない。
「なにより、君たちはずっと一緒にいるために今まで頑張ってきたのだろう?面倒なことは私とディアナが引き受けるから、今のうちに籍だけも入れてしまいなさい」
というわけで、クロエとトリスタンはすんなり夫婦になることができた。
宣言通り、政治周りの面倒ごとはローラン当主夫妻やラザロが請け負ってくれたので、二人の時間を最優先に過ごすことができた。
トリスタンの寿命を反故にする研究は諦めずに続けていたけれど、研究以上に共に過ごすことを心がけ、時は穏やかに過ぎていく。
そして、運命の冬の日がやってきた。
ここ最近、「ジャンル:異世界恋愛」が迷子気味だった(というか主役二人の影が薄かった)のでちょっと戻ってきてもらいました。
主人公の両親が存命なので、ラスボスとの対決は親世代の仕事になってしまったなぁという印象。
未成年の主人公が活躍する話では、親がいなかったり頼りにならなかったりするケースが多いのも納得です。
まともな親がいたらそもそも子供が活躍する機会がないんだよ。そこを説得力のある主人公の見せ場に持っていくのが作者の腕の見せ所なのでしょうけども。
さて、今作もそろそろ完結が見えてきました。たぶん30話まではいかないんじゃないかな。




