レオノールの魔法と罪
話はひと月以上遡る。
密偵カルロの協力を得たクロエたちは、彼のもたらした情報の裏付けに奔走していた。
王妃から身を隠さねばならないカルロとの接触はあまり多くないが、それでも裏事情を知る彼からの協力は絶大だった。
むろん王妃方の誘導ではないか、情報を一つ一つ吟味しながらではあったが、今まで見当違いのところを探って全く進まなかった調査を思えば十分な進歩である。
難航したのはむしろレオノールの説得で、彼女はカルロの提案を頑なに受け入れなかった。
「ローラン公爵家と手を組む!?正気なの、カルロ?そんなの、いいように情報だけ抜き取られて、最後にはお母様と一緒に処分されるに決まっているじゃない!」
「そうは言うてもな、レオノール。このまま手をこまねいておっても、事態はよくならんやろ。それに、ホンマにクロエお嬢さんに不幸になってほしいわけやないやろ?」
「それは……でも、お母様を裏切るようなことなんて、できないわ……!」
カルロが何を言っても話は平行線だった。調査が進み、カルロの証言に信憑性が増すほど、焦れてきたのはクロエの方だ。
「いい加減になさってください、レオノール様」
ある日、しびれを切らしたクロエはついに実力行使に出た。
近衛の当直日、話が漏れないよう王女の部屋の周囲をローラン家の配下で固め、トリスタンと共にカルロの首根っこを引きずってレオノールへ直談判したのだ。
王妃の耳目になりそうな人員は排除したとはいえ、この騒ぎが露見すれば一巻の終わり。危険な賭けだった。
「クロエ!?ちょっと、あんたなにやって、カルロを放しなさい、放しなさいよぉ!」
部屋にはクロエとトリスタンと双子だけ。捕縛された罪人のごとき片割れを目にしたレオノールは、カルロに取りすがった。
「私のことが憎いなら、私を攻撃すればいいじゃない!そいつはただの商人なんだから、痛めつけたって無駄よ!」
内心、片割れを盾にして脅すやり口に罪悪感を覚えながら、クロエは王女に問いかけた。
「そんなにお兄様が大切なら、わたくしの話を聞いていただけますね?」
お兄様、の一言にレオノールが目を見開く。
「どうしてそれを……カルロ、あんた、いったいどこまで喋ったの……?」
「お二人の生い立ちと王妃様の目的は聞きました。手を組みませんか、レオノール様。我々もあなたたち兄妹も、王妃様を止めたい。目的は一致しているはずです」
「……そんなの、信用できない。私がしてきたこと、全部水に流して手を取り合えるようなことじゃないって自覚くらいは、あるつもりよ」
レオノールは馬鹿の振りがうまいだけで、本物の愚か者というわけではないのだろう。
すぐ提案に飛びついてこない用心深さに、クロエは感心と歯がゆさを同時に抱いた。
「ですが、時間稼ぎばかりしていたところで事態が好転する見込みはありませんよ?」
「そんなのわからないじゃない!お母様は、本当は優しくてかわいそうな方なのよ。いつか、私たちを大好きだって言ってくれたお母様に戻ってくださるかもしれないじゃない!」
「そんな時は来ません」
駄々っ子のように叫ぶレオノールに、クロエはきっぱりと言い返した。そして、カルロにはどうしても言えなかった現実を突きつける。
「ねぇ、レオノール様。本当に王妃様があなたを愛しておいでなら、どうしてローラン家の血を引く子供をあなたに産ませたがるのでしょう?」
クロエの問いかけに、レオノールは青ざめた。彼女だって本当は、気づいているはずだ。
「やめて、言わないで……!」
そもそも、前提の話として。時戻しの魔法は王と公爵の承認のもと、マグノリアの血筋のものが使える魔法だ。
時戻しの魔法を使うのに、王家と公爵家両方の血を引いている必要はない。
「どうしてレオノール様の評判と純潔を汚す必要があるのです?あなたに淫らな行いを強要しなくとも、王妃様ご自身がうちの血族を誑かせば済む話」
「い、いや……!」
「……王妃様は、あなたが裏切らないよう共犯者にしたいだけですよ。これが娘を愛する母親のすることですか?」
「やめてよ!わ、私が不出来だから愛されないだけで、お母様の役に立てばきっと」
「どんなにあの方の役に立とうと、あなたが道具以上になれることなどありません!」
これ以上現実から目をそらすのは許さないとばかりに、クロエはレオノールの肩をつかんだ。
「王妃様の人生をやり直すために自分の尊厳を売り渡して、これが本当にあなたの望みなのか!?」
レオノールは崩れ落ちた。いつもの尊大な態度が嘘のように小さく体を縮めて、震えながら大粒の涙をこぼしていた。
それからしばらくして、力なく首を横に振る。
「わ、たし、私だって、嫌よ、男たちに裸を見られるのも、触られるのも、婚約者のいる男にべたべたするのも、気持ち悪い……!」
本当は、と消え入りそうな声で彼女は続けた。
「レオノールとお母様と、三人であのころに戻れたら、それでよかったの」
ようやく本当の願いを口にしたレオノールの背中に、クロエは両腕を回した。
「ならちゃんと『助けて』と言ってくださいよ。言ってくれなきゃ助けに行けないじゃないか」
優しさに満ちたクロエの声と、抱きしめられたぬくもりに、レオノールはとうとう声を押し殺して泣き始めた。
二人の様子をうんうんと頷いて見ていたカルロは、隣のトリスタンが歯ぎしりする音を聞いて恐る恐るそちらを窺った。怒りと嫉妬の形相でトリスタンがレオノールをにらみつけている。
「坊ちゃん、めっちゃ邪悪な顔してはるなぁ」
「煩い。あのクソ王女、なにをクロエ様に縋り付いているんだ俺の婚約者だぞ離れろよ厚かましい泥棒猫が……!!」
「当初の計画ではそういうセリフ、クロエ嬢に言ってもらう予定やったのに、何でこんなことになったんやろなぁ?」
「知るかよ!だいたいお前らのせいだろうが!」
「いやぁ、すんまへん」
とぼけて笑うカルロと苛立つトリスタンが漫才のようなやり取りをしているうちに、レオノールも落ち着いてきたらしい。
まだすんすんと鼻を鳴らしながらも、潤んだ目でクロエを見上げた。
「まだ、私に『助けて』なんて言う資格があるの……?私、たくさんひどいことをしたのに……」
「どれもレオノール様の本意ではなかったのでしょう?それに私だってあなたに助けてほしいのです。将来、私の鉱血病を治していただけませんか?」
鉱血病と聞いて、レオノールは未来に何が起こるのか、ある程度察したらしい。
「……わかった。あんたたちに、協力する。私もできるだけの情報は開示すべきね」
レオノールはそういうと、恐怖を押し殺すように両手を握って俯いた。妹が何を言い出すのかわかったのか、カルロがうろたえる。
「まさか血統魔法について明かすつもりか?何もそんな、そこまでせんでも……」
「いいえ、カルロ。協力すると決めたからには、今明かしておかなければ。なけなしの信頼すら失うことになるわ」
それからレオノールは意を決したようにクロエの腕の中から立ち上がり、三人を振り返った。
「ねぇクロエ。昔、一緒に遊んだわよね。紙の上に鉄粉を散らして、下から磁石で動かしたの、覚えてる?」
脈絡のない昔話に内心で首を傾げたものの、クロエは素直に頷いた。
「覚えておりますよ。不思議な形をたくさん作りましたね。懐かしい」
「……王家の血統魔法は、言ってしまえばあれと同じなの。私の魔力は磁石みたいに、魔鉱石を動かしたりくっつけたりすることができる」
それはローラン家の者には決して明かしてはならないはずの、王家の血統魔法の本質だ。
聞いてしまっていいのだろうかと悩むクロエを無視して、レオノールは続けた。
「鉱血病の治療をするときは、魔鉱石の粒子が排泄されるよう誘導すればいい。……あんたたちのことだから薄々気づいているかもしれないわね。やろうと思えば、逆もできるって」
一気に物騒な気配を帯びた話の成り行きに、トリスタンが警戒心もあらわにクロエの前へ進み出た。
「私には魔鉱石を作り出すことはできないけれど、鉱血病の患者から取り出した粒子を核に魔力で引き寄せて、雪玉のように大きくできる。心当たりがあるのではなくて?」
クロエを守るように立ちはだかっていたトリスタンが息をのんだ。
「冬の終わりに、俺たちリシャール伯爵家全員が発症したのは、まさか……!」
「ローラン一族の弱みを握るため、この力がどこまで使えるか実験させてもらったわ」
心臓が凍るような痛みを思い出して、トリスタンはこぶしを握り締め、しかしそれを振りかぶることはできなかった。
魔鉱石を作ることはできないというレオノールの言葉が本当なら、最初の一人だけは純粋に命を救われたことになる。
そしてあの時真っ先に病に倒れたのは、ミラだった。どんなに憎くとも、妹の恩人には攻撃できなかった。
「ミラの発症だけは、関与していない。確かだろうな?例えば過去に亡くなった罹患者から採取した魔鉱石を使った場合は?」
「確かに、城にも魔鉱石のサンプルならあるけれど……それはむしろおたくの研究分野ではないかしら?死者から取り出した魔鉱石に有害性は認められない、という研究結果があったでしょう?」
トリスタンにも心当たりの論文があったので、押し黙る。
「ミラ嬢の前の鉱血病罹患者は、十五年前が最後だったわね。私は赤子だったし、さすがに無理よ」
「……もし偽りだったら、クロエ様が止めようとお前の兄が立ちはだかろうと関係ない。必ず殺してやる」
「ええ、それで結構よ。白状した以上、罰を受けずに済むとは思っていないわ」
最終的には全員生かしたとはいえ、ミラ以外の伯爵一家を故意に苦しめたのだ。末娘一人救ったくらいで帳消しになる罪だとは、レオノール自身も考えていないようだった。
「私はどうなってもいいから、カルロの命は助けて。私と違ってずっと、お母様の陰謀を阻止しようとしていたの」
改めてクロエに向き直り懇願したレオノールは、妹の命乞いをした時のカルロと同じ目をしていた。
クロエが思わず目元を和ませると、レオノールはきょとんとした後、どうやら前向きに受け入れてもらえそうだとわかったのか、おずおずと付け足した。
「それから……一度だけでいい。できれば、お母様の説得をさせて」
「本当に図々しいな」とトリスタンが呟き、カルロが無言でビシッとはたいた。「何をする」「空気読めや」などと背後で言い合う二人を無視して、クロエは首を横に振る。
「それはおすすめできません。王妃様が正攻法の説得に応じるとは思えないので」
「そんなこと、私だってわかっているわ。でも、私にチャンスが与えられたのに、お母様に何もないのは不公平じゃない」
調査が進むにつれ、エウラリア王妃にも同情できる点があったことは判明しつつあった。
何より小さな女の子みたいに兄と母との平穏な暮らしを望むレオノールに、クロエは頭ごなしに否を言いたくなかった。
「わかりました。確約は致しかねますが、できる限り尽力いたします」
「……ありがとう」
レオノールがほっとした様子で礼を告げた時だ。扉の外を見張っていたクロエの侍女が部屋の扉をノックして、隙間から顔を出した。
「お話し中、申し訳ございません。王女殿下の侍女たちがもうすぐ戻って参ります」
それを聞いた途端、カルロの姿あっという間に物陰へ消える。
「残念だが、今日はここらが潮時だな。レオノール様、あなたの勇気ある告白に敬意を表し、我らの得た情報も共有したく存じます。後日、兄上も一緒に当家をお訪ねくださいませ」
敵意むき出しのトリスタンとは違って、表面上はにこやかなクロエにレオノールは戸惑い顔だ。
「私が言えた口じゃないけれど、あんたちょっと人が良すぎない?怒って、ないの?」
「いえ、別に殿下を完全に許したわけではありません。特にトリスタンたちを鉱血病で苦しめた件は、わたくし、これでも結構怒っているのです。ですから馬車馬のごとく働いて償っていただきますよ?」
朗らかに言い切るクロエは、ある意味トリスタンよりも恐ろしい。思わず頬を引きつらせるレオノールに、クロエはいくつかの日付を書き付けたメモを握らせた。
「これ、トリスタンとの自宅デートの日なので、逢引きを邪魔するという名目で王妃様の目を誤魔化しておいでください。ではまた」
確かにトリスタンへ言い寄る計画には逢引の邪魔も入っていたけれど、いったいどうして邪魔される当の本人が手引きしているのか。
颯爽と退室するクロエと恨みがましい目をしたトリスタンを見送り、頭を抱えるレオノールだった。
前にも書いた通りこの話は「前作をより地獄にしてみよう」が発端で、レオノールの元ネタはエイプリルなんですよ。
だから当初の予定では、レオノールはただの悪役だったんですけど。
前作は我ながら、結構芸術点の高いざまぁが書けたな、と思っておりまして。
このままレオノールの悪役路線を貫いたところで、エイプリルの下位互換にしかならないぞ?と気づいてしまったのです。
で、気づいたら第二のヒロインみたいになっていました。
ちなみに第一のヒロインはトリスタンである。
クソ婚約者と横恋慕女がダブルヒロインを務める攻めた一作です!!!(物は言いよう)




