とある復讐者の独白
王宮の庭には夏の盛りを迎えた鮮やかな花々が咲き誇っていた。
強い日差しを木々の緑が遮り、大輪のダリアやアイリスの上に木漏れ日が丸い模様を描いている。
マグノリアは国土に山岳や森林が多く、標高の高いため夏でも過ごしやすい。
王妃の宮ともなれば、最新の魔道具によって温度も湿度も快適に保たれている。
エウラリアは薄絹を重ねた日除けの中で寝椅子の上にしどけなく横たわり、夏の庭を眺めていた。
しかしながら明媚な庭の様子とは裏腹に、エウラリアの心中は荒れ狂っている。
(いったいどういうこと。ようやくここまで漕ぎ着けたというのに。何もかもうまくいかないなんて……!)
春ごろまでは順調だった長年の策略が、この二、三か月のうちに頓挫の兆しを見せていることが王妃のいらだちの原因だった。
首尾よくレオノールの護衛にトリスタンが収まり、さっそく二人の真実の愛を社交界に流布したものの、結果は芳しくない。
それどころか近頃はレオノールのほうがクロエとトリスタンの間に横恋慕したような言われようだ。
肝心のトリスタン本人も、エウラリアに似て顔立ちは絶世の美を誇るレオノールに見向きもしない。王妃にとってはらわたの煮えくり返るような屈辱だった。
(わらわと同じ顔をしておきながら、取るに足りない伯爵子息一人篭絡できないとは。こんなに不出来な娘を持つ母はなんて不幸なのでしょう)
思えば、自分の人生は不遇の連続であったとエウラリアは嘆いた。
エウラリアの母親は美しさしか取り柄のない、旅芸人の踊り子だった。
リケッツアで年に一度開かれる盛大なカーニバルにて、通商連合国の首長に見初められたのが運の尽き。
若さと美貌を保っていた内は、世界有数の金持ちである首長の妾として溺愛されていた。
しかし、その愛に胡坐をかいて贅沢と暴飲暴食を繰り返すうち、唯一の長所であった容姿はみるみる衰えて、あっという間に捨てられた。
最後には無残な水死体となって、下町のドブ川に浮かぶことになる。
エウラリアが六つか七つのころだ。殺したのは正妻なのか、取巻きをしている良家出身の愛人か、それとも父である首長なのか、未だにわからない。
(あんな風にはなりたくない)
ヒステリーを起こして喚き散らすばかりだった母親の死は悲しくもなんともなかったが、こんなみじめな死に方はしたくないという忌避感だけは強く残った。
母親が零落する以前から正妻やその取巻きたちには「どこの馬の骨とも知れぬ女が産んだ卑しい娘」と蔑まれてきたエウラリアは、それからというもののますます冷遇された。
ヴェルリ家は有力氏族との婚姻によって勢力を拡大してきた家なので、政略結婚の駒となるエウラリアに肉体的な虐待をされることはなかった。
しかしその分教育は苛烈で、父の正妻や愛人、異母兄弟姉妹たちは口さがなく嫌味をぶつけてきた。
「お前の母は愚かだから死んだのよ」
いつだったか父の正妻から嘲笑われたときは激しい羞恥を覚えたが、言われた内容自体はその通りだとエウラリアも思った。
だからエウラリアを潰すことが目的のような厳しい教育にも食らいつき、どん欲に知識を学び、美容を磨いた。
物心がつく前は優しかったような気がする父親から、見向きもされなくても。
父の正妻や愛人たちから嫌がらせを受けても。
異母兄弟姉妹たちが、それぞれの母親から愛情と金銭をかけられて幸せそうにしているのを見ても。
エウラリアは歯をくいしばって耐えてきた。
父の妾の中には表向き心配そうな顔をして「大丈夫?」などと声をかけてくる下賤の女もいたが、母親と違って賢いエウラリアは騙されなかった。
「娼婦ごときが気安く触れるな!」
その女の息子は断種の処置をされ密偵になることが決まっているので、きっとエウラリアを騙して鬱憤を晴らすために近づいてきたに違いない。
よしんば真心からの気遣いだったとして、弱肉強食の上流階級で人の良さが何の武器になるというのか。食い物にされるだけだ。
そんな少女時代を過ごしたエウラリアは、美しく社交術に優れる一方で猜疑心の強い娘に成長した。
ちょうどそのころ、隣国マグノリアでは深刻な飢饉に瀕していた。
「これは大国に食い込むまたとない機会だ」
久々にエウラリアの存在を思い出した父親に呼ばれてきてみれば、リケッツアの頂点に君臨する男は野心に満ちた顔で笑っていた。
「お前とジェラール王太子の婚姻が決まった。食料物資援助と引き換えに、あちらが乞うてきた婚姻だ。しくじることなく、奴らの血統魔法の恩恵をわが家にももたらすのだ」
「……かしこまりました、お父様」
魔王封印の勇者の仲間が一人、魔女マグノリアの特別な「時戻し」の魔法の逸話についてはエウラリアも知っている。
しかし時を遡るなんて無法はおとぎ話の世界だと、この時は考えていた。
(実在するかもわからない魔法に固執するなんて、お父様も耄碌したものね)
内心で父親を嘲る彼女だったが、家長の取り決めた婚姻に逆らう術はない。
というよりも、正直なところ、この結婚には大いに乗り気だった。
(賎陋と蔑まれた私が王太子妃になるだなんて!やっと、やっと努力が報われるのだわ!)
飢饉という弱みは相手にあり、あちらから妃にと懇願してきたなら、きっと丁重に扱われることだろう。
そして生まれてきた子供には、自分が与えられなかった愛情をたっぷり注いであげるのだ。
生まれながらの高貴な王子様に愛され幸せになる自分を想像して、エウラリアは迂闊にも舞い上がってしまった。
ところが現実は、彼女が考えるほど甘くはなかったのである。そんなことは、とうの昔に思い知っていたはずなのに。
思い返せば初めから、違和感はあった。
大量の支援物資とともに輿入れしたエウラリアは国民にはたいそう歓迎された。
「遠路はるばるようこそいらっしゃった、ヴェルリ嬢。これからよろしく」
その一方で、夫となるジェラール王子の対応はどこか堅苦しいものだった。
気品ある精悍な王子をエウラリアは気に入ったが、熱烈な愛を注がれるだろうと予想していただけに物足りなさも感じた。
エウラリアの美貌に臆しているのだろう、と努めて好意的に捉えるようにはしたが、違和感は日に日に大きく膨らんでいく。
ジェラールの接し方は決して粗略なものではなく、民から救国の女神と謡われるエウラリアにふさわしい丁重さではあった。だが、それだけだ。
この目をどこかで見たことがある。実家の使用人だ。
リッケッツア首長の娘だから仕方なく。義務的に、丁寧に接している。
一度気づいてしまえば、言葉にせずともジェラールの目が「お前を愛することはない」と言っているのが瞭然だった。
極めつけが、とあるメイドたちの愚痴だ。
「はぁ。王大使妃殿下の我儘にも困ったものだわ」
「本当にね。何にも知らない民は女神だなんてあがめているし、実際救援はありがたかったけど」
「あれが気に入らない、これも嫌だって、この国難の時に、いい加減にしてほしいわ」
エウラリアに聞かれているとも知らず、躾のなっていないメイドたちが好き勝手に話している。
国が困窮している時こそ王太子妃として品位を保つのは当然のことだ、と叱責しようとしたエウラリアは次の瞬間凍り付いた。
「はぁ……予定通りアンリエット様がお輿入れしていれば、こんなことにはならなかったのに」
「あら?それは、どなた?」
怯えるメイドを脅しつけ、聞き出したのは屈辱極まりない話だった。
ジェラールには仲睦まじい婚約者があって、今もその娘を想っている。あろうことかその令嬢は王太子の子を妊娠までしているというのだ!
許されざる裏切りだった。
「あなた!どういうことです!!?」
エウラリア自身も妊娠初期で、不安定な体調を押して訪れたというのに、執務室で彼女を迎えたジェラールは一瞬うんざりとした顔をした。
「エウラリア。私は飢饉の対応で多忙を極めている。話なら後にしてくれないか」
「話なら」の前に「くだらない」という修飾語がついていそうな口ぶりのジェラールだったが、アンリエットの名前を出すと態度を一変させた。
「彼女のことをどうやって調べた……?いや、そんなことはどうでもいい。アンリエットに手を出せば、ただではおかない」
「あら、恐ろしいこと。だいたいあなた、そんな口を利ける立場なのかしら?セギュール公爵令嬢はあなたの子を妊娠までしているらしいじゃない?立派な不貞行為ですわ」
「我々の間柄はそんな汚らわしいものではない!君との婚姻が決まってからは、誓って彼女には指一本触れていない!」
言い返すジェラールの目には今やはっきりとエウラリアに対する敵愾心があった。
「異国人の君にはわからないだろうが、我々には血統魔法の復活という崇高な使命と、何より婚約者として長年育んできた真実の愛があるのだ」
要するに子を授かるようなことをしたのはエウラリアとの婚姻が決まる前だから不貞ではない、というのがジェラールの言い分だったが、エウラリアにしてみればそれこそとんでもない話だ。
商人の国、リケッツアでは契約は何よりも重いもの。
中でも国家の柱となる王家の婚姻という契約を蔑ろにしておきながら、自分にも相手の女にも罪はないなどと戯言をのたまうジェラールの神経こそ唾棄すべきものだった。
そんなに大事な婚約者ならば、正式な婚姻前に手を出すはずがない。
つまり自分は、性欲に負けて手を出す程度の端女にすら、負けたのだ。
エウラリアの怒りと屈辱は凄まじいものだった。
それからほどなくして、公爵令嬢アンリエットは隠遁先の修道院で男の子を産んで亡くなった。
「……君が何か、したのか?」
ジェラールはただ一度だけ、エウラリアにそう尋ねた。
「いいえ?もしもわらわが手を下すなら、胎の子ともども始末するもの」
それをジェラールが信じていないのは明らかだったが、エウラリアは本当に何もしていない。
もっとも、不自由なく育ってきた公爵令嬢が、医療体制の不十分な田舎の修道院で出産に臨み、無事でいられる可能性は低いと予想はしていた。
予想したうえで、何の対策もしなかったのは別にエウラリアの責任ではない。
(なにがなんでもわらわを悪者にしたいのね)
ならばお望み通りに振舞ってやろう。エウラリアはむしろ楽しそうに微笑んで、近頃大きくなり始めた自分の腹を撫でた。
(わらわの味方はあなただけ。あなたの味方もわらわだけ。愛しい子。可愛い子。きっとお母様が、奴らから全部を奪って、あなたに与えてあげますからね)
そうして半年ほどたったのち、エウラリアは男児と女児の双子を産んだ。
ジェラールは顔も出さなかった。
王位を継ぎ、飢饉の後始末もあって多忙だと言い訳をしているわりに、少しでも時間ができれば片田舎の修道院へ忍んでいるらしい。目的は言わすもがな。
エウラリアのほうでも疲労困憊しているときにあの腹立たしい男の顔など見たくはないので好きにすればいいが、我が子のことは気がかりだった。
文明国家では廃れた考え方だが、古い伝承を継ぐ旅芸人の間で双子は不吉なものとされている。
それは旅暮らしの中で多胎児を出産するにはリスクが跳ね上がる故の迷信だが、一方で嫌な予感がした。
生まれた子供たち、リュシアンとレオノールはひどく体が弱かった。
どんなに体調管理に気を使っても頻繁に熱を出し、常にどちらか一方が、あるいは両方が泣いている。
ジェラール王は一度だけ双子の顔を見に来て、目にするなり
「……私には似ていないな」
とだけ呟いて去っていった。
(ふざけるな!わらわをお前のような不貞の輩と一緒にするな!この子たちは、お前の子だ!!!)
エウラリアは双子が自分に似ていてよかったと思った。あの男に少しでも似ている部分があったら、子供たちを愛せる自信がなかった。
最初から期待などしていなかったが、夫は双子に無関心だった。というよりも、あの様子では毒でも盛って子供たちを殺す気かもしれない。
(きっとそうだわ、この子たちの体が弱いのは、あの男が何かしたからに決まっている!母親のわらわが子供たちを守らなくては……!)
嫁ぎ先が用意した医師や使用人は信用できないため排除し、双子の世話は実家から伴ってきた中でも、明確な弱みを握っている者にだけ許した。
それでも不安でたまらず、睡眠時間を削って自ら子供たちの世話と看病をした。
慢性的な眠気と疲労感、時にはなぜだか涙が止まらなくなることもあり、あれほど気を遣ってきた美容もボロボロだ。
王妃としての公務は滞りがちになり、何とか気力を振り絞って出席すれば、ジェラールには汚物でも見るような顔で
「自己管理もできないのか。甘えているな」
と吐き捨てられる。
(どうして、どうしてわらわはこんなに頑張っているのに不幸なの?)
深夜、熱を出して泣き叫ぶリュシアンを抱いてあやしながら、エウラリアは絶望していた。
(わらわはこんなにかわいそうなのに、いいことが一つもないなんておかしい!おかしい!!)
その時ふと、彼女は輿入れ前の父親とのやり取りを思い出した。マグノリアの「血統魔法」の恩恵をリケッツアにもたらすという密命。
「……そうだわ。きっと、時戻しの魔法は、本当にあったのね」
人の努力も幸せも、すべてを蹂躙して無かった事にする魔法。エウラリアが不幸なのは、そんな邪法が使われたせいに違いない。徒労感と憎悪で半ば正気を失っていた彼女は、そう確信してしまった。
(復讐してやる。わらわを侮り、嘲った者ども全部に、思い知らせてやる)
狂気にかられる母の腕の中で、リュシアンが泣き止んだ。症状が治まったのではない。もはや泣く体力も失って、死んだように気を失ったのだ。
「ああ、リュシアン、お願いよ、お母さまを置いていかないで。あなたがいなくなったら、あの女の産んだ子が王になってしまう……!」
エウラリアは息子の小さな体に縋りつくように抱きしめて、それから自分の言ったことを胸の内で反芻した。
(あの女の産んだ子を王に……?そうよ、いっそ、そうすればいいのではなくて?)
どうせ時戻しの魔法を手に入れて、すべてなかったことにするのだ。
このまま子供たちが夫に殺される恐怖に怯えて暮らすくらいなら、一時の屈辱に膝を折ればいい。
愛した女の子供を王位につける希望を見せてから、夫を地獄に叩き落とせばどんなに爽快だろう?
エウラリアは無邪気な少女のようにうっとりと笑うと、その足でジェラールの寝室に向かった。
王妃権限で不寝番の使用人を追い出し、夫をたたき起こす。
「陛下。取引をいたしましょう?」
二人きりの部屋の窓では満月が浮かんでいた。
真夜中の月光を背負い、動かない赤子を抱いた幽鬼のような妻に、嫌悪と狼狽と、微かな怯えをのぞかせる夫が滑稽で、エウラリアは凄艶に微笑んだ。
「リュシアンが死んでしまったの。ねぇ、修道院のあの子を代わりに下さいな?」
「な、にを、言い出す……!?あの子に何をする気だ!?」
「心外だわ。リュシアンに何かしたのはあなたのほうでしょう?でももういいの、仕返しにあなたを殺したところでこの子が生き返るわけでもないし。わらわが息子を失ったみじめな母親にならなければ、それで十分」
利己的な表向きの理由を告げれば、ジェラールの表情に納得の色が浮かび始めた。
「……何を企んでいる?」
「リュシアンの死をなかったことにしたいだけですわ。あなたにとっても悪い話ではなくてよ?名目上はわらわの子になるけれど、彼女の遺児が王位に就く……きっとお喜びになるのではなくて?」
ジェラールが息をのみ、目を見開いた。あともう一押し、と内心でほくそ笑む。
「大丈夫、子供たちの姿を知るものはほとんどいませんもの。誰も入れ替わりに気づかないわ。入れ替わりが露見したところで、陛下の子には違いないのだから、困るのはむしろわらわの方でしょう?」
「しかし、あの子の教育を君に任せるのは……」
「養育は今まで通りあなたにお任せいたしますわ。王太子教育に口は出しません。その代わり、レオノールの教育にはこれからも口を出さないでいただきたいの」
アンリエットの子を手元で堂々と育て、将来は王に。あまりにも甘美な餌をぶら下げられて、ジェラールが懊悩していたのはわずかな時間だった。
「……臣下の手前、多少はお互い親らしい演技をするのなら、よかろう。君の提案を吞んでやる」
「ふふ。ありがとう存じます」
「新しく王太子教育の計画を練らねばな」
目が冴えてしまったのか浮足立った様子で机に向かい、あれこれと取り寄せる玩具や教本を書きつけ始めたジェラールを、エウラリアは冷たい目で見下ろした。
リュシアンが本当に死んでいるのか触れてみることもしなければ、秘密裏に葬儀の手配をする話も出なかった。
落胆はしなかった。
こういう男だとわかっていて提案したのだから。
ただ、夫への嫌悪と憎悪がより一段とどす黒く湧き上がってきただけだ。
エウラリアは息子が目を覚ます前にさっさとその場を後にして、王宮の奥深くに隠された子供部屋へ戻ってきた。
「大丈夫よ、レオノール。お母様は、あなたを殺したりしませんからね」
たった今、社会的に抹殺した息子へ呼び掛けた。
「きっと、ふたりに分かれて生まれてきてしまったから、あなたたちは不完全だったの。あなたは二人で一人のレオノールよ、可愛いわらわの娘」
その言葉を証明するように、一歳を過ぎたころからレオノールたちは徐々に体調を崩すことが減ってきた。
半年先に生まれていた健康なリュシアンと並べても違和感がなくなるには、二歳ごろまで待たなくてはならなかったが、臣民にお披露目しても双子を疑う者はいなかった。
お披露目の日、リュシアンの装飾品をジェラールが用意していたものからリケッツア金貨を模した飾りへひそかに取り換えさせたときの、王の狼狽ぶりは笑えた。
「お前の息子はいつでも殺せる」という脅しを正しく受け取ってくれたようで何よりである。これで、ジェラールの動きは封じたも同然だった。
それからエウラリアは衰えた美貌を磨きなおすと、マグノリアの宮廷に君臨すべく立ち回った。
金と権力で脅し、時には懐柔し、恩を売り、弱みを握れば、たいていの人間は最終的にエウラリアの言いなりになった。
あとは悪の首魁たるローラン家から魔法を奪えば野望がかなう。ようやくそこまでこぎつけたところだというのに。
物思いにふけっていたエウラリアは、寝椅子のうえでゆっくりと体を起こした。傍には大理石のサイドテーブルがあり、銀の盆に並べられた宝石のような細工の小さな菓子が並んでいる。
王妃はいら立ちに任せて銀盆の淵に手をかけると、勢いよくひっくり返した。
金属と石のぶつかり合う硬質な音が響き、地面に転がった菓子が無残に崩れ汚れていく。
「忌々しい!お前までわらわを裏切るというの、レオノール!!!」
エウラリアの手には手先がもたらした凶報が握られていた。
レオノールがトリスタンを口説くためと弁解しながらローラン邸を訪れたこと、公爵家と結託した可能性が示唆されている。
魔法で報告書を灰になるまで燃やし尽くした王妃は、報告者を伴い娘の部屋を訪れた。
「レオノール。さっきまで出かけていたようだけれど、どこへ行っていたの?」
刺々しさを隠そうともしない母親の声に、帰宅したばかりのレオノールはおびえたように後ずさり、媚びを売るような笑みを浮かべた。
「ローラン公爵家です、お母様。あ、あの、聞いてください。わたくしの密偵が、あの家の秘密を突き止めたのです!あいつらやっぱり、時戻しを使っていたわ」
そんなことは馬鹿でも予測できる。それを得意顔で報告してくる娘の愚鈍さにエウラリアが渋面になると、レオノールは慌てたように付け足してきた。
「それだけではありません。時戻しの代償は、戻った先の障害だけじゃなくて、命を捧げなくてはならないんです。私の子供を……やり直しのために孫を殺すなんて、そんなひどいこと、お母様はなさいませんよね……?」
祈るような愚直な問いかけを、王妃は鼻で笑った。
「もう、やめましょう、お母様。時間を戻したところで記憶を保持できるのは魔法の使用者だけで、お母様が人生をやり直すわけでは」
最後まで言わせず、エウラリアは娘の頬を叩いて黙らせた。
「よろしい、わかったわ、レオノール。お前が母を裏切った親不孝者だということは、よくわかりました」
「っ、ちが、お母様、やめて……!」
「記憶を保持できるのは魔法の使用者だけ?わらわが人生をやり直すわけではない?そんな程度のことはとうに調べたわ。けどねぇ、レオノール。それが真実だと誰が決めたの?ローラン家の者共の言葉を鵜吞みにして、まんまと仇敵に取り込まれた愚か者が!!!」
激情に駆られて腕を振りかぶったエウラリアは、すんでのところで我に返り、猫なで声で娘に語り掛けた。
「今、やめてといった?そうね、お前は可愛い娘だもの。お仕置きするのはわらわではないわ。この男に代わってもらいましょう」
そう言って引き下がると、凶報をもたらした手先の男を振り返る。
「お前、この娘に少しわからせておやり」
「へへっ、よろしいので?」
床に倒れたレオノールの、ドレスが捲れて露になった足やたわわな胸元を舐めるような目で見つめ、男がにじり寄ってくる。
「い、いや、来ないで……!」
おびえて逃げようともがくレオノールに暴漢が覆いかぶさり、ドレスの胸元が引き裂ける音と少女の悲鳴が響く。
「いやぁっ!助けて!!!」
レオノールが叫んだ直後、鈍い音がして男の体が吹き飛んだ。
「なっ……!?」
ことに及ぶ前に、邪魔者は徹底して排除したはず。驚きに固まるエウラリアと、うずくまって涙するレオノールの間に、紺色の髪を靡かせた近衛魔術師が割って入った。
「そこまでです、王妃陛下。未成年王族への虐待及び性的暴行の現行犯。王侯貴族子女保護の法に基づき、拘束させていただきます」
ご丁寧にも該当する法律の写しを王妃の鼻先に突きつけたのは、エウラリアが憎悪するローラン家の嫡子、クロエ・ローランだった。
エウラリアはわかりやすく毒親だけど、ジェラールもたいがい、賢君の皮を被ったクズだったっていう。
実父があまりにクソだということが、カルロが母を見捨てきれない最大の要因です。相性最悪だけど、一周回ってお似合いだと思う。この夫婦。
なんなら王のクズっぷりを見抜けなかったローランサイドも、政治に興味なさすぎた非はある。程度の差はあれど、親世代はみんな何らかの罪があったという話です。




