自称王子様の数奇な半生(後編)
レオノール王女の影の護衛として、久々に双子の妹と再会したカルロは愕然とした。
妹は姿形こそ順当に成長していたが、天真爛漫で溌溂としていた瞳の輝きは曇り、母親の操り人形に変わり果てていたのだ。
「レオノール?どうやって、ここに来たの?私だけお母様のところに残ったから、仕返しに来たの……?」
「そんなことあらへん!むしろ、俺のほうこそお前をこんなところに残してしもうて、謝らなあかん」
カルロは名前を変えて今はそれなりに楽しくやっていること、レオノールが心配で戻ってきたことを説明した。
「なんだ。伯父様のところで楽しくやってたなら、戻ってこなくてよかったのに。……私のことは、放っておいてよ」
ひどく投げやりな妹に何があったのか、陰から数日見守っていれば自ずと分かった。
エウラリアは表向き、娘を溺愛して我儘を何でも聞いてやっているように見せかけていたが、一方でレオノールが少しでも意に沿わない行動をとれば容赦しなかった。
娘の部屋で二人きりの時だけレオノールの人格を延々と否定するような暴言を吐き、ヒステリーを起こして高価な調度品を叩き壊し、それをレオノールがやったことに見せかけるのだ。
これを繰り返すことで、父王や異母兄から遠ざけ、良識のあるまともな令嬢たちと疎遠になるよう仕向けたらしい。
代わりにレオノールの周りを固めるのは、エウラリアに選ばれた性根の腐った令嬢たち。
レオノールの部屋は豪華絢爛に飾り立てられた牢獄だった。
だが、それらの息が詰まるような生活よりもレオノールの精神を蝕んだのは、サロンの日だった。
エウラリアの最終目的は、レオノールにローラン家の血を引く子供を産ませ、王家と公爵家の血統をそろえて時戻しの魔法を手中に収めることだ。
しかし、ルフェーヴル王家とローランの血族で正式に婚姻を結ぶことはできない。
そこでエウラリアはローラン家の血に連なる男性貴族の中で、自分の味方に引き入れた者たちを招いてサロンを開いた。
そこでは妊娠するための予行練習と称して、レオノールに対してとてもおぞましいことが行われた。
レオノールは仮にも王女だから純潔を散らすようなことだけはされなかったが、逆を言えばそれ以外は何でもさせられた。
影の護衛に過ぎないカルロは、心身ボロボロになった妹に、気休めのような薬を渡すことくらいしかできなかった。
「昨日助けてもろた礼には足りんやろうけど、これがサロンの常連一覧や」
差し出された名簿をクロエは震える手で受け取った。
カルロの話が本当なら、王妃に阿り王女の体を弄んだ一族の面汚しどもだ。名簿に目を通すクロエの表情は険しい。
「ありがたく頂戴しよう。とはいえ、こちらでも調査はさせてもらうぞ」
「それでええよ、裏を取るのは当然や。……それから、さっきの質問の答えやけど」
カルロはそう言いながらも、質問者のクロエではなくトリスタンの方を見た。
「レオノールが坊ちゃん……トリスタン殿にかまう理由な。端的に言うと、時間稼ぎなんや」
思いがけず仇敵の悲惨な状況を聞いてどんな顔をすればいいのかわからないでいるトリスタンへ、カルロは申し訳なさそうに説明をはじめた。
「その名簿、男爵とか子爵が多いやろ?血統魔法を持っていなかったり、大した力じゃなかったり、レオノールの相手としてババアのお眼鏡にかなう男はおらんのや」
「……それで俺を、標的に?」
「せや。トリスタン殿は伯爵家出身やけど、魔力は破格や。その上ローラン総領娘の婚約者を寝取ったとなれば、公爵家を忌み嫌うババアは大満足。口説いている最中だと言っておけばババアもサロンの連中にレオノールの体を売るような真似はせぇへん。トリスタン殿が絶対にレオノールに靡かんのも、安心材料の一つやな」
「……」
「妹の身の安全のためにトリスタン殿を利用したこと、お二人に不快な思いをさせたこと、兄としてお詫び申し上げる。大変申し訳ない」
深々と頭を下げたカルロの旋毛をしばらく見つめ、クロエは横のトリスタンを見た。
「だそうだ。ひとまず、私は兄君の謝罪を受け取っておく。トリスタンはどうする?」
「どうするも何も。本人に謝罪されたとしても許せそうにないのに、兄を自称する不審者から申し訳ないといわれても」
「ま、そうだな。私も謝罪を受け取っただけで、レオノール様を許せるかどうかはわからない」
そう言って、クロエは視線をカルロに戻した。
「それで、あなたの目的はなんだ?時間を稼いで何がしたい?」
顔を上げたカルロは、本人もそんなことができるわけがないと諦めきった顔で言った。
「できれば、ババアの野望を諦めさせたい」
「時戻しの魔法を手に入れる、というやつか。言っておくが、王家と公爵家の血筋をそろえたから扱えるという代物ではないぞ?」
非難めいた忠告の言葉にカルロも同意した。
「これでも元は王家の人間や、時戻しの魔法が王とローラン当主の管理下にあるのは知っとる。レオノールの子が婚外子になる時点で計画が破綻しているって、計画したババアだけが気づいておらんのや。いや、邪魔者を排除すればどうとでもなると考えている、と言ったほうが正しいか」
「では正攻法で、王妃様に現実を思い知らせて諦めさせるというのは無理があるんじゃないか?」
「せやな、ババアの改心は理想論や。……だから、レオノールだけでも、助けたい」
それを聞いたトリスタンが苦々しい顔で吐き捨てた。
「虫のいい話だな」
「お二人にとって、不快極まりない願いなのは重々承知の上や。けど、赤ん坊のころから異常な母親に洗脳されて育った十六の女の子に、どんな抵抗ができたと思う?」
そこでカルロは立ち上がって、東屋の床に膝をついた。
「レオノールはあくどいこともやったし、性格が悪いのも認める。無罪放免にしてくれなんて言わん。修道院にでも入れてくれたらええ。こんなこと、本当は、頼めた義理じゃないのはわかった上で……どうか、妹を助けてください」
王子として生まれた人が砂まみれの床に額をこすりつけて懇願する姿に、トリスタンは拳を握り締めた。
「ふざけるな……俺がミラの命乞いをしたときは、……て、おいて……くそ、ふざけるなよ!!」
「落ち着け、トリスタン」
クロエは激昂するトリスタンの肩に手を置くと、カルロへ視線を戻した。
「昨日、王妃陛下に見つかれば殺されると言っていたな。養父殿の元にいればそれなりに平穏な暮らしができただろうに、どうしてそこまで命を懸けられる?」
するとカルロは顔を上げて、空虚な笑顔を見せた。
「俺たちは父親にとってはいらない子供で、母親にとってはただの道具やで?そのうえ片割れに見捨てられたら、俺達があまりにも、かわいそうや」
本当に、レオノールには双子の片割れ以外何もないのだと訴えかける言葉だった。
「とりあえず、話し辛いから席に戻りたまえ。……私たちに頼む前に、ご自分で何とかしようと思わなかったのか?」
「もちろん、俺なりに手は尽くしたで」
クロエに促されて席に戻ったカルロは、この一年間の奮闘を語った。
母親の目を盗み、国王や異母兄にレオノールの現状を訴える書状を出したこと。
しかしレオノールの虚言だと判断されて妹の立場が悪くなるだけだったこと。
「一緒に逃げようってレオノールを誘ったこともあるんやけど、ババアの洗脳にどっぷり浸ったあいつには通じんかった」
「案外、王女は今の生活がお気に入りなんじゃないか?少しでも顔のいい男とみれば媚を売る色狂いじゃないか」
刺々しいトリスタンの言葉に、クロエが首を横へ振った。
「いいや。そうとも限らない。性的虐待を受けた被害者は『あんなのは大したことじゃない』と自分自身に言い聞かせるために、あえて性に奔放になることがあるそうだ」
そこでクロエはふと気になってカルロに聞いてみた。
「仮に、トリスタンがレオノール様に靡いて溺愛でも始めたらどうなると思う?」
「そりゃぁ坊ちゃんのこと、軽蔑するやろなぁ……。自分勝手な言い分やろうけど」
「なるほど、参考になった」
淡々と頷くクロエを、カルロは恐る恐るうかがい見た。
「ひょっとして、そういう展開になったことがあるんか?」
「……なぜそう思う?」
「いやぁ、だって。少し前まで全てに恵まれたのほほん箱入り坊ちゃんだったトリスタン殿が、あんな戦場帰りの兵士みたいな顔でレオノールの護衛を受けるって。時戻しを疑ってくれって言うてるようなものやで」
ごもっともな指摘にクロエとトリスタンは真顔になった。そんな二人を見て、カルロが訴える。
「なぁ、レオノールやババアはあんたがたに何をしてしまったんや?昨日助けてくれた恩返しはしたいけど、そこがわからんと防ぎようがないやろ」
「ふむ。レオノール様の境遇があなたの語った通りなら、私も女として思うところがある。殿下ごと助けて差し上げてもいいが、助けたレオノール様に背後から刺されるのだけはごめんだ」
「せやろな」
「だから交換条件だ、お兄様。レオノール様を説得して、二人ともこちら側の味方になること。裏切らないこと。この二つを果たしたのなら、情報を共有しようじゃないか」
「そりゃぁまた、難しいことを言いなさる」
表情を引きつらせるカルロに、クロエは首を傾げた。
「そんなに難しいか?」
「レオノールは、精神的に『お母様』にべったりやからな。五年離れていた俺でさえ、あのババアは親として終わっとると思うのに、積極的に不幸にしたろ、とまでは思えんのや。機嫌がいいときは、優しい母親でもあったから」
カルロは目を閉じると、幼い自分へ「わらわの可愛いレオノール」と呼びかけていたエウラリアの声を思い出した。そして、そんな母の声を振り払うように首を振る。
「いいや、困難は承知の上や。その条件で構わんよ」
そう請け負ったカルロに、クロエは頷き返してトリスタンのほうを窺った。
「あなたもひとまずはそれでいいだろうか?」
「よくはないですけど、クロエ様のことだから、この男の正体を察した時点で公爵閣下にも根回し済みなのでしょう?」
「ごめん、トリスタン」
「……しかたありませんね。俺たちだけでは調査が手詰まりだったのは確かです。その代わり、こいつらが裏切ったときは容赦しませんのでそのおつもりで」
トリスタンが冷たい目で睨みつけると、カルロはびくっと飛び上がった。
幼いころにされた様々な仕打ちに対してトリスタンが恨み言をぶつけ、カルロがへらへらと謝るのを眺めながら、クロエも昔のことに思いを馳せる。
幼いレオノールと最後に交わした約束のことを思い出していた。
――ねぇクロエ、耳を貸しなさい。
――あのね、本当はいけないのだけど。お母さまには内緒よ?
――お前を私の本当のお友達にしてやってもよろしくてよ!
――だから、私を助けなさい。
――代わりに私も、お前が困ったときは助けてあげるわ。約束よ?
あの約束は、果たして今でも有効なのだろうか。
(有効にして見せるさ)
ローラン家は野心のない一族だが、クロエ自身は自分をまぁまぁ強欲なほうだと思っている。
一度はあきらめようとしたトリスタンの愛も、レオノールの友情も、どちらも手放すつもりなどなかった。
クロエ「ところでカルロ殿のしゃべり方はリケッツア訛りだよな?」
カルロ「せやで!正確には、リケッツアの商人言葉やな。父ちゃんは商人に扮することが多いから」
クロエ「養父殿と家族らしくなるために言葉を真似た感じか」
カルロ「そういわれると照れるけど、まぁ、そんな感じや。俺は生粋のリケッツア人とちゃうから、ところどころおかしいみたいやけどな」
クロエ「そうなのか?」
カルロ「うん。というわけで俺の関西弁がおかしくても、ネイティブじゃない感を出すための演出やから、関西出身の読者さんはあまりつっこまんといてな!」
クロエ「関西弁って言っちゃった」




