自称王子様の数奇な半生(前編)
国王ジェラールと王妃エウラリアの第一子として生を受けたその男児が、世継ぎの王子様として正しく遇されていたのはほんの一年ばかりのことだった。
双子として生まれた弊害だろうか、乳幼児のころの兄妹は些細な体調不良であっという間に危篤状態に陥るほど体が弱かった。
本来ならば生後半年ほどで行われる臣民へのお披露目も幾度となく延期になったほどだ。
エウラリアの方針は徹底しており、国から連れてきた中でもほんの一握りの乳母と侍女以外は、双子の姿を見ることもできなかったという。
その一方で、ジェエラール王には秘かに産まれた健康な男児があった。
王家の血縁に当たるセジュール公爵家の令嬢、アンリエットが産んだ子だ。
そもそもジェラールとアンリエットの婚約は、当時絶えていた王家の血統魔法を復活させるため結ばれたものだった。
政略ではあったが当人同士も仲睦まじく、血統魔法の存続のためなら婚前交渉が大目に見られる慣例もあった。
本来なら二人が婚姻前に子を設けたことは、そこまで大きな問題ではなかったのだ。
ところが飢饉の影響でジェラールは急な結婚相手の変更を余儀なくされた。
修道院に入ったアンリエットは、密かに男の子を出産して亡くなった。双子が誕生する半年ほど前のことだ。
産褥で亡くなったのだとカルロは王妃から聞いているが、当時は生まれていなかった身で本当のところはわからない。
少なくとも、ジェラールはエウラリアがアンリエットを暗殺したのだと決めつけている節がある。
かといって証拠がないので王妃を断罪することもできず、証拠を捏造するほどの度胸や悪辣さもなく、うじうじしているうちにエウラリアに先手を打たれた。
エウラリアはひどい熱を出した実の息子を死んだことにして、修道院からアンリエットの子を引き取り「リュシアン王子」にしたのだ。
双子の容姿がマグノリア国民に全く知られていないからこそできた荒業である。
ジェラールは愛した女との息子を王にできる。
エウラリアは王の最愛の王子の命をちらつかせてジェラールを脅迫できる。
双方にメリットのある取引だった。
初めから重々しい話に、クロエは黙って考え込んでいた。反対に、隣のトリスタンは高潔な王だと信じていたジェラールが取引に乗ったことに、動揺を見せる。
「お前の言っていることが真実なら、陛下は本物のリュシアン王子が亡くなっているのか確認もしなかったのか……!?」
「あるいは、俺が生きとると知ったうえで目を瞑ったのか。嫌っている妃の生んだ王子なんぞ、死んだほうが都合ええから」
散々ババア呼ばわりしてきたエウラリアを語る時より冷たい目をして、カルロが吐き捨てた。そんな表情をしていると、確かに彼は王妃様の息子らしく見えるな、とクロエは思う。
「それで、あなた自身はどうなったんだ?」
クロエが話の続きを促すと、カルロはバツが悪そうに再び軽薄な笑顔を取り繕って話し始めた。
王子の立場を追われた赤子だが、幸か不幸か殺されたり捨てられたりすることはなく、以前にも増して厳重に隠し育てられた。
王家の血統魔法が使えるレオノールの影武者に仕立て上げるためだ。
幼いころのカルロとレオノールは、時に王妃さえ見分けがつかないほどそっくりだった。
お互いを「レオノール」と呼び合い、同じ服を着て、同じものを食べ、同じ教育を受けて育った。
なるべく子供たちを分け隔てなく育てた、といえば聞こえはいいが、母の機嫌が悪い時に折檻をされるのも二人一緒だった。
「わらわはお前たちをこんなに愛しているのに。どうしてできないの!?お母様のことが嫌いなの!?わらわを困らせて楽しいのね!?なんてひどい子たち!!」
子供たちが何か失敗をするたびに、エウラリアは口癖のように怒鳴りつけて、服で隠れる場所を鞭で打った。
「ごめんなさい、ごめんなさい!お母様、大好きです、ちゃんとします、ごめんなさい……!」
こうなると二人にできるのは、お互いをかばうようにぎゅっと抱き合って、ひたすら謝ることだけだ。
「いい?おまえたち。今度わらわの言うことに逆らったら、もう一人がどうなるか、わかっているわね?」
エウラリアがカルロを生かしたのは、レオノールの影武者にするためだけではない。
お互いを人質のようにして、子供たちを自分の意のままに扱うためでもあった。
母親の気が済むまで痛めつけられた後は、たいてい暗くて狭い仕置き部屋に閉じ込められて食事を抜かれた。
「レオノール、だいじょうぶ?」
「うん……せなか、いたいけど、がまんする。おなかすいたね、レオノール」
幼い双子にとって、お互いだけが味方で、城の片隅が世界の全てだった。
そんな二人の世界に、ある日第三者がやってくることになった。
「……レオノール。お前とお友達になりたい娘が来るわ。ローラン公爵家の一人娘よ」
そう告げたエウラリアは心底忌々しそうな顔をしていた。
当時は今ほど派閥が盤石でなかった王妃は、国一番の魔術師一族であるローラン家を無視できなかったのだ。
「今は仲良くしておきなさい。けれど決して心を許してはなりませんよ」
「お友達のふりをするってこと、ですか?どうして……?」
疑問を口にすると高確率で打たれるので、思わず言ってしまってからレオノールはびくっと腕で体をかばった。
しかし王妃は殴る代わりに、折檻の時より恐ろしい笑顔で娘に言い聞かせた。
「ローラン家は邪悪な一族よ。わらわがこんなに不幸なのは、奴らが時を操って邪魔しているからに決まっているわ」
「……?」
「やつらの時戻しの魔法を奪えば、わらわを見下し、嗤い、愚弄した者どもに思い知らせてやる……!」
当時の双子には何を言っているのかよくわからなかったが、母の言うことは絶対だった。
こうしてレオノールはローラン公爵家の総領娘クロエと何度か交流を持つことになった。
基本的にはレオノールが相手をし、クロエの有力な婚約者候補と言われているトリスタンが同行するときは、カルロが対応することになった。
「ねぇ聞いて、レオノール。わたくし、クロエにゲームで勝ってやったわ!『姫様はお強いですね』ってほめてくれたのよ、ふふん!これって、ちゃんとお友達のふりができているわよね?」
クロエと会った後、いつも嬉しそうに頬を上気させてカルロに報告してくるレオノールは、どう見ても初めてのお友達に浮かれていた。
仕方ないので、カルロが交流するときは殊更邪険にするようにした。
とはいえレオノールのお友達に酷いことをするのは気が引けたので、クロエには嫌味くらいにとどめておいた。
そのかわりレオノールが嫌っているトリスタンの方へ犬をけしかけたり服に虫を突っ込んでやったり、実害多めにしておいたのである。
そこまで聞いたトリスタンは絶叫した。
「あれもこれも、お前のせいだったのかよ!?」
「せやで!すまんかったな、坊ちゃん!」
「まったく謝られている気がしないんだが!?」
「ごめんて。ババアの言いつけを守るためには仕方なかったんや。まぁ、坊ちゃんの反応がおもろいから、俺もつい楽しくなってたんは否めんけど」
「貴様……!」
わなわなと震えているトリスタンとにやにや揶揄うカルロの間に、クロエはため息交じりに割って入った。
「我が婚約者をいじるのはそこまでにしてもらおうか、王子様。それよりレオノール様がトリスタンを嫌っていたって、本当に?」
「ホンマやで。坊ちゃんがついてくる日はお友達に会えへんからな。何なら俺も、当時はクロエお嬢さんのこと、あんま好きやなかったし」
クロエが反応するよりも前に「なんだと!?」とトリスタンが敵意をむき出し、カルロは怖い怖いと首をすくめた。
「クロエお嬢さんが来る日は万が一にも二人一緒の姿を見られんように、仕置き部屋に閉じ込められるからや」
理由を聞くとクロエは少しばかりいたたまれなくなる。
「それは、なんだかすまなかった」
「お嬢さんが悪いわけではないってわかっとるし、今はなんとも思っとらんよ。レオノールは相変わらず、坊ちゃんのこと嫌いみたいやけど」
「こんなに優しくて美しくて賢いトリスタンを嫌うなんて、あり得るのか?」
「まじめな話の最中にのろけんといて。あと坊ちゃんが優しいのはわりとお嬢さん限定やと思うで」
「だったら……今のレオノール様はなぜトリスタンにあんな態度を?」
クロエに問われると、カルロは少し暗い顔になり、過去の話を続けた。
なんだかんだでクロエやトリスタンと楽しく交流していた双子だったが、愉快な時間は長くは続かなかった。王妃が自らの野望のため、本格的に動き出したのだ。
カルロたちの母方の祖父はリケッツア通商連合国の首長だ。勇者の仲間、女商人フォルトゥナ・ヴェルリの子孫で、世界有数の富豪である。
ローラン家の血統魔法を狙っていたのは、もともとはこの祖父であった。
通商連合のドンを気取り、多くの妾を抱える好色家だが、根は小心者の男だ。一国の公爵家と敵対してまで貴重な魔法を奪う気概があったわけではない。
ゆくゆくは自分の血筋にルフェーヴル家とローラン家の血を持つ子孫が出来たらよい、程度の考えだった。
だが、最底辺の妾の子として蔑まれて育ったエウラリアはそうは考えなかった。
「わらわの子供がローラン家の血統魔法を持つ孫を産めば、時戻しの魔法を好きに扱える。わらわの不幸な人生をやり直すことができるのだわ!」
そんな妄執に取り憑かれたエウラリアは、レオノールにローラン一族の子を産ませることに執念を燃やしていた。
十年かけてマグノリアの宮廷で貴族たちを騙し、陥れ、時に懐柔し、自分の地位を確立したエウラリアは、次の段階に移った。
まずはレオノールの心のよりどころであった双子の兄を、排除したのだ。
「これ、もういらないからお兄様にあげるわ。煮るなり焼くなり、好きに使ってちょうだい」
そう言伝て、十歳になって影武者にも無理が出始めた息子を故郷の異母兄のもとへ送り込んだ。
この異母兄はエウラリアと同じく身分が低い妾が産んだ子で、ヴェルリ家の諜報や暗殺を担っていた。
母の異母兄弟姉妹はみな下劣で醜悪で、残虐な人間ばかりだと教えられてきたカルロは泣いて嫌がり抵抗したが、母の決定には逆らえなかった。
しかし、カルロの養い親となった伯父は、聞いていたような恐ろしい人間ではなかった。
「名前は?レオノール?そりゃぁ女の子の名前やないか。よぉし、お前は今日からカルロや!」
にかっと豪快に笑ったその男は、無礼な甥っ子の罵詈雑言などそよ風のように聞き流して、名前を与えてくれた。
「子供が遠慮なんかせんと、もっと食え!大きくなれねぇぞ?」
カルロがどんないたずらをしても、食事を抜いたことなど一度もなかった。
「俺は母ちゃんが場末の娼婦やったさかい、ガキができねぇように処理されちまってよ!お前が来てくれてよかった」
親の愛情は見返りなどなくても与えられるのだと、初めて知った。
カルロがこの伯父こそを自らの「父ちゃん」と認識するのに、さして長い時間はかからなかった。
伯父は一族の汚れ仕事を請け負っていたものの、当初はカルロにそれらの後ろ暗い技術を仕込むつもりがなかったらしい。
「いつかエウラリアのとこに王子様として戻ることになったら、忍びや殺しの方法なんざ覚えとったらまずいやろ?」
そう言って、カルロの将来を第一に考えてくれていた。
リケッツアでの暮らしは思いがけなく楽しかったけれど、幸せであればあるほど、カルロは罪悪感に苛まれた。
故郷に残してきた妹は、今もあの暗い仕置き部屋で、母親の支配に震えているのに。
「なぁ、父ちゃん。レオノールのことも、父ちゃんの娘にしてやってよ!」
ついにカルロがそう言って頼むと、伯父は困り果てた顔をした。
「無茶を言いやがる。……だが、そうだな。姫さんを連れて来るのは無理だが、お前が姫さんの傍で守ってやることなら、出来るかもしれねぇ」
そう告げると、伯父はカルロに隠密の技を伝授した。
暗殺に関する技術こそ教えられなかったが、身を潜め、妹と自分を守る方法は五年の歳月をかけてみっちり仕込まれた。
こうしてカルロは去年、レオノールの影の護衛として故郷に戻ってきたのだった。




