2.邂逅 ― “誰でもない彼”
信号が青に変わる音が、街のざわめきに溶けた。
人々が一斉に歩き出す。
鞄の揺れる音、ヒールの小さな音、笑い声。
その中で、リリアも自然と流れに乗り、一歩を踏み出した。
――ほんの一瞬。
軽く、肩が触れた。
「……っ」
反射的に振り向く。
そこにいたのは、黒髪の青年。
制服ではない。けれど、どこか学生のような雰囲気。
逆光の中で、顔の輪郭ははっきり見えない。
けれど、確かに――彼は微笑んでいた。
たったそれだけのこと。
けれどその瞬間、リリアの胸の奥で、何かが静かに灯るのを感じた。
風がふっと吹く。
桜の花びらが舞い上がり、ふたりの間をすり抜けていく。
まるで“再会”の代わりに、春が挨拶していくようだった。
リリアは立ち止まる。
視界の端に、ほんの少しだけ残る黒髪の影。
けれど、次の瞬間にはもう――人の波に溶けていた。
> 「……あの笑顔、どこかで……?」
小さな声が、風に溶けた。
誰に向けた言葉でもない。
けれどその囁きには、確かな“懐かしさ”があった。
彼の声も、名前も、ない。
それでも、心の奥に残る感覚だけは消えなかった。
“恋”という言葉では届かない、静かな温もり。
リリアはゆっくりと息を吸い、空を見上げた。
桜の花びらが光を反射して、空の青に溶けていく。
春の風が頬を撫でた。
リリアは微笑み、もう一度歩き出す。
――もう、選ばれる物語の中ではなく。
自分の意志で歩く“現実”の中を。




