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【漫画シナリオ】たすけて!催眠術にかかったふりをしたら、私を嫌う義弟の恋人にされちゃいそうです  作者: 高八木レイナ


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第四話 明朝までの返事

【グレンヴィル伯爵邸・馬車寄せ/夜】


夜会も終盤。


伯爵邸の玄関前では、帰りの馬車を待つ招待客たちが、互いに挨拶を交わしている。


オズワルドは伯爵夫妻のほうへ視線を向けたまま、リディアとノエルへ言う。


オズワルド

「お前たちは先に戻れ」


リディア

「お父様は?」


オズワルド

「私は伯爵夫妻へ辞去の挨拶を済ませてから帰る」

「屋敷に着いたら、書斎で待っていろ」


ノエル

「承知しました」


リディアは、父と伯爵夫妻を見比べる。


リディア(心の声)

(私たちを、二人きりで帰らせるの……?)


ノエルが、リディアへ手を差し出す。


ノエル

「参りましょう、姉上」


リディアはためらってから、その手を取る。


二人は侯爵家の馬車へ乗り込む。


---


【アルヴェイン侯爵家の馬車/夜】


夜の街を、馬車が走る。


車内にはリディアとノエルだけ。


窓の外を、街灯の淡い光が流れていく。


夜会ではずっと繋がれていた手は、今は離れている。


リディアは膝の上で、手袋をはめた指先を握る。


リディア

「父は……何を言うつもりなのかしら」


ノエル

「その前に、俺からお伝えしたいことがあります」


ノエルは懐から、青い魔石の振り子を取り出す。


リディアの肩が、わずかに強張る。


ノエル

「青い石を見てください」


リディアは、ゆっくりと振り子へ視線を向ける。


流れる街灯の光を受けて、青い魔石が馬車の揺れに合わせ、明滅するように光る。


ノエル

「今夜だけ、先の暗示を一つだけ変えます」


リディアの瞳が揺れる。


ノエル

「父上の前で何を問われても」

「俺に言われたからという理由で、答えを決めないでください」


振り子が、ゆっくりと揺れる。


ノエル

「姉上自身が望むことだけを、選んでください」


リディアは息を呑む。


リディア

「……それでは」

「あなたの婚約者として、振る舞えないわ」


ノエルは振り子を見つめたまま、静かに答える。


ノエル

「それで構いません」


一拍。


ノエル

「俺は、姉上と婚約したいです」


リディアの紫の瞳が、かすかに揺れる。


ノエル

「ですが、姉上の気持ちを無視して」

「返事だけを得たいわけではありません」


ノエルは振り子を止める。


青い石を、そっと掌に包む。


ノエル

「父上の前では、俺の命令ではなく」

「姉上自身の心に従ってください」


リディア(心の声)

(これで私は、催眠のせいにはできなくなる)

(ノエルに従わされているから、とも言えない)

(自分で答えを選ばなければならない)


馬車が、大きな門をくぐる。


窓の外に、アルヴェイン侯爵邸が見えてくる。


---


【アルヴェイン侯爵邸・玄関ホール/夜】


玄関ホール。


馬車から戻った二人を、使用人たちが出迎える。


――のだが。


ホールに並んだメイドたちの目が、きらきらと輝いている。


執事の後ろで、若いメイドたちがそわそわと囁き合っている。


若いメイドA(小声)

「本当ですって。夜会で、婚約者だと……」


若いメイドB(小声)

「しかも皆の前で、頬に口づけを――」


リディアの顔が、一瞬で真っ赤になる。


リディア(心の声)

(は、早い早い早い……!)

(噂が馬より速く走っている……!?)


執事

「お帰りなさいませ」


そこへ、アデルが小走りに駆け寄ってくる。


目が、うっすらと潤んでいる。


アデル

「お嬢様……! その、差し出がましいこととは存じますが」

「おめでとうございます……!」


リディア

「ち、違うの、アデル。これはその……」


言葉に詰まるリディア。


その隣で、ノエルは涼しい顔をしている。


ノエル

「ありがとう。まだ内々の話ですから、あまり騒がないように」


アデル

「はい……!」


リディア(心の声)

(否定してくれないの……!?)

(むしろ認めてる……!)


執事

「旦那様より言付かっております」

「お戻りになり次第、書斎でお待ちするように、と」


リディアの背筋が、すっと冷える。


---


【アルヴェイン侯爵邸・オズワルドの書斎/夜】


しばらく後。


夜の書斎。


机の上には、グレンヴィル伯爵家から届いた縁談の書状と、まだ何も書かれていない返書用の紙。


暖炉の火が、低く揺れている。


オズワルドは机の向こうに座り、向かいに立つリディアとノエルを見る。


オズワルド

「今夜、グレンヴィル伯爵家で見せた振る舞いは」


一拍。


オズワルド

「社交上の冗談ではないのだな」


ノエルは迷わない。


ノエル

「はい」


オズワルド

「リディアを婚約者と呼んだことも」


ノエル

「嘘ではありません」


ノエルは、まっすぐ父を見る。


ノエル

「俺はリディアと婚約したい」

「お許しいただきたいです」


リディアは、思わずノエルを見る。


オズワルドは表情を変えない。


オズワルド

「お前とリディアが婚姻すれば」

「娘は家を出ず、お前も次期当主候補として残る」

「家にとって不都合はない」


机上の書状へ視線を落とす。


オズワルド

「だが、グレンヴィル家との婚姻も悪い話ではなかった」


オズワルドは、リディアへ顔を向ける。


オズワルド

「リディア」


リディアの肩が、かすかに揺れる。


オズワルド

「お前も、ノエルとの婚約を望むのか」


リディアの唇が、かすかに開く。


馬車の中で聞いた声が、脳裏によみがえる。


――姉上自身が望むことだけを、選んでください。


リディア

「……私は」


言葉が続かない。


父の視線。

ノエルの気配。

レオンの、深緑の瞳。


リディアは、ぎゅっと指先を握る。


リディア

「……わかりません」


沈黙。


オズワルドの眉が、わずかに動く。


リディア

「ノエルのことが、嫌いなわけではありません」

「でも、今すぐ婚約したいのかと聞かれても」

「私は……答えられません」


暖炉の薪が、小さくはぜる。


オズワルドは、しばらくリディアを見つめる。


オズワルド

「今夜の振る舞いで、すでに噂は立った」

「明朝には、グレンヴィル伯爵家へ返書を出す」


オズワルド

「グレンヴィル家との縁談を受けるのか」

「あるいは、ノエルとの婚約を進めるのか」


リディアの顔が青ざめる。


オズワルド

「明朝までに、答えを出せ」

「曖昧なままにはさせない」


オズワルド

「家の名を使って口にしたことには、責任を持て」


ノエル

「……承知しました」


オズワルド

「下がれ」


リディアとノエルは、静かに頭を下げる。


---


【アルヴェイン侯爵邸・回廊/深夜】


書斎を出た二人が、月明かりの差す回廊を歩いている。


高い窓の連なりから、青白い光が床へ落ちる。


二人の影が、長く伸びる。


やがて、ノエルが足を止める。


ノエル

「……すみませんでした」


リディアが顔を上げる。


ノエルは、懐から青い魔石の振り子を取り出す。


月光を受けた青い石を見つめたまま、静かに続ける。


ノエル

「暗示を口実にして」

「姉上を、俺のそばに縛りつけようとしました」


リディアの瞳が揺れる。


ノエル

「姉上が断れないことを知っていて」

「命令という形なら、俺の望みを叶えてくれると思って」


ノエルは、振り子をそっと掌へ包む。


ノエル

「強引に、触れました」

「困らせました」


リディア

「ノエル……」


ノエル

「姉上を困らせてでも」

「そばに置きたかった」


リディアの呼吸が、一瞬止まる。


ノエルは笑おうとして、うまく笑えない。


ノエル

「……最後に、一つだけお願いがあります」


リディアが、ノエルを見上げる。


ノエル

「明日の朝、姉上が俺を選ばないなら」

「もう、こうして触れることはしません」


ノエル

「だから今夜だけ」

「抱きしめても、いいですか」


長い沈黙。


月光の中で、リディアは夜会で口づけられた頬へそっと触れる。


それから、ノエルを見る。


リディア

「……少しだけ」


ノエルの紫の瞳が、わずかに揺れる。


ノエル

「ありがとうございます」


ノエルは、そっとリディアを抱きしめる。


強く囲い込むのではなく、壊れ物へ触れるように。


けれど、背に回された手はわずかに震えている。


リディアの額が、ノエルの胸元へ触れる。


早い鼓動が伝わってくる。


リディア(心の声)

(どうして、こんなに苦しそうなの)

(私は、彼に嫌われていると思っていたのに)


ノエル

「……おやすみなさい、姉上」


ノエルは自分から、ゆっくり腕をほどく。


ノエル

「明日の朝、あなたの本当の答えを聞かせてください」


ノエルが背を向ける。


月光の回廊を、遠ざかっていく足音。


リディアは、その背中を見つめる。


リディア(心の声)

(このまま、明日を迎えてはいけない)

(催眠のふりをしたまま、答えを出すなんて)

(そんなのは――彼にも、私にも、嘘だわ)


リディア

「待って……!」


ノエルの足が止まる。


リディア

「私、あなたに言わなくてはいけないことがあるの」


リディアは、震える手をきつく握る。


リディア

「怒っていいわ。軽蔑しても、いい」


一度、大きく息を吸う。


リディア

「私、本当は最初から、催眠になんて――」


ノエル

「――かかっていない」


リディアの言葉が、止まる。


背を向けたままのノエル。


月光に、黒髪が淡く光る。


ノエル

「知っていますよ」


ノエルが、ゆっくりと振り返る。


その口元には、静かな微笑み。


ノエル

「最初から。……全部」


リディアの、凍りついた顔。


リディア(心の声)

(……え……?)


月明かりの回廊に、二人の影だけが落ちている。


――第四話・了


 

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