初めての感情
百年前。歴史上最初の冒険者ジム・エルモンゾ・クラークによって冒険者ギルドが創設された。ギルドの活動目的は加盟した街や国との交易、治安維持、その周辺地域での魔物や魔王軍の対処など多岐にわたる。以来、ギルドは百年間平和と安全を守り続け、現在百近い国がギルドに加盟している。
冒険者ギルド ミッド支部
天道とアリスは冒険者ギルドにやってきた。というのもこのギルドの会員でないと自由に街を行き来できないというのだった。
程よく賑わっていたのでカウンターがどこにあるかわからなくなりそうだったが、あろうことか二人揃ってすぐに見つけた。列ができていた場所とは別に閑散としていたカウンターがあったのでそこが新規受付だと察して、二人は受付の前にやってきた。
受付の女性はメガネをかけながら涎を垂らしてうたた寝していた。アリスは仕事人間の性質故見ていて気分を害したが、天道は単純な面白さ故に鼻で笑った。アリスはテーブルに向かってノックした。すると女性がビクッとなって起きた。
「ふや……ん……んあ……?っ!!」
女性の眠気は一気に覚めた。目の前には何十日ぶりかのお客様。男女二人だが、男性は穏やかそうな顔だが明らかに心の中では怒っていそうだし、女性の方に至ってはゴミを見るような目をしていた。
天道は全く怒っていなかったが、アリスは顔に現れていた。
「すみません、新規登録をしたいのですが……」
アリスは気を取り直して口を開いた。女性は慌てて身だしなみを整える。
「し、新規登録ありがとうご、ございます!で、ではこちらの用紙の丸をしているところに必要事項を記入してくだしゃい!」
最後に噛んでしまったのを聞いて天道は思わず吹き出した。アリスは怒りを通り越してため息を吐いた。自身の醜態を見せられて女性の顔はみるみる赤くなっていき、一礼をしてから顔を上げられなかった。
天道とアリスはその場から移動して記入台で配られた用紙に記入し始めた。天道は前世で様々な届け出を出す際に書いた事がどこに行っても同じような様式なことに若干億劫になっていた。
「天道さん、笑っていましたね」
するとアリスから切り出した。先ほどの件だろうと天道は思った。
「まあ気持ちは分からんでもないからな。俺も何度かやったことあるから何か言おうにも資格はないし。そういうお前はすごい剣幕だったぞ」
「当然です。下界では金銭という対価をもらっていながら勤務中に居眠りをしているなんて……」
アリスの言うことも理解できた。前世の天道は仮にも経営者だったので社員の勤怠はよく把握していた。そして労働には相応の対価を支払うという名目で基本給の他に色々な手当ても設けていた。なのでサボりといったものにも敏感だった。そこまではアリスと同じであるがその後が明確に違った。
天道は一言の注意で済ませるが、アリスは口頭の注意から始末書、減給、業務を限定等色々するのだった。そしてアリスは他部署の懸念や対策を考えるのだが、天道はだいたい先方から何も言われない限りは笑って済ませた。そして今も
「あまり絞るのもほどほどにな。案外ああいう人間がいるおかげで成り立っているんだから。無下にはできないかな」
「楽観的ですね」
アリスは皮肉を言った。
記入し終えた二人は受付に戻ってきた。受付の女性がそれを受け取ると目を見開いた。
「お二方。ちょっとこちらの部屋に」
受付の女性がカウンターから出てきて横の扉に案内した。二人にはギルドの不利になるようなことをした覚えは無いので頭からクエスチョンマークが浮かんだままだった。
とある一室
とある一室に連れられて待つこと十分。アリスは姿勢正しく座っていたが天道は足を伸ばしていた。
「行儀が悪いですよ」
「はいはい」
まるで親と子である。天道は姿勢を直したが、それはあくまでアリスに言われたからでなく、外から誰かが近づいてくる足音が聞こえたからだ。
入ってきたのは受付の女性とまた初対面の女性だった。
「お待たせした。私はギルド長のカミゴだ。天道殿とアリス殿。ミッドを二度も救った英雄に会えるとは光栄だ」
天道とアリスの二人は英雄と言われてもピンと来なかった。アリスはともかく、天道が功労者と言っても良いが彼は名声といったものを求めないので尚更だ。対応したのはアリスだった。
「早速ですが、私達をここに迎え入れた事情を説明できますか?」
「英雄二人が出向かれたというのに責任者である私が向かわないのは些か無礼と思った。それに加えて、ギルドの概要を私自ら説明しようとも」
天道とアリスはカミゴなるギルド長を観察していた。二人とも事務的な面と実力的な面とで分かれていたが共通する認識は「できる」というものだった。現に天道は万が一部屋で騒ぎを起こせば普段なら手こずらないまでも、カミゴ相手には今の自分ではできるかどうか不明瞭だった。
「それは光栄です。実は我々魔王討伐の為の旅に出たい為にギルドに加入したい次第で」
「なるほど。単刀直入に言うと二人には申し訳ないが、英雄といえど今すぐにギルドに加入というわけにはいかないんだ。これから我々の提示する依頼をこなして初めてギルドに加入できる」
天道は内心興奮したし愉快にもなった。前世で何でも屋を経営していた彼だが、久しぶりに依頼を受けるのだから。
「わかりました。して、その依頼とは?」
数分後
依頼 違法スキル所持者を四名拘束せよ。
二人はギルドを出て近くの喫茶店に腰を下ろしていた。天道の世界でいうコーヒーのようなメジャーな飲み物、スマルを頼んだ後天道は外の景色を眺めていたのに対してアリスは貰った資料に目を通していた。
「資料は目にしないのですか?」
「気になる事があってな。あくまで一支部に過ぎない場所になんでギルド長がいたんだろうな。それに長というだけあってあれはただものじゃない。敵に回したら面倒そうだ」
アリスはそんな事を考えていたのかとため息をついた。
「太陽さん。大事な仕事が遠くの地域から来た時、あなたならどうしますか?」
「そりゃもちろん自分の足で行くだろうさ」
「カミゴさんも同じ感じだと思いますよ」
天道は「あー」といった感じで深く考えていた自身の頭をリセットした。実際彼は大事な仕事、というより裏社会からくる仕事は基本的に天道一人が引き受けていた。それとなんら変わりないことだった。
「この資料によれば、天道さんの刀って少し特殊みたいですね」
相変わらず資料を見ていたアリスが呟くと天道もそれを見ようとした。しかし、アリスはそれを下げた。
「あなたも持ってるんですから、自分で見てください」
「ドケチ」
「ケチで結構です」
しかし、見ようとした直前にページを抑えていた天道は同じところを開くだけで済んだ。
「頭でっかち、痴女、むっつり、あんぽんたん、ぽんこつ」
「ち、痴女とむっつりはどうかと思います!」
思わずアリスが反応して目を剥いた。天道は内心そこに反応するのかと呆れた。
「だってお前がここに来た時の服装振り返ってみろ。天界では良くても、地上であんなの着るのは変態だけだぞ」
「あ、あれは、私が女神だった頃の話です!い、今はあんな服着れません……!」
人間になって感情を持ってから、アリスはそれに翻弄されていた。よりにもよって最初に味わったのが羞恥心というのだから本人にとっては忘れたい事だった。
「それに、む……むっつり……というのも聞き捨てなりません!どういうことですか?」
「すまん、口が滑った」
天道は知っていた。アリスが夜な夜な隣の寝室でゴソゴソしているのを。アリスは人間になって、天道の生鑑を思い出した。彼の唯一無二の親友である土方誠を。そして想像する。もし彼らがボーイズラブな関係だったらと。どこかの宇宙にあるかもしれないが
「それでなになに……」
魔術や魔法が外付けの能力とするなら、スキルは生まれつき既に持っている能力と言える。スキルは年齢もしくは練度によって変化する。しかし、とある薬物を摂取することで一時的にスキルを爆発的に強化することができるのだがコントロールが効かなかったりする面から違法に指定されている。これを違法スキル所持者という。また、稀にスキルは無機物にも宿る。その理由は不明である。
資料を読み終えた天道は空を見た。こういう時の彼の心境はだいたいこれからどうしようか。それだけである。
「天道さん、どうしました?」
しばらく間を置いてから天道は答えた。
「情報が少なすぎる。ここは古いやり方で進めるしかなさそうだな」
「というと?」
事実二人が渡された資料はギルドやスキルの概要といったものであり、問題の違法スキル所持者に関するものはスキルの名前と能力に関することだった。そこで天道は閃いた。
夜 ミッド
アリスはとある裏路地に潜んでいた。天道が昼間に情報収集をしたおかげで薬物の取引がされている現場を抑えた。待ちながらというもの彼女は素直に天道に感心した。既に彼は街中に情報ネットワークという名の人脈を築いており、既にミッドではそれなりの顔見知りであった。そのおかげで一日もせずうちに事態が進展したのだった。
しばらく待っていると一人の男が現れた。日が落ちてから随分と時間が経っており、街は静まり返っているのでアリスはその男が薬物を受け取るか渡すかどちらかの人間だと確信した。そしてまた男が現れた。するとお互い何かするわけでもなく、すれ違っただけであった。アリスは読みが外れたか?と思った。するとそこに天道がどこからともなく現れた。
「あいつらだな」
「待ってください。ただ通り過ぎただけで、確定したわけでは……」
すると天道はアリスと入れ替わるように通り過ぎた。なんだと思ったアリスは立ち上がると違和感を感じた。何故か足の間から風が吹き抜けるような感覚だった。直接触って確認してその違和感がはっきりした。
数分後
「信じられません。どうして何も言わずにやるのですか。しかも、よりにもよって私の下着に」
天道の右頬は手のひらの形が真っ赤にわかるほど腫れていた。先程アリスに猛烈な平手打ちを食らったのだ。
「だから事故だって言ってるだろ」
「だからといってなんで下着なんですか!?」
天道は二人の男がすれ違う時、片方の男が相手のポケットから何かを取った瞬間を目撃した。天道の経験からしてその時の仕草はスリのそれだった。しかし、ただのスリではなく事前にポケットの中のものを取るように示し合わされたスリだと天道は推察した。
その時の方法をアリスに実践させたところ不慮の事故によりアリスの下着の片方の紐がほどけてしまったのだった。
「じゃあ予定通り、お前はあいつを追え。俺はもう一人を追う」
「はあ……わかりました」
そして二人は二手に分かれた。天道は薬を受け取った男を。アリスは薬を渡した人物を。
アリスルート
アリスは天道から教わった尾行のスキルで男を追跡していた。スキルとは言ったが、ポイントや道具で付与されたものでなく、単に生徒が先生から教わるのと同じことで身につけたものである。
アリスが天道から通達されたのは、辛抱強く追いかけて、最終的にどこに行き着くかを知るのが肝要。というものだった。
男が行き着いた場所にアリスは目を疑った。何故ならそこは自身も少なからず因縁のある教会だったからだ。
天道ルート
一方天道は一抹の不安があった。アリスに一通り尾行のイロハを教えたが、彼女の性格を考慮して先行しないか一抹の不安があったからだ。それそのものが愚策というわけではないがそれは後のことを考えている前提なので天道から見て正義感の強いアリスはそれをする確率が高いと思ったからだ。
すると男が立ち止まったので天道は近くの物陰に隠れた。
「隠れても無駄だ。その物陰にいるのを感知しているんだ。出てこい」
天道は大人しく物陰から姿を現した。天道の尾行は彼と同じくらい五感の鋭い小神子や瀬奈に気配を悟らせないほどのものなので相手は何か仕掛けを持っていると天道は想像した。
「まさか俺の尾行を見破るとはな。何か持ってるな?」
天道が聞くと男はニヤリと笑った。
「ご名答。俺のスキルは半径二十メートルの動くものを捉える探知型スキルだ。お前は上手く隠れていたようだがこのスキルを持つ俺には無意味ってことだ」
そんなスキルがあると知って天道は羨ましいと思った。少なくとも前世の少年兵時代で持っていれば大いに役に立っただろう。そんなことを真っ先に考えている辺り天道にとって目の前の男は眼中になかった。
「で、俺になんのようだ?」
「お前には聞きたいことが山ほどあるんだ。ぜひギルドまでご同行願いたい」
男は反抗の証のように腰からナイフを取り出して逆手に構えた。天道にとって初めての亜人種以外の戦闘だったことに興奮した。
男はまっすぐ走り出した。薬物の効果で身体能力も向上しているので並の冒険者の三倍速く動ける。それを利用して目の前現れた男の心臓を串刺しにする魂胆だった。
天道は速いなと思った。前世基準で考えれば間違いなく最速であるが既に異世界の力の基準をある程度把握していた天道にとって対応できないものではなかった。そのため向かってきた男が自分の心臓にナイフを突き刺そうとしているのもはっきり目で追えていたので軽々と避けた。
避けつつ男の後ろに立つと、そのまま鞘から刀を抜かずそのまま引き抜いて、まるで腹切の介錯人のような上段の構えを取った。そして抜き身であれば本当に首を落としかねない勢いで素早く首目掛けて叩きつけた。
男にとっては一瞬の出来事だった。今の自分は少なくともこの街で最速であり、どんな奴の身体をナイフで突き刺させると。しかし現実は違った。相手の姿は一瞬で見えなくなり、スキルで感知するより速くいつのまにか首の後ろに強い衝撃が走り自然と意識が遠のいていった。
そして男は天道によって拘束されてえっさほいさとギルドに運ばれていった。
アリスルート
アリスの方はそう上手くはいかなかった。教会という神聖な場所が卑劣な行いの根城になっていることを知り、後先考えず先行した結果捕えられてしまった。残念ながら天道の悪い予想は当たってしまった。
側から見ればわからなかったが教会の中は神聖さのかけらもないほど寂れていた。その奥には栽培された薬の元となる植物が栽培されているのを見て、アリスの中で憎悪が湧いてきた。が、今の彼女は囚われの身であるため何もできないでいた。
「さて、お嬢さん。君はどこから来たのかな?」
目の前には背もたれを前にして行儀の悪い座り方をしている男とその護衛と思われる男が二人。三体一とアリスの劣勢だった。
「あなた達……神聖な教会で何を企んでいるのですか?」
アリスにとって教会というのは特別な場所だった。彼女を含めた様々女神達は信者の祈りや信仰は存在において必要不可欠だからだ。神は自ら助くるものを助くというが真面目な神ほどそれを守っているが、大抵の神は何らかの慈悲を与えるのが天界の暗黙のルールであり、アリスは後者の一人だった。
「今は我々が質問しているのだがね。まあいい」
男が指を鳴らすと、二人の男が同時に動いた。するとどこからか水いっぱい入ったバケツとタオルを手にしていた。二人が近づいて、アリスの椅子の背もたれを寝かせると水をたっぷり含んだタオルをアリスの顔いっぱいに押し付けた。
息ができないのは当然だが、呼吸をしようとすると水が口の中に入り、鼻にまで逆流しそうになる。なので今彼女にできるのはもがくことだけだった。しばらくしてタオルが離れた。やっと空気が吸えたが、アリスは咳き込んだ。
「どうだ?話す気になったかな?」
これまで感じたことのない物理的な苦しさにアリスは答える暇が無かった。沈黙と返答が無いのを残酷にも拒否と捉えた男は再び二人の男に指示して同じ事をやらせた。
その後三度同じ事を繰り返してアリスの体力は徐々に落ちていき、もがく力も弱まっていった。一向に口を開かないアリスに男は思わずため息を吐く。そして一度、二人の男を後ろに下がらせた。
「やれやれ、あまり私を怒らせるな。そうだこうしよう。目的だのなんだの答えなくていいから、私に忠義を尽くすというのなら命だけは助けよう。悪い相談ではないはずだ」
今度は答えさせるために最後の辛抱をすることにした。が、男の目論見は別にあった。目の前の女は魅力的な身体をしていることから自身のやっている事業の役に立つだろうと踏んだ。
たった三度の拷問だったがその三度というのはアリスには関係なかった。彼女の精神は疲弊していた。話そうにも話す体力もなく、聞く能力も衰えていたので男の提案も聞こえなかった。女神だった頃は感じなかった絶望つまり死にたいという考えすら抱いていた。
ーーてんど……さ……
最期の最期に一番身近にいた人間。天道が頭をよぎって死を覚悟した。
「待たせたな」
男の後ろ。それも空中から聞いたことのない声が突然聞こえた。
天道は自分でも驚いていた。自身の刀にもう一つの能力があったのだ。金打の構えを取り、アリスの事を頭で念じていると瞬時にワープして、空中に移動していたのだ。瞬時に状況を把握して、目の前にいる男達がアリスに危害を加えていると判断して、まず一番近くの男を袈裟斬りにした。その場に着地して振り返りと同時に二人の男の頸動脈を斬り払った。
「天……道……さん?」
アリスの声を聞いてかなり衰弱しているのを確認した。
「遅れてすまん。すぐに治療できる所に行こう」
天道はアリスを抱き抱えると、アリスは今ある精一杯の力で天道のジャケットの裾を引っ張った。
「まだ……です……」
すると天道は笑顔で返した。
「心配するな。あとは任せろ」
天道タイム開始




