自由の本音
穏やかな風に当たり、天道は目が覚めた。懐かしい感覚だった。目が覚めて右を向くと風になびくカーテンと外の景色が目の前に現れた。昔見た光景に似ていたのだ。
「天道さん!」
アリスが覚醒した天道に気が付き、思わず彼の名を叫んだ。起き抜けに自分の名を叫ばれた天道はデジャヴを感じた。彼がけがや病気で病院に運ばれた時、そばにいたのは彼の細君の瀬奈だった。彼が瀬奈を細君に選んだのもその時だった。
「アリスか。ここは?」
天道の最後の記憶はホブゴブリンを二体同時に斬り捨てたところで止まっている。
「エルゼル邸の一室です。この屋敷のご息女が天道さんを助けてくれました。待っててください、今人を呼んできます」
そう告げてアリスは退室した。天道は自分の体を動かしてみた。あれからどれほど時が経ったかわからないが、身体に全く異常はなかった。ホブゴブリンに攻撃されたところも骨折はおろかあざ一つ無い。超常的な力が働いたと天道は考えた。
しばらくしてアリスが人を連れて戻ってきた。改めてみるとアリスの服装はいつの間にか天界で着ていた高尚なものから俗っぽい衣装になっていた。
アリスの後ろから二人続いて入ってきた。二人とも女性で一人はエミリアや瀬奈のような温和そうな女性、もう一人は小神子のような理知的な人物。天道の第一印象はそれであり、後方の人物は護衛か何かかと察した。
「天道さん、この方が助けてくださったエルナ様です」
「初めまして、エルナ・ヴィルード・エルゼルと申します。まずは、このミッドを守っていただいてくれたことを領主の父に代わりお礼を申し上げます」
天道は過去彼女のような高貴な出身の人間と何度か出会ったことがある。そのほとんどは礼儀作法を後付けのように振る舞った人間だが、彼女は自然とその動き、言動を出せる人間だと天道は感心した。
「これはご挨拶痛み入る。私は天道太陽。して、街の様子は?」
エルナの返答が少し遅れる。
「……街は、復興まで二日ほどかかるそうです。変わっていますね、旅の人が初めてきた街の心配をするなんて」
口には出さなかったがアリスも同じことを思っていた。目覚めてすぐ自分ではなく、他のものの心配をすることにアリスは理解が追いつかなかった。決して心配していないということではない。
「そういう性分なもので。一つ聞きたい、目覚めて驚いたのだが倒れる前に結構な重傷をしていたのだが身体に全く異変がない。これもあんたが?」
堅苦しい言動も程々にしてエルナの人柄を察した天道は普段の口調に直した。フランクな方が彼女も接しやすいと感じたからだ。実際その通りであった。
「私は少し特殊な力を使って人の傷や病気を癒すことができますので。元気になって良かったです。天道さん達はこれからどうされるのですか?」
「これから?特にない。強いて言えば、旅をしてみたい」
特にない。その言葉を耳にした瞬間、アリスは天道に目を剥いた。アリスはともかく、天道にはこれと言って異世界での大きな目的は無かった。というのも、アリスは天界へ帰還するための功績として魔王討伐を掲げているが、天道には魔王を倒す動機も大義名分も無かった。
「エルナさん、そのことで少し二人で話をしてもいいですか?」
「わかりました。もし、当分滞在するのでしたらこの部屋を自由に使っても構いません。では、失礼します」
天道は何か面倒なことになると予想した。エルナ達が退室したところで、アリスはベッドのそばの椅子に腕を組んで座った。
「さっきの発言、どういうことですか?」
「どの発言だ?」
アリスは天道の言葉に苛立ちを覚えた。本当は知っているくせに。天道の察しが良いところは生鑑で確認済みだ。言わないと分からないというのは彼が言わせたがっている証拠である。
「……さっきのこれからについて聞かれた時、旅をしたいと言ったことです。何ですかあれは?」
「そのままの意味だ。異世界に来たのだから人はもちろん、見たことないものを見たり、食べたことないものを食べたりして生きたい」
彼の自由さをアリスは呪った。
「私の思い過ごしだったみたいですね……あなたの事ですから、魔王討伐と言うのかと思っていました」
「そういえばお前がそうだったな。自分が天界に帰りたい実績作りとも」
天道は嘲笑した。最終的には自分本位かもしれないが、少なくとも彼の目的より他人のためになるとアリスは自分に言い聞かせた。
「否定はしません。ですが今この国、ひいては世界に起きていることを考えると魔王討伐は決して放ってはいけない問題のはずです。あなたならそれに乗ってくれると思っていましたが……」
「まるで知った風な口を聞くな。お前は俺の何を知っているんだ?」
「まず、あなたはアオス少年兵時代たった一人で敵陣に突入して革命に貢献、そのアオス新政府軍をたった一夜で壊滅させ、三つの闇組織を一人で相手した。どの異世界にもいない逸材だと思っていました」
天道は自らの功績を聞いた後ため息をついた。
「二つ言いたいことがある。前述した二つは元々俺の本位じゃない。二つ目は俺があの三バカを相手したのは故郷と愛するものを脅かすものから守るという大義名分があったからだ。けどその先に何があった?瀬奈と結婚して、一という新しい命が生まれても結局は早死にした。もうごめんだ」
天道の心境までは生鑑には載っていないのでアリスは彼の本音のようなものを初めて聞いた。そして幻滅した。
「そうですか……残念ですが、私達はここでお別れみたいですね。当面の計画を立てるため私はしばらくここに留まりますのでそのつもりで」
そう言ってアリスは部屋を出て行った。天道に後悔こそ無かったが、今後邸内でアリスに会うと気まずくなったりすると考えると億劫になった。
エルゼル邸 大広間
天道はリハビリと称して邸内を散歩することにした。身辺には監視や護衛といったものを感知しなかったので相当信頼されていると察した。
天井のシャンデリア、床に描かれた何かの絵、至る所に飾られている彫刻やツボといった芸術品、まさしく天道の思い描くステレオタイプなお金持ちの家だった。
二階に上がり窓から外の景色を見た。街の様子がよく見え、そこでは崩れた建物の修繕工事が行われていた。来訪時に立ち寄った食堂を見つけて、その周囲を見た。直接ではないが壊してしまった鍛冶屋、そこら中ゴブリンの死体と首が散乱したまま放置していたことを恥じた。
「旅の人から見て、この街はどう見えますか?」
後ろから声をかけてきたのはエルナ。相手は領主の娘なので慎重に答えるところだが、天道は正直に答えた。
「まだ一日しかいないが、確かに言えるのはいい街だ。壁が少々気がかりだが」
天道はミッドに来てからずっと気になっていたのが街を囲う壁だった。その用途も天道はある程度予想はついていた。
「あれですか。先先代の領主様が魔物や天災から街を守るために築いたものですが、今となっては対ゼノ軍のためにあるようなものです。本当のことを言うと、あんな壁さっさと無くなってほしいと思っているのです。ここから見える夕日は何より美しいから」
天道はミッドの夕陽を見たことは無かったが共感はしていた。彼も瀬奈を想う前は故郷のある公園から見える夕日がいつみても美しいと一目惚れしたことがあるからだ。街を、自治領を想うエルナの胸中とは別に天道は聞いた。
「エルナ、ちょっとこの世界の地図を見せてほしいのだが」
再び寝室。
エルナは天道に言われた通り地図を持ってきて机に広げた。天道が驚いたのは使用人や先程初めて会った時一緒にいた護衛の人間等を使うことなく、自分で持ってきたことだった。
「ありがとう。それでエルナ、魔王の城はどこにあるんだ?」
「魔王城は……この辺りです」
エルナが指を指した場所に天道はユーボ銅貨を一枚置いた。ちなみに、何気に支払っていなかった天道とアリスの食事代は天道が食堂と街と従業員を守ってくれたことを考慮してタダとなった。
「じゃあ、ミッドはどこにあるんだ?」
エルナはそこがミッドであるとしてドレノ金貨を一枚置いた。ミッドから魔王城までの距離は実に日本列島一個分が丸々埋まりそうな距離である。それを見て天道は考える姿勢に入った。
天道の考える姿勢とは立ち座り関係なく右手の中指でこめかみを軽く叩くことである。
「ということは……わざわざ、徒党を組んで魔王城からお越しになるっていうのは考えにくいから、どこかに拠点や砦があるってことか。その場所って把握できているのか?」
「そうですね……」
彼女もゼノ軍の事柄に関心がないわけではない。だが、持っている知識も深く精通しているわけでは無かったので答えを渋ることに少し恥じた。しかし、天道から見れば拠点や砦が多すぎて困惑しているように見えたのだった。
そんなものだから、エルナが護衛兼騎士団団長呼び出した時には失望よりも言葉に言い表せない愉快さが勝った。
「お呼びですか?エルナ……こほん、エルナ様」
騎士団団長のライサが入ってきた。エルナに呼ばれた彼女であったが、客人がいるとは聞いていなかったので普段フランクに呼んでいるのを訂正して仕事モードに入る。天道はライサを護衛として認識していたが、騎士団団長だったのと名前を初めて知った。
「魔王城周辺にある拠点や砦をどれくらい把握していますか?」
エルナの問いにライサは口ではなく、察しよくコインを並べることで応えた。先程ミッドと魔王城は日本列島一個分と述べたが、同じ要領で考えると魔王城及びその支配地域は北海道と同じ面積だった。
「大小問わずなら、こんな感じです。これでいいですか」
「ありがとう。あー二人とも、悪いんだが少し一人にしてくれ」
エルナは二つ返事で、ライサもそれに続く形で部屋を退室した。
ミッド 大衆食堂周辺
アリスは街を散策していた。天界にいた頃はずっと異世界というものに興味はなく、報告書に上がってくるものとか、それこそ、定義的な意味でしか存在しない世界だった。そして今自分の目でその異世界というものを見ていると不本意ではあるが、天道の気持ちもわからなくも無かった。
アリスが一番最初に訪れたのはやはり、あの戦闘が起きた場所だった。現状屋敷以外で知っている場所などここくらいなので仕方ないのではあるが。
「アリスさん、こんにちは」
そこにエルナが合流した。一応領主の娘なのだが、変装もせず、先程会った時と同じ服装だった。
「エルナさん。お忙しいのに護衛もつけずにこんなところで何を?」
「すぐバレてしまうのは承知ですが、こうして自分の目で街の様子を見るのが好きなんです」
エルナはニコニコしながら言った。アリスは相変わらず表情を変えなかった。
「天道さんは何かしていましたか?」
ほんのちょっとした好奇心でアリスが聞く。それにエルナは即答した。
「ええ。地図を見せてほしいと言っていたので見せてみると、熱心に眺めていました」
エルナには天童を含めてこれからどうするのか、何をするのか話していないが今の天童を聞いてますます幻滅した。今頃最初にどこの街を目的地としてどんな旅をしようかと思案しているのだろうと思った。
エルナはアリスの表情の変化が大きくないということを話しながら理解していった。そのうち顔には出ていないが、心の内では思い悩んでいることをある程度察知していた。
「天道さんと何かありましたか?」
エルナ的にはあくまで見てきた中ではあるが、彼女が何かしら悩む要因として消去法で天道が挙げられていた。無論アリスはそんなことを口にしていない。心を読まれていると思った。
「実は先程……」
アリスは先程天道との間に起きたことを話した。
「そんなことが……」
思ったより厄介な事柄だとエルナは考えた。どちらの言い分もわからなくはない。しかし、エルナはもう一つの思いを抱えていた。
「ですが、うらやましいですね。誰かとケンカできるというのは」
「そう見えますか?」
エルナの目から見ればそれはケンカだと思ったがアリスにはその自覚は無かった。天界にいてからというものケンカを避けてきたような生き方だったし、何より相手がいなかったからである。なので彼女にとってケンカというのは激しい口論か原始的な殴り合いという認識だった。
「アリスさんも天道さんも自分のやりたいことがあり、それに納得がいかないからケンカになる。私は昔からあれをやりたいこれをやりたい、何かが欲しいといっても誰も止めませんでした。何不自由なく育ってきたように思われますが、私自身そうは思ったことは無いのです。ライサからは贅沢と言われましたが……」
エルナは自嘲気味に言った。
「そんなケンカのしたことのない私が言うのもなんですけど、ケンカのできる人間というのは案外大事にしてみるのも悪くないかもしれませんね」
せっかくなのでアリスはもう一つ悩みを打ち明けることにした。
「もう一つ聞いていただいてもいいですか?」
アリスが打ち明けたのはゴブリンたちが襲撃してきた日。天道が外に出るまで自分は何もできなかったことだった。
「それは無理ないことです。私だって最初そうでしたし」
ここでアリスは聞こうと思っていた疑問を思い出した。
「そういえばエルナさんのあの姿は何なのですか?」
天道を助けた姿。六翼と槍を持った姿。アリスは天界で度々お世話になっていた天使を連想したが、天使というには勇ましい姿であった。
「あれは……一年ほど前ゴブリンの大群がこの街を襲撃した時、天から授かった力です。実際のところどうなのかわかりませんが、私はそう思っています」
そういえばアリスも昔聞いたことがあった。神々にもお気に入りの人間が何人かいる。その人間に対して力を授けたり、幸運を装って危機的状況を打開させたり等。エルナもその中の一人であり、アリスの知る神の中で思いつくのは信仰の女神カロヌだろうと予測した。
なのでエルナの予想は大いに的中していた。が、アリスはそれを指摘しようとはせず流した。自分が元とはいえ女神と言っても信じてもらえないだろうし何より余計な混乱を招く感じたからだ。
「以来私はこの力でこの街を守ると誓いました」
「殊勝なお考えですね。それに比べれば私は何もできなかった。あの食堂でただ見ているだけだった。今思えば自分に対して怒りを覚えてしまうくらいです。教えてください、どうすれば戦えるようになるのですか?」
エルナは力が授かり、人々を守ると誓った時の胸中をそのまま語った。
「守りたいものを思い浮かべるのです。家族、友人、何でもいいです。私はそれに加えてこの街を守ると誓いました。人って案外、誰かを守るためなら命を懸けて守れると自分でも驚きました」
アリスにはない感情だった。彼女の本音は一刻も早く魔王を倒して、天界に帰還すること。誰かを守るなんて二の次であり、あくまでついでのような感じであった。天道はそれを見透かしていたのである。はっきりと口に出さない彼にも腹が立ったが、女神でありながら邪念のようなものを抱いている自分にも腹が立った。そして天道の言葉を思い出した。
故郷と愛するものを脅かすものから守る。エルナの言っていたことと同じであった。そしてこの二人の共通点は迷わずに命を懸けられるということにアリスは気づいた。すると遠くからエルナを呼ぶ声が聞こえてきた。ライサだ。
「エルナ様!また勝手に離れて……」
「ふふっ、ごめんなさい。では、アリスさん、これで失礼します」
エルナに続いてライサも一礼して二人はその場を後にした。




