未知への探求
歓迎の風吹く壁の街 ミッド
ガエラ平原を少しばかし歩いた二人は正門を通りミッドに辿り着いた。天道は未知の世界に足を踏み入れた事に喜びを噛み締めていた。
建築様式は近世のヨーロッパでよく見られる石造の家がほとんどでかつて天道がかぐやから借りたライトノベルに載っていた情報と一致した。建物の側には露店が立ち並んでおりそこに行き交う人々を見て、天道は平和な街だと一瞬で察した。
「さて、着いたはいいがこれからどうしたものか」
天道はアリスに聞いたつもりは無かったが、アリスは答えた。
「もちろん最終目標は魔王の打倒です。実績を上げれば、天界に戻ることも夢じゃありません」
アリスは自分の目標に燃えていたが、天童から見れば異世界に歓喜しているのと同時に彼女への疑問を払拭できずにいた。
「そういえば聞けていなかったんだが、どうしてアリスは俺とついてくることになったんだ?」
「あ、それはですね……」
これまで自信に起こった経緯を語ろうとすると遠くから悲鳴とどよめきが聞こえた。二人が声のする方を向くと、人相の悪い人間の男がカバンを持って二人に向かって走ってきた。その後ろにはおぼつかないながらも男を追いかける女性が確認できた。
天道は内心どこに行ってもこういうことが起こるのかと思ったが、そんなことが些細なことと思うほどの衝撃が彼を襲った。追いかけている女性を見ると猫のような耳と尻尾が付いていた。それを見た天道は目を丸くした。
「おい、あれ……」
「ひったくりですね。やはり人の多いところにはいるものですね」
「いや、そうじゃなくて」
天道は失礼だとわかっていても女性を指差した。アリスは天道の言いたい事をようやく理解した。彼女とっては見慣れているものだったので特に驚きもせずに答えた。
「ああ、ケットシーですか。この世界では人と共存しているみたいですね」
ケットシーという言葉を聞いて天道は感嘆した。出てくるもの全てが本の中で文字だけだったものが今目の前に躍動している姿を見て猛烈に感動した。
「本当に……やってきたんだな……異世界に……!」
感動したあと、天道は男に向かって一直線に走った。そのスピードは彼の全盛期から健在であり、側から見れば一瞬で移動しているように見えた。それは元女神であるアリスの目にも変わらない。
一瞬で男の側に移動した天道は移動中に右腕を真横に広げて男の顎目掛けてラリアットをお見舞いした。それだけでなく、腕に激突した男の身体は顎を中心に後頭部が後ろ倒れそうになったところを天道はすかさず右手で顔面を鷲掴みして地面に叩きつけた。
あまりの一瞬の出来事にアリスは呆然としていた。それと同時に天道という男を選んだ事に間違いは無かったという自分への疑念を少しだけ解消させた。
天道は倒れた男からカバンを取り上げて後から追ってきたケットシーに渡した。
「これ、あなたの?」
ケットシーがそれを受け取ると喜びの表情を浮かべた。だが、何かを喋っているようだったが天道には全く聞き取れなかった。
かつて天道は様々な言語を習得していた。普段使いできるものから少しマイナーな言語まで色々だが、流石の彼も異世界の言語は喋れず、その場でどう返そうかと困惑した。相手のケットシーはそれを意に介さず話し続けていた。
それを見かねたアリスがすかさず天道に近づいて顔のそばで手を翻すような動作をした。
「母から貰った大切な鞄を取り戻していただき、本当にありがとうございます!」
ケットシーの言葉が天道にもわかる言葉になった。
「大丈夫そうなら良かった」
その後、二、三回ほどお礼を言われた後天道とアリスはケットシーの背中を見送った。アリスが天道を見ると彼の身体は震えていた。
「なあアリス。俺は猛烈に感動している。異世界の人間とのファーストコンタクトが亜人類でしかも会話までできた。さっき何をしたんだ?」
天道は少年のようなキラキラした目でアリスに聞いた。先ほどの勇猛さからは微塵も感じられない純粋無垢な目であったのを見てアリスはたじろいだ。
「さ、さっきのは言語共通魔術です。お互いの認識している言語に合わせて言葉を通じるようにしたのですが……そんなに興奮します?」
「興奮するとも!魔法をこの目で見ただけでなく、直接自分で体験できたんだから!」
子供のようにはしゃぐ天道を見てアリスは少し安心した。記録や噂で聞いていた天道太陽という人物とは異なり、いざ自分の目で見て見れば普通の性格の男性だったからだ。
一人は興奮、一人は安心のムードでいるとどこからか甲冑を着た三人の男がやってきた。
「この男がひったくり犯ですね?」
男の一人が二人に聞いてきたので二人は同時に頷いた。
「ご苦労様です!些か無礼ではあると思いますが感謝の意を込めてこちらをお受け取りください」
男が腰のポーチから小さな袋を出した。わずかにぶつかった音からその中に何が入っているかは天道はよく理解していたのか躊躇いなく受け取った。
「ではこれにて失礼」
天道は笑いながら会釈して男たちを見送った。姿が見えなくなったところで天道は袋の中に入っている物を出した。金貨が三枚、銀貨が十三枚、銅貨が十枚出てきた。
「アリス、わかるか?」
最初こそ天道は紙幣ではなく、硬貨でのみ金融取引のされている事が予想できたが、冷静になってこれらの硬貨はどれくらいの価値なのか気になったのでアリスに聞いた。アリスは一つずつ指を指して教えた。
「金貨はドレノ。銀貨はプリオ。銅貨はユーボ。一ドレノは十七プリオ。一プリオは二十九ユーボ。心配せずともすぐに覚えます」
天道にとっては億劫であった。彼にとって数字で物事を考える時はいつもキリのいい数字を用いる。最も多く使うのは時間において五も零をよく使う。集合時間は十五時三十分や起床時間は七時二十五分等。なので中途半端な数字を出されて天道は異世界が現実と文字通り異なる世界ということを実感した。
アリスは天道のテンションが少し下がったのを察知した。そんな彼を見て、彼女が感じたのは失望でも幻滅でもなく共感だった。
「まあ私も様々な世界の貨幣経済には混乱させられるので他人のことは言えないのですが」
ここで天道はある事を思い出した。
「そうだアリス。会ったときから言っていた多次元と異世界ってどう違うのだ?」
「それは……」
すると天道の嗅覚が何かを察知した。香ばしい匂いだ。
「じゃあ、せっかく金銭が手に入ったんだ。どこかでゆっくり聞かせてもらうぞ」
そう言って天道は後ろに手を組んで、散歩のような足取りで進み始めた。それを見ていたアリスは
ーー噂通り、なんて自由な人なんだ……
と思った。
大衆食堂 フィール
アリスは天道の動きを注意深く観察していた。異世界にやってきたからというもの、その動きはよく言えば子供のようだった。彼にとって珍しいものを見てははしゃいだり、目移りしている様はまさにそれだ。現に今は食堂の店員として働いているエルフを見て目を輝かせていた。そして、悪く言えば田舎者。彼にとって異世界というのは未知の世界なのである程度許容すべき事なのだろうが、一緒に行動している以上周りの目が気になって仕方なかった。
「すごいなアリス。全く何の料理か見当がつかない」
メニューを見ながらアリスに聞いてきた。先ほどかけた言語共通魔術のおかげで聞こえるものだけでなく、目に映るものも異世界の言語であるが認識できていた。しかし、言葉はわかって料理名を見ても天道には予想できなかった。
「一番文字が大きいのがおすすめなんだろうな。このオトモヨのカール煮っていうのが」
残念ながらアリスも名前だけ聞いてもピンと来なかった。オトモヨ?牛なのか豚なのか鳥なのか果ては魚なのか全くわからない。残念ながらメニューに解説もないので未知のものだった。
「よし、これにしよう。郷に入りてはなんとやらだ。アリスは?」
「私も同じのにします」
結局同じものを頼んだ。料理が来る間、天道は先ほどの話題をゆっくり聞くことにした。
「天道さんは多次元宇宙についてどれくらいご存知ですか?映画での知識でも構いません」
「俺が選ばなかった現実が存在するもう一つの可能性の宇宙。マルチバースとも呼ばれている。以上」
とりあえず天道は思いつく限りの知識を並べた。無論それは映画で培った知識であり、彼自身専門家でも何でもないため挙げられるものは二つしかなかった。
「大まかに言えばそうですね。そして異世界というのはそんな多次元宇宙に存在する別の可能性の地球の事を指します。タイプとしては大きく二つに分けられ、天道さんの地球のように科学技術が発展したタイプとこの世界のように魔法が発展した世界です。それ以外にもありますが大抵この二つに分けられていると認識しても大丈夫です」
「へぇ~。じゃあ俺が瀬奈と結婚しない未来もあれば、独り身の世界がありそうだな」
その様子ははたから見れば先生と生徒。
「そうですね。まぁ、あなたはどの宇宙でも大体早死にしてしまうのですが」
「うぇ!?」
驚きのあまり天道の口から情けない声が出た。しかし冷静になって考えた。
「いやでも、よくよく考えたら俺って二十代で死んでるんだよな。だったら俺もその中の一人ってことか」
「ですが面白いのは、どの宇宙でも結婚する相手は瀬奈か小神子だということです。逆にここまで宇宙的因果律のようなもので結ばれるのは極めて珍しいものです」
それを聞いて天道は安堵した。そして自分はかぐやと結ばれないだろうということを察すると少し愉快になった。悪意という意味ではなく。
「そういえば、分からなければ良いんだが、俺が死んだあと俺の親しい人たちはどうなったんだ?」
アリスにとっては天道以外の人間にかれこれ千回は超えた質問がとうとう来たと思った。彼を含めてこれまで行った千六○○回の転送の儀で毎度のごとく聞かされた。独り身の人間からは聞くことがなかったが、天道のような幸せの絶頂にいた人間、不慮の事故で死んでしまった人間からは大体やってきた。
「では、あなたと親しかった六人の人物をお教えします」
瀬奈。天道の細君。天道の死後、息子の一を育て、将来再婚することなく天道太陽という人物を想い続け、孫にも恵まれ天寿を全うする。
小神子。天道の右腕。彼の事業を引き継ぎ、彼の立ち上げた会社「シーク」の名を三百年に渡って残す礎を築いた。彼女もまた天道に想いを寄せていたため将来結婚することなく天寿を全うする。
かぐや。シークの物理担当。天道の死後独立して警備会社を設立。後に政府御用達の警備会社として名を上げる。彼女は結婚して子宝にも恵まれたが、ファーストレディー護衛中に凶弾で命を落とす。
理子。天道の親代わりだった彼女は、彼の死後半年で官僚を辞しシークに合流。官僚を辞しながらも、個人的に叔父である総理を陰ながら支え、小神子と共にシークを盛り上げた。彼女は結婚こそしなかったが、奇縁で出会った子供を養子として引き取り、その後天寿を全うする。
土方誠。天道生涯の親友。姪である理子に支えられ、土方内閣を三度率いたあと政界を引退。その後も相談役として政界に大きな影響を残し続けた。細君とは仲睦まじい夫婦として知られ子宝にも恵まれた。長男の大和は四度総理大臣を務めた。
一。天道と瀬奈の息子。瀬奈、小神子、かぐやによって普通の子供として育てられるが、天道の息子ということもあって非凡な才能を存分に発揮した。その後政界に進出、土方大和による土方内閣の首相補佐官として務め後に最強コンビと称されるようになる。そして天道家は二十代に渡って繫栄していく。
一通り聞いた天道は「そうかそうか」と満足そうに笑みを浮かべた。かぐやは不幸な死を遂げたが、彼女の性格を知っていた天道は職務で命を捧げられたなら彼女も本望だろうと思った。
「ちなみにあなたの墓にはこう刻まれています」
この世界で最も自由で、どんな時も誰よりも太陽のごとく輝いた男。ここに眠る。
天道は生前自分の埋葬云々に関することは詳しく残していなかったので、これはシークの誰かが刻んだものだろうとある程度察した。が、決して悪い気持ちにはならなかった。むしろ彼は自分の太陽という名前を気に入っていいるので、もし、実物を見れば上機嫌になれるだろうと思った。
「こんなところですか。他に何か聞きたいことはありますか?」
ここで天道はあることを思い出した。
「あと、この街に来てから聞きたかったんだが、アリスは何で俺と同道してるんだ?」
するとアリスはどう言ったものか歯切れが悪くなった。
「実は……異世界に左遷させられまして……」
結局嘘はつけない性格なので正直に話すことにした。それに天界からの監視もないし、委細話しても問題ないだろうと判断した。
「まだ私が今の職に就く前に一度だけ異世界に転属願いを出していました。当時はまだ若輩者で異世界に転属の意味がよくわかっていなかったのですが。天道さんと同じ異世界に飛ばされたのも、上が勝手にって……」
それを聞いても天道は腑に落ちない。理子から人事異動のシーズンが近づいてきたときの栄転か左遷かわからない焦燥感のようなもの、基本拒否権はなく人事課のみぞ知るというのは聞いていたが、彼の直感がきな臭さを感じた。
「厳正なる審査と言っていたが、どんな感じなんだ?」
アリスはそれを聞くと久しく忘れていた心臓が一瞬握りしめられるような感覚が走った。そして、苦笑しながら答えた。
「実は……あれは毎度やっている口上なようなものでして、厳正なるっていうのはその実、くじ引きみたいなものなんですよ。引くのは私なのですが、誰の名前が書いているかは直前まで私も知りません」
時は天道が転生の儀の部屋に来る少し前にさかのぼる。
この日アリスは自分の管轄である転生の儀の部屋で自分が送った転生者の管理や部下や後輩たちの報告書を読んでいた。そしていつもの時間がやってきた。
ーー最近めっきり減ったわね……
天界の上層部からやってくる箱。その中に入っているボールにはこれから異世界に向かう人間の名前が書かれている。数十万年前までは箱いっぱい入っていたのだが、今手を入れるとほんの三個しか入っていなかった。上層部の考えていることはよくわからない。それがアリスの考えだった。
箱の中からこれだと思ったボールを取り、名前を見ると天界の文字で「天道太陽」と書いていた。以前よく人間界を監視している同僚のバールトーや後輩たちが噂にしているのを聞いたことがあった。
「人間界で最も自由、太陽のような男」
そんなことをよく耳にしていた。気になったアリスは天道の人間生鑑を取り寄せて調べてみた。ページは人間界で言う並に薄かった。人間生鑑はその人間の人生の年数とページが比例しており、長寿であれば辞書並の厚さになる。天道という男はカタログ冊子程度の人生しか送っていない男。それがアリスの所感だった。こんな男が天界で噂になるほどの人物なのか、会うまで半信半疑であった。
そしていざ対面してみれば噂が半分正確だったと実感した。子供のようにはしゃぐ様は太陽のように明るかった。自由なのはこれから見ていくとしよう。そうアリスは考えた。
そして現在
天界の多少の事情と自分への印象を聞いた天道は正直不本意な気持であった。
「俺は太陽のような男と言われるのは好きだが、自由な男とは思ったことないぞ。俺は俺の生きたいように生きていただけだし、運よく事が運んだだけだ。それに、足の言うことが聞かなくなってからは自由じゃなかったし」
「それが自由だと言っているのです。普通の人は何かに縛られて生きていますが、どれだけ生鑑を読み返しても幼少期から青年期にかけてはともかく、そこから最期まであなたを縛るものは何一つ確認されませんでした」
「そうでもないさ。俺が無茶をしようとすると小神子に止められたり、瀬奈から無駄遣いしないでくださいって財布を没収されたこともあったっけか」
天道にとって生前のシークでの記憶は思い出せば愉快になる記憶ばかりだった。
「ですが……」
アリスが反論しようとするとメイド服を着たエルフが料理を運んできた。皿の上には先ほどまで謎だったオトモヨが乗っていた。その正体はジュウジュウに焼かれたステーキであり、天道の鼻孔に良い刺激となった。
「失礼。一つ聞きたいんだが、カール煮ってなんなんだ?」
カールと聞けば天道はお菓子と歴史上の偉人が出てきたが、異世界にそれに由来するものは流石にないだろうというのと、一番詳しいであろう現地の人間に聞くのが一番という経験から、早速質問していた。皿を運んだエルフは笑顔で答えた。
「カール煮っていうのはみじん切りにした玉ねぎと炒めた後カールっていう炭酸とアルコールを飛ばしたお酒で煮込んだものです。お客様、ミッドは初めてですか?」
「あぁ、そうだ」
「では、このお店の名物をごゆっくりご堪能下さいませ!」
スマイルで去ったエルフの店員に天道は笑顔で会釈した。そして改めて料理に目を向けた。
「天道さんって初対面の人でも話せるのですね」
単純に感心したことをアリスは呟いた。子供のような一面が目立っていた天道だが、今のような社交的な面もあるのだなと思った。
「悪い人じゃなさそうだったからな。そのあたりの目利きには自信があるんだ。そんなことより料理をいただこう」
やはり子供のようだ。そうアリスは我に返った。
天道がステーキにナイフを入れるとまるで水に吸い込まれていくかのようにナイフがスムーズに入っていった。恐らく箸を使っても同じようなことができるだろうと思いながら切り分け、切った部分をフォークに刺して口に入れた。すると天道は静かに笑い出した。
「これは……なかなか……!」
口に広がったのは玉ねぎで炒めたあと、さらにカールなる酒で煮込まれたことによってほろほろに柔らかくなった肉とその肉汁。肉の上にはデミグラスソースのようなものがかかっていたため、角煮を思わせる柔らかさだったが、それとは似て非なるものだと舌鼓を打った。
「いやあ~美味い。べらぼうに美味い。まだ、こんな味の食べ物を食べたことがなかったなんて、やっぱり人生はいいものだな。まぁ一回死んでいるんだが」
最後の一言を置いて、天道の言うことも一理あるとアリスは思った。天界でそれなりに高級なものや美味と言われるものを食べたアリスだったが、異世界には天界では味わったことのないものがあると改めて思った。
なによりアリスが驚いたのは天道の所作だった。先ほどまではしゃぎようはどこへやら、食事をしているときの姿勢や食器の使い方、音を出さずに食べている姿は英才教育を施された貴族のようだった。
「ん、どうした?」
「い、いえ……」
感心しながら天道をじっと見ていたので視線が気になった天道はアリスに聞くと、急いで料理に戻った。
ーーやっぱりわからないわ……




