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拝啓女神様

「起きなさい。起きなさい」


 初めて聞く女性の声を聞いて男は意識を取り戻した。無理矢理起こされたことに加えて寝起きのせいで目覚めが悪かった。そして一度身体を起こして辺りを見回した。


「……どこだ?」


 殺風景とも壮観とも言えない何もない空間だった。まるで星のない宇宙空間のような暗黒なのに不思議と視界はきいていた。そして、目の前には紐で結ばれた白い布切を着た女性が座っていた。肩や膝から下が露出しており、豊満な双丘が強調されていた。


「おはようございます。早速ですが……」


「悪い、もう三十二時間寝る」


 周りの暗闇を見ていた男は、女性を一瞥したあと暗闇のせいで自然と眠気を誘われたのか女性の声を無視して男は再び眠りにつこうとした。あまりの予想外の行動をとったが、女性は冷静に対処した。


「こほん、起きなさい。さもなければそこにヌザミロトの雷を落とします」


 女性が一体どこの言語の言葉なのかよくわからない単語を発したので男は興味本位で聞いてみた。


「……何だ。そのヌザ何とかっていうのは。新しいクッキーか?」


 女性は返した。


「雷鳥ヌザミロトです。怒った時に放たれる雷を食らえば丸焦げになり、生きたまま鳥葬に処される夢を十万年に渡って見ることになります。ちなみにこれは立派な天界裁判の刑の一つでもあります」


 男は自分がそうなってしまう未来を想像した。鳥葬なんて時代遅れな体験をできるのは死んだ身であるから悪くないと思ったが、十万年は流石に堪えるので男は重たい身体を起こして胡座をかいた。


「はいはい、起きますよ」


「では、第一六◯◯回多次元転送の儀を始めます。対象……」


 女性が淡々と話を進めようとしていたので、男が挙手をして止めさせようとした。しかし、女性はマニュアル通り淡々と進めた。


「対象、天道太陽。第一五八二宇宙の地球歴……年の七月三一日生まれ。男性、非童貞、既婚者、最終没年は……年の七月三◯日。あなたは多次元に転送される権利を取得しました」


「さいばんちょー、まずは俺の話聞いてくれますかー?」


 一旦区切りに入ったと察した天道は口を開いた。女性は一度不本意と捉えかねない、聞こえない程度の鼻息を吐いて「どうぞ」と譲った。


「聞きたいことが二つある。いや、三つか。ここはどこ?お前は誰?どうして俺なんだ?」


 実際天道には聞きたいことが山ほどあったが、とりあえずすぐに思いついたものとして三つ挙げた。


 一方女性の方は本当にこの人が?と怪訝そうな顔をしていた。


「俺はさっきまで死んだ友人と両親と談笑していて、気づいたらこんなよくわからない所に来ていた。教えてもさっきの雷は落ちないだろう」


 流石の女性も彼には知る権利があると思ったのか、結局は答えた。


「ここは天界の端にある、転送の儀の部屋になります。私はアリス、勇気を司る女神です。あなたは我々の厳正な審査の結果他の宇宙、有り体に言えば異世界転生をする権利を得ました」


 まるで機械のごとく天道の質問にアリスと呼ばれる女性は淡々と答えた。しかし、天道はその答えのうち最後の回答を聞いた途端先述の二つはどうでもよくなった。その胸中は


 ーー異世界転生キターーー!!


 だった。喜びのあまり天道はその場で右手の拳を天に向かって振り上げた。誰だこいつ。


「あの……どうかしましたか?」


 聞いていた話と違うと思っていたアリスは困惑のあまりマニュアルにはないことを聞いた。これまで異世界に送った人たちとほとんど同じ反応ではあるが、彼女が聞かされていた天道の人物像から全くかけ離れていたことをしていたからだ。


「異世界転生ってあれだろ。現世で死んだ若者がチート能力を持って勇者か冒険者となり、魔王を倒すんだろ?かぐやからライトノベルを借りたときに読んだ。そんなRPGゲームみたいな世界があるなら是非とも行ってみたいと思ってたんだ。まぁ、大体は現世で死ぬことが最低条件見たいだったから実行はしなかったが」


 天道はかつていた世界を思い出した。彼にとってかけがえのない家族といえる人たちとの思い出が鮮明によみがえってきたのだ。そんな子供のようにはしゃぐ天道を前にアリスはやはり困惑した。


 するとアリスの方からまるで呼び出し音のようなものが聞こえた。アリスの服装的に何かをしまうようなスペースは無いので天道は音のする方を様々な角度で見たが、音の発生源は見つからなかった。


 アリスが右手を少し広げるとどこからともなく黒色の折り畳み携帯のようなものが現れた。すると天道は予想した。


 ーーえ?あれって内線電話?


 天道の予想は当たっている。携帯の画面には「異世界転生人事課」という部署と思われる名前と五桁の内線番号が映っていた。アリスは携帯を耳に当てて応対する。


「はい、アリスです」


 ーーあーアリス君忙しいところ悪いね。


 相手は年老いた人物だと察することのできる声だった。天道にとってはその程度の認識だが、アリスにとっては非常に重要な意味だった。


「ご無沙汰しております。何かありましたか?」


 ーーアリス君、急で申し訳ないんだが君の異動が決まったんだよ。前に一度提出していたあそこに。


 アリスは過去の記憶を遡った。他の課の異動届など提出した覚えなどないが、彼女が現在の部署に就く五十万年前に一度だけ提出したことがあったのを思い出した。問題はそれが他の部署にではないということだ。


「待ってください。あれはもう何十万前の話なのに、今更ですか?」


 ーー私もそう思ったんだが、上からの命令だからね。おまけに転生先も向こうが勝手に決めてきたんだよ。


 すると何もない空間から羊皮紙がファックスのように届いた。一連のやり取りを見ていた天道は死後の世界でも現実のような事務作業や機器あるのを見てどこも変わらないのかと少し幻滅した。しかし、彼にはこれから異世界に行くということ心躍っていた。


 アリスは羊皮紙に書かれた異動命令に目を通した。そこにはこれから天道が送られる異世界と同じ名前が無情にも書かれていた。そして、意識を電話に戻す


「これ、今考えれば左遷ですよね?」


 ーーそうだね。昔から君は変わっていたと思っていたが。まぁ、君ならやっていけると私は信じているよ。


 異世界に異動が下る理由はただ一つ。事前に届け出を出している。これは天界間では変わっている行為と見られている。何故なら、ほぼ確実に下界に送られ人間と変わりない生活を余儀なくされるからだ。天界の者が下界に行くのは遊び感覚でお忍びで行くのが通例であり、自分から仕事で行くような場所じゃない。なのでアリスの発した「左遷」というのはあながち間違いではない。


 ーーそれじゃあ健闘を祈るよ。


 無情にも電話は切られた。女神以前に天界の人間なのであっさり電話を切られても何の感情もわかないが、自分がこれからどうなるのかという不安はあった。そんな不安をよそに目の前にいる天道は相変わらず目を輝かせていた。


「終わったか?何だか穏やかじゃなさそうだが」


 電話のやり取りを聞いていたわけではないが、アリスの顔の変化で何となく察することができた。アリスは少しため息をついて発した。


「天道さん。急で申し訳ありませんが、高い所は慣れていますか?」


 本当に急な質問なので天道は答えるのに少し間を置いた。


「え?いやまあ、慣れてる……かな」


 天道の答えたのを聞いたアリサは椅子から立ち上がり、天道の前まで来て屈んだ。その際全く履いていないことや双丘が揺れたり、屈んだ際膝に密着しているのを見た天道は若干アリサの感性を疑った。


「これから、落ちます」


「落ち……」


 すると天道が言い終える前に二人のいた地面が全く同時に開いた。天道が叫びながら下を見ると雲の上ほど高い位置から落ちているのを実感した。


「おい!急すぎないか!?」


 叫ぶ天道をよそにアリスは冷静だった。そのおかげか先ほどと変わらないくらいの感覚で天道に応えた。


「心配いりません。地面に着くまでは天界ボーナスとして何があっても死ぬことはありませんので。たまに飛行物体と衝突して人体欠損や挽肉になる人もいますが、少しでも血肉が残っていれば再生します」


 アリスの口からバイオレンスな話を聞いて天道はツッコミを入れずにはいられなかった。


「洒落にならないわ!」


 そしてアリスは補足と言わんばかりに付け加えた。


「まぁ、この世界は飛行機の類は飛んでいませんので安心してください」


 だが、そんなアリスをよそに天道は悪態をつき始めた。


「くそ……異世界転生と聞いて心躍ってたのにこんなのありかよ……死なないにしても何の準備もなく空中に放り出されるなんて、天界はサディストしかいないのか?」


 今度はアリスは反応しなかった。むしろ、自分を呪いたくなってきていた。


 天道の悪態が五分ほど聞いていると地面が近づいてきていた。


「そろそろ着きます。ご準備を」


 ご準備をと言われても、と天道は思った。仮にも天界の人間とはいえ天道に魔法や魔術の類は使えない。今彼にあるのは前世から引き継いだ強靭な肉体と経験と天界由来のたった一回の不死身ボーナスだけだから。


「何かすればいいのか?」


 天道が聞くとアリスは相変わらずあっさり答えた。


「さあ?受け身でも取れば良いんじゃないですか?」


 天道は考えた。なるべく痛い思いをせずに地面に着地する方法を。しかし、いくら考えても地面についた瞬間天界出身から人間となり、死にはしないが痛い思いはするのだ。そして、先ほどのアリスの返答に怒りの混じったツッコミをした。


「できるか!!」


 すると、天道に一つの策が浮かんだ。


「おいお前ちょっと面貸せ」


 そう言ってアリスの胸ぐらを掴んだ。当然アリスは抵抗する。


「な、何をするのですか?」


 今度は天道がアリスのように淡々と応えた。


「お前を着地する時のクッション代わりにする」


「は、はあ!?」


 アリスはここ数百年振りに驚きというものを他人に見せた。最後に見せたのは後輩のセノカが異世界転生に送った人物が宇宙規模の戦争を起こしたことを告白した時以来だった。


 天道は変わらずに続けた。


「どうせお前女神で不死身だろう?だったら今ここでくたばっても変わらない。さ、早く、そら」


 天道は機嫌が悪かった。天界の勝手な事情に振り回されている挙句、異世界転生できると思えば空に放り出されるのだから。この鬱憤を誰かにぶつけたいと思った。どうせクッションにした後地面について人間に戻るくらいなら、それまで発散できないかと考えた。


「私もあなたと同じく地面につけば人間になります!女神だからと言って例外はありません!」


 天道の顔が真顔になってアリスから手を離した。今彼の心は無に近くなった。そしてたった一言天に向かって吐いた。右手を中指だけを立てるのを添えて。


「くたばれクソ神」


 その後二人は地面に着くまで一言も会話しなかった。


 ガエラ平原


 結局天道は何も小細工をすることなく、アリスは己の運命を受け入れたように二人は仲良く人間として転生した。幸いにも二人とも五体満足だった。


 天道は前世でも見たことなかった緑の草原が果てしなく広がる大地を眺めていた。


「素晴らしいな」


 そう一言呟いた。一方アリスは景色よりもある事を気にしていた。そのせいでその場から縮こまったまま動けなかった。それに気づいた天道が声をかけると


「そ、その……全身がスースーして……う、動けないです……」


 天道は面倒くさいと心で思った。口にはしなかったが目はすごく軽蔑とも取れる目をしていた。


 アリスは己の行動に後悔した。準備する余裕があったのにも関わらず、不用意に天道と一緒に落ちたため着の身着のままやって来てしまった。それも、天界ではスタンダードなファッションのまま。


「さっき話していた時は何気なくその服……って呼べるか怪しいが。今になって恥ずかしがるのか」


 アリスは赤面になりながらムキになって答えた。


「あなたは天界に来てから日が浅いのでわからないでしょうが、天界に何万年といると感情といったものを著しく伏してしまうのです。完全に無くなるというわけではありませんが……人間に戻った事でそれが完全に戻ってきてしまって……」


 その先は言わなかったが、天道はやれやれといった具合だった。仕方なく天道は死後天海にやってきて依頼着ていたジャケットを脱いでアリスに着せた。


「これで無いよりはましだろう。下はどうにもならないから我慢してくれ」


 天道はアリスと違い死んでから天界時間で五十年経過したが感情の欠落はない。が、元々泰然自若としているのか前世で細君の裸体を見ていたせいかアリスの細君に負けず劣らずの身体を見ても何とも思わなかった。


 そんな天道からの施しを受けたアリスは先ほどまでの天道の態度は何だったのだろうかと別の疑問を抱いた。


「あ、ありがとうございます……」


 あいにく成人男性のジャケットはアリスが着れば少し大きかった、それでもほぼ下に何も履いていないアリスにとっては貴重な衣類なので大切に着た。


「さて、これからどうするか。えーっと、アリスだっけか。この世界には詳しいのか?」


「いえ、ほとんど初めてです。ですが、この雄大な草原はガエラ平原と見て間違いないと思います」


 前世では聞いたことない地名を聞いた事で天道の心の中には子供心に似たようなものが蘇ってきた。本当に異世界に来たのだなと。そして改めて見渡すと反対の方向に壁のようなものを確認した。


「あそこは?」


 天道がアリスに聞いて、指差した方を見ると若干安堵した。


「あそこはあなたにわかりやすく言うとはじまりの街のようなところです」


「よし行こう」


 天道は即答して歩き出した。アリスは股の数少ない布を抑えながらそれについて行った。


 かくして天道とアリスというコンビの異世界転生物語が幕を開けた。

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