第47話 試合前の過ごし方
彩彩アスレティックパークのテニスコートは三面あるから、一度にできるのは当然三試合。練習試合は全ペア行う予定で、全て公式戦と同じ七ゲームマッチらしい。県大会出場組は二試合を予定している。
俺たち混合ダブルスの試合は全員が一試合終えた後とのこと。順調に進めばどれかのコートの三試合目だろう。一試合二〇~三〇分として、お呼びがかかるのは一時間くらい経ってからだろうな。
「そんじゃ、試合始まりそうになったらスマホに連絡ちょーだい」
ってことを伝えた瞬間、理久リオは他の施設を見て回ると言い残し離れていった。確かテニスコート以外にも金魚つり場やドッグランもあるんだったっけ。
正直、俺もここにいるより犬を見たい。今俺の中で一番ホットな犬種はウェルシュ・コーギー・ペンブローク。コーギー超可愛い。多頭飼いの動画でコギプロ撮影した動画なら、どれだけあざとくても一生見ていられる。
ドッグランにコーギーいるかな……いるかもしれないな……
「あの、俺ちょっと走ってくるんで」
「……あ」
衝動を抑えられず、先輩に一声かけてランニングがてらドッグランを見に行くことにした。
休日だからそれなりに人は多い。これは期待できそうだ。
にしても、大分体力も戻ってきたな。高校に入ってから走るのサボってた所為で、ランニング始めた頃はすぐ息あがってたもんな……
継続は力なり、って古い言葉があるけど、その言葉自体に継続を促す力がある気がする。数年で廃れる死語とはオーラが違うね。
浦和南陽の混合ダブルスにどのレベルの選手が出てくるのかはまだわからない。ま、名前聞いても多分知らないだろうし、実際にプレーするまでは未知のままだろう。
久々だな、この感じ。じんわりと緊張してきたけど、全然嫌じゃない。程良い高揚感と喉の渇き、心臓の高鳴りがこれから試合が始まることを全身に伝えてくる。
斎藤先輩・綾野先輩との試合で感じたのは、中学の頃より下手になっているかもしれないってこと。ヌルい練習しかしてなかった代償はハッキリと動きやショットの精度に現れていた。
でもあれから自主練や月坂先輩との練習の中で、あらためて基礎を積み上げられたのは大きい。トスの精度もある程度は向上したと思うし、コート内で見える景色も中学時代と変わらなくなった。
公式大会じゃないとはいえ、俺と先輩にとっては初陣。内容も大事だけど、今日はどうしても結果が欲しい。
俺と先輩が今後もダブルスを続けられるっていう、確かな証が欲しい。
その為にも――――
「わぅっ! わぅっ!」
コーギーいたああああああああああああああああ! メッチャいるしメッチャ遊んでる! どうやら今日は中型犬の集いの模様。柴とビーグルもいる。あとあのイケメンはコーイケルホンディエか。コーイケルホンディエも良いよな。あのラフな感じの毛並みがたまらん。
ああ、遠くから見てるだけでも癒やされる。魂が洗れていくのを感じる。生で見るのって動画では得られない栄養素があるよなー。
「はぁー……犬、飼いたいな……」
「犬好きなんだ」
うわビックリした!
あ、月坂先輩か。まさか俺が迷子にならないか心配して追ってきてくれたのか?
「はい。でも親がアレルギーなんで飼えないんですよね」
「私の家も、日中は親が二人とも仕事でいないから飼えなくて……」
「もしかして先輩も犬がお好きなんですか?」
「うん。でも子供の頃からずっと縁がなくて、動画でしか会えない……」
……まさか。
まさか、こんな所に仲間がいるとは……!
「動画、観だしたら止まらないですよね」
「うん。シベリアンハスキーの遠吠えとか一日中でも聴いてられる」
ああわかる。先輩は大型犬派か。ゴールデンレトリバーとか可愛いよなあ。子供に生まれ変わってあの大きな身体に思いっきり抱きつきたい。
いやそんな謎妄想してる場合じゃない。試合に向けてメンタルを作らなきゃ。
先輩は緊張してるような素振りは見られない。でも多分そうじゃないんだろうな。
「昨日も動画観たんですか?」
「うん。眠れなかったからついタイムラインの……あ」
さっき学校で言っていたことと矛盾する発言。何となくそうかもとは思ってた。
「眠れなかったんですね」
「……ごめんなさい」
ドッグラン広場の柵に身を預けながら、先輩は視線を落とす。その先には犬も、俺もいない。
「足引っ張らないようにって思うと、全然寝られなくなっちゃって……本当にごめんなさい。先輩なのに実力で貢献できなくて、体調管理もできないなんて……」
ああ、先輩がネガティブモードに入っちゃった。
一緒に練習するようになって約三週間。その間、先輩のこういう姿は何度も見てきた。
ここで寄り添うような言葉の一つでも言えば、もしかしたら俺への印象が良くなるのかもしれない。俺自身にも共感できる部分はあるし下心抜きで言葉は幾らでも出てくる。
それでも、俺から言えることは一つしかない。
「先輩。一つ取り決めをしときましょう」
「え?」
「今日は攻めましょう。俺も先輩も一セット内で最低一ポイント、必ず自分から取りに行く。相手のミス待ちじゃなくて自分たちで仕掛けて行きましょう」
今のままだと、先輩は多分ポーチボレーすらやりにいかない。ラリーの邪魔をしないようにとストレートだけを締めて自分のエリアに閉じこもってしまう。
それじゃ試合をやる意味がない。
「でも……」
「っていうか俺、ミドル打ち込まれるの苦手なんですよ。センター付近でのバックハンドってアングル狭いじゃないですか。あれがダメで」
後衛同士のクロスラリーにおけるコースは、主に『ショートクロス』『クロス』『ミドル』の三つに分けられる。ショートクロスは相手フォア側のサイドラインギリギリやや浅め、コートの外側へ逃げるようなコース。クロスはコートの隅、相手後衛がいる付近。そしてミドルはネット中央付近に向かって打ち、相手後衛がバックハンドで対応するようなコースを指す。
ミドルは相手前衛のすぐ近くに打つことになるからリスクはあるけど、その分相手後衛は対応が難しい。バックハンドが苦手な選手には有効だ。
もし前衛がストレート――――自分たちから見てコート左端の方ばかりを守っていたら、このミドルのコースが空く。そこを突かれ続けると後衛の負担はかなり増してしまう。
逆に言えば、前衛はミドルを守る為にはある程度攻めの姿勢を持つ必要がある。いつでもボレーに出ていくぞって積極性を相手に見せることで、それがミドルへのショットの牽制になる。
「できればミドルのコースを消して貰えると助かります」
ミドルからのバックハンドに不安がある……ってのは嘘じゃない。誰だって苦手だろう、あんなの。
だからこれは本音だ。
先輩に働いて貰わなきゃ、勝てる試合も勝てなくなる。
「……うん。わかった」
先輩は顔を上げて、俺の目を見て決意の表情になっていた。
これなら大丈夫そうだ。
思わず零れそうになった笑みをグッと堪えたその時――――
「あ、あのー……」
背後から、物凄く申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
振り向いた先にいたのは、蒼月高校のテニスウェアを着た二人の女子。
なんか微かに見覚えあるような……
「ねえ! ちょっとマジで言うの?」
「だって仕方ないじゃん! もうこれ以上ムリ! こんなのずっと聞いてられないって!」
なんか失礼なこと言ってるな。ってか今の会話聞いてたのか? だったら邪魔すんなよ。こっちは大事な話を……
あ、思い出した! こいつら校舎裏で壁打ちしてた女子だ。俺が先輩とダブルス組むことになって最初に話し合いした時の。
「あの、ホント……ごめんなさい!」
その二人が唐突に頭を下げて謝罪してきた。
何なんだ一体――――
「私たち、中垣内に言われて二人の会話を盗み聞きしてて」
「前に彩彩での会話、新聞部にリークされたでしょ? それもそう」
……は?




