第45話 最初から上がる一日
高校入学から一ヶ月が経過し、いよいよ待望のゴールデンウィークに突入。
部活に入っていない生徒にとっては最初の息抜き期間であり、実家から離れた所に進学した場合はこの機会に帰省することもあるらしい。
そこで発生するのがホームシック。
慣れない環境でも適応できる柔軟性や強さがあるなら問題ない。でも中には人間関係や生活環境の変化に対応できず、重度のストレスに蝕まれて心が荒み『寂しいよう』『あの頃に戻りたいよう』と泣き喚く奴も多いと聞く。中には実家から戻らずそのまま学校を辞める奴すらいるらしい。
「結衣菜ちゃん久し振りーっ! 元気してた? 足捻って泣いてない? 大丈夫? あ、これお土産ね。北海道と言えばこれ! ホワイトラバーズ! 御家族の皆さんでどーぞー」
「ありがと」
天和一茉里もそんな帰省組の一人だ。
でもこいつの場合、孤独感とか寂寞感とは無縁みたいで中学時代と何一つ変わっていなかった。
いや……一つ北海道に染まっていることがある。
もう五月とあって、今日の気温は最高二四度。街を歩く人たちの大半が薄着だ。
でも天和はミドル丈のコートを着用していて明らかに浮いている。まあ釧路って北海道の中でも特に寒い地域らしいから仕方ないのか。
にしても久々に来たな、さいたま新都心。
幾ら埼玉に住んでいても、こっちの方ってあんまり来る機会ないからな。さいたまスーパーアリーナってまだ改装だったのか。名前変わるって話は前に聞いた気がするけど。
「篠原先輩もお久でーす! 私がいない埼玉なんて味気なくて寂しいでしょ?」
「寒々しい北の大地よりは全然過ごしやすいから平気平気」
「またそういうこと言うー。そこは嘘でも素直に『寂しかったよ天和』って言って好感度稼ぐトコですよ?」
そんなことで上げる好感度に何の意味があるんだ……?
でもま、悔しいけど天和が何も変わってなくて安心した。北海道だし都会に染まるみたいなことはないにしても、環境が変われば何かしら変化しても不思議じゃないし。
マネージャー時代からこいつは常に周囲を明るくする天才だった。脳天気なようで色んな所に目配りをしていて気が利くし、厚かましいようで空気や距離感はちゃんと大事にする。正直、俺より大人だ。
「結衣菜ちゃん結衣菜ちゃん。おばあちゃんには夕方頃に付くって言ってるから、それまでコクーンでお買い物しよ?」
「うん。お昼はもう食べた?」
「まだ! フードコート見て回ろ! 篠原先輩もボーッとしてないで早く早く!」
「へいへい」
――――今日はゴールデンウィーク初日。
この日に帰ってくることをあらかじめ聞いていた俺と月坂先輩は、祖母の家でこの期間を過ごすという天和をさいたま新都心駅で迎え、祖母の家まで送り届ける役目を担っている。
でも天和には申し訳ないけど、今の俺は明日のことで頭が一杯だ。
ゴールデンウィーク二日目、蒼月高校のテニスコートでは他校との練習試合が組まれている。
相手は浦和南陽高校。男子は相手の学校に出向き、女子はウチの学校で迎え撃つことになった。
浦和南陽の女子は強豪というほどじゃなく、男子は毎年インターハイをはじめ主要な県予選でベスト八に入っている。要は格上の方が格下へ挑みに向かう格好だ。
本来なら俺は浦和南陽へ出向いて応援する立場だけど、浦和南陽もミックスカップへの出場を前提に混合ダブルスのペアを試験的に組ませているらしく、そのペアが女子に帯同して来るという。
つまり明日は俺と月坂先輩のデビュー戦ってことになる。
練習試合だから正式なデビュー戦じゃないけど、それと同じくらいの気持ちだ。
勝てるかどうかは全くわからない。相手次第としか言いようがないし、その相手がどの程度のレベルなのか見当もつかない。
まだまだ練習は足りてない。現段階では勝ち負けにこだわる必要はないのかもしれない。
でも俺はどうしても勝ちたい。
負けたら先輩はまた自分を責めてしまう。自分の所為で俺が嫌な思いをしたと悔いてしまう。
勝たなきゃ拓けない道がある。
勝って女子部員に、そして先輩自身に先輩の価値を示したい。
今までやってきたことが無駄じゃないと、そう思って欲しい。
思えれば、心の底からソフトテニスを好きになれる……と思う。
「……篠原君?」
あ、しまった。心ここにあらず状態で歩いていた所為でいつの間にか先輩と天和を追い越してた。
「どうせ明日の試合のこと考えてたんですよ。せっかく私が帰ってきたのに心ここにあらずって最低ですよねぇー」
う……確かに申し訳なかった。明日のことは家に帰ってから考えよう。
「でも安心しました。篠原先輩、まだソフトテニスが好きなんですね」
「……どうだろうな」
「好きに決まってるじゃないですか。こんな可愛い女の子が二人も一緒にいて両手に花状態なのに、頭の中は試合のことばっかりなんでしょ?」
「そんな人をストイックな奴みたいに言うなよ」
と適当に返しつつ、本音は先輩に俺の緊張がバレてないかが気になって仕方ない。
月坂先輩には明日、気負いなく思いっきりプレーして欲しい。その為には俺がしっかりしてなきゃいけないんだけど……
「実は心配してたんですよ? 私を全国に連れて行けなくて、ショックでテニスやめちゃうんじゃないかって。だから引退した後はなるべく思い出させないよう、顔を合わせないようにしてたんですからね?」
「……マジで?」
「嘘に決まってるじゃないですか。学年違うから普通に接点なかっただけです」
「おいコラ!」
相変わらず年上を平気でイジってきやがる。俺も月坂先輩にこれくらい言えるようになれれば……
「?」
無理! 顔見ただけで照れるのに! 綺麗過ぎるんだよチクショウ!
「そうそう。篠原先輩、今日のお昼は奢ってくれるんですよね?」
「……あ?」
「だって私っていう存在があったからこそ結衣菜ちゃんはソフトテニスを始めたんですよ? そのおかげで知り合えたんですよ? あと私、篠原先輩のことで結衣菜ちゃんに結構アドバイスしてますからね? それくらいは……」
「一茉里! 余計なことは言わなくていいから!」
あ、先輩の大声可愛い。あんまり声を張り上げることないからレアだ。
にしても先輩、やっぱり俺との接し方で悩んでたんだな。凄く申し訳ない気分だけど、同時に嬉しくもある。俺のことで時間割いてくれてたんだな……ちょっと感動。
「ま、冗談はこれくらいにして……篠原先輩、私との約束忘れてませんよね?」
勿論、覚えてはいる。でもそれはもう――――
「結衣菜ちゃんと一緒に全国に行って下さいよ。そして今日みたいに、三人で試合場の近くを散歩しませんか?」
これまで何度見ただろうか。こいつの小悪魔的な笑みを。
いつも悪意はなかった。そこにあるのは心から人生を楽しみたいっていう熱意。天和一茉里を一言で表すなら、そういう奴だ。
「一茉里、無茶言わないで。私じゃ全国なんて……」
「もー! ダメだよ結衣菜ちゃん、またそんな弱気な顔して。はい! 手を重ねて!」
「え?」
「え?」
なし崩しの内に俺の手が月坂先輩の手と重ねられる。その上から天和も重ね――――
「気合いがあればーっ! 何でもできる! えいえいおーっ!」
それは俺たちが中学生の時、試合前にやっていた円陣の掛け声だった。
ここは沢山の人たちが行き交う都市空間。当然、多くの好奇の目に晒される。
「篠原先輩。結衣菜ちゃんのこと、よろしくお願いしますね」
天和は顔を上げずに、そんなことを言ってくる。
こいつが今、どういう気持ちでこんなことをしたのかはわからない。何処までが冗談で何処までが本気なのかもわからない、そんな奴だから。
でもおかげで吹っ切れた。
練習試合で負けたところで、これ以上の恥を晒すことはないだろうから。
「明日、応援しに来るから。結衣菜ちゃんらしいプレーを見せてね」
「……うん。頑張る」
ソフトテニスを勧めた天和の激励は特別なものなんだろう。良い顔で頷く先輩に思わず顔が綻んだ。
「篠原先輩は明日負けたらその場でスクワット五〇回を四セットですからね」
「鬼か!」
――――なんてことない、ただの休日が過ぎていく。




