第41話 幼なじみの残響
さて。
インタビューは終わったけど、これからどうしよう。月坂先輩に連絡を入れようにも、何をどう切り出していいのか全然わからない。それにLINEのアイコンを見ると嫌でもあの時の文言を思い出してしまう。
『篠原君はやっぱり男子同士でやった方がいいと思う』
非表示にしていても脳が記憶しているから何の意味もない。もうずっと、この言葉の意味を探すことにばかり時間を費やしている気がする。
俺は何がそんなにショックなんだろう。
単純に、月坂先輩のことが好きで拒絶されたことが嫌だったのか?
絶対に違う……とは言い切れないな。先輩に好意を持っているのは自覚してるし、別にその気持ちを覆い隠す気もない。
けどそれが恋愛感情だと断言できるほど、俺はまだ自分を信用しきれない。
先輩の良い所、素敵だなと思う所は何度も見てきた。バッティングセンターでのやり取りは全部思い出せるし、多世代交流館で過去のことや抱えている問題について話をして貰ったのには感動した。
でも俺はやっぱり、何か明確なきっかけがないと自分の感情を確定できない。
そのきっかけが何かはわかってた。
混合ダブルスで一勝すること。
先輩の努力が結実する瞬間を共有すること。
そして、ソフトテニスを好きだと思って貰うこと。
正直、自分が先輩と釣り合ってるなんて一切思えない。でも先輩が何年も渇望していることを手伝って、一緒に実現させることができたら……周囲の評価が何であれ、俺は自分を認められる気がする。
先輩への好意を、胸を張って恋愛感情だと言える気がしていた。
だからこそ、その機会ごと思いっきり突き放されてしまったのがショックだったんだ。
「はぁ……」
「辛気臭い顔しちゃって」
部室を出てからずっと、姫廻は俺の隣を歩いている。多分俺よりも辛気臭い顔で。
「……ね。来会さんとはホントに全然何もないの?」
「しつこいな。さっき本人が完全否定しただろ。つーか中学時代の俺と明莉って教室でも殆ど喋ってなかっただろ?」
「でも目で語り合ったりしてたでしょ? 私そういうのわかるから。ぶつかりそうになったのをお互いがスッて身体半分だけズラして避けるみたいな。そういうの見る度にキュンキュンしてたあの頃が私の青春のピークなんだから」
圧が強い……本当に俺と明莉を推していたのが伝わってくる。光栄って言うべきなんだろうか、こういうの。
「篠原は? 篠原も恋愛感情は全然なかった感じ?」
俺か……
こんなセンシティブなこと、わざわざ本音で話す必要は何処にもない。適当にはぐらかせば終わる話だ。
でも姫廻にはそうしない方がいい。なんとなく、そんな気がした。
「幼なじみって難しいんだよ。物心つく前から一緒でさ、それが当たり前で……自分から仲良くなりたいって思って近付いた訳じゃないし」
俺はきっと、好きになったっていう確かな瞬間が欲しいんだと思う。それを実感してようやく、自分がその人のことを好きなんだって納得できる。
よく『恋は理屈じゃない』って言うけど、俺はそれを許容できない。たとえ理屈じゃない部分で好きになったとしても、その感情をちゃんと理屈……というか実感として確実に自覚できないと、堂々と認めることができない。
「刷り込み効果……って訳じゃないけど、ずっと傍で触れ合ってきたから好意的に思えるだけかもしれないし。そんな曖昧な気持ちを根拠もなく恋だの愛だのって決め付けるのが、なんか嫌でさ」
ああ、我ながら面倒臭いことを言ってんな。ドン引きだろ姫廻。
こういう自分だから、明莉ともこの手の話は一切しなかったってのもある。相談できないのもそうだ。
恋愛のことになると、自分の気色悪い部分を隠しきれないから。
「わかる……メッチャわかる! 幼なじみってそういうトコあるよね!」
そんな俺の落胆を余所に、姫廻は興奮気味に食いついてきた。
えぇぇ……わかられてもちょっと引くんだけど。これに関してはマジ共感性とか要らねえ。
「……私もね、わかんなかったんだ。ドキドキするとかじゃないし、ときめくみたいなことも全然ないし。でもそいつが女子と話してるトコ見ると、なんかモヤモヤしたし」
「前に言ってた幼なじみ?」
「うん。もう天国に行っちゃったんだけど」
ああ。やっぱりか。
転校や留学だったら『遠くに行っちゃった』って曖昧な表現で濁す必要ないもんな。
「結局、答え合わせができなかったから……それを篠原と来会さんに求めちゃってたんだよね。きっと」
だから俺たちの仲に感情移入して、何度も俺に相談を持ちかけてた訳か。
なんか大分遠回りだけど、結局は自分の恋愛相談だったんだな。
だったら、俺と明莉がそういうんじゃないと知って……失望したんだろうか。
「ありがとね。おかげでなんか吹っ切れた」
「……結論を出したのか」
「うん。あれはね、初恋なんかじゃなかったんだよ。もっと純粋で……」
姫廻は俺より三歩だけ先に進んで、クルリと振り返る。
その目には、微かに涙が滲んでいるように見えた。
「とっても大事な思い出」
その結論は恐らく、間違いなんだろう。
でも誰がそれを責められるだろうか?
姫廻は気付いたのかもしれない。これ以上当時の気持ちを掘り起こしていけば、いずれ抜け出せない泥沼にハマってしまうことに。
幼なじみの死因はわからない。でも例えば病気だった場合、そこには『同情』っていう強烈な感情が付きまとう。他の死因だった場合でもそうだ。何かしらの不純な感情がついて回る。
あれは恋だったのか? それとも同情しただけだったのか?
余命幾ばくもない彼が、自分以外の人間に救いを求めていることに対する――――醜い嫉妬だったんじゃないのか?
そんな嫌な検証が始まる前に、姫廻は自分で自分の気持ちに蓋をしたんだろう。
結論そのものは不正解なのかもしれない。
でも、その判断は間違いじゃない。
初恋なんて、自分と大事な人との思い出を汚してまで確定させるほどの価値はない。
「意外だな。姫廻って結構守りに入るタイプなんだな」
「うぐっ」
失言だったか。なんかダメージ受けてるし……
「普段がその裏返し……って訳じゃないんだけどね。私、そういうトコあるんだ」
道理で気が合う訳だ。
似た者同士だったのか、俺たちは。
そのことに中学時代気付いていたら、違う関係性を築けたんだろうか。
余り意味のない仮定だけど、ふとそんなことを思った。
「だから結構溜め込んでんの。篠原はいいよねー。部活で発散できて」
「高校に入ってからはストレスの温床だけどな」
しかも現在進行形。あー、思い出したらまた憂鬱になってきた……
「今のことはわかんないけど。中学の時の篠原、テニスやってる時は楽しそうだったよね」
「見たことあったっけ?」
「少しだけね」
ま、校内で毎日練習してたからな。テニスコートの傍を通りかかれば見る機会もあるか。
「普段の篠原って、来会さんとお似合いなんてあんまり思わなかったんだけど」
「悪かったな」
「テニスやってる時は思ったよ。結構カッコ良いじゃんって」
……え?
「だから辞めるの勿体ないよ。絶対モテなくなるし」
そんな爆弾発言を残し、姫廻は前を向いて足早に進んでいく。
……カッコ良い? 俺が?
そんなこと初めて言われた。
ま、会話の流れでなんとなくエモいことを言いたくなっただけかもしれないし、真に受ける訳にはいかないけど――――
まだ諦めたくないって気持ちが強まったのは確かだった。




