第38話 特別な感情
インタビューは椅子に座って対面の部長の質問に答える形で進行する。当然、俺と月坂先輩は隣り合った状態だ。
昨日のアレがなかったら、このシチュエーションだけでも舞い上がってただろな……
「早速だけど本題に入ろう。月坂君、『私を好きにさせてくれる?』と発言したのは“真実”かな?」
本当に早速だな。もっとこう、こっちをリラックスさせようっていう職人技みたいたのはないのか。
訂正する為の下準備とはいえ、この質問を先輩に答えさせるのは申し訳なさ過ぎる。先輩だってこんな発言を蒸し返されるのは嫌だろうに……
「言いました」
先輩はそれでも淀みなく、凛と声を張って肯定した。
もし嫌々って感じを少しでも出されていたら立ち直れなかったかもしれない。先輩には感謝しないと。
「では、この言葉の“真意”をあらためて問わせて貰おう。どういう経緯で?」
「私は子供の頃からソフトテニスをしてきました……けど、ずっと下手なままで競技自体を楽しめていませんでした。それを見かねて篠原君が……私がソフトテニスを好きになれるよう、一緒に頑張ろうって言ってくれて」
時折言葉に詰まりながらも、先輩は迷うことなく受け答えしている。その中には俺への気遣いもあるように思える。
でも、それを理由に嫌われてないって判断はできない。先輩の性格を考えれば、対外的なインタビューで嫌悪感を示すなんてことはしないだろう。
「成程。だから君は例の発言でそれに応えた訳だ。つまり彼“個人”のことではなく、あくまでソフトテニスを好きにさせてくれと、そういう意図だったんだね?」
「……」
あれ? なんで無言?
ここは秒で答えなきゃいけないところじゃないのか? また変に誤解されるハメになっちゃうよ。
「……あの。質問に質問で返すのは失礼だと重々承知しているんですけど、どうしても聞きたいことがあって」
「勿論承るよ。遠慮せず何でも聞いて欲しい」
そりゃ向こうからすれば『その分こっちも突っ込んだこと聞きやすくなるからラッキー』くらいの感覚だろう。
でも多分そうはならない。
先輩が聞きたいのって一〇中八・九――――
「その件を誰から聞いたのか、教えて頂けませんか?」
やっぱり情報の出所についてか。発言への曲解よりこっちが気になって仕方なかったんだな。
俺と先輩しかいなかったコートでした話を、どうして新聞部は知ることができたのか。尾行して盗み聞きしていたのか。それとも第三者から聞いたのか。
何にしても、部活中の会話が筒抜けってのは不気味過ぎる。しかもそれを全校生徒に晒されたんだから先輩も心の中では忸怩たる思いだったんだろう。
「情報の出所については答えられない。アンフェアで申し訳ないけど、これは活動の性質上……」
今度は部長の方が言葉を止めてしまった。
なんか……変だなこのインタビュー。ただ間が悪いだけって様子でもないし。何か裏があるのか?
「もしかして、生活に支障を来たしているのかい?」
え……
「……」
先輩は何も答えない。でも否定しないってことは、少なくとも的外れじゃなさそうだ。
まさか――――
「気の所為かもしれません。ただ、なんとなく登下校の途中に人の気配を感じたり、視線を感じたりすることがあって……」
ストーカー被害……か?
先輩なら十分あり得る。これだけの美人だし、誰につけ回されても不思議じゃない。
そういえば登校の時、ファンクラブ会員がガードするように先輩を取り囲んでた。あれも先輩がストーカー行為に苦しんでいるのを知っていて……ってことだったのか?
だから先輩はそのストーカーが俺たちの会話を盗み聞きして新聞部に情報を売ったと疑ってるのか。
実際、あの彩彩のテニスコート傍には隠れられる木があった。盗聴できない環境じゃない。
「……それは由々しき事態だね。もし新聞部が月坂君につきまとい行為をしている人間を情報源にしているとなれば、その行為を助長していると言われても反論は難しい」
そりゃそうだ。つきまとう理由は何も先輩への病的な執着とは限らない。人気者の情報をリークして自己顕示欲を満たしたい、蹴落としてスカっとしたいなんて理由かもしれない。
だとしたら新聞部はそういう連中の温床ってことになってしまう。
っていうか今、ふと思ったけど……
俺、疑われてる?
先輩の視点で考えれば、情報をリークできる最有力の人間って俺だよな。盗聴の必要すらない。当事者なんだから。
俺がストーカー行為に及んでると思って、ペア解消を訴えてきた?
ここで切り出したのも、逃れられない状況で俺を追い込む為?
「わかった。今回は特別に教えよう。リークは“匿名”だ。新聞部はこの高校全般に関する情報提供を募る為の投書箱を校舎内に設置していてね。その中に君たちの所在と会話を記した投書があったんだ」
あんなに頑なだったのに、アッサリと……最初からこの流れを想定してのインタビューだったのか?
さっきの妙な間は目配せか何かしていたからで、最初から部長と先輩はタイミングを見計らって俺を追い詰めようとしていたんじゃないか?
以前、俺の人間性をテストしたのもストーカーだと疑っていたから……?
「例えば、篠原君本人の投函なら尾行も盗聴も必要ない訳だけど」
――――違う。
先輩は俺に自分の過去を話してくれた。周りの人たちに対する自分の想いを伝えてくれた。
ストーカーと疑っている人間にそんなことは絶対にしない。
「それは……」
「絶対にないです」
俺の言葉を押しのけるような強い口調で、先輩はそう断言した。
こんな険しい顔の先輩、見たことない。
もしかして……怒ってくれてる? 俺の為に?
「そうですよ! 篠原はそんなことする奴じゃないですから! 冗談でもそんなこと言わないで貰えますか!?」
姫廻も本気で怒ってくれている。
なんだよ……こんなに信頼して貰えてたのか俺。ヤバい泣きそうだ。
「……」
「……」
それに引き換え近本兄弟の終始無言ときたら!
お前ら、さてはこの状況楽しんでるな? 後で覚えとけよ……
「悪い悪い。彼の人間性は知っているし、筆跡が違うことも確認済みなんだ。疑ってる訳じゃないよ」
……筆跡?
俺、新聞部で何か書いたことあったっけ?
「ただ、篠原君本人による自作自演を疑っている声は新聞部にも多数届いていてね。今回はその声に対する反論も考慮させて貰った。予定調和だと思われるのも癪だから証人として第三者も招いてるよ」
部長の視線が部室内で見学していた連中に向けられる。部員だと思っていた彼らはどうやら無関係の生徒らしい。
つまり、俺の潔白を証明する為に擁護の声を引き出そうとしていた訳か。やり口は相変わらずイケ好かないけど、ここまでされたら文句も言えないな。
「ま、そういう訳で例のリークが月坂君の周囲をウロウロしている人間の仕業かどうかはわからない。もしまた同じような投書があった場合は記事にせず月坂君にその旨報せよう。これで勘弁願えるかい?」
「……はい。感情的になってすみませんでした」
「とんでもない。では最後に篠原君」
そういや俺、全然インタビュー受けてないな。矢面に立たされた割に影が薄い……
「月坂君にテニスの相棒以外の……“特別な感情”はないと、そう断言できるかい?」
部長の意図は容易に汲み取れた。
仕上げに俺本人の口から『月坂先輩への好意は一切ありません』と言わせ、この騒動に終止符を打つ。その為の質問だ。
それに対し俺は――――
「はい。だから、これからも一緒にソフトテニスをやっていきたいです」
無難な回答の中に、先輩への強いメッセージを忍ばせた。




