第35話 ナイスゲーム
相手後衛の斎藤先輩はサーブを確実に入れるタイプ。ファーストサービスでもスピードは控えめだ。
ただ結構深めに来る。これを力んで返すとミスしやすい。
無難にサーバーの方にレシーブして陣形を整えるのがセオリーだけど、ここは――――
「お」
俺の放ったレシーブはアンダースピンがかかり、相手後衛側のネット付近にふわりと落ち早々にツーバウンドした。
レシーブによる回転付きドロップショット。いわゆるツイストってやつだ。
「ナイス!」
「あそこ狙い目です」
ローファイブがてら情報共有。最初の二セットを見る限り斎藤先輩、前を全然警戒してなかったからな。ドロップを狙っても良さそうだ。
そして相手前衛の綾野先輩も、余り積極的に狙わないタイプ。二人とも技術が高いから無理して速攻仕掛ける必要がないんだろう。
つけ込む隙があるとすればそこだ。
「っしゃあ!」
ラリーの末、浮いたボールをキャプテンが決めて〇-三〇。
ここは取りたい。
斎藤先輩の俺へのファーストサーブは外れてセカンドサーブ。アンダーじゃなく上からユルめのサーブを使ってくる。
何処に打っても決められそうだけど――――
「……おっと」
再びツイスト。でもさっきとは明らかに相手やキャプテンの反応は違った。
セカンドサーブをツイストで返すのは、全くない訳じゃないけど珍しいプレーだからな。それにツイストやドロップは相手の意表を突くプレーだから普通は多用しない。
その後、キャプテンのスマッシュが宇宙開発して一五-四〇。
再び俺のレシーブ。
「……マジかお前」
三度目のツイストが、相手コートのネット際に決まった。
これで第三セットは無事取れたけど……
「ちょっと」
予想していた通り、コートチェンジの際に斎藤先輩が苛立った顔で声をかけてきた。
「ああいうことされると練習にならないんだけど」
ツイストレシーブは相撲の立ち合いの変化に近い。ルール上何の問題もないし無礼でもないけど嫌う奴は結構いる。先輩の言うように、多用されることは想定しないから練習試合ではまずやらない行為だ。
それに女子ペアはスピードボールに慣れる為に男子と試合している訳で、ツイストやドロップじゃ確かに練習にならない。怒るのは当然だろう。
でも俺は別に、この先輩たちを接待する為にコートに立っている訳じゃない。気持ち良く練習させなきゃいけない義理もない。
正直、月坂先輩を孤立させてる女子ソフトテニス部にはちょっとムカついてるし。
「手を抜ける相手じゃないですから。全力でポイントを取りにいきました」
「……」
呆れ果てたのか、女子ペアからのそれ以上の追及はなくチェンジサイド。その間、キャプテンは終始引いていた。
「中々ヤベー奴だったんだな、お前。普段からそうなのか?」
「テニスのプレー中に普段のままでいる必要もないですし」
「車の運転中だけオラつく奴みてーだな」
三年生って車の免許取れるんだっけ? 何にせよピンとこない喩えだ。キャプテンとは余り感性は合わないっぽい。
「ま、いいんじゃね? 別にあいつらに好かれる必要もねーしな」
「ですよね」
だけど、気は合う。
ダブルスにはそれくらいで十分だ。
その後も一進一退の攻防が続き、ゲームは接戦となった。
流石にあれだけ前で決められれば対策もしてくる。斎藤先輩はポジションを上げ、綾野先輩も積極的にボレーを狙うようになった。
勿論こっちも同じことを何度も続ける趣味はない。腰を落とし、何処でバウンドしたボールでもしっかり対応できる構えを作り、ラリーに備える。
斎藤先輩はバックハンドが上手いから、ミドルコースを無理に狙う必要はない。外に外に攻めて、キャプテンがボレーしやすいアングルを作ることに専念した。
ミスの少ない女子ペアと、攻めの形を確立できた俺たちの攻防は最終セットまでもつれ込み――――
「……っああ!」
俺の放ったドロップショットに斎藤先輩も綾野先輩も追いつけず、セットポイント。
「だーーっ!」
キャプテンのスマッシュが宇宙開発してデュースアゲイン。
二ポイント連続で取った方が勝ちという状態になってから、かれこれ一〇回はデュースを繰り返している。
「ファイトーファイトー斎藤! ファイトーファイトー綾野!」
「いけいけ坂本! おせおせ篠原!」
たかが練習試合だってのに、いつの間にか周囲に部員たちが集合して互いに応援コールを始めていた。
月坂先輩もその中の列にいる。当然女子ペアを応援しているだろう。
できれば心の中でだけでも、俺を応援して欲しいけど……まあないよな。
それに、今はそんなことを考えている場合じゃない。
たかが練習試合なのは他の三人にとってだ。俺は違う。
試合感は戻った。でもまだ自信は取り戻せていない。
俺がこれから月坂先輩を引っ張っていく為には、ここで勝たなきゃいけない。勝って、あの歓喜の瞬間を実感して、それを今見ている先輩に伝えたい。
ソフトテニスは楽しい。まずは俺自身がそう思えていることを知って欲しい。
「っしゃ……オラぁ!」
「アウト。アドバンテージサーバー」
「はああああーーーーーーーーーーっ!? 入ってるだろ副審!」
「いえ。アウトです」
副審の言うように、キャプテンのスマッシュでついたボールの跡はラインをギリギリ出ていた。
「……悪い」
スマッシュが苦手な選手は意外と多い。キャプテンも多分そうなんだろう。
でも他のプレーは思っていたよりずっと堅実で、頼もしさすらあった。じゃなきゃここまで接戦にはならなかっただろう。
「ドンマイです。強気でドンドン打っていきましょう」
向こうのマッチポイントはこれで七回目。レシーブはキャプテンだ。
さっきのミスで弱気にならなきゃいいけど……
「らぁ!」
そんな俺の懸念を吹き飛ばすような、気持ちの入ったレシーブ。鋭い打球が綾野先輩の足下を襲う。
「……っ」
対応が遅れたことでフォームは大きく崩れ、それでも辛うじて面に当てたが……ボールは高く舞い上がりサービスライン付近に力なく落ちてきた。
チャンスボールだ。
この高さだとスマッシュ以外に選択肢はない。下がりながら打つスマッシュは難易度が跳ね上がる。
「……」
キャプテンは動かない。
躊躇してるのか? 一旦バウンドさせてボレーか何かで返すのか?
それともまさか……見送って俺に任せる気か?
そういうフェイントもある。それは卑怯でも恥でもない。
けど、ミスを嫌って選んだプレーはただの逃げだ。
「キャプテン、ゴー!」
これは前衛のボールだ。だから前衛に任せる。
それがペアを組んだ相手への敬意だ。
たとえそれが――――
「ネット! ゲームセット!」
どんな結果になろうとも。




