第34話 アグレッシブ
キャプテンの言う通り、勝負する以上は負けたくない。
とはいえ実戦から大分遠ざかってるハンデはある。加えて急造ペア。これで果たして何処まで力を発揮できるのか……
「ねえキミ」
え? 俺話しかけられた?
確かどっちも三年だよな。敬語使わないと。ってかどっちが斎藤先輩でどっちが綾野先輩なのかすらわからない。
「月坂と組んでる一年の子だよね。なんでいるの?」
うわ、いきなり圧かけてきた。そりゃ女子VS男子の試合に混合ダブルス勢が混じってるのは不自然に思うかもしれないけど、もっと言い方なくねーか?
「おいおい勘弁しろよ。こいつウチの部員なんだから試合したっていいだろ?」
「でも部外者じゃん。ってか橋本出してよ。ガチでやりたいんだけどウチら」
二人とも気ぃ強ぇ……フォローしてくれたキャプテンも微妙に気圧されてる。ってかキャプテン、俺が思ってたよりずっと良い人なんだな。あとで礼言っとかないと。
けど今は試合前。しっかりそれ用のメンタルを作る必要がある。
試合に謙遜は要らない。腰を低するのは構えだけで十分だ。
「中垣内先生から試合をして欲しいって直接オファー貰いましたから。先生、今のままじゃ県大会を戦えるか不安みたいですよ」
「「は?」」
――――俺の挑発に、女子の二人はこれ以上なくわかりやすい表情で食いついてきた。
「それじゃボチボチ始めましょうか」
「え? あ、はい。挨拶!」
審判のコールを俺以外全員無視して、こっちを睨んでいる。キャプテンは睨むってより『こいつケンカ売りやがった……』って呆れ顔だけど。
「ではトスお願いします」
試合前にやる最も重要なことは、サーブ権を決めること。まずはジャンケンして負けた方がラケットの先端を地面に付き、グリップを指で捻ってクルクル回す。
「表」
そして勝った方は回り終えて地面に倒れたラケットが表か裏かを予想する。当たれば最初にサーブするかレシーブに回るかを選択できる。若しくはその選択権を放棄する代わりにコートを選べる。
女子側が回したラケットは、表向きでコート上に倒れた。俺たちが決める側だ。
どちらのコートを選ぶかは主に風向きで決める。追い風だとショットの威力が増すけどアウトになりやすい。向かい風だと威力が削られるけど全力で打ってもアウトになりにくい。
俺は向かい風の方が好みだけど、今日は風自体がほとんどない。
「どうする?」
「レシーブでお願いします」
まだトスに苦手意識があるから、サーブはできるだけ打ちたくない。という訳で先に女子チームがサーブを打つことが決まった。
サーブ権とコートが決まると、相手の後衛同士、前衛同士で軽く練習をする。基本的には乱打。暫く経ったらサーブやボレーの練習をすることもある。
相手の後衛……多分斎藤先輩の方かな。当然だけど上手い。正確なストローク、バウンドに対し綺麗に合わせる足の運び、フォロースルーの安定感。遠目に見ても実力者だ。
「レディ」
正審のコールと同時に練習を切り上げ、それぞれ所定の位置に就く。俺は後衛だから最初にレシーブをすることになる。
「サービスサイド斎藤・綾野ペア、レシーブサイド篠原・坂本ペア、三ゲームマッチプレーボール」
抑揚のない正審のコールがコート上に響き渡り――――試合は始まった。
テニスのダブルスには、わかりやすい連携やチームプレーというものはない。サッカーやバスケットボールのように、複雑な連携を前提とした作戦や戦略で試合に臨むことは……少なくとも俺たちくらいのレベルではまずないと思う。それこそ全国クラスなら話は別かもしれないけど。
けど連携が全くないかというと、それも違う。連動した動き自体は必要だし、コミュニケーションをとって相手のプレーについて情報共有したり、集中的に攻めるポイントを決めたりするのは必須と言える。
もっと単純化すれば『連携技はないけど連携自体は必要』って感じだ。
だから今日初めてペアを組むとなれば、それなりに影響は大きい。
「あっ!」
今のミスもそうだ。
俺のストロークは相手サーバーの足下付近でバウンドする深いショットだった。それは相手からすれば綺麗には返しにくいボールで、崩したフォームで打たざるを得ないから威力も精度も弱まる。
本来ならポーチボレーを仕掛ける場面だ。
ポーチボレーは後衛同士のクロスラリー中に前衛が横へ飛び込み、ボレーで得点を奪うという前衛の基本戦術。力のないショットが来たら多少遅れても仕掛けるべきプレーだ。
でもキャプテンは飛び込むタイミングを逸してイージーなボールを見送ってしまい、俺も前へ詰められずお見合いのような形でポイントを失ってしまった。
もし普段からコンビを組んでいるペアなら『向こうのこのショットにならあいつは攻めていくだろうから深いボールが行く筈。ならポーチボレーのチャンスだ』って意識を瞬時に持てるから仕掛けやすい。でも即席ペアの俺たちにはそんな意識の共有はない。
それに、さっきのはキャプテンのミスじゃない。俺のショットが安定していないのが原因だ。
深い所を狙うとベースラインを越えてアウトになるリスクが高まる。まだ試合感が戻らないこともあって、俺のショットは少し浅めにばかり行ってしまっている。これじゃキャプテンだって迂闊に出られない。
「ゲームチェンジサービス」
……とまあ、そんなグダグダなプレーが続いてあっという間に二ゲームを連取されてしまった。
相手からしたら拍子抜けもいいとこだろうな。ほぼこっちの自滅だし。
「すみません。上手くやれなくて」
「気にすんな。年下と組むなんて初めてだから、俺も勝手がわからねーし」
多分俺以上にキャプテンの方がやり辛いだろう。それでも後輩の俺に愚痴一つ言わない。出来た人だ。
「……こんなもんじゃねーんだろ? 試合久々で鈍ってんのか?」
「それはすごくあります」
「言い訳おつかれサマンサ」
それ昔の流行語がリバイバルブームになってまた死んだやつ! ここにもいたか死語使い。
「でも、大体戻りました。試合感」
キャプテンのおかげで余計なことに気にせず自分の調整に専念できたのが大きい。
中学時代の感覚が大分戻ってきた。
「ゲームカウント二-〇」
審判のコールを合図に第三セットが始まる。
巻き返せるかどうかは――――このセット次第だ。




