第33話 インスタントダブルス
「俺たちのもとに勝利の女神がーーーーーーー!?」
「来ーーーーーーるーーーーーーー!」
とうとう円陣まで組み始めた我が男子ソフトテニス部がこちらでございます。
いやお前ら、公式大会ですらそんなことしてなかっただろ? 絶対に負けたくないっていうその強い意志を大会でも出せよ。
でも気持ちはちょっとわかる。たとえ練習試合でも負ければ悔しいしガッカリもするけど、恥ずかしくはない。相手が男子なら。
女子に負けるのはなあ……なんて表現したら良いんだろうな。男が女にスポーツで勝つのは当たり前とか、そういう話じゃないんだよな。
冷やかされる。イジられる。ネタにされる。馬鹿にされる。
そういう周囲の反応がマジで嫌だ。
例えば彩彩にでも行って誰も見ていない所で試合して、結果を知らせなくてもいいって条件だったら別に負けてもそこまで嫌じゃない。けどそういう訳にはいかないからな。
多分男子の大半が俺と同じ意見だと思う。でもだからといって全員で協定を結んで『試合結果についてお互い何も言わない』って取り決めをするのも無理。そこまでオープンにはできない。
断れれば良かったんだろうけど男子の顧問はいないも同然だし、校内だけじゃなく他校や県の連盟にも顔が利く中垣内先生に生徒が歯向かうのはハードルが高い。
……仕方ない。今日は予定変更だ。
「県大会出場ペアは八組でしたっけ」
「ああ。だから男子も八ペア用意して貰う」
ウチの部、弱小だけど部員だけは多いからな。そういう意味では練習相手にはピッタリかもしれない。
けど、俺は誰と組むんだ?
男子部員は全員で二一名。俺が抜けたことでちょうど一〇ペアいる訳で、別に俺は必要ないと思うんだけど……
「ここだけの話、練習にならんペアも幾つかいる。そのへんのことはキャプテンの坂本に言ってある」
「はあ……」
要は指示に従えってことか。俺の組む相手も決まってるんだろう。
なんだかストレスの溜まる一日になりそうだ。
この学校に入る前から、男子ソフトテニス部のレベルが低いのは知っていた。
そのイメージは日頃の練習を見ていても、先日の関東大会南部地区予選の結果を踏まえても変わらない。
毎日を楽しく過ごせれば良い。そういう部活だから仕方ないんだけど。
その考え自体は俺も共感できるし、高校受験の頃にはもうストイックに練習して県大会上位進出、全国大会出場を目指すって気持ちにはなれなかったから、今更反旗を翻すなんてことも絶対にない。
他の部員もみんなそうだと思う。
「ゲームセット。四対二で女子ペアの勝ちです」
俺が審判を務めた試合で負けた男子の二年生ペアも、悔しそうにはしているけど絶望まではしていない。
実際、女子と男子の実力は拮抗していた。
県大会出場を決めた女子のペアは総じて基本ができている。ソフトテニスのバックハンドは片手打ちと両手打ちのどちらもあるけど、蒼月高校ではオーソドックスな片手打ちで統一しているらしい。しかも全員同じようなフォームで打っていて個性がない。
それでもボールの軌道には差が出るのが普通。ボールを捉える際の面の角度で回転は変わってくるし、同じ順回転でも回転数で落ち具合は違ってくる。僅かなタイミングの違いで嫌でも個性は出る。
なのにウチの女子はみんな球筋が安定している。ベースラインギリギリの深いところに打ち返すって感じじゃなく、それより少し手前にバウンドするようなボールを常に狙っている感じだ。ネットギリギリの高さでもない。無理をせず、でもチャンスボールになるようなヌルい球は絶対に打たないってスタンスだ。
バックハンドはフォアと違って安定させるのが難しい。実際、男子部員は何度もネットにかけたりラインを越えてアウトになったりしているけど、女子は極めて精度が高い。だから当然ミスも少ない。
勝つ為のテニスだ。
思い切り打って痛快なエースやサイド抜きを常に狙う男子とは根本から違う。
それが結果にも現れ、三面のコートをフル活用して六試合行った結果――――女子が四勝をマークした。
残りは二試合。つまりもう男子に勝ち越しの可能性はない。
「はぁ……マジか」
「けどまあ、他もこんだけ負けてんだから別にいいっしょ」
試合後の挨拶を終えた二年生ペアはヘラヘラしながらコートを出て行った。
彼らの言うように、これだけ負けたら『うーわ女子に負けてやんのダッセー』みたいなヤジも飛びようがない。せいぜい明日、この結果がテニス部以外の耳に入ったら教室で軽くイジられるくらいだろう。
これが今の、自分で選んだ俺の居場所だ。
「……」
フェンス際に目を向けると、試合予定のない女子が列を作って試合の応援をしている。
ただし応援といっても、大会の時みたいにまとまって声を張り上げる訳じゃない。やることがないからそうしているだけ。主審と副審は男女で持ち回りだから、そんなに人数割かなくてもいいしどうしても人は余る。
その中に、月坂先輩の姿もあった。
流石に列から露骨に離れてはいない。でも左右の女子が他の女子と雑談している中、一人だけじっと試合の終わったコートを見つめている。
それが悪い訳じゃない。案外、本人にとっては何でもないことかもしれない。
でも俺は先輩からテニスを続けている理由を聞いて知っている。
子供の頃の先輩にとってソフトテニスは生きる力を養う上で必要なものだった。
それを教えてくれた天和、喜んで一緒にコートに立ってくれた両親の為に、技術が追い付かず周囲から浮いていても試合に勝てなくても続けている――――その背景が、今の先輩を『孤独に耐え忍んでいる』ように映してしまう。無表情だから尚更そう見えてしまう。
……もし。
俺が女子の一番手のペアに勝ったら、何かが変わるだろうか?
先輩が他の部員に話しかけられるトピックになり得るだろうか?
ンな訳ない。現実はそんなに甘くはない。
わかっちゃいるんだ。
県大会で上位に入れても、結局全国までは行けなかった。
あの時の熱い気持ちも時間が経てば冷めていった。
いつか彼氏彼女の関係になるんじゃないかって妄想したこともあった女子とも、あっという間に距離ができた。
自分の想い描く理想や願望なんて、現実にはなりっこないんだ。
混合ダブルスだって、きっと……
「篠原。お前は俺と組め」
不意に、キャプテンが背後からそんなことを告げてきた。
「橋本先輩はどうするんですか?」
「あいつは体調不良でパス。関東大会の時から調子崩してたしな」
そんな状態で女子に負けたらメンタルまでやられちまう――――キャプテンはそう言いたげに相棒の橋本先輩の方を一瞥し、今度はこっちに顔を寄せてきた。
「お前は混合ダブルスの選手だから、組んで勝っても嫉妬されないだろ?」
「……ああ、そういう」
もし他の部員がキャプテンと組んで勝ったら、相性が良いって判断から今後もそのペアが継続していくかもしれない。そうなると橋本先輩は肩身の狭い思いをし、最悪別の部員と組まなきゃいけなくなる。
何でもないことのようだけど、ダブルス主体のソフトテニス部にはこの問題が常に付きまとう。多分どの学校でも多少はあるんじゃないかな。
「ちゃんと勝つ気で挑むんですね」
「意外か? ま、そりゃ毎日あんなチンタラ練習しといて勝ちにこだわるとか馬鹿みてーだけど」
主審と副審を務める生徒が近付いてきた。
そして、女子の地区大会準優勝ペアも。
彼女たちが女子の一番手――――斎藤・綾野ペア。
そして、俺たちの対戦相手だ。
「別に負けたくはないだろ?」
「……そうですね」
即席ペアではあるけど、とりあえず気持ちは一致した。




