第27話 間違いだらけ
勿論、月坂先輩に意地悪する為に球速をコロコロ変えた訳じゃない。確かめたいことがあったからだ。
「先輩が速球への対応に苦しんでいる理由がわかりました」
その確認の為だった。そしてほぼ確信を得た。
「一つは緩急。スピードの強弱に対しての対応です」
「……あ。だから」
「はい。その確認にはバッティングセンターが最適ですから」
自由に球速を設定できるから、速い球の直後に緩い球、次にまた速い球……と連続で緩急をつけられる。
テニスの練習でもチェックだけならできなくもない。でも扱うボールの数が少ないから次から次にポンポン球出しって訳にはいかないし、どうしても遠い距離からの球出しになってしまうから細部までは確認できない。
でもここなら近くからチェックできる。おかげで一気に絞り込めた。
例えば動体視力に問題があるのなら、緩い球の直後の速球を目で追えない。反応すらできず呆然と見送ることになる。
けど先輩は反応自体はしていた。ただ身体が硬直して動けない。ってことは、少なくとも視力が問題って訳じゃない。
問題なのは緩急への対応と、そして――――
「もう一つが顔です」
「……?」
ピンと来ていない様子。まあ『顔に問題アリ』なんて人生で一度も言われたことないだろうから当然だ。
「先輩は低めのボールへの対応はしっかりできてます。でも顔に近いボールほど苦戦してるように見えました」
他のプレーと比べて足下付近のローボレーの上手さは際立っていた。そして今日も低めのボールには身体がしっかりついていけてた。
でも顔付近のボールに対しては露骨に強張っていた。遠距離から来るボールにさえ、顔の高さに来ると打ち返しにくそうにしていた。
そりゃ誰だって不意に顔の近くへ速いボールが飛んできたらビビるに決まってる。でも来るとわかっていても身体が硬直するとなると、そこには強い苦手意識が存在していると見て間違いない。
緩急対応と顔付近のボールに対する恐怖心。
先輩を苦しめている原因はこの二つにあると俺は結論付けた。
「御自身ではどう思います?」
「……」
返答はない。でも全然的外れってことはない……と思う。
「篠原君」
「は、はい」
「一日だけ、私に時間を貰えないかな」
それがどういう意味の猶予なのか、俺にはわからない。
でも断る理由がある筈もない。
「わかりました。それじゃ明後日……」
「ううん。明日で大丈夫」
何処か悲しそうに、でも決して弱々しい声じゃなく。
「明日、話すね」
月坂先輩がそう俺に約束し、しんみりとした雰囲気でこの日はお開きとなった。
「……で、気になり過ぎて昨日は眠れなかったと」
翌日。
明らかに目の下にクマができていることもあって登校直後から理久に何があったと詰問された結果、仕方なく昨日のことを話してしまった。
「要は気持ちの整理をつける時間ってことだよな。それってダブルス解消も考えてるんじゃないか……って思うと、どうしてもな」
「相変わらずネガティブだねータクちゃんは。別に嫌な顔されたとかじゃないんでしょ?」
呆れたようにそう呟き、リオは俺の髪をワシワシしてくる。朝から鬱陶しいったらない。
「それは先輩の優しさで、心の中では偉そうに上から目線で色々苦言を呈してくる生意気な後輩に嫌気が差してるかもしれないだろ」
「ああ、それは大いにあるな。お前時々面倒臭ぇし」
ぐっ……嫌なこと言いやがって理久の野郎。面倒臭いのはお互い様だ。
「ま、俺も柔道部の先輩からは煙たがられてるから気持ちはわかるな。なにぜ一年なのに圧倒的に強いから俺。ストロングって罪悪感あるよなー」
「ヤバい酒みたいに言うな」
昨日、理久は春季の地区大会に出場して個人戦でベスト四に入ったらしい。しかも準決勝では相手を圧倒しておきながら、投げる寸前に偶然髪を掴んだ結果の反則負け。実力的には優勝していてもおかしくなかった……とは本人の談。まあ大言って訳でもないんだろうな。
「俺だって自分より強い下級生が組み手や投げ方にいちいち注文つけてきたらウゼェって思うに決まってるからな。ま、俺にそんな口を叩ける後輩なんて現れねえだろうけど」
「うっざ……」
リオの冷たい視線を尻目に理久は高笑いし続けていた。どうしてこいつが女子にモテないかよくわかる。
「ウチはペア解消はないと思うけどねー。だって昨日デートしたばっかなんでしょ?」
……デート?
リオさん、貴方何言ってるんですか?
「だって日曜に二人きりで試合観戦して、その後バッティングセンターでイチャイチャしたんでしょ? フツーにデートじゃん」
「イチャイチャってなんだよ。そんなんじゃねーって」
……でも言われてみれば、昨日の一連のやり取りはちょっとそう見えても不思議じゃないような感じだったような気がしないでもないような……
「俺、自覚ないまま人生初デートを済ませちゃったのか……?」
「言い方キモ」
確かに今のは気持ち悪かった。浮かれ過ぎだ俺。少なくとも先輩はそんなこと微塵も思ってないだろうし。
「つーかお前のしょっぱいアオハルはどうでもいいけどよ。結局姫廻の恋愛相談には乗ったのか?」
アオハル……懐っつ。あったなそんな言い回し。理久と喋ってると一日一回はノスタルジックな気分にさせられる。
「ああ乗った乗った。なんか来会のこと聞かれただけだったけど」
「……は? 恋愛相談だろ? なんで俺のことじゃねーの?」
「知らん存ぜん」
まだ自分が好意を持たれてるって本気で思ってたのか……おめでたい奴だな。
「へぇー。こはるんって来会ちゃん狙いだったんだー。そっか、だからタクに相談してして言ってたんだ」
「……え?」
「いやだってそれ以外なくない?」
……その発想は全くなかった。
言われてみれば、姫廻って男子に対して全然そういう意識がないような感じはあるよな……ボディタッチとか普通にしてくるし。ってことは俺が一方的にドキドキしてただけで、向こうは最初から俺なんて恋愛対象外だったのか?
いやでも姫廻って来会のこと避けてるんじゃなかったっけ。好き避けとかいうやつか? よくわからない概念だけど。
「で、結局こはるんとどういう話したん?」
「それがさ、俺と来会は今まで恋バナなんてしたことないって言った途端、急に撤収」
「役立たずに用はないって感じ?」
そうハッキリ言われるとムカつくけど、実際その通りなんだろうな。
「タクも災難だね。一日で三人にフラれただけでも人生最悪のキツさなのに、フラれた相手同士でくっつくとか地獄じゃん」
「フラれてねっつの。そもそも来会には彼氏いるし。知ってるだろ?」
「文芸部の部長だっけ? どんな奴? こはるん寝取れそう?」
「寝言は寝てから言え」
なんか妙な方向に話が逸れていったけど……おかげで先輩に対する不安はいつの間にか消えていた。
……ん? なんか震えてんな。
ああ、LINEの通知か。こんな朝っぱらから誰だよ。
「珍しいね。タクがスマホの電源切ってないの」
「今朝はそれどころじゃなかったからな……」
送り主は……げ、天和かよ。
月坂先輩から『後輩にパワハラを受けた』って打ち明けられて、ムカついてクレーム入れてきたんじゃ……
『GWそっち行きます』『もてなして下さい』
予想していたのとは全然違う種類の厄介事が舞い込んできた。




