第26話 月坂先輩、拗ねる
高校ソフトテニスの公式大会はかなり多い。俺たちの住む埼玉県南部地区でも、県南選手権大会、関東高等学校ソフトテニス大会南部地区予選、インターハイ県予選、埼玉県選手権南部地区予選、南部支部リーグ大会、新人大会南部地区予選(国民スポーツ大会)、南部リーグ戦……などなど沢山あるらしい。
更に高校の部がある市民大会まで含めるとかなりの数に上る。
その多くはダブルスの個人戦で、出場枠の限られた大会を除けば一年でも出られる。その最初の大会が平日開催の関東大会南部地区予選だ。
四月下旬に開催されるこの大会、本来なら俺の高校デビュー戦になる予定だった。でも混合ダブルスに回ったことで大会への出場はなくなり、当日は一日中思い入れも特にない仲間たちの応援に終始した。
当然、月坂先輩も同じ境遇。ただし男子と女子では試合会場が違うから顔を合わせることはなかった。
一番多く勝ったのはキャプテンのペアで、三回戦進出を果たした。
南部地区の県大会出場枠は三四。キャプテンのペアはあと一回勝てば代表決定戦に回ることができたけど、残念ながら健闘及ばずウチの部の県大会出場者はゼロとなった。
一方、女子は出場した全ペアが一回戦突破を果たしたらしい。しかも準優勝一組、ベスト四の一組を含む合計八ペアを県大会へ送り込んだ。
一見すると強豪校のようだけど、これはあくまで地区大会。県大会で上位に勝ち進めるのは準優勝したペアくらいだろう。埼玉の女子は結構レベル高いからそれでも十分凄いけど。
そんな訳で、ますます男女格差が開いた蒼月高校ソフトテニス部の今年度最初の大会は特に何のサプライズもないまま幕を下ろした。
で――――それから四日後の日曜日。
俺と月坂先輩はちょっとだけ遠出をして、全日本ミックスダブルス選手権大会県予選会を見学することにした。
年齢制限なしの一般の部と年齢制限アリの部が設けられていて、プロやトップアマチュアの選手も参加する混合ダブルス最高峰の大会……なんだけど、この県予選の参加数はたった一二組。高校生の参加者は一人もいない。
もし高校生の混合ダブルスが普及したら、この大会にも高校生枠が設けられるかもしれない。
そして肝心のプレー内容は……偉そうな言い方になってしまうけど、それほどハイレベルって訳じゃなかった。
男女問わず上手い人は抜群に上手い。深く入ってきたボールへの対処やバックストロークの精度など、技術の高さを感じる場面が随所にあった。
ただ男性のストロークでもそこまでのスピードじゃないし、ミスも結構多い。全国大会に出られるのは上位四ペアみたいだけど、準決勝を戦った四組でも今の俺でそこそこは戦えると思う。中学時代、一度も全国大会に出られなかった俺でも。
ま、それだけ混合ダブルスの競技人口が少ないってことなんだろうな。
「……」
月坂先輩は決勝までの試合を全て食い入るように見つめていた。
決して派手なリアクションや表情の変化はないけど、ナイスプレーに対しては小さく拍手し、試合が終わると立ち上がって健闘を称えていた。
俺は試合の分析ばかりに目を向けていたけど、先輩は純粋に試合を楽しんでいたみたいだ。きっとテニスの試合を見ること自体が好きなんだろう。
それが、やたら嬉しかった。
「多分、ミックスカップはさっきの大会よりレベルは上だと思います」
帰り際、駅に向かって歩く途中にそんなことを口にしてみた。
実際にはどうかわからない。でも俺みたいな高校で馴染めなかった選手が混合ダブルスに回っているケースは結構ある筈。だとしたら、今日見た試合の選手たちより全体のレベルでは上を行くだろう。
「だったら、もっと頑張らないとだね」
先輩は正しく自分の実力を評価している。今日の試合くらいのボールスピードでも対処が難しいと感じたんだろう。
ここ数日、先輩と練習をしてきて何となく見えてきたことがある。時間は大分遅いけど、日暮れまではもう少し猶予がある。
試すなら今日だ。
「先輩。途中でバッティングセンターに寄ってみませんか?」
「バッティングセンター?」
「ちょっと試してみたいことがあるんです」
……って訳で、半ば強引に一駅前で降りて最寄りのバッティングセンターに到着。
二〇〇円で二四球打てるらしい。コスパは悪くないと思う。
球速は八〇キロから一四〇キロ。これも普通だ。
そしてこれが一番重要なんだけど……一球ごとに投球スピードを変えられる操作パネルもちゃんとあった。
「篠原君、野球も好きなんだ」
どうやら月坂先輩は俺が楽しむ為に誘ったと思っているらしい。
でも違う。目的は――――
「先輩、打席に立ってみませんか?」
「え……私?」
「結構テニスと共通点あるんですよ。テイクバックの動きとか身体の開きの制御とか」
「もしかしてフォームチェック?」
本当は少し違うけど、ここは頷いておこう。
「……それじゃ」
恐る恐るバットを持って打席の一番外側に立つ先輩、可愛い。
でも意外だな。構えが結構サマになってる。ちゃんとバットが立ってるし。
「野球したことあります?」
「全然ないよ。テレビで見たのを真似してるだけ。バットも重い……し」
そう言いつつも、少し楽しみにしているのを俺は見逃さない。
先輩と知り合ってまだ一〇日足らずだけど、ちょっとずつ性格とか感情表現がわかってきた。練習でもそうだけど、未知のことに対しての好奇心は結構強い。アドリブ利かない俺より対応力は上だ。
「それじゃボール出しますね。最初は一番遅いやつでいきます」
俺が操作パネルで高低差や球種、そして球速を指定できるようになっている。
まずは八〇キロの低めから。
遅いといっても強打した時のフォアハンドくらいのスピードはある。速球が苦手な先輩にとっては当然――――
「ひゃんっ」
当然のように世界一可愛い悲鳴でした!
ボールが来た瞬間に全身をキュッと縮める先輩が可愛過ぎてもう他のことはどうでもよくなってしまった。いやよくないんだけど。
「……速い球にした?」
「してませんしてません! 一番遅いやつですって!」
ジト目で疑いをかけてくる先輩も可愛い。なんだこの役得感。ここに来てからもうずっと可愛いぞこの先輩。無敵過ぎるだろ。もうずっと見ていたい。
「……」
「あ、すみません。次同じ球速でいきますね」
その後も暫く八〇キロのボールを低めに投げる。
「……りゃっ!」
先輩は三球目で初めてスイングし、その後も降り続けたけど一〇球投げた時点で一度も当てることはできなかった。
でも明らかにタイミングは合ってきている。
「それじゃ次は高めで」
「え? え?」
戸惑う先輩を余所に、顔に近い位置目掛けてボールが放たれる。
「……っ」
同じ速度にもかかわらず、先輩の反応が露骨に鈍った。
今度はその高さで数球続けてみたものの、明らかにさっきより対応が遅い。
「次は低めの九〇キロいきます」
一〇キロ違えば体感的には別次元。またバットを振ることもできない段階に逆戻りだ。
でも、その九〇キロを続けていくと次第に慣れてスイングできるようになっていった。
そして一〇〇キロでも同様。最初は全く反応できないけど徐々に対応できるようになっていく。
「次は八〇キロです」
今度は逆に二〇キロ落としてみる。
すると――――
「……あっ」
今までにないバランスの崩し方で、スイングの途中でヨロけてしまった。
「じゃ次一〇〇キロ」
「……っ」
「次八〇キロ」
「あっ」
事前に宣言しているにもかかわらず、タイミングがバラバラ。全くスイングできない状態が続き――――
「……意地悪してる?」
とうとう先輩が拗ねてしまった。
すみません。その顔も超絶可愛いです。
もう俺、今日が人生のピークなんじゃないかな……




