心細い
ハイハイするようになると屋敷中を走り回り、立てるようになると疲れるまで歩き回り、走れるようになるとテノールさんやヘレンさん、マリンを困らせる元気っ子な私であったが今程運動神経の良い今の身体に感謝する日は来るのだろうか。
「はあ……! はあ……!」
黒幕を誘き寄せる為にお父様の転移魔法で建物内に飛ばされた私は、取り敢えず何処を目指したらいいか分からないながら走っていた。周りには負傷した隊員を運ぶ各部隊の隊員や部下に指示を飛ばしては目が回るくらい忙しく動く人もいる。そんな中で私が一人走っているせいで嫌でも視線が集中する。
「あれはルチアーノ卿の!?」
「どうしてこんな場所を一人で」
うんうん、言いたくなる気持ちすごく分かる。私が第三者の人だと絶対言うもん。
事情を伝えられたらしい人が説明をするのもチラッと見えた。何人かマルティーナ嬢、と声を掛けたが私は構わず走り続けた。
黒魔法を使う人が私を狙っている。お父様だと実力の差があり過ぎても子供で未熟な私なら狙いやすい。
広い建物のどこかに黒幕がいる。普通なら人目を避ける為、人が出入りしない場所を選ぶ。
「だとすると……」
考えを纏めたくて一旦足を止めた。無我夢中で走ったお陰で足が震え、荒い息を整えるので精一杯。
「ふう……ふう……」
深呼吸を続けていく内、呼吸は落ち着き、足の方は未だ震えているが立てない程じゃない。
「はあ……」
自分が今何処にいるかなんて初めて訪れた私には分からない。私が何処にいてもすぐに見つけられるようお父様の追跡が身体に刻まれているのでそっちの心配はない。
「こういう時、怪しい場所って言うと地下とかだよね」
ゲームや映画だと定番中の定番。かと言って地下があるのか抑々不明。どうしたものかと悩んでいれば、大きな揺れが発生した。地面が、空気が震え、世界全体が揺れていると錯覚を覚えさせた。遠い方角から不気味な雄叫びと激しい爆発音が響いたのは揺れが起きた直後。
「きっとお父様達だ」
私に魔力感知はまだ使えない。誰がやったのか知りようがなくとも何となくお父様が派手にやったのかなと思った。
「お父様達が怪物を引き付けてる間に私も頑張らないと」
私の役目は黒幕を誘き寄せること。周囲に人はいないが声が届く。
「もっと遠くへ行かなくちゃ」
そうと決まれば私のすることは再び動くこと。自分に喝を入れ、足を速く動かす。
遠くへ、人がいない場所へ、何かが起きてもすぐに助けが来ない場所へ——
「あ……!」
二度目の無我夢中で走り続けていると広く薄暗い場所へ到着した。先には古びた両開きの扉がある。得体の知れない気配を感じつつ、慎重に近付いた。近くで見るとより古びていた。扉全体傷だらけで黴が繁殖し、ドアノブは錆びて強く回すと外れそうだ。そっとドアノブに手を置き、ゆっくりと回して扉を開けた。
「……」
微かに開けた扉の隙間から室内の様子を窺う。左右を見て何もないと確認後、恐る恐る足を踏み入れた。真っ暗で視界には何も映らず、鼻につく黴臭さでこの部屋が長年空気の入れ替えもされていない未使用の部屋だと判断がつく。埃も舞っているのかな……両手で口を塞がないと咳が出そうになった。
真っ暗なせいで本当は手を前に出して歩きたいのに埃を吸うと咳が出そうで断念し、足をゆっくり前に出し、無問題だと地に踏みしめる。時間がかなりかかる歩き方だけれど身の安全には変えられない。お父様達が見つけたい黒幕に繋がる手掛かり以前に部屋の明かりの有無について知りたい。
前世のようなスイッチ一つ押して明るくなる照明器具はこの世界にはない。魔法使いの人は魔法で、その他の人間は魔法具を使って部屋を明るくする。魔法具の使用には、魔力が籠った石を使う。自然に生まれる石を人工的に作れないか、とお父様やスレイさん達が研究中だと以前聞いた。一度使用済みになった石に再び魔力を装填する方法さえ見つけられればリサイクルになれるのに勿体ない。
「うわ!」
違う考えをすることでちょっとした現実逃避をしたかったのに、何かに躓いて転んだせいでそれも台無し。幸い、床は絨毯が敷かれていたらしくて怪我はしなかった。……埃が大量に舞って黴臭さが増して最悪だけど。
「ごほっ、ごほっ。うう……何も見えないのが辛い」
自分の周囲だけでも明るくしたい。
……まだまだ魔力操作の練習中な私はお父様に魔法の使用を許されていない。なので、一つも使えない。
「お父様に会ったら、魔法を習いたいってお願いしなきゃっ」
今回の状況はお父様とて望まないもの。私を一人にさせない代わりにお父様が常に側にいてくれる。
……私が一人で外にいたことって一度もなかったな。お父様がいて、お父様がいられない時は屋敷の人達や公爵がいて。時々スレイさんもいた。
さっきまで周囲を明るくする、なんて考えていたのに、急に心細くなった私の涙腺は呆気なく崩壊した。
「お……お父様あぁ……」
危険が迫れば、即座にお父様といる場所が交代する魔法を仕掛けていてもさっきまで感じていなかった孤独や恐怖に挟まれ涙が止まらない。泣いたって此処に私を助けてくれる人はいない。私に出来ることをしたい。
袖で乱暴に涙を拭い、自分の両頬を叩いて気合を入れた。
「ぜ、絶対大丈夫っ」
未だ真っ暗な部屋を慎重に、慎重に歩く私の耳に大きな音が届いた。悲鳴を上げそうになるのを気合で我慢し、どっちなんだと首を動かすものの、真っ暗なので何も見えない。正直早く会場にいる怪物達を片付けてお父様に来てほしい。怖い、怖すぎる。前世のお化け屋敷みたいなものって言ったのは誰だ。……私だ。
「うひゃ!?」
緊張度は増し、心臓はバクバク、息をするのでさえ音を出すようで憚られる状態で——ナニカが足首に強く巻き付いた。情けない悲鳴を上げる私は強い力に抗えず、床を突き破って下へ引き摺り込まれていく。
「絶叫系アトラクションじゃないんだからー!!」
下を見る余裕もなく固く目を瞑り、次に起こることを想像して身体を丸めれば——途端に動きが止まった。
誰かに抱き締められてる……温かくて良い香り……。……あれ? この上品な香水の香りって。頭を動かそうとしかけたら「もう少しそのままで」とモーティマー公爵の声が頭上から降りた。
……ってことは、つまり——。
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