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ラナルドの提案

 



 黒魔法を崇拝する集団の生き残りが多量の魔力を狙って王国騎士団が一堂に会する演習を狙った挙句、偶然居合わせたマルティーナまで狙うなら容赦をする理由がなく。マルティーナを転移魔法で演習場のどこかに飛ばし、迫る怪物が払った巨大な尻尾を飛んで躱し、巨大な頭部目掛けてルチアーノが飛び込み地へ押し付けた。広大な会場の地面は五体の怪物が暴れるのは勿論、ルチアーノ等が動き回りせいで悲惨な状態と化していた。

 地面に捻じ込んだ怪物を重力操作で磔にしたルチアーノが降り立ったのは、地中に押し込んだシルヴァンを助け出そうと必死になるアルジャンの側。



「おいアルジャン、その馬鹿を放ってとっとと逃げな。お前まで巻き込まれて死ぬぞ」

「お兄様を置いて行ける訳ないではありませんかっ」

「そのお兄様は、お前の助けを必要としてないだろう。現に、お前が何度手を差し伸べても払ってばかりだろうが」

「っ……」



 手を伸ばせば届くのにシルヴァンは頑なにアルジャンの手を取ろうとしない。動きを封じる魔法は掛けておらず、動こうとすれば無理矢理なら動ける。



「お願いです! お叱りなら受けますっ、今は私の手を取ってくださいシルヴァン兄様!」

「お前の助けは要らぬと言っているだろう!」

「っ!」



 兄としてなのか、次期サテライト公爵になる矜持からなのか、決してシルヴァンは手を伸ばそうとしない。溜め息を吐いたルチアーノは「アルジャン、お前の婚約者は?」と訊ねた。



「他の隊員達の回収を命じました……私はお兄様を説得して後で向かうと」

「それがこの様か。はあ、仕方ねえ。アルジャン、お前だけでも逃げるぞ」



 驚愕するアルジャンに構わず、腰に腕を回して脇に抱えた。



「!! 離して、降ろして! お兄様を見捨てるなんてっ!!」

「シルヴァンが死んだらご愁傷様くらいだが、お前が死んだらラウゼスの奴が酷く落ち込む。人間が使う神聖力は、本人の精神力も大きく関わる。お前一人死んでラウゼスが使い物にならなくなるくらいなら、聞き分けの悪いシルヴァンを置いて逃げた方が国にとっては利になる」

「……」



 母親違いのラウゼスと密かに会っていたことをシルヴァンに知られたくなかったらしいアルジャンの顔色は真っ青で。地中に埋まったままのシルヴァンが何も発さないのを良いことにルチアーノはこの場を去った。

 姿が見えないせいか、怪物は穴を横切るがシルヴァンに気付かない。己の力のみで脱出を試みるシルヴァンであるが体勢が整わず、非常にピッタリ埋まっているせいで身動きが取れない。魔法を使おうにも地中に埋まる際、一時的に魔法を封じられているせいで使えない。何が動きを封じる魔法はかけてない、だ。魔法を封じられる方が何倍も最悪だと吐き捨てれば、影が差し掛かった。またルチアーノが戻ったかと思えば、やって来たのはラナルドだった。



「シルヴァン殿。アルジャン殿の手をどうして取らなかったのですか」

「……私を嗤いに来たか」

「どうしてそういう解釈になるんです。アルジャン殿やルチアーノ様が説得しても助けを振り払う貴方の説得を任されました」

「私が貴方の言うことを聞くとでも?」

「思っていませんよ。ぼくとしては、貴方のような強い方に死なれると困りますので引き受けたまでです」

「必要ない。自力で抜け出してみせる」



 聞き分けの悪い子供を扱っているみたいでラナルドは苦笑せざるを得ない。頑なにシルヴァンが他者の手を借りて助かりたくないのか、その真意を突いた。



「サテライト公爵のお叱りが怖いですか?」

「……」

「今回の騒動は、瘴気を体内に残しながら隊員を演習に参加させたシルヴァン殿、アルジャン殿に責任がいく。当然サテライト公爵の耳にも入るわけですが……面子を何よりも大事にする公爵は貴方達二人に怒髪天を突き、怖い折檻でも待ち受けている。という辺りですか」



 人でなしの塊とはルチアーノやラウゼスの言葉。サテライト家の繁栄、己の地位の維持、それらを守る為ならば実の子さえ犠牲にするのがサテライト公爵という人間。助かったところでシルヴァンに待ち受けるのは父の激しい怒り。幼少期のトラウマは大人になっても消えはしない。



「……貴方は何故平気なんだ」

「はい?」

「黒魔法を崇拝する集団に攫われ、そこで凄惨な儀式を目の当たりにしながら、何故連中が此処にいると知っても冷静でいられる」

「何故、と言われてましても、ね」



 問われた内容は今まで何度も他人にされてきたもの。ラナルドは肩を竦め、誰もが望む答えは持ち合わせていないとしながらこう話した。



「強いて言うなら無関心、ですか。ぼくにとって彼等はぼくを生贄にしようとしたがルチアーノ様に邪魔をされて失敗した存在。それだけなんです」

「……」

「ぼくの前に犠牲となった子供を可哀想とは思っていますよ。ですが、それだけなんです。それ以上の感情は残念ながら生まれなかった」



 人間として必要な感情が欠落しているのはラナルド自身自覚はあるものの、それで困ったことは一度もない。単に興味がないだけなのか、遭遇してもラナルドが困ったと感じなかったかのどちらか。話していると人外と話している気分だとシルヴァンは吐き捨てた。



「シルヴァン殿。サテライト公爵が怖いなら、もういっそ代替わりしませんか?」

「なんだと」

「次期サテライト公爵になるのは貴方で決まっている。その時期を早めればいい」

「……貴方は私に父を殺せと言うのか?」

「怖いですか? それとも肉親が死ぬのは嫌ですか?」



 次に問われる側となったのはシルヴァン。淡々とした口調でいつもの貼り付けた微笑を浮かべている男は、実は集団に攫われた時死んでいて目の前に立つのは悪魔が憑依したのでは? と本気で錯覚させる無機質を纏っていた。



「このまま、貴方を無理矢理引っ張り上げたところでサテライト公爵の怒りを恐れている貴方は、陛下を守るという名目で無茶をしかねない。ならばいっそのこと、早々に代替わりをして貴方がサテライト家の実権を握ればいい」

「私が実権を握れば、即座に貴方を騎士団長の座から引き摺り下ろすぞ」

「ご自由に。実力、名声、権力を備えたなりたい者が座に就けばいいとぼくは考えています。で、どうしますか? 肉親を殺すのが嫌なら代わりの方に片付けていただきますが」

「……結構だ、私がやる。これは私達サテライト家の問題。他家に首を突っ込まれる筋合いはない」



 長くごねられるとした予想に反し、意外にもシルヴァンはあっさりとラナルドの提案を呑んだ。瞳に宿るは野心に燃えた銀の炎。第三者が聞けば父親に怒られるのが嫌なのは子供だと揶揄うだろう。しかし、幼少期より虐待紛いな英才教育を受けていたシルヴァンにとってサテライト公爵の怒りは過去のトラウマを刺激する。将来有望な若手の精神を安定させる為なら、過去の栄光にしがみつく老害には早々に退場してもらう。


 漸く地上に出る気になったシルヴァンがラナルドの手を掴んだ。軽々とシルヴァンを引き上げたラナルドの真横に怪物が立った。


 振り向きもせず、動揺もせず、貼り付けた微笑を浮かべたまま、紫電の衝撃波が怪物を遠くの観客席へ吹き飛ばした。激しい衝突音や砂塵が舞う中、微かに顔を引き攣らせているシルヴァンへ振り向いた。



「シルヴァン殿には隊員達の回収、並びに外へ避難した隊員達の指揮をお願いします。会場に残るのはぼくやルチアーノ様、ラウゼス。正直な話、陛下を連れて行って避難させてほしいですが聞く耳を持ってくれません」



 危険な場所にいさせてはならない最重要人物なのだが、当の本人が事態の収拾を見届けると言って譲らない。



「ああいう頑固なところがルクレツィア嬢を救う要因になったのがなんとも……」

「その名は確か、陛下の元婚約者の……」



 それ以上は語らず、先程出した指示を念押ししてラナルドは怪物達の方へ飛んだ。


 


 


 


読んでいただきありがとうございます。


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