怖くても覚悟した
人間とは程遠い雄叫びを上げ、全身から黒い煙を発生させていた隊員の身体が見る見る内に異形のモノへと変わっていく。黙って見ているしかない私の身体が強張ったのを感じたのか公爵の手が頭に置かれた。
「心配せずとも、ルチアーノ様なら悪ふざけはすれど死ぬような真似はしませんよ」
「悪ふざけはするんだ……」
指示を飛ばされた各部隊の隊長達は既に観客席には残っておらず、いるのは私と公爵、陛下のみ。私を陛下の近くに置くと公爵まで会場へ降りてしまった。
「……え!? こ、公爵まで行っちゃうのですか!?」
普通国の一番偉い人を置いて行っちゃう!?
「心配ない。会場にはルチアーノやラウゼスがいる。観客席にいる我々にまで被害は及ばん」
「い、いえ、そうではなくて。普通、陛下の側に護衛の一人や二人置きませんか?」
「ああ、そんなことか。ルチアーノやラナルドと比べられるとあれだが、それなりに経験はある。何より、現状瘴気が生み出した怪物の対処や会場に取り残されている第一・第二部隊員の回収が最優先。一人でも多く事態の収拾に向かわせるべきだと私が判断した」
「そう、ですか」
言われてみると怪物はお父様や神官長にばかり意識が向いていて、観客席にいる私や陛下には一切気が付いていない。
……それと個人的に陛下と二人切りなのが気まずい。だってあの殿下達の親だよ?
と、私の心の声が聞こえたのか、それとも無言なのは私に負担になると思われたのか、陛下が話を振った。
「心配か? ルチアーノが」
「そ、それは、はい……」
「瘴気に呑まれた怪物といえ、ルチアーノなら問題あるまい。ルチアーノに勝てる者は同等の力を持つエルフくらいなものだ」
「陛下はお父様以外のエルフと会ったことが?」
「私にはない。多分だがルチアーノもないんじゃないか」
何度か私の祖父にあたる人とエルフの里へと足を運んだものの、純血主義のエルフ達は人間の血を引くお父様を同族と認めなかったとか。祖父にあたる人が他のエルフを黙らせてお父様を連れて帰ろうとしたが、強制は無意味な争いを生むだけだと祖母が諭し以降は連れて帰ろうとしなかったとか。無理矢理認めさせたら、後でお父様への反発が強くなりそうなものなのに。
「あの、王太子殿下や公爵令嬢は無事なんでしょうか」
「既に第四部隊が医務室へ運び、王宮へ戻る段取りも済ませている。今頃は最優先で運んでいる筈だ」
「よ、良かった」
中身はともかくとしても、危険な場所に置いたままでなくてホッとした。
会場を見下ろせば異形の怪物へ成り果てた隊員がお父様や神官長を狙って不気味な魔力を放出し、周囲にいる隊員達は巻き込まれない様我先にと逃げ回っている中、目を引く光景があった。お父様に地中へ押し込まれた第一部隊の隊長を妹が懸命に引っ張り出そうとしていた。
「陛下、あれ!」
「アルジャンとシルヴァンか。ラナルドは……」
遠くにいるせいで詳しくは見えないが手を払われては再度掴んで引っ張り出そうとする妹の姿が映る。皆、異形の怪物となった隊員や自分達のことしか頭になくて誰も妹を気に掛けない。頼りのお父様は怪物の相手をしているせいか気付いてない。同じく神官長もそう。陛下が公爵の名前を呟いて私も何処にいるのかと探すと……
「あそこか」
「え」
陛下の言葉に反応して公爵を見つけた方向を教えられた。魔法攻撃の際に発生した衝撃破や爆風に巻き込まれ、負傷して動けない隊員を風の魔法で浮かせては各部隊が即席で用意した担架に乗せて運ばせていた。
「死んでる人は……いませんよね」
「何とも言えないな……運ばれていく隊員達は無事だろうが、瘴気に取り込まれた隊員は間違いなく命を落とす」
「お父様や神官長でも元に戻せないなんて、純血のエルフなら元に戻せますか?」
「瘴気によって怪物に変異すると細胞レベルにまで浸蝕される。高位のエルフだとしても、元に戻す術はないと昔ルチアーノに聞いたことがある」
「そう、ですか」
見栄の為に演習を優先せず、体内に残った瘴気を神官長に取り除いてもらっていたら誰も怪物にならずに済み、阿鼻叫喚の地獄絵図にならずに済んだ。さっと周囲を見る辺り、残るは第一部隊の隊長と妹が残されている。
「ふむ……ルチアーノとラウゼスは、アルジャンやシルヴァンへ被害が行かない様相手を誘導しているな」
「え? それってどういう」
「私の推測だが怪物となった隊員は、どうもアルジャンとシルヴァンを狙おうとしている」
「よく見て見ろ」と言われ抱っこをされた。へ、陛下の抱っこなんてっ。これをあの殿下に知られたら……考えないようにしよう。
視界が高くなったお陰で見えにくかった壁側の下も見やすくなった。怪物とお父様達の動きに注目した。不気味な雄叫びを上げながらあの二人へ駆け出そうとする怪物をお父様や神官長がさり気無く自分達に誘導し、視線を逸らしていた。
「怪物になって相手の判別が出来なくなっているってことですか?」
「それなら、さっきから自分を攻撃するルチアーノやラウゼスを標的にする。シルヴァンやアルジャンを狙うのは、素となった隊員の意識がまだ残っているせいだろう。瘴気が残っていると大聖堂に二人が言っていれば、こんな事態にならなかったからな」
少量なら後で取り除いて問題ないと判断したのは部隊の絶対的権力者たるサテライト公爵家の兄妹。一隊員が意見を申せる筈がない、か。縦社会ってこういう時厄介だ。上が威圧的だと特に。
瘴気が残っていた隊員全員が怪物の姿になってしまった以上、第一・第二部隊の責任は重い。
「隊内で怪物を発生させた場合、処分が重くなりそう……」
「厳重注意どころでは済まんな。サテライト公爵家にも当然影響は出る」
「そうすると怖いサテライト公爵はあの二人に矛先を向けそうですね」
「今回ばかりは同情出来ん。ラナルドの言葉に少しでも耳を傾けて瘴気を取り除いてさえいれば、こんな事態は起きなかった」
今すごく場違いな感想が私の中に生まれていた。
お父様の後ろ盾欲しさでヴィクター殿下と私の婚約を頑なに守ろうとし、お父様の話を聞いて陛下の印象はイマイチだったのに、危機的状況になると私の知っている陛下の印象がガラリと変わった。冷静な判断、思考、状態を見るとヴィクター殿下や王太子殿下の父親かと疑いたくなる。
「!!」
「え?」
突然私を抱き抱えていた腕の力が強まった。何事!? と吃驚する間もなく身体が宙に浮いた。正確には、陛下が浮遊魔法を使って浮いたのだ。
驚く私の目に更なる驚きが映った。
宙に浮かんだ直後、私達がいた場所があっという間に崩れ落ち、舞う砂塵を突き抜け生き物のような黒い縄が芽生えた。き、気持ち悪!
「な、なんですかあれ!」
「黒い魔力……瘴気を纏った魔力だろう」
「ええ……!?」
「会場の隊員の仕業ではなさそうだ。なら……」
チラッと会場を見下ろしても黒い縄を発生させている感じはない。陛下の言葉の先が気になるも急下降していき、会場にいるお父様と神官長の側に降りた。
「ルチアーノ、ラウゼス。連中がいる可能性が高い」
「狙いをマルティーナ嬢に切り替えたか」
「違うな。偶然の産物ってやつだ」
私を受け取ったお父様に抱っこをされ、ギュッと抱き付いた。
「お父様……!」
「良い子にしてろよ。クロウリー、マルティーナを連れて城へ帰んな。連中がいるならお前等を気遣って魔法は使えねぇ」
「黒眼鏡をかけてないのに視力が悪くなったか。上を見てみろ」
「は?」
上を指差され、釣られて見上げてみると上空に薄い膜が張られている。……気がする。
「さっき上空へ避難した際に広げられていくのが見えた。中にいる者を逃がす気はないらしい」
「はあ。つうことは、連中の仲間が演習場のどこかにいるってわけか」
会場だけじゃない、観客席を始め演習場そのものが非常に大きい。医務室や休憩室、食堂、カフェ、なんなら隠れたデートスポットもあるらしく、虱潰しに探している暇がない。怖くなってお父様にしがみつくと背中を優しく撫でられた。
こうやって話し込んでいる間にも怪物は迫り、振り下ろされた巨大な腕を三人同時に躱し、お父様に抱っこをされている私は必死にしがみついた。
「大丈夫だって。おれがお前を落とすとでも?」
「お、思ってないけど怖い……!」
「そりゃそうだ」
会場にいる怪物達の力は時間が経っていくと瘴気が身体に馴染み強さを増していく。数は五体。演習場のどこかにいる黒幕も探さないとならない。やることが多すぎて何故か私の頭が回る。
「ご無事ですか、陛下」
暴れ回る怪物達の身体に刺々しい氷の縄が素早く走り——縛り上げた。棘が皮膚を貫通し血を噴出、絶叫する怪物達を後目にいつもと変わらない微笑を貼り付けた公爵がやって来た。
「陛下やマルティーナ様のいた場所が襲撃されていましたね。彼等が?」
「演習場のどこかに連中がいる。人数までは分からん。演習場全体に結界を張られて出たくても出られない状況にされた」
「今クリフォード殿達第七部隊とアコル殿達第五部隊が結界の解除に当たっています。エマ殿達第四部隊は引き続き負傷者の手当てに。彼等の捜索はグランド殿達第六部隊に任せますか」
「ああ。だが、相手は黒魔法を使う。見つけても決して深追いせず、居場所をラナルドに報せる様伝えるんだ。黒魔法と真っ向から立ち向かえるのは神聖力しかない」
「ええ。重々承知しています」
……場違いだけど緊急事態の時と平常時の差があり過ぎて私の中の陛下の印象が変わっていくばかり。
「連中を見掛けたら私に報せろ」と刺々しい氷の縄を無理矢理引き千切って立ち上がった怪物を纏めて観客席へ吹き飛ばした神官長が降り立った。
「……」
「どうした?」
皆戦えるのに私だけ何も出来ない……魔法は習いたて、魔力操作だってまだまだ全然。落ち込んだって意味ないのに落ち込んでしまう。
心に生まれた気持ちをそのままお父様に伝えると一瞬キョトンとされ——おでこを指で突かれた。
「痛っ!? なんで!」
「ばーか。ガキを守るのは大人の仕事。ガキが弱いのは当たり前だろう。経験もない、技術も知識もない。ただ、それが当たり前なんだ」
「そ、そうだけど」
「おれはお前をサテライトのくそじいいがシルヴァンやアルジャンを育てたようにしたいと思わないさ。お前は絶賛成長中なんだ、じっとしてろ」
「うん……」
子供は守られて当然。前世でもそれは同じ。
幼い頃から厳しく育てられ、上に立つことが絶対だと叩き込まれたサテライト兄妹は可哀想だし、同情だってする。が、父親の色に染まり切って他人を見下すのだけはいただけない。
すると公爵があることを発した。
「彼等の狙いに見当がつきました」
「話せ、ラナルド」
「マルティーナ様がいたのは偶然が齎した幸運。これを手放す気は更々ないでしょうが、抑々の目的は王国騎士団だったのでは」
「……そうか。黒魔法の儀式に必要なのは、何も純粋な魂だけじゃない。膨大な魔力も必要になる」
王国騎士団が一堂に集まる今日を狙ったのは、騎士団員の魔力を狙ってのもの。一隊員の魔力は少量だろうと大人数が集まれば多量の魔力となる。また、各部隊の隊長は秀でた能力や魔力を持つ。騎士団長の公爵や第一・第二部隊の隊長を務めるサテライト兄妹は特にそう。どこかで魔力吸収の儀式を執り行う筈だとお父様が口にすると公爵は一つ提案があると出した。
……何故か私を見て。
「黒魔術の儀式において最も必要なのは純粋な魂。膨大な魔力と純粋な魂、彼等なら両方欲することは間違いありません。ルチアーノ様が一人うろついたところで彼等は怖がって出て来ませんが……マルティーナ様ならあっさりと姿を見せてくれるのでは」
「つ、つまり、私を囮に黒魔法を使う人を誘き寄せる、と?」
言われると私が一番囮として有効かもしれないけど……! 怖いのは怖い。困ってお父様を見上げる前に陛下が反対の声を上げた。
「何を考えているラナルド! マルティーナ嬢はルチアーノと違って戦う術を持たない子供なんだぞ!」
「無論無策で外へ放ちません。彼等に遭遇したら、自動的にルチアーノ様と入れ替わる魔法式を予めマルティーナ嬢に付けます。それなら、文句はないでしょう」
とはいえ、私が会場の外へ出ないとならないのは変わりない。言葉通りなら納得……する筈もなく、陛下は未だ反対、神官長も渋い顔。お父様は……と見上げた。
「マルティーナ、お前はどうしたい」
「怖いことはあまりしたくない……けど……早く解決するにはそれしかないなら頑張る……」
結局のところ、黒幕を誘き出すには向こうが欲する餌を抛らないとならない。その餌が私だったってだけ。
「お化け屋敷に行ったと思い込めば大丈夫……!」
「なんだそりゃ」
「お化けに扮した人が客を驚かせる娯楽施設なもの」
「そいつは面白そうだ。この件が片付いたらおれと作るか」
「怖さは程々にね……」
お父様が本気を出してお化け屋敷なんて作ったら、国中の人が失神してしまうんじゃないかな……。
読んでいただきありがとうございます。




