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嫌な予感、的中

 



「あ……!」



 お父様に襲い掛かった第一部隊の隊長の攻撃は華麗に避けられ、地上に着地した途端、お父様によって地中深く押し込められた。



「お兄様ー!!」



 会場中に響いた妹の声は悲痛に染まり、虚しいまま消えた。呆然とする妹へ振り向きもせず、次にお父様が目を向けたのがさっき神官長が発見した瘴気を体内に残した隊員。極度の緊張と恐怖に陥ると瘴気が体中に巡るスピードが速まり、怪物になるか、死ぬかのどちらかになる時間が早く訪れる。

「お父様でも瘴気を取り除けますか?」と私に聞かれた公爵は一言声を発するなり、神官長に振った。ま、まあ、この場で一番神聖力について詳しいのは神官長だもんね……。



「どうですか、ラウゼス」

「ルチアーノ卿でも可能だ。要は、体内に残る瘴気を一滴も残さず取り除けばいいだけだ。ルチアーノ卿は医療知識も豊富で人体への造詣も深い」



 今一番危険な隊員はお父様に任せると言った直後、神官長は柵を飛び降り会場へ着地した。全く無駄のない動きで怪我もなく降り立った神官長を見てちょっとだけすごい人だと感心。お父様以上にすごい人をまだ見たことのない私の判定だとこうなってしまう。



「あの人、大丈夫……ですよね?」

「ルチアーノ様が近付いている隊員ですか? 様子見と言ったところです」



 崇拝する第一部隊の隊長が呆気なくお父様の手によって地中に押し込められてしまい、妹の方も簡単に負けてしまったせいで士気が下がったどころではなく、顔を真っ青に染めた隊員が悲鳴混じりの声でお父様に来るなと言い放った。殺される訳でもないのに大袈裟な。



「ん?」



 お父様に近付かれている隊員の人が突然飛び上がり、へっぴり腰の状態で剣を持ちながらお父様から必死に逃げていた。遠目からでもお父様が呆れ果てているのが伝わる。



「瘴気を取り除かれるのが嫌とか……?」

「そうではありませんよ。ルチアーノ様に殺されると、本気で思い込んで逃げているだけです」

「ええ……」



 喧嘩を売ったのは自分の隊長なのに、分が悪くなると逃げるなんて情けない。第一、第二部隊は隊長や副隊長以外も個々の能力が高く、一人一人が精鋭の実力主義の集団。格上の相手に今まで遭遇したことがあるのはあまりいないらしく、どちらかと言うと修羅場を潜って来たのはあの兄妹なのだとか。



「お父様があっさり捕まえて瘴気を取り除くのは?」

「そうすると隊員の緊張と恐怖心が極度に上がって、最悪の場合怪物に変異する恐れがあります。死んでしまう方がまだ手が掛からなくて済む」



 言っていることは冷たいけれど、周囲の被害を考えると死んでくれるのがマシなのは私でも分かってしまう。眠らせようにも寸前で瘴気が一気に体内に巡って最悪のパターン……ということもあってお父様は迂闊に手が出せない。見ている側はもどかしい。

 大きく一歩を踏み出したお父様が隊員の肩を掴み、持っていた剣を落とさせた。絶叫が上がり、抵抗する隊員をお父様が拘束して素早く後ろに回って地に押し付けた。あれ? 手荒な真似をしたら瘴気が一気に巡るんじゃ……。



「ルチアーノ卿、面倒くさくなって実力行使に出たなあ」

「あの人短気だもん。さっきから辛抱強く行動していたのが不思議だったんだ」



 好き勝手言うのはグランドさんとアコルさん。きっとこの会話もお父様の耳にバッチリと入っているに違いない。

「最悪ですね……」と嘆息と共に吐き出したモーティマー公爵の台詞に嫌な予感を抱き、敢えて理由を聞いてみたら、お父様と隊員へ指をさされた。恐る恐る見やると……隊員の身体から黒い煙のようなものが発生していて、拘束の手を離したお父様が距離を取っていた。


 更に、さっき神官長が見つけた瘴気を持った他の隊員達からも同じ現象が起きていた。



「あ、あれって」

「時間切れだったのか、それともルチアーノ様への恐怖心、シルヴァン殿やアルジャン殿の敗北を見た絶望からか。どちらにしても緊急事態が発生したのは間違いありません」



 公爵の口調が相変わらず淡々としているせいでどうにかなりそうな勘違いを起こしてしまいそうになる。実際は、各部隊長達や陛下の顔が引き攣っている。これから何が起こるか私には見当もつかない。一つ言えるのは、お父様ならきっとどうにかしてくれるということのみ。



「陛下、此処はもうじき危険に晒されます。グランド殿とアコル殿に陛下の——」

「必要ない」



 最後に台詞を陛下に遮られた公爵は貼り付けた微笑を崩さず、何故と問うた。王国で一番偉い人が危険な場所に留まる理由はない筈だ。



「見ろ。もう手遅れだ」



 言われて私達全員が陛下が見ている方を向けば、さっきまでは黒い煙を発していただけの隊員達に異変が生じていた。黒い煙の色は濃くなり、煙の量も増え、挙句人間とは程遠い雄叫びが響いていた。



「やれやれ。予想以上に変異が早い」

「ルチアーノが言っていた例の件だが……隊員が食らった瘴気そのものが連中の生み出した代物と考えても良くないか?」

「仮にそうだとして。彼等が王国騎士団の隊員に瘴気を纏わせた理由は……」


「へ」



 会場を見下ろす公爵と陛下の会話に付いていけない中、どうしてか二人の視線が私に注ぐ。な、なんで。



「連中の狙いは、やはりマルティーナ嬢か。ルチアーノだと返り討ちに遭う可能性が高い」

「だとすると、少し疑問が。騎士団の演習は毎年この時期に開催はされど、マルティーナ様が見学するかどうかは未知数。当たるかも分からない賭けに彼等が出るとは考えにくい」

「ピンポイントでマルティーナ嬢を狙ったのではなく、人が多く集まる騎士団の演習そのものを狙っていたと考えるのはどうだ。第三部隊を除いて、各部隊はそれぞれの専門分野に適したエキスパートの集まり。能力の高い人間が集まる中に瘴気を纏わせた者を交ぜるのが目的だったとしたら?」

「そうなると、大聖堂での治療を彼等は視野に入れていなかったのでしょうか。今回、四人の隊士に残った少量の瘴気がこうやって暴走を始めましたが、全て除去されれば抑々の計画事態破断になります」



 なんとか二人の会話に付いていくべく、集中して聞いていると気にある言葉ばかり出る。



「行き当たりばったりな計画ってことですか?」

「なんとも言えません。事が終わったら、シルヴァン殿とアルジャン殿に改めて当時の状況を聴取しましょう。陛下の方から命令をして頂ければ、ぼくより言うことを聞くのでお願いできますか」



 騎士団長の座を欲しているサテライト家の二人が簡単に公爵の言うことを聞くとは確かに思えないと陛下も分かっているようで若干諦めを滲ませ同意した。



「会場はルチアーノ卿とラウゼスに任せよう。ラナルド、第一から第三を除いた各部隊の指揮を執れ」


 



読んでいただきありがとうございます。



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