過信
会場を覆う眩い光の正体は、炎と雷が衝突し合う結果によって発生する力の輝き。雷をシルヴァンが、炎をルチアーノが放っていた。
拮抗する力の衝突は、徐々に炎を押す雷が勝り始めた。片手で防ぐルチアーノは再びラウゼスに問い掛けた。
「まだ見つからないか」
「ちょっと待て。こうも眩しくては見えるものも見えん」
「さっきから文句ばっかりじゃねぇか」
「うるさい。人は多い、場は騒がしい。本来、落ち着いた環境でこそ使い勝手のいい魔法なんだぞ」
一つ言えば倍となって言い返され、また言っては言い返されを繰り返すルチアーノに焦りの色はない。若干シルヴァンの優勢とはいえ、ルチアーノにとったら無問題。
「ルチアーノ卿。でかい口を叩く割に、私に押されているが?」
「そう焦んなよ。せっかちは損だぜ? シルヴァン」
炎を放出する左手に魔力を込め、濃度と力を増大させればルチアーノの炎がシルヴァンの雷を押し始めた。
「これしきのこと」
シルヴァンも焦りを見せず、冷静に力の量を調整し、すぐに雷は炎と拮抗した。
ルチアーノはちらっとアルジャンのいた方を見やった。アルジャンは第一部隊の副隊長に支えられながら会場の壁側に移動していた。あれなら巻き込まずに済む。戦意を消失し、青白い顔でぼんやりとしているアルジャンを副隊長が声を掛けて意識を現実に戻そうとしているが、あれでは暫くアルジャンは正気に戻らない。サテライト公爵の子供達への扱いは有名で、期待に応えられなければどの様な目に遭うかもまた有名だ。ラウゼスは神聖力があって運良く抜け出せたに過ぎない。もしも、先代の神官長がサテライト公爵側に回っていれば、強大な神聖力を持つが故に悲惨な目に遭っていただろう。
「ラウゼス。シルヴァンの調子に乗った鼻を折るが構わないな」
「好きにしろ。私はサテライトの人間ではない」
「そうかよ。まあ、後でアルジャンのことは慰めてやれよ。なんだかんだ気に掛けてはいただろう」
「……」
強い魔力を持とうと、優れた才能を持とうと、所詮女は女。サテライト公爵が実の娘のアルジャンに何かある度に吐き捨てた台詞。他者より劣っている部分があるとすぐにアルジャンは吐き捨てられ、失望されては己を奮い立たせサテライト公爵の期待に応えようと死に物狂いで努力した。それでも駄目な時は最早数え切れない
くらいあって心が折れ掛けていたアルジャンがこっそりと腹違いの兄たるラウゼスに助けを求めた。口では無関係だと言いながら、同じ父親の血が流れる異母妹を放って置けないラウゼスの心情をルチアーノは見抜いていた。
「そろそろ運動といこうぜ」
魔法の衝突も楽しいが今回は騎士団の演習そっちのけでの私闘。どうせなら、思う存分身体を動かしたい。炎と雷、二つ同時に消滅させたルチアーノは一瞬呆然とするシルヴァンの眼前に立った。すぐさま反応したシルヴァンは一定の距離まで下がり、腰に下げた剣の柄を握った。
「驚くことはないだろう。魔法の分解なんておれの十八番だ」
「……」
「十八番?」
観客席でハラハラとルチアーノの私闘を見守るマルティーナは、自分を抱っこしたままのラナルドに顔だけ振り向いて訊ねた。気のせいか日常生活でも割とルチアーノは得意げに十八番という言葉を使う場面が多い。
「魔法の分解を指しています。一度発動された魔法を目に見えない魔法粒子に分解することで強制解除を行うものです」
「そ、それって、すごい魔法ですか?」
「魔法の造詣が深く、複雑極まる魔法式を即座に構築し、繊細な魔力操作を使えるなら、まあ出来るんじゃないですか」
淡々と、そしてあっさりと言ってのけるラナルドのせいで言葉だけで捉えると簡単に思えてしまうが、実際は超が十個付く高等技法。片手間でやってのけるのは大陸全土を探してもルチアーノくらいだ。
「魔法に長けたエルフも入りますか?」
「どうでしょう。ぼくも含め、殆どの人間はエルフと接点を持ちません。あまり他種族との交流を好まない方々ですし、外の世界にも滅多に出て来ません」
「ってことは、お祖父様が珍しいのですね」
「否定はしません。ルチアーノ様の父親たるエルフは『賢者』と呼ばれる先代のエルフ族の王です。そんな人がどうして人間を見初めたのか、ルチアーノ様でさえ未だによく分からないとか」
「……」
これも淡々とした口調であっさりとラナルドが言うものなのでマルティーナは一瞬スルーしかけたが、よくよく考えると自身の祖父はエルフ族の中でもとんでもない人だと初めて知った。驚きたいところではあるが、直接的な攻撃をルチアーノが先に仕掛け、意識は会場に向けざるを得なかった。
任務でシルヴァンが剣を鞘から抜くことは滅多にない。大体は部下に任せるか、自身が前線に立つ時は鞘に入れたまま標的を倒す。しかし、相手がルチアーノだとそうはいかない。最初から刀身を剥き出しにし、肉体に身体強化を付加。掌に遠距離用高威力魔法を留めたルチアーノの魔の手を軽々と避けた。放たれた魔法は悍ましい威力を持って観客席へ放たれ、すんでのところをルチアーノは上空へ方向転換させ破壊を回避した。上空へ天高く上った魔法は光の粒子となって消え、空を見上げていたルチアーノは距離を取るシルヴァンへ振り向いた。
「お前お得意の技術で受け止めろよ」
「無駄な体力や魔力を消費する趣味はない」
腰を低くし、剣を構えたシルヴァンの姿が霧のように消えた。気配も臭いも音もない静けさが会場を包み込む。不気味な静けさとは誰かの感想。不敵な笑みを浮かべたままのルチアーノは微動だにしない。
「——いた!」
ずっと瘴気を体内に残した隊員を探していたラウゼスが声を上げた。彼の一言に部隊長やクロウリーが側に寄った。
「本当か? どこにいる」
「あそこで倒れている隊士、それから……」
色んな場所に落ちている隊士の内、合計四名が瘴気を抱えたままだと判明。倒れている場所を把握したラナルドがクリフォードに命じた。
「ラウゼスが指した隊士四名を直ちに大聖堂へ。それから、あちこちに散らばっている隊士達も拾って全員医務室へ」
「了解しました」
指示を受けたクリフォードは速やかにこの場を去った。
「拙いな……」と呟いたラウゼスの声を全員が拾う。
「どうしました」
「あそこにいる者の顔色が分かるか?」とラウゼスが指差した方には、ルチアーノとシルヴァンの攻撃範囲内で動けない隊員がいた。瘴気を持つ四名の内の一人だ。マルティーナ以外の面々の様子が分かりやすく変わった。
「何か悪いことが……?」
「瘴気を抱えたまま、過度なストレスを感じると通常より早く体内に巡ってしまい、死ぬか怪物になるかのどちらかになってしまいます」
「え!?」
「ルチアーノ様とシルヴァン殿は、周辺に落ちている隊員を気にも留めていない様ですし、巻き込まれて死ぬ恐怖が彼にあるのでしょう」
他人事のように話すラナルドの口調は、こんな時でも淡々としている。最優先に回収する隊員と位置づけ、魔法通信でクリフォードに指示し、薄紫の瞳は強い警戒心を持って隊員を見るラウゼスへ。
「タイムリミットは?」
「なんとも言えんが……速やかに回収し、治療をすれば最悪の事態は免れるだろう」
指示を受けたクリフォード率いる第七部隊がラウゼスの示した隊員四名の許へそれぞれ駆けて行くのが観客席から見え、マルティーナは固唾を飲んで見守る。すぐ側ではルチアーノとシルヴァンの衝突が続き、クリフォード達も油断ならない状況である。
「おいシルヴァン、一旦手を止めろ。瘴気を払い切れてないお前等の隊員に症状が出始めている」
風を使ってラナルドやラウゼス達のいる観客席の声を拾って瘴気を持つ隊員の居場所を把握し、なるべく距離を離したいが、ルチアーノの意図を知ってか知らずかシルヴァンは攻撃の手を決して緩めない。仕方なく提案をして見せても——
「だからなんだ」
「何?」
「少量の瘴気如きに肉体を蝕まれる弱者は要らん。怪物になろうと私が切り捨ててしまえばそれで終わる。たかがそのようなことで一々ルチアーノ卿もラウゼスも騒ぎすぎなんだ」
「……」
自分の力を絶対的だと自負するのは結構であれど、周りを巻き込むのは話が違う。
「シルヴァン。その過信が命取りになるぜ」
「私自身の力で解決すれば問題ないだろう」
「そういう意味じゃないっての」
他人の話を聞こうとしないのはサテライト公爵そっくり。一つ溜め息を吐いたルチアーノの頭上を飛んだシルヴァンの一刀をひらりと避け、シルヴァンがルチアーノのいた場に着地した瞬間地面に大きな穴を開けた。
「!」
すぐさま飛行能力を纏ったシルヴァンの身体を拘束、上から重力を叩き付け地中深く堕とした。
「お兄様!!」
アルジャンの絶叫が響く中、瘴気を残した隊員の回収を急くクリフォード達を濃い青の瞳が見つめていた。
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