生家
観客席にクロウリーやラウゼスが現れたと風を使って声を引き寄せているルチアーノは知り、ラウゼスはともかくクロウリーまで来るとは少し予想外だった。が、ハイターのやらかしを考えると何だかんだ責任感の強いクロウリーなら来るかと納得した。
「はあっ!」
身体能力強化、武器能力強化、二つの能力補強を付加したアルジャンの猛攻をひらり、ひらりと避けるばかりのルチアーノは一向に反撃に動かない。体力の消耗を待っているとアルジャンは思っているだろうが実際は違う。研究者としての顔を持つルチアーノは、身体能力強化を女性が使ったら目に見える変化はどのようになるか知りたかった。華奢で細身の身体は筋肉が盛り上がり、美しい容姿からは連想されない力と速度を見せている。扱いも慣れているもので魔力操作も減点を見つけるのが難しい。女ながら伊達に第二部隊の隊長を務めてはいないということ。
「ルチアーノ卿! さっきから逃げてばかりではありませんか! ご息女の前で間抜けな姿を見せ続けて良いのですか!」
「言ってくれるな。おれぁ、別に逃げてる訳じゃない」
かと言って、まだ反撃する気にもなれない。
すると。
「ルチアーノ卿の悪い癖が出てるなあ。アルジャン殿の体力消耗を狙って一気に畳みかける気かあ」
「違うんじゃない? こっちが気付くくらいだ、アルジャン殿だって絶対気付いてる。体力に関しては第一・第二ともに化け物並なんだから時間の無駄でしょう」
第六部隊隊長のグランドとアコルが好き勝手言うのをルチアーノの耳はしっかりと聞いている。更に。
「ラナルド。もしも、ルチアーノ卿が負けたら、お前は本当にサテライト家に騎士団の全権を譲るのか?」
「ええ。ぼくにとっては、父からぼくに移った権利でしかありません。サテライト家が正常に騎士団を運営してくれるなら、ぼくは構いません」
「はあ。お前らしい。ルチアーノ卿のことだ、お前が困る姿見たさで言い出した可能性もある」
「さっき、グランド殿にも言われました」
後から合流したラウゼスやクロウリーも風を使ってルチアーノが観客席の声を拾っているとは気付いている筈。それなのに、他の部隊長やラナルドと混ざって好き勝手言ってくれる。ルチアーノをよく知っている者同士、気が合うようで何よりだ。
「ふむ……」
アルジャンの猛攻をひらり、ひらりと避けつつ、気にするのは瘴気を体内に残したままの数名の隊士。第一・第二の隊士達を見ているがそれらしい者はまだ見つからない。ラウゼスに治療されたのだ、大部分は取り除かれて、残っているのが少量なら注視しないと見つからないのが道理。引き寄せていた風をラウゼスの周辺に飛ばして呼び掛けた。
「ラウゼス。さっきから、瘴気を纏った奴を探してるんだが動きながらだと見つけにくい。お前がいる場所から見つけられるか」
抑々の話。
「隊士の顔を覚えてないか」
「私が人の顔を見分けることが苦手なのを知っていて言うか」
大聖堂に属する神官や職員、己と同等かそれ以上の立場の者の顔なら努力して覚えるラウゼスなのだが、基本人の顔を覚えるのが苦手なせいで声で相手を判別している。観客席からだと隊士の声は他の大勢の声と混ざって判別の仕様がない。動く必要のない観客席で瘴気を体内に残した者をラウゼスが探し始めたことでルチアーノは漸く気持ちを切り替えた。
「っ!!」
一瞬だけ爆発的に力を上げたアルジャンの強い踏み込みで足下の地面が崩れた。体勢を崩したルチアーノへ容赦なくアルジャンの剣が振り下ろされた。会場中に響いた金属の衝突音。目を瞠るアルジャンの視界に映るのは、真っ二つに斬った鉄の箱。呆然としたのも束の間、すぐに剣を抜こうとしたが。
「ぐっ……!」
挟まってしまったのか、鉄の箱から剣が抜けない。身体能力強化で腕力や握力も上がっているというのに、剣はビクともしない。
「アルジャン!」
シルヴァンの厳しい声が飛ぶ。
早く、早く抜かないとっ。
焦りを強めるアルジャンの後ろにルチアーノは立った。
「飽きた」
「っ!!」
耳元で囁かれ、背筋が凍ったアルジャンに嗤うと……首筋に左人差し指を当てた。全身から力が抜けたアルジャンはその場にへたり込む。剣を持とうと、立ち上がろうと身体にを力を入れているのに、自分のものではないのか言うことを聞かない。
「あ……っ……」
「安心しろ。おれはサテライトのじじいみたいに、敗者を素っ裸にして置き去りにするなんて真似しねえよ」
「す、素っ裸!?」
確実に負けたアルジャンに放ったルチアーノの言葉に真っ先に反応したのはマルティーナ。あの言い分だとサテライト公爵は、実の娘だろうと敗者を素っ裸にする辱めを与えると聞こえる。信じられない思いでラナルドを見ると貼り付けた微笑のまま事実だと知らされた。
「アルジャン殿だけじゃありません。シルヴァン殿もです。幼少期、公爵の期待に沿えなかった二人はよくそうやって何日も森の中に置いて行かれたと聞きました」
「う、嘘……お父様より、サテライト公爵の方がよっぽど性格悪い!」
「どうでしょう。ルチアーノ様の場合、人をおちょくるのが好きという意味で性格が悪いと評されることが多いので」
「ええ……」
どっちにしたってドン引きである。
「シルヴァンやアルジャンの異常な向上心は、サテライト公爵が行った過剰なまでの教育が理由なんだ」とクロウリーが追加説明を行う。
「アルジャンの方は、女だからという理由でシルヴァンより理不尽な目に遭ってきた。ルチアーノに負けた時点でアルジャンはサテライト公爵にまた理不尽な目に遭うと決まってしまったな……」
力無く項垂れるアルジャンの側へ第一部隊の副隊長が駆け寄った。敗北した婚約者を気遣っての行動。一方、シルヴァンはルチアーノと対峙している。
「はあ」と呆れの色が濃い溜め息を零したラウゼスに皆の視線が集まった。但し、マルティーナだけはラナルドに抱っこされているのを良いことにこっそりと。
「ルチアーノ卿に勝てないと何故分からないんだ。自分と他者の能力の違いを見分ける目をあの二人は持っているというのに」
「ルチアーノに勝てれば、サテライト家の名声は上がるばかりではなく、公爵の二人を見る目もまた変わる。武功を上げ、名声を手にしてもシルヴァンやアルジャンは公爵の圧力に晒されている」
「まさかと思うが瘴気を残している者を治療させないのは、サテライト公爵の影響か?」
「かもしれない。何にせよ、瘴気を残しままにしている件については、演習が終わり次第シルヴァンやアルジャンを呼び出して言及する」
毅然とした態度で正論を発するクロウリーをチラ見するマルティーナの頭にルチアーノの台詞が蘇る。現王妃を選んだことやヴィクターとマルティーナの婚約に拘る以外は、国を治める者として能力に申し分なく、何ならルチアーノが驚く判断を迅速に下す時もある。あの王妃でなかったら生まれて来る子供もマシな頭を持って生まれたのではないかと邪推な考えが過ってしまった。
「モーティマー公爵」
「どうしました」
「お父様が態と負ける可能性ってまだありますか?」
「さて。ルチアーノ様を見るに、勝負自体最初からどうでもいいのでは」
「どうでもいい?」
「目的は、瘴気を体内に残した隊士の発見。少量だろうと体内に宿る時間が長い程、命を落とすだけではなく、怪物に変貌してしまう可能性もあります。そうなる前に態とシルヴァン殿の挑発を受けたかと」
薄紫の瞳がチラッと「どうですか、ラウゼス。見つかりましたか?」と現在進行形で捜索中のラウゼスに向いた。
「お前に言われなくても探している。ルチアーノ卿が言っていた通り、少量だと相手を注視しないと見つけられん。何より、人が多いばかりか全員が動いているせいで集中できん」
アルジャンを無力化したことにより、隊士達の闘志が燃え上がり一斉にルチアーノへ襲い掛かっていた。涼しい表情のままアルジャンに近付いたシルヴァンは、側で慰める自身の副官を退かせると——胸倉を掴み、振り向いた頬を引っ叩いた。
慰めるのかと見ていたルチアーノは足を止めたが、隊士達の足は止まらず多数の魔法攻撃が放たれた。
溜め息を一つ零すなり、魔法を全て跳ね返し、隊士達を全滅させた。
隊士の全滅より、シルヴァンの暴挙に開いた口が塞がらないマルティーナは慌ててラナルドを見上げた。
「あ、有り得ないですよ」
「アルジャン殿はまだ人間味のある方ですが、シルヴァン殿はサテライト公爵の影響をアルジャン殿より一層濃く受けていらっしゃるせいで身内だろうと容赦しません」
「実の妹なのに!?」
「彼等にとって大切なのは力と名誉。肉親だろうと弱者や敗者は即切り捨てる。そうやって、強大な力を維持してきたのです」
「……」
生まれながらに強大な魔力を持っていても操作する術がないマルティーナにはまだ難しい話。王国の高位貴族に値するなら、相応の力を持ちたいのはマルティーナとて解してやれる。けれど、弱いから、負けたからと肉親を切り捨てるのは違う。次の言葉が見つからずだんまりになった。
「神官長、瘴気を持っている方は見つかりそうですか?」と場の空気を変えるべくクリフォードが訊ねればラウゼスは頷いた。
「ルチアーノが全滅してくれたお陰で探しやすくなった。……しかし、サテライト家というのは、私がいた頃と何ら変わってないな」
とても気になる発言がラウゼスがし、怖い顔が未だにトラウマなマルティーナはラナルドに隠れつつこっそりと見やった。
「気になりますか?」とラナルドに問われ、素直に頷いた。
「ラウゼスは会場にいるシルヴァン殿やアルジャン殿の異母兄に当たります」
「へ!?」
意外にも程がある新事実にさっきから素っ頓狂な声しか上げていないマルティーナ。ラナルドの告白はグランドとクリフォード以外の部隊長達も知らなかったようで驚きの声が上がっていく。勝手に過去を暴露したラナルドに怒気を込めた眼をラウゼスがやったせいでマルティーナは慌てて顔を隠した。自分に向けられていなくても怖いものは怖い。
「ぼくは本当のことを言ったまでですよ」
「お前には、人の個人情報を守るという概念がないのか」
「貴方が意味深な台詞を言った時点でマルティーナ様の興味対象に入ってしまったのです」
興味を引かせたラウゼスが悪いと言いたげなラナルドの台詞。そこまで思ってないとマルティーナは声を上げたかったものの、やっぱり怖くて顔を隠したままにした。
「お、驚きました……神官長はサテライト公爵家の方だったのですか」
「シルヴァン殿やアルジャン殿と全然似てないのは、腹違いのせい?」
エマやアコルの疑問をラウゼスは溜め息混じりに答えた。
「私の母は、私を産んで二年後に亡くなっている。子供を一人産んだだけで弱った母に罵詈雑言を浴びせ、剰え捨てた。シルヴァンやアルジャンの母親を後妻に娶った割に、神聖力を持った私をサテライト公爵は利用する気でいたんだ。それを知った先代の神官長とルチアーノが私を先代の養子にしてくれた」
神聖力を必ず持って生まれるのはエルフのみ。人間ではほんの一握り。希少な力を持って生まれたラウゼスをサテライト家の繁栄に利用する気でいた公爵の思惑を読み取った先代神官長がルチアーノに相談をし、手を組んだことでラウゼスは先代神官長の養子となった。簡単に手放すサテライト公爵ではなかった。先代の国王が横槍を入れたのだ。先王の介入があったとはいえ、貴重な神聖力の持ち主を保護する意味合いで大聖堂の主張が勝り、無事養子縁組がなされた。無論ルチアーノの嫌がらせは両者にきちんとされている。
「嫌がらせ?」とマルティーナがラナルドを見上げた。
「確か……サテライト公爵は一騎打ちをルチアーノ様に叩き付けてあっさりと負けました。先王陛下についてはぼくにも分かりません」
唯一知っていそうなクロウリーへラナルドの視線が送られると首を横に振られた。
「私も生憎と知らない。ただ、噂程度だが……」
クロウリーが語る内容に皆興味を持って耳を傾けるが一向に口を開かない。マルティーナがこっそりと顔を出すとかなり言い難そうに顔を歪めていた。
「陛下、言えないなら言えないで構いませんよ。後でルチアーノ卿に聞くのもありですし」とアコルが助け舟を出すも「いや……あまり人前で聞くような話じゃない」と難色を示された。却って気になってしまうものの、目を覆う眩い雷と炎が会場に発生し、全員の視線を掻っ攫った。
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