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悪趣味男による暴露

 


 広い会場に立つルチアーノは黒眼鏡を掛けたまま、不敵に嗤って見せた。観客席から感じる視線の中に愛娘のものを感じ取ると幾分か表情を和らげた。視線の中に含まれる色にはルチアーノを心配するものがある。恐らく周りにラナルドや他の部隊長がいるだろうがマルティーナは気が気じゃないのだろう。風を引き寄せ、彼等の声を拾うと何を話してくれているのだと呆れた。自分の性格の悪さは、自分自身がよく知っている。対峙する第一・第二部隊が放つ殺気の心地好さは、痺れに似た快楽を引き出させた。マルティーナが誕生して以降、常に側にいるように心掛け、遠出はしていなかった。時折湧き上がる破壊衝動を抑えるのに苦労したが、無防備で信頼しきった寝顔を見せるマルティーナを視界に入れただけでルチアーノの衝動はあっという間に消え去った。子は宝、とは誰かの言葉。実際その通りである。



「お前等が勝ったら、騎士団長の座をサテライト公爵家に移すようクロウリーに進言してやろう」



 突然の言葉にシルヴァンやアルジャンの顔色が変わった。観客席にも声が届くよう風を使って拡声した為、会場をどよめきが覆い尽くした。



「ほう? その言葉、努々お忘れなきように」

「ああ。お前等が勝てたら覚えててやるよ」



 両者ともに、勝つのは自分だと信じて疑っていない。


 観客席でラナルドに抱っこをされたまま見守るマルティーナは、大口を叩き余裕の態度を崩さないルチアーノを心配した面持ちで見つめていた。第一、第二、第三部隊を除いた隊長達やラナルドは口を揃えてルチアーノの悪い癖が出ないか、それだけを心配している。付き合いがあってこその構えだろうがマルティーナとしては不安が尽きない。



「心配ですか?」

「勿論です。お父様が負ける姿なんて想像もつきませんが、第一や第二部隊の人はとても強いって言うから……」

「ルチアーノ様のあの宣言を聞くに、態とやられて呆気なく勝利を掴む気でしょうね」

「ええ……」



 悪趣味以外なにものでもない戦い方を想像するラナルドに若干引いた目をやるマルティーナ。他の隊長達はラナルドと同じ気持ちらしく、頷いていた。

「ルチアーノ卿が負けちゃうとサテライト公爵家に騎士団の全権が移る。ああ言ったのは、シルヴァン様達のやる気を底上げするためっぽいね」とはアコルの台詞。クリフォードや第六部隊の隊長も同意見らしい。



「ルチアーノ卿が負けるとは思えないが性格悪いからなあ、あの人。騎士長閣下が困る姿見たさで態と負ける場合もいれておかないと」

「ぼくですか? ぼくが困ったところであの人には関係ないでしょうに。ぼく個人で言えば、騎士団の全権がサテライト公爵家に移行しようと従来のシステムが崩されなければ正直どっちでも良いのですよ」



 輝かしい地位に執着はしない、欲する欲もない。父親から受け継いだ地位をそのまま継いだだけに過ぎない。貼り付けた微笑、抑揚のない声、己の地位が危機的状況に晒されようとラナルドの感情の振れ幅は変わらなかった。



 風で引き寄せるマルティーナ達の会話に聞き入っているといつの間にか勝負の合図が鳴っていたらしく、第一・第二の隊士達がルチアーノに一斉に襲い掛かった。皆手に持つのは己の得意とする武器。シルヴァンやアルジャン、副隊長は微動だにしない。



「ふむ」



 人を性格が悪いだの、悪趣味だのと、好き放題言ってくれる観客共に応えようとルチアーノは黒眼鏡を外して懐に仕舞うと——隊士達が武器を振り下ろす直前姿を消した。衝撃によって舞った砂塵のせいで会場が覆われ、周囲が何も見えなくなった。



「ふんっ!」



 誰かの気合の入った掛け声が瞬く間に砂塵を上空へ吹き飛ばした。シルヴァンの側にいた副隊長が大剣を薙ぎ払ったことによって砂塵を吹き飛ばしたのだ。

 隊士達は手応えがあったと勘違いしたらしく、そこにいた筈のルチアーノの姿がなくて動揺した。



「馬鹿が」

「ほんっと馬鹿だよな」



 たった一撃で仕留められる訳がないと吐き捨てたシルヴァンの少し離れた位置にルチアーノは余裕の態度で立っていた。



「隊士達では話になりません。お兄様、わたくしがルチアーノ卿を倒します」



 銀の髪と瞳、白い肌、華奢な身体つき。騎士にならなければ王太子妃候補筆頭と囁かれたアルジャンの美貌は、騎士になってより磨きが掛かった。一瞥すら寄越さず「サテライトの名に恥じぬ勝利を掴め」とシルヴァンは発した。兄妹仲は悪くないと聞くがこの二人の関係は、上司と部下という位置にある。次期当主としての矜持を持つシルヴァンに認められたい気のあるアルジャンにとって、ルチアーノに勝利することは絶大な信頼を得るのと同等。

 アルジャンの内面を知り尽くしているルチアーノとしては、面倒くさい、という感想しか出て来ない。



「良いのかよ。顔や身体に傷が出来て婚期を逃すかもしれないぜ」

「サテライト家に属する者が傷を負ったことは、長き歴史上一度たりともない。女だからと言って油断すれば、負けるのは貴方です」

「油断したくなるって。お前みたいな美人が相手だと」



「ただ」とルチアーノの視線がアルジャンの胸部に注がれる。



「おれぁ、お前みたいな胸なし女に興味はねえんだ」

「!!」



 アルジャンが最も気にしている胸の小ささを指摘すれば、瞬時に羞恥と怒りによって顔が真っ赤に染まった。観客席までルチアーノの声が届いているせいでエマの怒声混じりの声が届いた。



「ルチアーノ卿!! マルティーナ様というご息女のいる場所で破廉恥な台詞は控えてください!!」

「おれの娘なんだぜ? これくらい許容範囲内だ」



 きっとドン引きはしているだろうが、母親候補の女達の共通点として教えた中に巨乳の言葉を伝えていた。母エレメンディールがそうだったせいか、胸の小さな女性に興味が全くと言っていいほどなかった。怒り続けるエマに向かって「お前が怒ったってアルジャンにとったら嫌味でしかなくないか?」とまるで胸の大きさを熟知している発言を放ってより声を大きくさせた。


 

「はあ……はあ……っ」

「エ、エマ殿落ち着いて」



 アルジャンとの関係は最低も最低、底辺を限界突破しているエマであるが、女性の身体に関する侮辱だけは相手がルチアーノだろうと許せなかった。着痩せするタイプで脱いだら大きな膨らみを持つエマをアルジャンが嫉視しているのは本人のみぞ知ることだった。悪趣味だの、性格が悪いだのとルチアーノに向かって言いたい放題していた罰がエマに回ってきていた。クリフォードの言葉を受けて深呼吸をし、幾分か落ち着きを取り戻したエマは今度は深い溜め息を吐いた。



「すごい人なのは確かなのに……」

「僕達がルチアーノ卿を好き勝手言っていたのを聞いて揶揄ってるんですよ。風の魔法を使って周囲の声を拾うのが得意ですからね、あの人」

「はあ〜……」



 大勢の人がいる前で着痩せするタイプだと暴露されたエマは疲れたように特大の溜め息を吐き、これ以上ルチアーノに振り回されれば体力が無くなるのは自分だと思考を切り替えた。心配されているマルティーナに関しては、お父様らしいと若干引いてはいるが気持ちの変化はなかった。



「私の母親候補に当たる人達皆胸の大きな人だって言ってましたもん……」

「人の好みをああだこうだ言うつもりはありませんが、人の身体ってそこまで気にするものですか?」



 人工生命体という、大きな秘密を知るラナルドに小声で話したマルティーナは、淡白な問いに苦笑せず真面目に答えた。



「痩せすぎだったり、太りすぎの人も気になりませんか?」

「全く。使い物になるなら、そのままでいいのでは」

「公爵らしいですね……」



 自分自身に頓着しないのだ、他人なんてもっとそう。妻や息子にさえ、興味を持たないラナルドらしい台詞である。



「ラナルド!」



 分かりやすい挑発を受けたアルジャンが鞘から剣を抜いてルチアーノに斬りかかった直後、報せを受けてラウゼスとクロウリーが同時に駆け付けた。王国の頂点たる国王の登場に皆が立ち掛けるが「良い。楽にしたままでいてくれ」と先に制したクロウリーはラナルドの隣に座った。



「エマ隊長の連絡で状況を知った。ハイターめ……勝手な真似を」

「両部隊が勝てれば、ルチアーノ様が陛下に騎士団の全権をサテライト家に移るよう進言をするようですよ」

「あの悪趣味め。期待を持たせたシルヴァンやアルジャンが負けた時の様を見たいせいだろう」



 クロウリーもルチアーノの性格の悪さを把握していてあっさりと目論見を見破った。

「それより瘴気が残っている者だ」とクロウリーの横に来たラウゼスが険しい表情で会場を見下ろす。



「誰を治療したか覚えていますか?」

「ああ。瘴気が体内に残っているのに、放置するなど正気の沙汰とは思えん」

「治療よりも名誉を優先した。と、いったところですか」

「他人事だな」

「ええ、ぼくにとっては他人事ですよ」

「……」


 


 


 


 


読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
今、ラゼウスから逃れるためにマルティーナは全力でラナルドの抱っこちゃん人形と化してる事でしょうね、きっと。
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