その予感は当たった③
怯えるマルティーナを地面に降ろし、ラナルドの側に置くと黒眼鏡を外したルチアーノは苛立ったままサテライト公爵家の兄妹へ振り向いた。怒りに呼応して大地や空気が震え、濃度の高い魔力が会場中を覆ってしまい、耐性のない者は次々に倒れていく。第三部隊の面々はこれによりほぼ全滅。残る部隊も気絶までいかなくても尻餅をついてしまっている。
「ルチアーノ様。少し抑えられては。このままでは、半分以上が気絶してしまいますよ」
「知ったこっちゃねえな。弱いお前等が悪い」
「手厳しい」
肩を竦めて貼り付けた微笑を浮かべるラナルドは、怯えたままのマルティーナを抱き上げると第四以降の部隊長に観客席への移動を促した。動けない者は動ける者に運ばせ、隊の人数が足りなければ別部隊の者が背負って、と。第三部隊の面々に関してはルチアーノが纏めて観客席へと転移魔法で飛ばした。
「おや」
貴賓席で堂々と立っていたリヒターや側にいたミッドナイト公爵令嬢の姿がなかった。
「いなくなってる?」
「大方、ルチアーノ様の殺気に当てられて二人とも気絶したのがオチでしょうな」
「婚約者のご令嬢の方はともかく、王太子殿下も?」
「陛下なら耐えられたでしょうが、王太子殿下にルチアーノ様の殺気を耐えられる甲斐性はありません」
散々な言い様だがマルティーナは口だけのヴィクターの兄ならそれもそうかと納得してしまう。
「第一、第二部隊も数人気絶しているようですので、観客席へ飛ばしましょうか」
「お気遣い無用です」
大半が腰を抜かすか、実力の差に怖気づいている中、シルヴァンやアルジャンは冷静なまま。踵を返したシルヴァンが倒れている隊員の側へ近付くと——腰に提げている剣を鞘から抜いた。何をするのかと見ていれば、隊員を斬りつけた。
「へ!?」
悲鳴を上げるマルティーナの顔を咄嗟に抑えたラナルドは困ったと言いたげにシルヴァンを呼んだ。
「シルヴァン殿。それはどういうつもりですか」
「どうもこうない。サテライト公爵家が率いる第一、第二部隊に弱者は要らん。この程度の殺気で腰が抜ける愚か者等、斬り捨ててくれる」
斬りつけられた隊員は悲鳴を上げ続け、縦に裂かれた傷口からは血が噴き出し止まらない。身体を左右に動かし痛みに耐える隊員を見つめる他の隊員達の目には微かな恐怖が浮かんでいた。自分も斬られては堪らないと腰を抜かしていた者は、己を奮い立たせ、震える足で無理矢理立ち上がった。
「よ、弱い物虐めですよあんなの!」
「第一、第二は帝国でも選りすぐりの実力者を集めた精鋭であることは事実。ルチアーノ様に面と向かって殺気を当てられて無事でいられるかはまた別の話ですがね」
「そ、それでも、入隊するだけで凄いなら、隊員が減って困るのは自分達じゃないですか!」
「更に減ることがないよう、願っておきましょう」
残っていたエマに斬られた隊員の手当てを命じ、土で即席の担架を錬成すると動ける第四部隊の隊員二人が怪我人を乗せて運んで行った。
「私闘は認めます。死者が一人でも出れば、その時点で勝負は終わりです。ルチアーノ様、シルヴァン殿達もそれでいいですね?」
「おれは構わねえよ」
「私も同意見です」
どちらも自分が負ける未来を想像していない。自分が勝つつもりでいる。ラナルドに抱っこをされているマルティーナに目をやったルチアーノは、心配そうに見つめる娘の頭を撫でた。
「ラナルドと大人しく見ていろ」
「うん。ま、負けたりしない?」
「気分次第だ」
「ええ……」
マルティーナは父という人の為人をまだ半分以上も見れていない。ルチアーノをよく知るラナルドはこの台詞が事実だとよく知っている。「移動しますよ」と声が掛かったのと同時に、転移魔法で観客席へ移動した。丁度、クリフォードの横に降り立った。
「騎士長閣下、大丈夫なんですか」
「どちらの心配ですか」
「シルヴァン様やアルジャン様は勿論、ルチアーノ卿もです。まあ、ルチアーノ卿に関しては悪い癖が出ないといいですけど」
「悪い癖?」
気になったマルティーナが会話に入った。
「お父様ってちょっと意地悪なところがあるから、第一、第二部隊の人達に意地悪しそうではある」
「ちょっとどころで済めばいいね」
新しい声がするかと思えば、第五部隊の隊長アコルが後ろの席にいた。その隣には第六部隊の隊長が座っている。
「ルチアーノ卿が怒ったところを見たことは?」
「私に、ですか?」
「マルティーナ様というか、周りにというか」
「何度か見てますよ。お父様が怒ったら、大抵皆腰を抜かすか気絶しているかのどっちかですが」
「ということは、それ以上は見てないと。見てもドン引きしてあげないで下さいよ」
「ええ……」
サテライト公爵家の兄妹や第三部隊を除いた各部隊の隊長達とは親交があるのか、皆多少なりともルチアーノを知っているようで。魔導研究所のスレイやデイヴィスの屋敷で働くテノール達曰く、ルチアーノ程気紛れで残酷で暴力的な人はいない、らしい。少なくとも子育てをしたくて創った愛娘の前では素を出していない。出して、怖がられたら大きなショックを受けると本人も分かっている為だ。
「恐らく、今は一番機嫌が悪いかと」とマルティーナを下ろしたラナルドは会場に残ったルチアーノを視界に入れて微かに本心の笑みを見せていた。
「一番機嫌が悪いとお父様は此処を吹き飛ばすちゃう、とか?」
「そこまでは。そんなことをしたら、時間回帰を使って会場を元に戻さないとなりません。そんな面倒事、自分では起こしませんよ」
さらっとラナルドが言ってのけた時間回帰は超が三つか四つ付く高等技術。第七部隊では、王国の優秀な魔法使い全員集めて使えるかどうかの魔法と話したクリフォードの説明にマルティーナは感嘆とした声を漏らした。
「お父様ってやっぱりすごい人なんだ」
「マルティーナ様の前では、ただの父親としての姿を見せているんです。マルティーナ様に怖がられないように」
「私はお父様がどんな姿を見せたって嫌いにも怖がったりもしません。お父様は私の最推しだもん」
最推しが何か敢えて誰も突っ込まなかったが、一番機嫌が悪い時のルチアーノが何をするか気になったマルティーナが再度訊ねれば、今回の場合だと両部隊をおちょくりまくる、というのが最有力候補だとアコルの見解。
「おちょくりまくる……えっと……」
「要するに、両部隊に勝ち目があると見せかけて、最後の最後で実力の差を見せつけるってやつです」
「うわ、性格悪! 知ってますけど」
「それでもまだまだ優しい方だと思いますよ」と朗らかに言ってのけた第六部隊の隊長。家族について知っている辺りルチアーノと親しくしているのだと予想。マルティーナが振り向こうとするとエマがやって来た。
「騎士長閣下、シルヴァン様に斬られた隊員の手当てが完了しました」
「さすが、仕事が早い」
「それと貴賓席で倒れていた王太子殿下とミッドナイト公爵令嬢は、医務室に搬送しました。現在、男女の隊士を一人ずつ配置し、国王陛下とミッドナイト公爵には既に遣いを向かわせています。神官長にも瘴気の件について遣いを出しました」
「ご苦労。エマ殿もルチアーノ様の暇潰しをご覧になりますか」
酷い言い草ではあるものの、エマは気にせず同意し、アコルの側に寄った。
「この後、あの怖い神官長が来ますか……?」
自分が創られた人間だと疑うラウゼスをすっかりと苦手認識してしまい、目にするだけで足が竦むマルティーナはこの場にラウゼスが来るのを怖がっている。
「マルティーナ様は神官長が苦手ですか? 仕方ありません。あの人、顔が怖いですもんね」
「あはは……」
非常に整った顔立ちをしているが生来の真面目さが表面に出てしまっているせいか、怒っていなくても顔が怖い。マルティーナが苦手の理由の一つ。
「ラウゼスが来たらぼくが隠してあげましょうか」
「できますか?」
「マルティーナ様は、まだ小さいので十分隠せますよ」
「神官長が来たらお願いします……」
避けられるのなら顔を合わせたくない。
「公爵はぶっちゃけ騎士団長の地位をサテライト家に渡しても良いって思ってますか?」
「ぼく個人で言うなら、正直言うとどちらでも良いのです。より強い方が騎士団を統べれば、王国の平和は保たれる」
実力の差で言えばラナルドが上でシルヴァンやアルジャンは下。ただ、それだけの話なのだ。
「第一、第二、それにサテライト公爵は自分達が騎士団の頂点に立ちたがってるけど、こっちとしてはごめんだね」
アコルによると、もしも、サテライト家が騎士団の全権を握れば貴族優先の青い血主義の集団と化してしまう恐れがある。先代モーティマー公爵は人格に問題はあれど、騎士団団長としての責務は一応果たしていた。サテライト公爵に代替わりすれば、まず真っ先に消されるのは第六部隊。下位貴族や平民を中心に構成される第六部隊は、主に王都の治安を任せられている。平民からの人気や信頼が高いのは、同じ目線で物事を語れる隊員の多さが特徴だ。
「偉いお貴族様は、平民街なんてまず行きたがらない。毎日の巡回を疎かにするのが目に見えてる」
「ね?」と同意を求められた第六部隊の隊長は困り顔をしつつも同意した。
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