&110.水を差す
エストファに戻ってから様子がおかしかった。誰もいない。姿が見えず、笑い声も遊び声も聞こえない。
「おーいっ、誰かー! 返事しろー! ……アンー!」
自分の声が木霊する。少し待っても返事はない。
「変ねぇ、何があったのかしら?」
「……レムレム」
こんな事は今までなかった。見渡す限り鬼力も見えない。
アンの家や運動場を見て回ったけど、やはり誰もいなかった。こんな事は初めてで頭を抱える。
「かくれんぼにしては見つからなさ過ぎるわね」
「レズレズ、レフレフ。オレはトノに乗ってエストファを回ってくる。その間家で待っててくれないか?」
繋いでいたレフレフの手を優しく解く。不安なのか縋るように手を掴む。けれどレズレズが宥めて名残惜しそうに離した。
「気をつけていってらっしゃい。何か分かったらすぐに帰ってくるのよ! 一人で解決しようとしないでアタシたちを頼る事」
レズレズに呼び鈴を渡された。これなら離れてても危険を知らせる事が出来るし、飛んで行ける。すぐに使えるように仕舞わず手に持っておこう。
「分かった、深追いはしない。だから二人も気をつけて。行ってくる」
エストファを見回って、半ば過ぎたぐらいで微かに誰かの声が聞こえた。あっちは……領地の境目の方だ!
「んぅー、しっかりしてアン!」
「もぉー、どうしちゃったのアン!」
近付くと列になって歩く小鬼族がいた。その途中に固まってるファータの姿がある。
「ポン! タン!」
ようやく出会えた鬼に安堵と喜びが隠せない。
何かを引っ張っている様子の二人が振り返る。
「あっ、レムレム!」
「助けてレムレム!」
だけど焦ったような二人に喜びはすぐに消えていった。二人が引っ張っていたのは腕だった。アンの腕を両側から引っ張っていた。
「何があったんだ?」
「分からないの」
「気が付いたらこうなってたの」
「アタシたちも列に並んでた」
「でも記憶がないの」
順に声をかけても反応がない。揺さぶってもムダだった。
でも、なぜ気付けなかったのかが分かった。別の何かで覆われたように鬼力が見えない。それはアンも同じだった。分かりやすい妖鬼王の鬼力でさえ見えなかった。
「「どうしようレムレム」」
うるうると瞳を潤ませて顔を近寄せてくる。頭が痛くてむうーっと顔を顰める。
一旦状況を整理するために家に戻りたいけど、そうすればアンを見放す事になる。すぐに戻ってくるつもりだけど、もしその間に事態が動けば……。
あーっ、身動きが取れない!
ふぅっと息を吐いて落ち着かせる。先程より冷静になった頭で思考する。
意識のない小鬼族。けれど列に並んで少しずつ前に進んでいる。流れの先に向かえばきっと事態の原因に辿りつけるハズだ。
レズレズからもらった鈴を鳴らしてからポンに手渡す。
「今レズレズとレフレフを呼んだから、四人で協力してアンを助けてくれ」
「レムレムは?」
「オレは列の先を見てくる。もしアンを助ける事が出来たら合流しよう」
「分かった! ありがとうレムレム」
「気をつけてね、レムレム」
トノに乗ったレムレムはすぐに見えなくなった。
チリンチリンと鳴っていた音が聞こえなくなるとポンの手にあった鈴が消え、レズレズが倒れていた。
「レズレズ……?」
よく見ると魘されている。呻き声も聞こえて苦しそう。ポンとタンは顔を見合せて首を傾げる。
「……とりあえず、アンを助けよう」
ポンはレズレズを放置する事にした。
「助けるって、でもどうやって……?」
「アタシにいい案があるの!」
耳を貸してと言うポンに素直に顔を近づける。コソコソと耳打ちされた内容に目を丸くする。
ニィっと口角を上げるポンにタンもつられて笑みを作る。
「オーダー」
手を繋ぐとポンが玉を掲げて鬼力を解放する。ファータは三人揃わないと唄を歌えない。けれど玉を使うことで足りない数をカバーする事ができる。
「かって嬉しい花いちもんめ。まけて悔しい花いちもんめ」
ひらひらと舞って片脚を上げる。
「隣のおばさんちょっとおいで、鬼が怖くてよういかん。あの子がほしい、あの子じゃわからん。この子がほしい、この子じゃわからん。相談しましょ、そうしましょ」
手を離してそれぞれアンとレズレズの元に行く。
「きーまった」
ポンがアンを、タンがレズレズを蹴り上げると二人の立ち位置が変わった。
「アン、アン!」
ゆさゆさと揺らすと呻き声が漏れる。なんの反応もなかったアンがピクリと動く。
「うぅ……ここは?」
「アン! 良かった、アンっ!」
目を開けたアンにポンとタンは堪らず抱きつく。
「ちょ、ちょっと何よ!? 急にどうし……もう、仕方ないわね」
震えて泣いている様子に気付いたアンはそっと抱きしめる。何があったか分からないけど、多分苦労をかけたのだろう。だから少しぐらい労わってあげないと。
「うぅーん。もぉー、一体なんなのよー……って、あら? あらあらあらぁ? やぁ〜ん楽しそうな事してるわね。アタシもま、ぜ、て」
起き上がったレズレズが三人に水を差す。レズレズを見たポンとタンの涙がすぅっと引いた。
「それで? 何があったの?」
「それがねーよく分からないの」
「アタシたちは気付いたら列に並んでたの」
今も並んでる小鬼族を眺める。
「レムレムが来てレズレズを呼んでくれたの」
「それでアンを列から離す事が出来たの」
「……どういう事?」
察しの悪いアンにポンがやれやれと肩を竦める。それにちょっとイラッとしたけど気持ちを宥める。
「アタシたちにあってアンにないもの、なーんだ!」
突然始まったなぞなぞ。手っ取り早く答えを教えてくれればいいのに、と思いながらもアンは律儀に考える。
ポンとタンと、それからレズレズにもある。なのにアタシにはない。それはおかしい。ポンとタンとはずっと一緒だった。離れた事など一度もない。一度も……いや、ある。一回だけある。
思い付いた様子のアンにポンが笑顔で頷く。
「そう! さめじぃに惚れちゃったアンが暴走して『通りゃんせ』を唄ったでしょ? その時に手に入れた天神様の御守りによって助かったと思うの」
「惚れっ……!? 違うわよ!」
ポンがアンを揶揄ってるのを余所にタンはレズレズを見る。
「レズレズはどうして倒れてたの?」
「アタシ? それが覚えてないのよね。レムレムと別れてアタシはレフレフと一緒に家に戻ったところまでは覚えているんだけど……そうだわっ。レフレフ!」
「なんだか色々起きてるのね。レムレムはどこに行ったの?」
「列の先に向かったよ。アンを助けたら合流して欲しいって」
「それを早く言いなさいよ。助けられっぱなしなんて癪だわ。アタシたちも行くわよ。ポン、タン!」
「「はーい」」
「レズレズはどうするの?」
「アタシ、は……ノーフォちゃんとさめじぃちゃんに助けを呼んでくるわ。後で落ち合いましょ!」
ファータはレムレムの後を追い、レズレズはフープでノーフォの元に向かう。けれどフープを通しても何も起きなかった。
「…………あ、あら? えっ、うそうそっ、なんで!? なんでフープが使えないの!?」
* * *
「これは……っ、レフレフ!?」
列の先を進むと開けた場所に出た。その光景に驚愕したのはほんの数秒で、そこに居るハズのないレフレフの姿を見つけたら考えるよりも先に体が動いた。すぐさまレフレフの元に駆け寄って体を抱き起こす。
「レフレフっ! 起きろ、レフレフ!」
呼びかけても反応がない。どころか、気付いてしまった。アンと同じように鬼力が見えないという事に。
「そんなっ、レフレフ……っ!」
ぎゅっと抱えるように抱きしめると次の瞬間、レフレフが光った。淡い光に目を凝らすと天神と書かれた御守りがあった。コレ、アンが暴走した時の……。
「ん……っ、レムレム?」
寝起きの、いつもより舌足らずの声で名前を呼ぶ。瞼を開けて目と目が合う。ああ、良かった。
「うん、オレだよレフレフ。おはよう」
「レムレム、おはよう〜」
腕を回してギューって抱きしめてくる。
温かい。それに、いつものレフレフだ。
「相も変わらず仲の良いことだ。ノームが集まっても意味がないというのに理解に苦しむ。少しは成長したと想定していたが、やはり期待するだけ損だったか。何一つ変わっていなくて呆れを通り越して感心すら覚える」
聞こえてきた声に心臓が嫌な音を立てる。まさか、そんなハズはないと否定する。だってアイツは、あの時確かに殺した。きっと、別の鬼なんだ。そうに違いない。
そう頭では思っても心は晴れない。レフレフも同じ事を思っているのか抱きしめる力が強まる。
恐る恐る声の方に視線を向ける。その鬼を捉えると、激しい怒りと焦りが沸き立つ。腕の中からヒッと聞いた事のない声音が聞こえ、次いで心配になるほど激しく震え出す。
「久しぶりに会ったというのに挨拶もないのか。それどころかバケモノを見たかのような反応……おかしいな。ボクの顔は前と変わっていないハズなんだが。ああ、それとも嬉しすぎて感極まっているのか。それで声が出ないと。いやあそれはなんとも喜ばしい事だ」
コレが別の鬼であるハズがない。この話し方はアイツしかいない。刻まれたGの文字も、纏う鬼力も知っている。ギリっと歯ぎしりする。
「レグレグ……!」
名前を呼ばれてレグレグはニヤリと笑みを歪める。
「調子はどうだレムレム? 王になってから幾分か変わった事もあったろう。苦労が絶えなかったハズだ。あの日の選択を後悔しているのではないかと気に揉んでいた」
「ちょうど今、史上最悪の気分になったところだ。会いたくなかったよレグレグ」
「おや。まさかとは思うがレムレムもボクの事が嫌いなのか?」
「嫌いも嫌い、大っ嫌いだ」
「なんと嘆かわしい! それではレフレフ、君はどうだ? ボクの事が嫌いか? そんなハズないよね」
名前を呼ばれたレフレフは大きく体が跳ねる。あまりの恐怖に歯がカチカチと音を鳴らす。時々息を詰まらせて、呼吸さえもままならない状態だ。
「レフレフは顔も見たくないほど嫌ってるよ」
そんなレフレフを隠すようにレムレムが腕で覆う。
「ボクはレムレムではなくレフレフに聞いているんだ。他鬼が口を挟まないでくれないか。それと、いつまでくっついているつもりかな? いい加減、煩わしいよ」
笑顔だったレグレグの顔がスっと真顔になる。次の瞬間、レムレムはレフレフとトノに乗って真横にジャンプする。
先程二人が居た場所にまた別のノームが立っている。
「っ、レクレク!?」
刀を振り下ろしたレクレクは静かにレムレムに視線を向ける。




