相殺
K2たちは訓練所に来ていた。本所からはそこまで遠いところにない。だから、歩いていくことができる。
ここまで来るのに、アシュリーが大剣を肩に担いでいたため、明らかに注目を浴びていた。
それなのに、女性陣は気にせずに楽しそうに話していた。都記菜も話に入れたようで、みんな楽しそうだった。話には入れなかったK2以外は。
訓練所に着いた時に、アクアに、話に入れてあげられなくてごめんね、と言われだが、いや、大丈夫だよ、と強がった発言をした。
訓練所はプロベイショナーと呼ばれる、つまりは見習い格の人がよく利用し、また、活動もここで行われるほどだが、他の、もっと上の格の人がここを利用してもおかしくない。
そして、今日はなぜか、プロベイショナーもいないで、かなり空いていた。人、一人と出会うのさえ難しいほどだ。
かなり大きな廊下にいくつも並ぶドア。
あらゆる訓練を行うことのできるこの施設は、スキルを上げるのにもかなり良いところであった。
アシュリーとK2は体育館へ向かった。
とても広いこの体育館は土足禁止となっている。二人は裸足になると、体育館の中に入っていった。
体育館は木でできている。
アシュリーとK2は向かい合うと、そのまま黙って立ち尽くした。
他の三人はというと、体育館の二階で眺めていた。
模擬対戦は詳しいルールが定められていない。
大体はどちらかのギブアップで勝敗がつく。それゆえ、同じくらいの力量の人同士なら、決着がつかないこともある。
これは、あまりにも危険で、過去に病院送りになった者が出たことあるらしい。
つまり、これは単純な喧嘩だ。力をぶつけて善悪を決める。ある意では戦争のようなものだ。
しかし、やはり、e波を使った対戦だけあって、トップランカー同士の模擬対戦はプロベイショナーが見に集まってくるものである。
しかし、今回は、一人もおらず、やはり、いるのは一緒に来た三人だった。
「まさか、アシュリー、それを振り回すわけじゃないだろうな」
アシュリーは先ほどの大剣を右手に持っていた。
「はあ? 何言ってるの? 模擬対戦に、大剣を使っちゃいけないなんてルールないでしょ? これは私のものなんだから、使うか使わないかは私の自由でしょうが」
なんて言ってきた。
実際、あろうとなかろうと同じことなのだが、万一あの攻撃が当たることがあれば、ただでは済むまい。三枚におろされるのは覚悟した方がいいだろう。
「じゃあ、時間ももったいないし、始めましょう。あなたからどうぞ」
そういうと、大剣を前に向け、構えた。
同時にK2は足にe波を流すと10cmほど宙に浮く。
そして、四肢にe波を流し込み、刃を作った。
「へー、そんなことができるのね。ちょっと驚きだよ。でもまあ、K2がどんな小細工を使おうと、私のスキルの前では歯は立たないけどね」
「それは俺の技を見てから言うんだな」
そう言うと、右手を弓を引くように引いた。そして、半身になると……。
背後にe波を集めて、推進力を生む。足が地面と接していないため、摩擦力が生まれない。それゆえに走るよりも速いスピードが出るのだ。
進んだ瞬間、アシュリーもまた走ってきた。大剣を上に掲げ、振り下ろす。かなり速かったが、ギリギリでその攻撃をかわすと、剣の右に入り、そして、アシュリーに向けて左手を突き出した。
「くっ!」
アシュリーは手から剣を離すと、剣の上を宙返りして跳び、剣先に着地する。そして、両手で剣を挟むようにして持つと、少しだけ浮かせ、空中で回転させた。
「もらった!」
回っている剣の横に入ると、足を振り上げ、サマーソルトを決める。
しかし、当たりそうなところでアシュリーにe波で防がれた。
そして、その場に着地すると、アシュリーは回転していた大剣の柄を握る。そのままK2の方へ大剣を横なぎ払いした。
「うわっ!」
K2はいきなりの横へのなぎ払いに、推進力を上に変えると、大剣を前宙してかわす。と同時に、右手の刃と大剣が接触し、火花と大きな音を立てた。
K2が着地すると、バックダッシュで後退し、体勢を整える。
「へー、あれをかわすなんてね。やるじゃん。私の剣を避けきれたことに関しては褒めてやろう」
「ふんっ! そんなに強気でいられるのも今だけだ!」
そう言うと、K2は右手をアシュリー向けて突き出した。そして……。
シュバッ!
右手に作っていたe波を解放し、アシュリーに向けて解き放つ。
アシュリーに向けて飛来するe波に対し、アシュリーは剣を盾のようにして構えた。
飛んでいったe波と大剣とがぶつかる。生まれた衝撃でアシュリーは少し後ろに滑った。
そして、左手の刃もまた放つ。衝撃によって押されたアシュリーの目の前に大剣越しにK2が来ると、大剣に両手を添えた。そして、e波を両手に溜める。
「なっ!」
後退する時間がないと考えたアシュリーは大剣にe波を流し始めた。
しかし、時すでに遅し。
すでにe波を十分に溜めた両手から爆発が生まれた。
それと同時に、その衝撃でアシュリーは後方に少しだけ吹っ飛んだ。K2はそれを追随して剣の柄を握る手を蹴る。
e波とe波がぶつかったことによる衝撃。球状に波紋を広げるe波。
その勢いに耐えきれなくなったアシュリーは剣を落とすと、落ちる剣の上を飛び越え、アシュリーに接近。
右手に溜めたe波を流し込むために右手を伸ばす。
「うおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
雄叫びと共に接近する。後数センチ。
その時。
バン!
という音と共にドアが開く。二人がそっちを向くと一人の影。
「やめなさい!」
この声に驚いたか溜めていたe波が消える。
そして、
「きゃあ!」
K2はアシュリーになだれ込んだ。
「いってー」
そう言うと、右手には片手で収まるほどの柔らかな弾力。
少しだけ上体を起こす。そして、状態を確認する。
押し倒したアシュリーの胸に手を置くK2。アシュリーの顔は少しずつ紅潮していく。
「なっなっなっ……」
「な?」
「なんてことしてくれるんだ、このド変態!」
そう耳元で叫ぶと、アシュリーはK2の腹に三発の蹴りを入れる。勢いで宙に浮くK2の身体を横蹴り。
脇腹に激痛。それと同時に視界からアシュリーが消える。蹴り飛ばされた。
「いってー」
そう言って立ち上がると、アシュリーは顔を赤くしながらK2を睨んでいた。しかし、声を発したのはアシュリーではなかった。
「変態!」
ユーキャンだった。
「あれは不可抗力だろ!」
「私の胸を揉みしだいておいて不可抗力なんて許されるわけないでしょ!」
そう言い争っていると、この戦いを止めた張本人がその中に割り込んできた。
「あんたらは馬鹿か! なに模擬対戦とかしちゃってるわけ? しかも、そんな大剣ありだなんて。けが人が出たらどうするつもり? 私の監督責任が問われるんだけど?」
「いや、でも、部長!」
言える言葉も見当たらないが何か言い返したいアシュリーはそこで口をもごもごさせた。
「しかも、特攻部同士の対戦とか、度がすぎるに決まってるでしょ? 特攻部部長の私の顔に泥を塗る度胸もないのにそんなことしないでくれる?」
何も言い返せない。
そのとおりであった。模擬対戦を、しかも、トップランカーの者同士であれば、ただごとじゃないと思われるに決まっている。それなのに、原因がただムカついたから。
そんなこと知られたら、部長はどんな指導をしてるんだと言われかねない。
だから、K2は素直に謝ることにした。
「すみませんでした……」
こっちを見た部長は次にアシュリーを見る。あのアシュリーですら、部長には敵わない。睨まれたことに怯えながら謝った。
「ごめんなさい」
そういうと、部長はため息を吐く。
「それなら単純にe波の強さで決めればいいでしょ」
呆れ顔でそんなことを言われたK2とアシュリーだが、実際にどう比べればいいのか分からなかった。
「どうやってですか?」
アシュリーがそう訊ねると、部長は微笑を浮かべた。
「そんなの決まってるじゃん」
そう言って部長は壁に左手を向けると、
「オープン!」
と叫んだ。すると、壁に扉が浮き上がり、開いた。
「おぉ」
つい、感嘆をもらす。
「キモっ……」
「はぁ?」
「あら、聞こえてましたか。ごめんなさいね。あなたのようなケダモノから汚い声が聞こえたような気がしたもので、つい」
「黙れ、アシュリー」
「ほら! あんたら、目を合わせれば喧嘩ばかり! ほんと、馬鹿ね。やるならさっさとやって決めちゃいなさいよ。見てて滑稽なんだから」
そう部長が止めると、しぶしぶ、開いたドアの前に行った。
そこには、腕がはめられる筒が二つあり、その真ん中にモニターがあった。
「はい、じゃあ、まず、その穴の中に腕を入れて」
そう言われると、二人はほぼ同時に両腕をはめる。
「そしたら、両腕にe波をできるだけ強く溜めて。そうしたら、モニターに数値が出るから。数値が高いほうが強いe波を出してるってことだから」
「分かりました」
そうK2が言うと、両手を意識し、最大出力のe波を溜めた。真ん中のモニターに数字が映し出される。少しずつ少しずつ数字が上がっていき、やがて、ピーという音とともに上がり続けていた数字は止まった。アシュリーもまた同時に音が鳴る。
数字は102.8。これがどんな数字を表すのかは知らないが、今はそんなことよりもアシュリーの数字の方が気になる。
「じゃあ、一斉に言ってみようか」
部長がそういうと、せーの、とかけ声を発した。
「102.8」
「102.8」
全く同じ数字だった。二人は驚いたが一番驚いていたのは部長だった。
「ど、同点!? しかも、ひゃ、102!?」
「ちっ、同じかよ」
「なんか、納得いかないわね」
二人はそんなことを言っていたが、一人だけ未だ震えていた。
「部長?」
K2は声をかけると、部長の声は震えていた。
「あ、あんたたち、何者?」
「どういうことですか?」
「だいたいトップランカーのe波の平均は50。プロベイショナーで20ってとこなのよ」
「トップランカーとプロベイショナーって、結構差がありますよね?」
「そう。1の比重が大きいのよ」
「なるほど。ちなみに部長はどのくらい何ですか?」
「私は68よ。これでも結構高いほうなの」
K2はそれでも、102という数字の大きさが分からずにいた。
「あ、そうだ。三人やってみてよー」
二人の戦いを見ていた三人に声をかけた。あからさまに嫌な顔をするが、K2が両手を合わせるとため息を吐いた。
そして、体育館に来る。
三人にやり方を教えると、その通りに行った。
ピー
三人、ほぼ同時に音が鳴る。結果が出たようだった。
「どうだった?」
K2がそう言うと三人はこっちを向いた。
「あんたたち、ほんとに化け物じゃないの?」
酷い言われようだった。聞かずともなんとなく結果は分かった。
彼女らはトップランカーのe波使いだ。かなり優秀で、e波も強いほうだ。プロベイショナーとはかなりの力量差があるだろう。
だからこそ、この反応は意外だった。
「私、58.3だった……」
そう、アクアが言った。アクアは空間系が得意だ。空間系は大規模な現象を起こすがゆえ、強いe波が必要になる。
だから、この数字は……。機械の故障さえ疑われる。
しかし、これが平均だというのなら……。
「あー、アクアに負けちゃった。私52.7だった」
「私最下位なのか」
都記菜がそう言って俯く。
「どのくらいだったの?」
「50.1……」
「いや、50が平均ならそれは平均だよ」
「でも、この中では……」
「都記菜はそれでもしっかり戦えてるし、それで見たらこの数字は関係ないと思うよ」
「そうね、そうかもね」
K2はそう都記菜をフォローした。
「ふーん、なるほど。100越えってそんなにすごいのか……」
K2は呟くように言ったが、ユーキャンは聞き逃さなかった。
「化け物ね」
「ひどいなー」
そう言い合うと、アシュリーが入ってきた。
「で、どうするの?」
「もう、互角でいいんじゃん? 面倒だし」
「そうね。なんだか、はっきりしない感じは嫌だけど」
そう言うと、みんなは帰る支度をした。
もはや、二人はこの対戦を始めた原因など覚えてもいなかった。




