いつかのために
次の日になった。
朝5時。だいぶ早くに起きてしまったK2は二度寝も考えたが、そんな気分じゃなかったため、起きることにした。
カーテンを開ける。
この行為をして、やっと夜が明けると言ってもいいほどに、カーテンを開ける前と開けたあとでは部屋の雰囲気は違う。
スッキリ目が覚めた。身体を起こして洗面所に向かった。顔を洗ってうがいをする。朝食を済ませようとも思ったが、もう少し経ってからにしようと思った。
机のある部屋に行く。
谷保のこの家はベッドと机が同じ部屋にない。つまり、個人の部屋というのは存在しない。
四人家族で、弟が一人いるが、今日はこの家には誰もいなかった。
部屋で何をするというわけでもなかった。ただ、椅子に座ってぼうっとしていた。
ふと、充電中だった調査部専用タブレットの左上のLEDが明滅していることに気づいた。
新着メッセージが来ていた。
水保駅周辺のこと
柿川の言った対処が行われた。監視部によるアイディオクス発生感知機の設置と対策部による一時的避難が昨日の午後に行われた。これにより水保駅は一時的立ち入り禁止エリアとなる。様子を見に行く分には構わないが、必ず証明証は持ってきておくように。
そのような文面だった。
一つの部署にはいくつか班がある。班の分け方はレベル別になっている。
そして、K2はトップランカーと呼ばれる、ほぼ最上位のランクであるため、部内の班もまたトップランカーが集まる班に所属している。
班には一人議長と呼ばれる班を取りまとめる人がいる。例えば調査部なら河村。例えば特攻部ならアシュリー。議長は一つの部署のみにしか所属できない。
文面を見たK2はそのタブレットの電源をきって、机の上に置いた。
そうか、動いてくれたのか。対策部、やったのはエキスパートの班か?
うちの班は呼ばれなかったからな。
K2は特別対策部にも所属している。
みんなには内緒にしているが。それは、三つの部署に所属していることがイレギュラーだからだ。
そして、今回K2は特別対策部としての要請はなかった。それにより、トップランカーの班ではないことは分かった。
特別対策部は対策部の上に存在するもので、トップランカーしか入れない。それにより、特別対策部には一班しか存在しない。
気づくと起きてから1時間経っていた。そろそろ朝食を食べようと、キッチンへ歩いた。置いてあったパンをトースターで焼く。その間に冷蔵庫にあるブルーベリージャムを出してくると、焼けたパンを皿に乗せ、テーブルの方へ運んだ。椅子に座ると、ジャムを塗って、かぶりついた。
10時になって家を出た。
この谷保の家はK2の家が経営するマンションだ。二つ建物があり、それぞれ”表”と”裏”と呼ばれるものに分かれている。表は四階建ての建物で、アイディオクス特攻隊の寮になっている。対して裏は100階建ての超高層マンションだ。入居者は一般の人も多い。
どちらもレンガ敷の壁で、赤紫色をしている。表に行くには裏を通って行かなければならない。つまり、表に住んでいるK2はどこかに出かけるにも裏を通る必要がある。
しかし、K2の目的は裏の100階だった。
1階には室内に大きな池がある。
池の中央に島があり、そこには、金色の大きな招き猫がある。その島に行くためには朱色の橋を渡るか、交互に置いてある石を渡っていくしかない。
石は転けたら池に落ちるので使う人はあまりいない。
1階には何人かの子連れの人が来ていた。
その池の近くに階段とエレベーターがある。エレベーターは70階までしか繋がっていないため、100階にはその後、階段を上らなければならない。
K2は池を通り過ぎてエレベーターに乗った。そして、70のボタンを押すとエレベーターが上に上がっていった。
途中、何度か止まった後に70階に着く。
「あら、航太くんじゃない。久しぶりね。元気にしてた?」
70階に住む平さんに話しかけられた。
平さんは明るくてお話好きなおばさんだ。小さい時から何度か100階に行っていたのだが、その時から良くしてくれている。
「はい、元気です。平さんも元気そうでなによりです」
「ふふっ、オーナーは元気?」
「ええ、元気ですよ」
「そう、よかった」
オーナーとはK2の父親のことだ。このマンションの住人とは全員仲良しで、子であるK2はよく可愛がられる。
「じゃあ、行くわね。またね」
「はい!」
そう言うと、廊下に沿って三つあるドアの一番奥に行き、その部屋に入っていった。
よし!
そう気合いを入れると、階段を上り始めた。
ハァハァハァ……
や、やっとついた、100階……。
階段を上がると見えてくるのは目の前に踊り場、左に10mほどの廊下だった。廊下は左側は三つの扉。ここまでは普通だった。しかし、左の塀は傾斜となっている。角度は約30度。その30度の傾斜1mすぎると100階から落ちてしまう。廊下の幅は50cm。
つまり、身長150cmの人がそこで寝転ぶと、たちまち塀とは思えない塀の外に体の一部がはみ出してしまう。それゆえ、かなりの恐怖がそこには存在する。
かなり危険だった。なのにも関わらず、ここの住人は傾斜の部分に洗濯物を干している。
どうして考えられなかった。
いつまで経っても変わることのない100階の恐怖を味わっていると、突然手前のドアが開いた。同時にその住人も出てきた。
「あ、オーナーの息子さんじゃないか!」
「おはようございます」
「おう、おはよう!」
50代くらいの明るい男性、佐藤さんが出てきた。
「今日は何の用で100階に?」
「いつものとおりです。」
そう言うと、佐藤さんは笑った。
いつものとおり。そう、K2はしばしば100階に来る。そして、いつも決まって空を眺めて帰る。気分転換と街の監視だ。
今日は天気がいい。雲一つない快晴だ。
「今日は気持ちがいいね」
「はい!」
「ああ、奥行く?」
「あ、はい、すみません」
そう言うと佐藤さんは扉を閉めてくれた。
通る道を作ってくれたのだ。
斜面に手をつきながら慎重に奥に行く。もはや、その姿は、地面に転がっているようであった。
やっぱり、怖い。少しずれれば落ちる。これはアイディオクスの対戦をも勝る恐怖であった。
「ビクビクしてるよ?」
佐藤さんにそう言われて笑われる。
「怖くないんですか?」
「もう、慣れたから」
慣れとかそういうものなのか? と思った。
なんとか、奥までたどり着く。
三つある部屋のうち、一番奥は誰も住んでいない。だから、K2はよくここで空を眺めているのだ。
扉の前であぐらをかいて、そこから見える景色を見る。
かなりの絶景だ。空が近いとはこのことかもしれないと、いつも思う。
見える空と、そこから広がる大きな、だけど小さな町が見える。
変わらない景色。これを眺めるK2は物思いにふけっていた。
やっぱり、あれは俺が駆除しないといけない。自分が逃がしたのだから。
そして、K2は水保駅周辺を見た。
つい一昨日だ。あの場所で遭遇した水属性巨獣型アイディオクス。強かった。でも、倒せた。みんなも言ってはくれたけれど、やっぱり、自分を責める。だから、次はこの変わらない町の風景を奴らの手によって変わることがないように……。
K2は立ち上がった。そして、また同じ格好で踊り場まで戻っていった。
階段を降りていった。この景色を残して。
1階に着くと池の前に来ていた。
K2は橋の前に来て、そこをゆっくりと渡った。
下を泳ぐ鯉は恐れを知らない。優雅に泳ぐその姿はもはや堂々としているようにも見えた。
それを見ながら橋を渡り、4mはあるかと思う大きな黄金の招き猫を前にした。
見上げる。しかし、その行動すらも意味を持たないくらいにK2は無心でいた。体も脱力していた。K2にも分かるくらいに。
黄金の招き猫を見るとK2は石の方から戻っていった。
一つ二つと石に足をおいてポンポンと渡っていく。
そして、四つ目で足を滑らせて、K2は池に落ちた。
「冷たい!」
そう叫んだ。水に落ちた音で周りにいた人達が駆け寄ってきた。
「航太くん、大丈夫?」
みんな、笑うことなく、心配してくれる。それがK2にとってとても嬉しいことだった。
「はい、大丈夫です。ご心配おかけしました。それにしても、池の水は今日も冷たいですね」
K2はそう言うとみんなは安堵の表情と共に笑った。
「そりゃ、冬だからね」
そう言って駆け寄ってきてくれた人は手を差し伸べた。K2はその手を取ると、引っ張られて、立った。服もびしょびしょに濡れてしまったため、そのまま表に行き、着替えた。
お昼になってK2は谷保駅近くの定食屋に行った。
そこで、10分程でうどんを食べ終えると、すぐに谷保駅発の電車に乗った。
目的地は水保駅。そう、偵察に行くのだ。だから、着替えたのと同時に最低武装をした。もちろん、それは、出現するかもしれない水属性巨獣型アイディオクスのためだ。
現れたら、もちろん、駆除するつもりでいた。特攻部として、それは、任務である。しかし、こうしてK2を突き動かしているのはそれだけではなかった。誰にどう言われようと揺るぐことは決してなかった。
電車に揺られていた。水保駅のひとつ前の駅に止まり、発車する。
「次は……」
アナウンスが流れる。しかし、そのアナウンスで言われた駅名は水保駅の次の駅だった。
当然だった。
水保駅周辺は立ち入り禁止区域。止まるはずもなかった。
すっかりそのことを忘れていたK2は仕方なく、その駅で降りた。そして、水保駅まで歩いた。
水保駅まで後1kmのところでテープが貼られていた。そのテープにはdangerousと書かれていた。そして、その少し奥にはe波の壁ができていた。この壁を通るにはe波を身にまとっていなければならないため、K2は体全体にe波を流した。
すんなりとその壁をくぐると、また水保駅に向かって歩き出した。
水保駅に着くと、まず、この前出現したところに向かった。
この水保駅周辺を取り囲むようにして存在するアイディオクス発生感知機がこの自然が豊かな水保駅周辺に似合うことは決してなかった。
この間出現した場所は、他の場所と比べても変わったところはなかった。軌跡も感じられなかった。
結局、日が落ちても、星が出始めてもアイディオクスは現れることはなかったため、K2は谷保の家に帰った。
家に帰ると、そこには母親がいた。
「お帰り。どこに行ってたの?」
「ただいま。水保駅だよ。ほら、水属性のアイディオクスがあそこで現れるかもしれないから。ところで今日はなんでこっちの家なの?」
「え、なんでって?」
「いや、だって、昨日は西府の家だったんでしょ?」
「ああー。いや、気分だよ」
「なんだそりゃ」
そう言って荷物を部屋に置いた。
もうすでに夜ご飯がテーブルに並べられていた。色とりどりのおかずとそして、温かいご飯。やはり、それは素晴らしかった。
K2はテーブルに席着くと、いただきます、と言って食べ始めた。
そして、母親も席に着くと同じく、いただきます、と言って食べ始めた。そして、食べている最中に話しかけてきた。
「あ、そうそう。父ちゃんが明日開発部の方に来いって。なんか渡したいものあるらしいよ」
「ふーん。渡したいものってなんだろ?」
「なんか、次のアイディオクス駆除で絶対に使えるものとは言ってたよ」
「父ちゃんがねー。まあ、行ってみるよ」
そう言うと、また食事に集中した。
食べ終わると、食器を片付けて、すぐに寝た。




