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アイディオクス~i-Deox~  作者: ヨウ化カリウム
広がる闇に煌めく光
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広がる闇に煌めく光 22

 もう、完全に夜になり、K2らは大通り外れの小さな道を進んでいた。

「おっきな家だね」

 右側を見ながらユーキャンがそう言うと四人も見た。

 そこには古い、大きな家があった。不気味さを漂わせるほどの古さと細かい繊細な彫刻から豪華さも持ち合わせている。

「こんなところにこんな家があったんだな」

 K2はそう言った。すると、いきなりヘックスがポケットから出てくる。

「アイディオクスノハンノウガアリマス」

 指していたのはちょうどその家だった。

 K2は拳銃を握り、大家を見据える。

「くそ、あの家の中に入るのは少々気が引けるなぁ。何があるか分かったもんじゃねぇ」

 そう言ってK2は四人に目で促すと、ほぼ同時に頷く。意を決して、五人は門を通った。


 塀はかなり立派ではあるが、家を囲んであるわけではなかった。家に入ると、その家の北と西は林に囲まれていて、そこには塀はない。しかも、西には裏山もあった。

 その敷地の配置構造にも不気味さがある。

 家は外から見てもその圧倒的な大きさを示していたのに、近くに来てみればそれはまるで巨獣型アイディオクスと対峙しているかのような圧迫感があった。

 五人は扉の前に立つ。

 扉は両開きで、まさしく金持ちが住んでいるかのような立派な彫刻があった。

「開けるぞ……」

 K2は恐る恐る取っ手を引きドアを開ける。

 何があるか分からないので、他四人はe波を放つ体制を取る。

 キイイイィィィィィィ……。軋むような音と共にゆっくりと扉が開かれた。

 扉の奥は数人が踊れるくらいの大きな空間があり、左右には螺旋階段がある。外見だけでなく、内装もまさに金持ちの住む家のようだった。

 K2が恐る恐る入る。

 カツッ。唐突にそんな音が足元から聞こえたので、K2は目線を下にやる。すると、さっきまで浮いていたはずのヘックスが床に落ちていた。

「どうなってるんだ?」

 K2がヘックスを拾い上げると、次はもっと大きな音が聞こえる。

 ガタン!

 音源は外からだった。何かが倒れたような、そんな音。

 それに全員が振り向くと、気付かぬうちに少しずつ扉が閉まっていた。

 辛うじて気が付いたK2はe波を放ったが、それは目の前で消える。

 それに驚愕すると、アクアもまた気づいたようで、急いで豪邸の中に入ると、そこで扉が閉じた。

 K2は扉を開けようとするが、まるで壁のようにビクともしない。この暗い家の中に、K2とアクア、二人、捕らわれたのだった。


 扉を背にして右側から物音が聞こえた。

 何かと思い、そちらに目線を向けると、千鳥足で歩く肌が紫色の男性のような者が二人の方へじわりじわりと距離を縮めている。第二症状が出ている感染者だ。

 K2は右手で拳銃を握ると感染者に銃口を向け引き金を引く。

「あれ?」

 違和感があった。その違和感をK2は覚えがある。そう、佐紀ちゃんと戦った時のあの時の……。

 しかし、そんなことはあるわけなく、K2は他の可能性をすぐに考えた。

 e波を放出する手応えはあるのに、e波がかき消されること。それに加え、ヘックスが動かなくなったことも。

 徐々に迫り来る感染者。

 K2は一旦思考を止め、感染者の方へ走り出した。K2は感染者の前で一度強く踏むと、そのまま体を捻る。飛びながら体を一回転させ、その勢いで右足で感染者の顔を蹴った。あまりの衝撃に感染者はよろけると、K2は詰め寄り、感染者の顔を掴んではe波を流し込んだ。

 感染者の動きが止まると、K2は手を離し、アクアの方へ近寄る。

「アクア、空間系スキル、使えるか?」

 アクアは頷いて、やってみる、と言うと、手を一度目一杯に開いて、やがて力を抜いた。

「変ね。e波は出してるはずなのに、展開されない。どうなってるんだろう?」

 アクアは不思議に思っているが、K2はその原因を薄々気づいていた。

 K2はヘックスを取り出す。

 さっきの駆除で直接ならe波を流せることを実証したK2はおそらく直接流せばヘックスが起動するだろうと思った次第である。

 K2はヘックスを軽く握り、e波を流す。その瞬間、ヘックスの唯一の飾りと言っていい埋め込まれたルビーが光った気がした。ヘックスが音声を発する。

「e-dフクゴウハガハッセイシテイマス。ホウシュツセイノeハハツカエマセン」

「やっぱり……」

 アクアが首を傾げると、K2はすぐに説明した。

「ここではe波が使えない状態になってるんだ。直接流すしか、感染者を駆除できない」

「私たちはそんなとこに迷い込んじゃったの?」

「そう言う事になるな。一刻も早くここから出よう」

「そうね」

 すると、アクアは周りを見渡した。

 K2はその背中に忠告するように言う。

「おそらく、めちゃくちゃ強い奴がいるかもしれない。用心して行くよ」

 アクアは不安そうな顔をしながら頷いた。

 この館内に一瞬鋭く刺すような冷たい風が吹いたような気がした。


「さっきまで全然いなかったのに、なんでいきなりこんなに増えたんだよ!」

 部屋に入ったK2とアクアに襲い掛かるのは次々と現れる感染者だった。

 二人の入った部屋には四つのドアがあり、入ってきたドアを含めない三つのドアから湧くように入ってきている。

 この館の中では放射型のe波が使えない。それは、入った時に実証済みだ。

 だから二人は必然的に体術で対処しなければならなくなる。やはり、体術だと一遍に複数体の感染者を殲滅するのは難しいので、厳しい状況に立たされていた。

 K2は右から襲ってくる感染者を足払いし、追撃して踏みつける。そこでe波を流し込み駆除すると、e波を流したまま腕を掴み、一度回転するように振り回す。

 それによって数体の感染者が薙ぎ払われた。同時にe波も流れ込み、二度と動かなくなる。

 そんな風になんとか対処していった二人は、やがて、この部屋の感染者はほぼ駆除されたところで、次の部屋に進もうとした。


 入って来たドアと反対側のドアの取っ手に手を掛ける。すると、後ろから物音がした。

 しかし、時はすでに遅く、K2もそのドアを開けてしまった。

 開けたドアの奥には感染者が二人。新たに入って来たのも二人。それぞれ、K2とアクアが対処することになった。

 K2は部屋に入ると、それに気づいた感染者が襲い掛かってくる。

「どこに行ってもいるな、こいつら」

 そう言うK2はまず右の方にいる感染者の方へ走り出した。

 感染者はデタラメに襲い掛かってくるも、K2にまんまと寄けられ、感染者はK2の接近を許す。K2は勢いのまま右手を貫手で突き出し腹部を貫通させると、そのままe波を流し込んだ。K2のすぐ目の前にいる感染者は力なく項垂れると、K2は腕を抜き、感染者は崩れるように倒れる。

 K2はすぐに次のモーションに入る。

 一体倒したからと言ってもう一体が倒れたり後退したりするはずもなく、K2との距離はもう1mもなかった。しかし、K2にはまだまだ十分対処できる距離だった。もちろん、それはK2にまだ手があったからだ。

 K2の見る世界が加速的に色が消えていく。モノクローム·アドベント。e波で身体能力を極限まで引き上げるK2最大級の技だ。あまりの負荷に目では色を認識出来なくなるため、世界が白黒に見えるようになる。

 K2は止まったように見える目の前の感染者の後ろに回り、右手で顎を、左手で脳天を掴むと、捻るように回し、e波を流し込んだ。

 同時に発動中のモノクローム·アドベントを解き、K2の見る世界にみるみる色が戻っていった。

「はぁ」

 K2が一つため息をつく

 。今まででもうかなり疲弊していたが、モノクローム·アドベントを使用して後、かなり強いe波を使ったために、体が一気に重くなった気がした。

 もちろん、だからといって休憩しているほど気楽な状況でないことくらいK2は分かっている。

 K2はアクアの様子を見るべく後ろを向く。すると、ちょうど駆除し終えるところだった。

 アクアが自分の赤く染まる足元を見渡すと一瞬目を曇らせ、ため息を小さくついてから、K2の方に駆け寄ってくる。

「きゃあ!」

 アクアが悲鳴を上げる。と同時にアクアの横から一瞬現れた人影があった。

 アクアは同じタイミングで視界からいなくなる。

 K2のいるこの部屋に入って来ようとする手前、何者かに襲われたのだ。

「アクア!」

 叫びながら走りよると、アクアのいた部屋に入るやいなや、K2の左側で戦闘が起こっていた。

 アクアの相手するのは見るに第一症状の感染者一人。さっきまでの感染者と違うのはその立ち振る舞いだ。

 今までの感染者らは無闇に襲い掛かってくる者ばかりだった。しかし、今は違う。目の前にいる感染者は戦う姿勢を取っているのだ。

 しかし、K2はこの戦いに介入することはしなかった。なぜなら、敵が一人だからだ。アクアも体術はなかなかでそう簡単にやられるほど弱くはない。そして、この戦いもアクアがすぐに終わらせてくれるだろうとそう考えている。

 ところが、そうはいかないことを戦いが始まってK2にそう示唆させた。それは、アクアが弱いのではなく相手が強すぎたからだ。

 戦闘の開始はまず感染者の方からだった。

 感染者は驚く速さでアクアに詰め寄ると感染者はアクアの腹部目掛けて下突きを打つ。辛うじてそれを交わすアクアだったが、感染者はすでに次の動きをしていた。右足でアクアの両足を払うと、体勢を崩して倒れ込むアクアを踏みつけた。

 そこでこの感染者が規格外に強いことを知るK2は目の前の感染者に回し蹴りをする。しかし、それに気づいていたかのようにすっと避けると素早いステップでK2に接近した。間合いを詰められたと判断できたK2は思いっきりバックダッシュし、距離を取る。そのため、感染者の攻撃はK2に当たることはなかった。

 K2は後ろにステップしながらK2がいた部屋に入っていった。

 二人の立場は振り出しに戻る。向かい合って構える。

 緊迫感が暗い部屋に漂っていた。

 動き出したのはK2からである。K2は前に距離を詰めると感染者の構えてる手を叩き払って左手で顔目掛けて突いた。感染者はそれを前に出ながら避けK2の左側に出ると、同時に左足でK2の顔面を蹴ろうとする。危ういところでK2は右手でガードすると、片脚立ちの感染者の足を払うべくK2の左足でその足を払った。しかし、感染者はその瞬間、その片脚で跳び、K2の攻撃を避けると、跳んだまま右足でK2を蹴った。それがK2の左の脇腹に当たり、K2は1mほど飛ばされた。

 ダメージは激しく、K2が右手で脇腹を摩するに肋骨が数本折れているのが分かる。しかし、K2はそこまで焦る様子もなかった。

 その間も感染者は近づいてきていた。

 感染者は一度体を回転させると、向き直ったのと同時に足を回して蹴る。K2はそれをギリギリで交わすと、再びモノクローム·アドベントを使った。目の前の感染者は止まったように見えてくる。そこをすかさず接近し、両腕にe波を宿し、何十回も正拳突きをした。e波は感染者に流れ、K2がモノクローム·アドベントを解くと、目の前の感染者はその場で倒れる。

「ねぇ、K2。大丈夫なの?」

 いつの間にか回復していたアクアはK2の後ろから声をかけた。

「え、大丈夫って?」

 K2が振り向いた後、そう答えた。

「だって、回し蹴り受けたとき、明らかに骨いってたじゃない?」

 K2は思い出したような素振りをしながら答える。

「あー、いや、その、体質なんだ。なんか、怪我とかすぐ治っちゃうんだ」

 とは言うが、アクアにも何かを隠そうとしていることくらい分かった。しかし、アクアはそれを言及しようとはしない。

「そう……」

 と答えると、アクアは少し休憩しないかと提案した。K2も流石に強力なe波を使う技を立て続けに使ったせいでもう歩くのすら辛かったため、その提案を受け入れる。


 キイィィィィィィ……。

 二人が部屋の中央で休んでいると急にドアが開く音が後ろから聞こえた。

「え? なになに?」

 体が一度痙攣するように跳ねると、すぐに後ろを向いた

 。アクアの方がドアに近いとこで座っていたので、K2よりも早く振り向く。

 二人は音の聞こえた方を見ると、今まで閉まっていたドアがなぜか開いていた。しかし、そこには人影一つない。

「K2、どうなってるの?」

 K2は何も答えない。アクアがK2の方に振り返ると、アクアはいきなり見てはいけないものを見たような顔をした。

「あっ、あぁ……」

 喉から掠れた声を出して、アクアは倒れる。失神した。

「おい、アクア! どうした! おい!」

 肩を揺すって声をかけるが、返事はない。

 すると、K2の背後から背筋が凍るような気配がした。K2は恐る恐る振り返ろうとする。

 しかし、視界に足らしきものが見えたとき、一瞬激しい目眩に襲われた。

 だから、K2はすぐに振り直る。

 後ろのが何者かは分からないが、黒いすらっとした足が見えた。

 ずっと、K2の背後にいるが、襲ってくる気配はない。

 ──────くっ! 流石にヤバイ!

 K2はアクアを抱え、閉まっていたはずの開いているドアの外へと逃げていった。

 K2はドアを出て右折し、廊下を走る。

 後ろからは足音こそしないが、気配は感じられた。走っても走っても、その冷たい気配は感じられる。

 K2は廊下を右折し左折し、逃げられるところまで逃げる。

 もう、ダメだと、部屋に入ってすぐにドアを閉める。

「はぁはぁはぁ……」

 肩を上下させ、ゆっくりと後ろを向く。

 暗く棚しかないこの部屋の真ん中に、長身で細長い黒い人影を見た。と同時くらいにK2は気を失う。

 それの姿をK2ははっきり見ることができなかった。


「K2! K2!!」

 肩を揺さぶられるK2はゆっくりと目を覚ます。

「う、うぅん……」

 K2は体を起こした。

 K2の視界に入ったのは、アクアの顔と、飛沫血痕がいたるところに付いた恐怖を感じさせる部屋。

「ここは?」

 K2はアクアに尋ねるが、アクアは首を振る。

「私にも分からないの。でも、起きたらここに私とK2が二人、倒れてたの」

「そうか……」

 そう言って、K2は意識がなくなる直前のことを思い出そうとした。

「そう言えば、あの黒い人影」

 K2が言うと、アクアは、気を失って以降その姿を見ていない、と言った。

 アクアは深刻そうな顔をする。

 K2は部屋の周りを見渡した。二人の後ろには扉がひとつ。それの反対側の壁の中央の下の方に縦横奥行き50cmほどの窪みがあり、そこには柵がある。それはまるで小さな檻のようで。その上には二つ、縦に手すりのような取っ手があった。銀色のアルミの合金でできた取っ手。

「ねえ、この部屋さぁ……」

 K2が話始めると、それに重ねるようにアクアが話しかけてくる。しかも、必死に。

「早く、ここから出よう? 私、もう怖くて我慢できない」

 アクアの目は潤んでいて、声も震えがちだった。今まで我慢してきたのだろう。12歳の少女にはあまりにも過激すぎる今回のミッション。おそらく、K2が思っている以上にアクアは頑張っていたとK2も思った。

「ああ、すぐに出よう。多分、出口はあの扉しかないと思う」

 そう言って、唯一の扉であるそれを二人は見る。

 その時、ガタンという音がドアの反対側、つまり、小さな檻から聞こえてきた。

 その音にアクアだけでなくK2も体を跳ねさせて驚く。

 二人はそれを見ると、いつの間にか小さな檻の中の床がなくなっていた。と思うと、下からまるでエレベーターのように、歌舞伎や能の舞台の奈落のように、犬のような生き物が三匹姿を現した。

 その生き物はまるで飢えているかのように、いや、むしろ、ウイルス属性寄生型アイディオクスに感染したかのようである。

「まさか……」

 K2はウイルス属性寄生型アイディオクスに感染したという可能性を考えた。

 少しずつ柵が開いていくのをK2は感じると、すぐに起き上がって檻の方に走っていった。

 二つの手すりを掴んで柵の縁を足で押さえ、どうにか開かないようにすると、すぐにアクアの方に顔を向けて叫ぶ。

「早く、どうにかそのドアを開けるんだ!」

 アクアは意を決して大きく頷くと、すぐにドアの前まで走った。

 アクアはドアノブを捻り、押し引きしてドアを開けようとするが、どうにも鍵がかかっていて開かない。

「アクア、開きそうか?」

 K2が叫ぶが、アクアの返答は、いいえ。

 檻の中の生き物は柵から顔を出してK2に噛み付こうとしているが、ギリギリで届かない。K2の腕も少しずつ限界に近づいていた。

 その時、K2の右ポケットに何かが動いた。それを感じた瞬間、ヘックスが出てくる。

「ホウシャセイノeハ、シヨウカノウデス」

 いきなりヘックスが動き出したことにK2は驚きと不思議を同時に感じるが、すぐにこの危機的状況を脱出する光が見え、K2は笑みを浮かべた。

 K2は手すりを掴んで柵を足で押さえたまま、檻の中に空間系e波を展開する。すると、さっきまで暴れていた犬のような生き物は全て音もなくゆっくりと倒れて、動かなくなった。

 それを確認したK2は手すりから手を離し、アクアの方へ歩み寄った。

「アクア、空間系のe波が使える」

 アクアは振り向いて、やってみる、と言うと、鍵穴にe波を流し込んで解錠を試みる。すると、いきなり部屋の横の壁が開いた。と思うと、そこから感染者が数人出てくる。

「アクア、早く!」

 K2はそう叫ぶと腰の拳銃二丁を取り出し、速射した。e波が命中した感染者は倒れるが、殲滅しきれず、少しずつ距離が詰められる。

「開いた!」

 カチャという音と共にアクアがそう言うと、すぐにアクアは扉を開ける。

 K2は感染者を近づけまいとe波を放っていた。

 そのまま、二人は扉の外、廊下に出て扉を閉めた。

「走るぞ!」

 その部屋から一刻も早く遠ざかるために二人は廊下を走る。後ろからはさっきの部屋の感染者が追いかけて来ていた。

 腕時計型のウェアラブル端末は電波が通っていない。その為、K2は浮遊しているヘックスを掴むと、緊急事態であることを伝える電波を発するように設定し、廊下の隅にあった小さな穴から外に投げ出した。

「K2、この後どうする?」

「一刻も早くここから出よう」

 そう言ってK2は廊下の窓を開けようと試みた。

 しかし、窓は錆び付いて動かない。そこでK2は窓の縁にe波を流し、酸化した金属を還元させた。

「K2、感染者が来た!」

 アクアがそう叫ぶのと同時に窓を押し開けたK2はアクアの手を引っ張り、窓から外に出た。

 窓の外は窓の下のあたりから太い木が根を下ろすように一直線に地面へと斜めに伸びている。その下には植木があり、冬だというのに青々としていた。木の中央にはなぜか包丁が付いていて、これは地面の方、外側を向いている。

「アクア、大丈夫か?」

 K2はアクアの手をゆっくり引っ張る。

「うん、大丈夫」

 そう言って慎重に窓の外に出ると、アクアは窓を閉めた。大木を伝って下に降りると、K2は包丁を内側、館の方に向けて付け変える。

 K2はその時初めて自分が館のどの辺にいるのかを知ることとなった。目の前には広がる裏山。左側には塀が見える。その奥にはユーキャンを始めとする館に入れなかった者だけでなく部長数人の顔もあった。

「おーい!!」

 K2は手を振りながら叫ぶと、それに気づいたユーキャンたちは駆け寄ってくる。

 その頃、追いかけてきていた感染者は窓を開けようとせず、その場に立ちすくんでいた。


 二人は木から飛び降りてユーキャンたちの方へ駆け寄る。

「大丈夫だった?」

 ユーキャンが心配そうに問いかけてくるのに、答えたのはアクアだった。

「うん、なんとか。ホントに大変だったけど」

「そっか。私たちもなんとか中に入ろうって試みたんだけど、どうにも入れなくて……」

「いや、入らなくて正解だったと思うよ」

 ユーキャンとアクアが話している間、K2は部長に館内の状況を伝える。それを聞いた部長は実際に体験してないにも関わらず、少なからず恐怖していた。

「早めに対策を打つ必要がある。この件に関しては我々調査部の部長に任せてくれ」

 K2は、はい、とはっきり答えたが、部長が去った時に思ったことがあった。

 ──────あの人、調査部の部長だったんだ……。エキスパート格かな……?

 ということ。うっかり、あなたは誰ですか? と言ってしまいそうになったK2だった。

 K2は上を向く。いかにも今から一降りきそうな分厚い雲に覆われていた。

 その時、K2は違和感を感じる。いつも首にかかっているはずの物がないのだ。首周りは紐がある感覚がない。

 K2は首の下あたり、胸の上あたりを触ってみた。しかし、やはりそこにはなかった。父親からもらったあの笛が。アイディオクスを誘導するあの笛が。

 しかし、K2はいつ落としたかも記憶になかった。

 そして、妙に心臓の鼓動が早くなるのだった。

 そんな時、不意に後ろから話しかけられる。タイミングがタイミングなのでK2は一瞬体をビクつかせた。

「なあ、K2。これはさっき入ってきた情報だ。館内でその事を知っているかもしれないが……」

 深刻な顔をして海が話しかけてくる。深刻な顔をしているのは海だけではなかった。古阪にユーキャン、アクアまでもが暗い顔をしている。

 K2の胸騒ぎはまだ治らない。それどころか、さっきよりも強さを増していた。

「どうした?」

 だからこそK2は緩やかな笑みを浮かべて優しくそう応えた。

「航ちゃんたちがこの館に入ってる間、アシュリーが拐われたらしいんだ」

「え?」

 その言葉を聞いたK2は緩やかな笑顔がフリーズする。K2はそれを信じることができなかった。

 アシュリーの強さをよく知るK2だからこそ、K2はその情報が嘘なのではないかとそう思う。

「聞くに拐ったやつはフードを被っていたらしい。あまりに強く、e波が効かないんだとか……」

 それを聞いた瞬間、K2は背筋が凍るようだった。フリーズした顔は徐々に真剣になっていく。まさかとは思ったが、K2はそのあとまた追い討ちをかけられる。

「これは行動を共にしていた和也の情報だ。和也はこんな嘘をつくはずがない。冗談だと思いたいが本当のことだろう。まさか、議長がな……」

 この場にいる全員が押し黙る。誰も何も言うことができなかった。

 K2は強く歯ぎしりする。悔しくてたまらなかった。

 K2は一度深呼吸をして話を再開する。

「それは……拐われたのはアシュリーだけか?」

 答えたのは海ではなく古阪だった。

「どうも違うらしい。後攻班や護衛班でも数人行方不明になったものがいるって」

「そうか……。それはいつ頃だ?」

 K2はふと夜夢の言葉を思い出してそう聞いた。日入る時、狂奏にて私は目覚める。という言葉を。

「それも全部日が暮れてからの話らしい」

 K2は前髪を右手で掴んで下を向いた。

「そうか、分かった。教えてくれてありがとう」

 それだけ言い、ヘックスを拾いに行くべくその場を去った。


 K2は自分を責める。なぜなら、今回の作戦の考案者はK2だからだ。オノラリーナイトの称号をまたしても恥じたのだった。


 K2が部長らのところに戻り、やがて無事な者たちも戻ってくると作戦は終了する。

 夜9時50分のことだった。

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