広がる闇に煌めく光 21
目の前に土手が見えた。ここまであの窪み程荒れている場所はなく、比較的楽に来ることができた。その為、少しだけ気が緩んでいた。
土手の手前には大通りが通っている。川に沿っている道だ。この道を東に行けば、やがて、南北に伸びる大通りと交差し、そこでは南側に谷保町と西府都市を繋ぐ橋が見える。
K2はそのまま大通りに出ようとする。その瞬間、一瞬道路をなぞるように右から左へと水の線が流れた。しかも、かなり強力な。K2はそれに見覚えがあった。そう、長期休暇前、入院前に何度か。まさかと思い、大通りに出る曲がり角の塀に背中をつけ、拳銃を握った。
今までに、同じアイディオクスが現れたという事例は存在しない。もちろん、ウイルス属性寄生型アイディオクスは別であるが。だから、K2は大いに驚いたのだ。半信半疑でいた。しかし、同じ班の月鎌や古坂に聞いても、やはり、今のはあの水属性巨獣型アイディオクスの水ブレスに似ていたのだった。万一、駆除に失敗していたらということも考えたが、あの状態であのアイディオクスが死なないはずはなかった。それに、隊の方でもあのアイディオクスは駆除されたことになっていた。
K2はあらゆる感情に押しつぶされそうになる。
「はぁー」
一つ大きく深呼吸をすると、腰を据えた。
「よし!」
そう言ってK2は月鎌と古坂とアイコンタクトを取る。
そして、勢い良く曲がり角を飛び出した。道の端で二丁の拳銃を構えて立つ。
「なっ!」
K2は目を疑った。そこにはやはりあの水属性巨獣型アイディオクスがいたからだ。サイズは知っているのよりかは一回り小さかったが、姿形はあのままだった。道の中央に佇んでいる。
K2は引き金を引こうとする。しかし、その途端、アクアの声が聞こえた。
「あれ? K2?」
その声にK2は硬直する。目線を下ろすとそこには一人の少女が手を振っていた。
「え? アクア?」
ようやく口を開いたK2はしかし、未だに拳銃を構えたままだった。
「これ、どういうこと?」
少し低めにK2はそう言うと、近寄ろうとしたアクアは足を止めた。
「私の新技。ほら、すぐそこに川があるでしょう? そこの水を使って空間系のe波で操ってるの。ここまでできるようになるのにすごい時間かかったんだよ?」
そんな風に言ってアクアは近寄ってきた。
「え? これ、アクアの技?」
K2はまた驚く。当然だった。ここまでやるにはかなり強い e波が必要なのだ。そして、繊細さや器用さなど、他にも様々な要素を兼ね備えないと実現できない。それを今ここでアクアは成し遂げているのだ。これは偉業と言ってほかならなかった。
アクアは近寄ろうとしたが、すぐに止まる。そして、右手を真っ直ぐ上に挙げ、下ろした。すると、そのアクアの作り出したその水の巨獣は真っ直ぐ水を吐く。K2の横1mを通り後ろの方へと伸びていった。K2が振り返ると、ちょうど感染者に直撃し、吹き飛ばされていた。
アクアはそれを確認すると走ってK2の前に来る。
「すごいな」
アクアは満面な笑を見せる。
「ありがと」
そして、アクアが周りを見渡すと、K2に問いかける。
「そっちはどう?」
K2は頷く。
「問題はない。そっちは?」
「特に何もなかったよ。多分K2たちほど大変な事になってない」
そう言うと、アクアはハンカチを取り出した。それを、e波によって生み出した水で濡らし、K2の顔についた血を拭き落とした。
「あ、ありがとう……。ところでユーキャンは?」
少し照れたK2は話を切り替える。その意図に気づいたアクアは笑顔になりながら、川を指さした。
「あそこにいるよ」
そう言った途端、一瞬だけ土手の向こうに魚のヒレのようなものを見た。
「えっ? 今の何?」
そう言ってK2は土手を駆け上がった。アクアもまたついて行く。
土手を上がり、そこで見たもの。それはいつもある川に一つ見慣れないもの。ボードの上に帆が縦に伸び、そのボードの上に一人立っていた。
「ユーキャン、何やってんの? あれ、ウインドサーフィン?」
アクアがユーキャンを見ながら話す。
「そうらしいよ。私もユーキャンがウインドサーフィンできること知らなかった」
川辺には数体の感染者がいるが、ユーキャンが川を下る度、次々と端から倒れていく。
「もしかして、あのボードとセイルって、あの剣?」
K2が驚き気味にそう言うと、アクアが頷いた。
「私も、あの剣がサーフボードとセイルになったときは驚いたよ」
二人は笑う。そして、K2はまだユーキャンを凝視した。すると、違和感を感じる。風が全く吹いていなかったのだ。つまり、風と川の流れで推進力を得るウインドサーフィンが風の吹いていないところで川の流れだけでは有り得ない速さで下っていたのだ。しかも、髪が若干なびいていた。そこでK2は気づく。
「なるほど。空間系スキルか。あいつ、上達したな」
空間系スキルを利用していたのはなにもウインドサーフィンの原動力だけでなく、川辺の感染者を駆除するのもまた空間系スキルによるユーキャンの攻撃だったのだ。
K2がそう言うと、アクアも納得する。
やがて、川辺の感染者が全員倒れると、ユーキャンは静止した後、K2やアクアの近くに来た。しかし、ユーキャンはボードから降りることはない。
「K2、いつの間に来てたんだねー!!」
ユーキャンは手を振りながらK2に向かって叫んだ。K2はそれに応える。
「そっちはどうだー?」
ユーキャンは笑顔のまま答えた。
「特に問題ないよー!」
K2はこの後どうしようか考えた後、答えた。
「そのまま俺らはお前らの班と合同で東進する。だから、ユーキャンもそのまま下ってくれ!」
そう叫ぶと、ユーキャンは敬礼して、帆を持って操った。K2はアクアを見ると、アクアは真剣な顔で頷いた。それを確認すると、K2は後ろを振り向き、道路にいるはずの月鎌と古坂を見た。すると、二人の周りには四人ほどの感染者が倒れていた。K2は慌てて土手を降りながら謝る。
「まったく、しょうがないな」
古坂が笑いながらそう言うと、今のこと聞いてたよ、了解、と言った。
これより、アクア、ユーキャンとK2、月鎌、古坂の合同班の進行が始まった。
日も落ち、辺りが暗くなってくると、流石のユーキャンも川から出ていた。真冬のこの時期に日が陰るとかなり寒くなってくる。曇っているために晴れているより暗く感じる。大通りを五人横一列になって歩く。遠距離の感染者はK2とアクアが対処する。近距離戦に陥ると、他の三人が対応した。難なく、体系も乱れることなく東へ侵攻していく。
徐々に暗くなっていく。5:30である今、夜が広がっていくのが早かった。
K2は左側の曲がり角から一瞬キラッと光る何かを見た。その瞬間、その何かがK2達へ飛来してきていたのに気づく。
K2はすぐさま、拳銃のカセットを取り替えた。そして、飛来してくる物体に銃を向け、引き金を引く。拳銃からは五人の前にe波壁が展開された。すると、そのe波壁に一本のナイフが当たり、地面に落ちる。K2はすぐにその曲がり角に向けて左手の拳銃で撃った。しかし、手応えはない。K2は走ってそこに行くがそこには何もなかった。
「K2、このナイフ……。この曲がり角から私たちのいたところまで10mはあったよ。この距離を正確に投げられるなんて……」
アクアがナイフを手のひらに載せ、それを見ながら言った。
確かにアクアの言うとおりであるとK2は思う。理性を失い、襲うことしか頭にないウイルス属性寄生型アイディオクスがこんな器用なこと出来るだろうか?
そう考えると、K2は一つ思い当たる節があった。K2は恐怖する。そして、少なからず隣の四人も同じだった。
すっかり日も暮れ、街灯の明かりだけが道を照らすようになった。アスファルトはどこまでも黒く、光さえもかき消してしまうかのようだった。
しかし、未だに任務完遂の知らせがないため、K2を含め、今回この任務に当たっている全ての者は今も尚任務続行中だった。
川で合流したK2ら一行はその後も西へと進行していったが、途中、小路に入ったところで、少し広めの公園に来ていた。
流石に午後明るい時からずっと緊張の中にいるわけだから、疲れが顔に出ている。だから、この公園で少し休みを取っていた。
配られていたウェアラブル端末で本部、この場合は部長と連絡を取り続けていた。ここまでで、大きな被害情報は聞かされておらず、今回の任務も順調に終わるかのように見えた。もちろん、だからといってK2は気を抜くわけはない。
K2は遊具に座りながら上を見ていた。
「航ちゃん、大丈夫?」
月鎌海が声をかけてくる。K2の幼馴染みでよく遊んだ仲間である。それゆえに、こうして気遣ってくれる。その行為にK2もまた気が楽になった。
「大丈夫。ありがとう」
そう言ってまた空を見上げた。実のところ大丈夫なんてのは虚言だった。
K2がこれまでに駆除した感染者の数はとうに100は超えていた。感染者は元は人間である。それゆえに自分は殺人をしていると思い込んでいた。そんな罪悪感も持っていた。しかし、今のK2はそれすらも感じなくなっていたのだ。感染者を駆除することに罪悪感も抱かなくなっていた。抵抗などすでになくなっている。無心になっていた。K2はそんな自分自身に恐怖こそ抱けずにいるのだった。
空を見てもなんとも思わない。
引き金を引いてもそれだけの行為のようにしか感じられない。
ただ一つ、そんなK2にも状況判断をするほどの冷静さを残してあることが何よりの救いであった。
空は曇り、月どころか、星一つすら見当たらない。今日はそんな夜だった。
K2は遊具の向こうにチラっと人影を見る。腰の拳銃に手を添え凝視すると、音がしたのはK2の後ろからだった。
「K2、いるよ」
ユーキャンが声をかける。ユーキャンもまた剣の柄をしっかり握っていた。そこで、ヘックスが出てくる。
「コノユウグヲカコムヨウニヤク40ノカンセンシャノハンノウヲカクニン」
その言葉にK2は衝撃を受ける。
「40……」
その言葉と同時に茂みから、木の陰から次々と感染者が現れた。K2は遊具の上から360度の範囲で的確に拳銃で撃ち倒していった。
しかし、あまりの数にK2はとうとう遊具から降りて、公園の東側に行った。
「くっ!」
一人で一度に数人を相手するK2は疲れから動きも鈍くなっていた。
次々と襲いかかってくる感染者に、K2は疲れや反応の遅れから強いe波を出せずにいた。感染者に半径1mの範囲に立ち入られる。
「いやー!」
不意に右から少女らしき声が聞こえた。左から接近してきた感染者の脳幹にe波を放つとすぐに声がした方向を向く。すると、そこには必死に走る小さな女の子の姿があった。その後ろすぐには感染者が走って追いかけている。もうすでに感染者は攻撃体制に入っていた。
もう一刻の猶予もない。この危機的状況にK2の疲れは吹き飛ぶ。
K2は拳銃のグリップを握りながらe波を放つ。e波はK2を中心に全方位に拡散していき、周りの感染者を吹き飛ばす。
そして、走る女の子の方へと走り出す。しかし、感染者はすでに上げた右手を振りおろしているところだった。K2は右手の拳銃を感染者に向ける。しかし、間に合いそうになかった。
その時、K2の上斜め後ろから弾丸のような黒い影が一瞬見えた。と思うと、次の瞬間、女の子の姿が消える。K2はそのまま引き金を引き、感染者を撃ち抜く。
K2は見渡す。すると、K2の左の方に立っている街灯の下にさっきの女の子と、黒いドレスを着た長髪の少女が立っていた。少女は女の子に話しかけると、K2のところに駆け寄って来た。
すると、次の瞬間、世界が色褪せた。もうすでに近くに走り来ていた感染者は動きを止めている。吹く風すら止まり、木々のざわめきもその一瞬で沈黙へと変化した。
そのあまりにも急すぎる予兆のなかったこの現象にK2は動くことができなかった。少女は依然としてそこに立っている。
「今宵、星なき暗き夜。騒がしいわ」
少女は話始める
「日照る時、静寂の中、私は白昼夢の中。日入る時、狂奏にて私は目覚める。ゆえに私、ここにあり。私の名は月影夜夢。その子を守りなさい。……新生オノラリーナイト」
K2は押し黙る。夜夢は街灯を背にする。夜夢の正面には数人の感染者が動きを止めていた。
「暁」
静かにそう言うと、感染者の後ろに鈍い赤い光が出現した。夜夢は右足を一歩前に出す。
「影踏み」
いつの間にか、夜夢の右足には感染者全員の影が伸びていた。すると、次の瞬間、感染者はバタバタと倒れ出す。
「まさか……」
K2は噂の範疇で聞いたことがあった。ある色の波長を特定し、その波長だけにe波を流すことができる者がいるという話を。原理としては不可能ではない。しかし、それはあまりにも繊細で高難度なもので、それをできる者がいると信じていなかった。
これだけでもかなりの驚きだというのにも関わらず、夜夢の妙技はまだ終わらない。
「夢喰い」
すると、感染者は一斉にすくっとその場で立ち上がった。立ち上がり、その場から動かない。
「藁人形」
夜夢に操られている感染者は全員、夜夢に背を向けた。まるでパペッターとパペット。
「行きなさい」
夜夢が命令すると、感染者は動き出した。同時に色褪せた世界に色が戻る。茂みの中から現れた感染者はこちらに走ってきた。が、それを阻止したのは夜夢が操った感染者だった。どちらの感染者も暴れるだけ暴れる。しかし、優勢だったのは夜夢の操る感染者だった。体の部位を引きちぎり、あらぬ形にしていく。その景色にK2はただ女の子に見せまいと、女の子の目を覆うのに必死だった。
その場は一瞬にして惨状になった。すると、夜夢が操る感染者が唐突に倒れ出した。なんだ? と思ったK2が凝視していたら、その瞬間、感染者らが争ったその場所に転がる体なりが一瞬にして消えた。夜夢が空間系攻撃性e波で消し去ったのだ。すると、夜夢はK2に体を向ける。
「また会いましょう、新生オノラリーナイト」
それだけを言い残すと、一瞬世界が真っ暗になった。と思いきや、すぐに世界に色が戻る。しかし、そこには夜夢の姿はもうなかった。しかし、姿を消したのは夜夢だけではなかった。一緒に辺りにいた別の感染者も消えていたのだ。やはり、四人は困惑した。
その後、K2は女の子を後攻班に託すと、先攻班である四人は次へ進んでいった。
夜はまだ始まったばかりであった。




