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アイディオクス~i-Deox~  作者: ヨウ化カリウム
広がる闇に煌めく光
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広がる闇に煌めく光 18

「優人くん、ちょっと休憩しよう?」

 ユメは優人にそう言う。肩を持たれかけ、体だけでなく、全てを優人に支えてもらうように、ユメは心身を優人に預ける。

「いいよ、そこのベンチでいいね?」

 ユメは明るく頷いた。

 野外に設置してあるベンチに腰を掛ける。それでもなお、ユメは優人から離れることがない。そして、優人も、それを良しとしていた。

 ユメは幸せであることを自覚する。あの、映画に行ったあの日に、優人からの言葉を受け入れた日から。好きだって言葉に快く頷いたあの日から。楽しかった。例え、話がなくても、近くにいるだけで、私を見て、守ってくれているだけで、それだけで嬉しかったし、楽しかった。

 ユメはそんな風に思う。恋は盲目というが、ユメはそれならそれでいいと思っていた。それが、もう「自分自身」なのだから。ユメにとっては、もう、優人がいてのユメであり、恋をしているのがユメ自身であるからだ。

 ユメは周りを気にすることなく、優人の肩に頭を乗せ、笑みを見せていた。ユメは目を瞑る。そして、優人の手を握った。

「……優人くん」

 ユメは呟く。優人の返事はない。優人はただ握った手を軽く握った。

 ゴオオオォォォォ……。

 微かにビルの間を吹き抜けるような低い音が聞こえた。ユメは気にしない。しかし、優人は別だった。優人の体は強ばる。それをユメは気づいた。

「優人くん……?」

 ユメは顔を上げ、優人の表情を見る。優人は前を見たまま、真剣な顔をしていた。ユメも釣られて前を見る。すると、20m先に男の人が立っていた。しかし、様子がおかしい。なんだか、正気がないというか、まるで死体が歩いているのような、そんな人がこちらへ向かって歩いてきていた。しかも、フラフラ歩いている。服は粗末で、ところどころ破れている。見た目は正直、人間離れしていた。

「優人くん、あの人少し様子がおかしいよ?」

 しかし、優人は依然として厳しい顔のまま。すると、優人はユメの肩を持って向かい合わせになる。

「ユメちゃん。いい? よく聞いて。あの男は危険だ。ユメちゃんはここから動かないでいてくれ」

 その顔はその声は見たことがないほど真剣で、ユメは驚くことしか出来なかった。

 優人は肩から手を離し、持ってたカバンから黒い50cmほどの棒を取り出す。優人はそれを見て一瞬ためらったあと、意を決してから、それを構えた。そして、男の方へ走り出す。10m先まで近づいて来ていた男は優人のその動きに反応していきなり俊敏になった。

 男は優人に向かって走り出す。走っていた優人は急停止し、相手の横に入る。勢いのまま、優人は手に持つその棒で男の首の後ろを叩く。よろけた男は、しかし、持ち堪え、振り向いた。その反応に遅れた優人は構え直すものの、男の攻撃は交わすことができなかった。男の尖った爪が優人の右腕を掠った。しかし、それは思う以上に深いものだった。服は破れ、血が滲む。

「くっ、やはり、e波が使えないと辛い……」

 傷の痛みに耐えながら、優人は攻撃したあと硬直する男の顎を左手に持ち替えた棒の柄で殴った。

 男は脳しんとうを起こし、膝から崩れるように倒れていった。

 無事解決と見え、ユメは駆け寄ろうとする。しかし、優人は地面に膝をついてから、叫んだ。

「ユメちゃん、逃げて!」

 どういう意味なのか分からなくなったユメはその場で止まる。

「え? でも、優人くん、傷が……」

 しかし、優人はそれを聞かない。先ほどと同様、いや、それ以上に真剣な顔で優人は叫んでいた。

「ユメちゃん、逃げて! 早く!」

 その真剣な顔に、ユメはどうしたら良いのか困惑する。

「ユメちゃん、逃げて……ユメを……殺す」

「え?」

 優人は一瞬、怖い顔をしながら恐ろしいことを言った。それに、ユメは涙する。泣きながら、一歩小さく後ずさる。

「ユメちゃん、逃げて! ユメを殺す……」

 最後の言葉がはっきり聞こえるようになった。ついに、ユメは声を抑えながら、流れど流れど止まることのない涙を流した。

「優人……くん?」

 優人の顔色が少しずつ、さっきの、その優人の横に倒れているその男と同じようになってきているのにユメは気づいた。

「ユメちゃん逃げて! ユメを殺す……。ユメちゃん逃げて! ユメを殺す……。ユメちゃん逃げて! ユメを殺す……」

 ユメは一歩また一歩と後退していく。

「い、いや……いやぁ……」

 口元を手で抑え、泣きながら後退する。

「ユメちゃん逃げて!」

 それを合図にユメは後ろを向いて最初はゆっくりと、そして、少しずつ走る速度を上げていき、やがて全速力で走り去る。

「ユメを殺す、ユメを殺す、ユメを殺す」

 ユメの背中、ずっと後ろでそれを聞いたが最後、優人の声は聞こえなくなった。


 ウイルス属性寄生型アイディオクスの感染者を助ける方法が分かったということで、研究部に顔を出したK2はその帰り、谷保駅を降りて、帰路をゆっくりと歩いていた。オノラリーナイトの名誉と責任の重みについて。下を見ながら歩く。アスファルトは固く、黒く、意地悪な冷たさを発して、靴の下を這っていた。ずっと遠くまで。

 前を見ずに歩いていると、突然、すごい勢いで人とぶつかった。K2は辛うじて踏みとどまったが、ぶつかった人は尻もちをつく。そのぶつかった人は、K2と同じくらいの年の女子で、なぜか、酷く泣いていた。

「すみません、大丈夫ですか?」

 K2は手を伸ばす。すると、その少女はK2が肩掛けしていたカバンについているアイディオクス特攻隊の隊マークを見た。そして、差し出したK2の手を両手で握る。

「アイディオクス、特攻隊の人ですねっ? うっ。たす、けてくださ、い。優人くんが……優人くんが……!」

 嗚咽を含むその言葉がK2に必死さを伝えた。

「優人くん……? 優人って……」

 そう言うと、K2の目の前に見えたのは、変貌した男だった。フラフラしながらもかなり速いスピードで走ってくる。

「大丈夫、必ず助けます」

 そう言って少女の肩に手を置いて安心させると、手を離し、カバンからe波専用機器の拳銃を取り出し、カバンを置き、走ってくる男の方へと歩き出した。

「ヘックス。あれはウイルス属性の感染者で合ってるか?」

 ヘックスはK2の周りを飛びながら、ハイ、と言った。

「ヘックス」

 そう言うと、ヘックスはK2の前に来る。そして、それに手を添える。e波を発し、ヘックスに流し込んだ。それを受け取ったヘックスは少し強めのe波を放つ。男に向かって放たれたそのe波に男が当たると、動きが止まった。

 放たれたe波は、筋肉を一時的に硬直させる性質を持つもの。水の伝導性が比較的低いため、e波を使えない者に使っても、致命傷になることはない。正確には、筋肉細胞を緊張させるというものであり、常に力の入った状態になるため、このe波の効力が切れたとしても、動物の場合、疲れてあまり動けなくなるのがほとんどだ。

 男は、筋肉が硬直し、動けない状況にいる。その間に、K2は走り、一気に距離を詰めた。やっと動き出せたと見えた男は、疲労によって倒れ込む。その隙にK2は先程父親からもらった、対ウイルス属性寄生型アイディオクスの専用カートリッジをセットした拳銃を構えた。

 ウイルス属性寄生型アイディオクス感染者を助け出す方法。それは、初期症状の時に、ある一定の強さのe波を脳に流し込むこと。それは、少しでも強ければ、感染者ごと殺してしまうし、弱ければアイディオクスを消滅させることはできない。その加減がかなり難しいとのこと。

 そこで、父親はK2に気を利かせて、その、ウイルス属性寄生型アイディオクス用の専用カートリッジを作り、渡したのだった。ウイルス属性だけを殺す適当な強さのe波を放つことができるというもの。

 これらが、K2がこの男と出会う前にあったことの話である。

 K2は容赦なくその拳銃を倒れた男の後頭部に突きつけ、引き金を引いた。男の体は一回跳ねるように電撃が走ったように痙攣すると、それ以降動かなくなる。

「ミッションコンプリート。オツカレサマデス」

 ヘックスがそう言った。

「優人くん!」

 女の子は叫んで駆け寄ってきた。倒れている男の顔色は良くなっていき、顔にあったシワも消えていく。

「優人くんは? 優人くんは?」

 少女は倒れた男の肩を揺らしながらK2を見て目で訴えかけてくる。K2は笑ったまま、

「大丈夫。今寝てるだけだから、起きるまでそっとしてあげて」

 涙目のまま、少女は一つ頷いた。K2は近寄り、ウイルス属性寄生型アイディオクスを駆除した男を抱え上げ、近くのベンチに寝かせた。顔色が戻り、人間らしくなった男の子、優人がベンチで寝ている横で、少女は膝をついてベンチの端をずっと持って、顔色を見ていた。目が覚めるのをずっと待っていた。


「う、うぅ」

 優人が目を覚ます。意識朦朧とした中で、優人は首を動かす。

「ユメちゃん……?」

 目が覚めるまでずっと待っていた少女は再び泣き出した。

「よかった。よかったよー!」

 そう言って、少女は優人の腹のあたりを抱きつく。優人は上体を起こし、周囲を確認した。

「あれ、俺……」

 すると、優人の視界にK2が入った。

「あれ、柿川?」

 K2はベンチから1mほど離れた場所で純粋な笑顔を浮かべたまま立っていた。

「よお、体調はどうだ?」

「ああ、そうか、なるほどな。うん、結構いいよ。柿川、悪いな」

 K2は優しい笑顔を浮かべた。

「ところでその子は?」

 優人は腹に抱きついてきている少女の頭の上に手を乗せる。

「琴沢ゆめ。俺の彼女」

 K2は少女を見ると、ひとつ微笑を浮かべ、ふーん、と頷いた。すると、ユメは顔を上げ、優人にK2との関係について聞きたいという目をして訴えかけた。優人はユメを立たせると、ベンチに座るようにし、そのとなりにユメを座らせた。

「こいつは柿川航太。同じクラスの奴だよ。そして、アイディオクス特攻隊の優秀な隊員。昔、一緒に同じ部隊に入ってたんだ」

 すると、ユメは心底驚く。優人の言っていることを理解したとき、自分の知らない優人がいることはもちろん、そんなこと、想像したこともなかったからだ。

「え、優人くんって……? それに、入ってたって?」

 優人は穏やかに答える。

「実は昔、アイディオクス特攻隊に所属してたんだ。結構上の方の位で、そう、この柿川と共闘してたんだよ。でも、もう、二年くらい前になるかな。ユメ出会う半年くらい前、突然e波が使えなくなっちゃったんだよ。厳密には、使えるほどの強いe波が出なくなったっていう感じなんだけど……」

 ユメはこの説明でようやく合点がいき、そして、理解した。

「なるほどー。つまり、使えなくなっちゃったからアイディオクス特攻隊をやめたんだね。……だから、初めて私と出会った時、あんなに辛そうだったんだね」

 ユメは優しくそう呟く。

「そう……。今まで黙っててごめん……」

 優人が謝罪すると、ユメは首を振って、いいんだよ、と優しく言った。一通り話が止まったところで、K2が優人に話しかける。

「それで、聞かせてくれないか?」

 それだけで、優人はK2が何を言いたいのか理解した。

「ああ、分かった」

 そして、優人は話し始める。


 優人の話によると、おかしな男に引っ掻かれたあと、その傷口から刺すような痛みを帯びたという。その後、全て壊したいという衝動に駆られ、少しずつ意識が薄れていくと共に精神が乗っ取られていくような気がした。やがて、完全に意識は消え、気づいたらベンチに寝ていたという。意識が消えてからの記憶はない。

 優人の大まかな話はこうだった。


 優人、ユメの様子も落ち着いたところで、K2は帰ることにした。その時の空はいつの間にか真っ赤な夕焼けが広がっていた。

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