広がる闇に煌めく光 17
一通り回り、もう、ウイルス属性寄生型アイディオクス感染者を発見しなくなった後、K2は立塔駅改札口に来ていた。そこには部長がいて、K2は様子を報告すべくここまで来たのだった。
「それ以降見つかりませんでした。おそらく、このあたりにはもう感染者はいないだろうと思われます」
K2はその言葉に自信があった。と言っても、確証があるわけではない。長年アイディオクスと戦ってきた者の感というやつだ。そう、オノラリーナイトの。だから、K2は自信満々に部長にそう報告した。部長は頷き、部員を携帯端末で呼び出した。
数分後、和也とユーキャンが来た。K2を含め、三人は改札口前にいる。その間、部長は立塔駅の外で下の道路の様子を見ていた。K2らからは死角となって見えなかったが。
「二人は成果あった?」
K2が和也とユーキャンに話しかけた。
「うーん、まあ、少しくらいは。やっぱり、報告通り、この辺にあのアイディオクスはいたね。K2はどうだった?」
ユーキャンはそう答えると、K2は考えずにいった。
「ああ、こっちもいたよ。もう、数人。でも、なんとか制圧した後、一向に現れないから、きっと、駆除しきったんだろうね」
そう、笑顔の二人。しかし、その中で一人、笑ってない者がいた。和也は怒っているわけではない。悲しんでいるわけでもない。しかし、顔は暗かった。違和感を感じたのだ。だが、それは不明瞭で不確か。だから、和也は小さい声で呟くように言う。
「ねえ、なんか、床、傾いてない?」
その発言に二人は、え? と反応した。そして、確認する。すると、和也のその言葉がまるで合図であったかのように、段々床が傾いてきた。そのとき、K2は、まさか、と思う。この事態に心当たりがあったからだ。
「ここはまずい! 逃げるぞ!」
そう言ってK2は二人の手を引くと、立塔駅の外へと出ていった。走っている途中、ポケットからヘックスが出てきた。
「チョウサブブチョウカラデンワデス」
そう音声が発せられると、ヘックスから部長の声が聞こえてきた。
「K2、まずいことになった。立塔駅を支える柱が、この辺りの不良の幹部によって壊されている。いずれもウイルス属性寄生型アイディオクスに感染しているようだ。今、数人が向かったが、おそらく間に合わない。私は駅内放送で避難を呼びかける。K2は一刻も早くここから走って避難するんだ!」
そう流れると、すぐにその声は切れた。K2はただひたすら走る。外に出て、歩道橋にも似た道に出ると、そこはまるで主役がこれから通るように道の中央が空けられており、一般人は全員、手すりに掴まっていた。
「先輩、避難するんですか?」
話しかけてきたのは同じ調査部のエキスパート格の後輩。同じように手すりに掴まってうずくまっていた。K2は必死になりながら大声を出して答える。
「お前も逃げろ! 駅が崩れるぞ!」
その言葉が引き金を引いた。手すりに掴まっていた人たちは一気に走り出す。より駅への遠いところへ。下の道路に出る階段はすぐに人の列ができた。
「混乱させない方が良かったんじゃないか?」
手を引かれながら、ユーキャンはそう言った。K2は自分の判断が間違っていたとは思いたくなかったが、やがて、ユーキャンの言った通りになる。階段で成してた列は、後ろの人に押されてドミノ倒しになる。道路を飛び出す人で車は急ブレーキしたり、ハンドルを取られたりする。それで事故を起こす。
下の道路を走っていた車のドライバーの何人かはこの駅の異変に気づき、路傍に停める者もいた。しかし、事故があり、また、道幅が狭くなるということにより、やがて、バスまでもがこの歩道橋のような道の下で横転した。幸い、そのバスは回送車であった。
そして、少しずつ、歩道橋のような、三人の立っているこの場所が傾いていく。駅を背後に右へと。
「全員、回避態勢に!」
一定の加速度を保って倒れていくこの場所の上に立ちながら、K2はそう叫ぶ。三人は手を離し、その言葉に同意した。
傾きが60度を越し、もはや、落ちてる、感覚に陥るほど速く倒れるくらいまでなると、三人は一気にほぼ壁となっているその床を蹴り、着地の態勢に入った。
スタッ。スタッ。パリン!
一人だけ、違う音が聞こえた。K2はさっき横転したバスの上に、和也はバスの横の道路に着地した。しかし、ユーキャンだけは違う。K2と同じバスではあったが、窓に飛び降りたために、窓が割れ、胸より上と腕だけが出ている状態となっていた。
三人が着地するほんの数秒後に猛烈な音を立てながら、駅が崩れた。駅の姿は、微妙に形が残ってはいたが、しかし、もはやそれは人が利用する駅の形ではなかった。
「ユーキャン、何やってるんだ?」
K2が立ち上がり、ユーキャンを窓から引き抜く。そして、体を見る。
「うん、怪我はないようだな」
そう頷くと、ユーキャンは冷たい目をする。
「今、目がエロかったよ」
「んなことねーよ!」
K2はそう言いつつも、内心、そうだったかもと思ってしまった。目線を外し、和也を見ると、和也は片膝立ちのまま、暗い顔をしていた。
「大丈夫か?」
和也は立って、大丈夫、とだけ答えた。その時の和也は目を合わせることなくただ目の前を見つめている。
その間にもユーキャンはこのバスのドライバーの様子を見に行っていた。
「平気か?」
K2はユーキャンに呼びかける。しかし、それはK2が期待するような言葉ではなかった。つまり、少し暗い返答だったのだ。
「ちょっとまずいかも……」
倒れたバスの窓を覗き込んだまま、そう言った。
「分かった。すぐに助けて手当てしよう。和也! 救急だ! 緊急手当ての準備をしてくれ!」
K2がそう言うと、和也はすぐに動いた。K2はユーキャンの方に向かう。
窓から中を見ると、そこにはあらゆるところから出血したドライバーの姿があった。
「窓、割るよ?」
ユーキャンがK2に確認を取るとK2は止める。
「待ってくれ。ここで割ったらドライバーにガラスが降りかかる。俺が向こうの窓から入って中からこの窓を割ってガラスを外の周りに吹き飛ばすから、ユーキャン、少し離れててくれ」
そう言うと、K2は少し離れた窓を割って入った。その間、ユーキャンはあまりガラスが拡散しないように、e波壁を展開した。
K2はドライバーのいる真上の窓の下に来ると、上に向けてe波を放った。勢いで窓ガラスが外に飛び散った。しかし、e波壁でその勢いは失われ、その場に落ちる。ドライバーに降りかかるガラス片はひとつもなかった。
K2はドライバーのシートベルトを外し、抱えると、ユーキャンを呼んだ。
「ユーキャン、引き上げる」
すると、外から了解の声が聞こえた。K2が窓の外に引き上げると、ユーキャンはそれを受け取り、慎重に外へ運んだ。そして、ユーキャンは患者、つまり、ドライバーを和也に引き渡す。和也はすでに、作業をするには安全な場所を作っており、そこには手当てができるように施されていた。
和也が意識、呼吸、脈の確認をする。その間にユーキャンは怪我の手当てをしていた。患者の怪我は、見るからに、右足の骨折、両腕の骨折と、膝からの出血だった。ユーキャンはまず、直接圧迫止血法としてビニール袋を手にはめて、傷口に綺麗なガーゼを当てて、止血する。そして、骨折している足と腕を添え木で添えて、関節が曲がらないようにした。その間にK2がこの場に来る。一方和也はというと、呼吸、脈は感じられたものの、意識だけは感じることが出来なかった。K2はこの間に救急の電話をしていた。二人から状態を聞き出して、それを答える。そして、同じ調査部にも手当たり次第に呼んだ。
この立塔駅の状況は良くなく、最低でも10人は怪我をしているという。
K2が患者を見ていると、ふと、電話がかかってきた。ヘックスが飛び出してきたと言った方が正確だろうか。電話の相手は調査部部長。K2はすぐに応答した。
「はい、なんでしょう?」
「今から南の立塔駅下に来てくれ!」
ヘックスから聞こえてきたのは鬼気迫る部長の声だった。電話は切れる。
K2は患者を二人に任せ、その場を後にした。部長の示すところに走り出した。
立塔駅南側下、柱の林立するこの場所は暗く、人通りも少ない。はずなのだが、K2が着いたときにはここは戦場と化していた。多くの柱の一本一本に、最低一人は斧や金属パイプ、金属バットを持つ者がいる。そして、それに対して数人が止めようとしていた。もちろん、前者がウイルス属性寄生型アイディオクス感染者で後者がアイディオクス特攻隊の者だ。
もちろん、その光景ですら厳しい状況を物語っているのにも関わらず、K2が注目したのは別のものであった。
林立する柱から少し離れたところ。ここは、この戦場の中でも激戦区とでも言うべき状態になっていた。そして、さっき逃げられたフードの者がそこにはいたのだった。さらに、それと戦うは数人のアイディオクス特攻隊。その中には先程の電話の主、部長がいた。
人数で見れば当然こちらの方が多い。にも関わらず、フードの者は少しもこちらに劣っていなかった。むしろ、フードの者の方が優勢であるように見えた。戦況は決して良くない。それは見て明らかだった。
K2のすべきことは明確だ。それはフードの者との戦闘に加わること。K2は戦場へと走る。
「ヘックス!」
途中、K2を呼ぶ。ヘックスはポケットからK2の周りに躍り出た。K2は走りながらヘックスに手をかざし、フードの者にe波を放った。
戦闘が開始されて、もう数十分も経過していた。謎のフードの者は手が出せないほど強い。おまけにe波が効かない。追い込まれていた。
例えば、ここであれを仕留められなければ、どうなってしまうのだろうか? おそらく、いや、確実に良い方向には傾いてはくれない。だから、なんとしても、奴を仕留めるべきなのだ。しかしながら、我々には成す術はないのだろうか?
絶望的な状況に立たされた部長に希望の光が指す。いきなり目の前の敵が動きを止めたのだ。
今しかない!
直感だが、そう思った部長は、フードの者に接近し、腹部を、右足を横から回して蹴った。
フードの者は左膝を上げて、その蹴りをブロックする。しかし、そのブロックが甘かったせいで、フードの者の態勢は崩れた。
見事に動きを封じることができたK2の攻撃は、部長の次の攻撃へと、転じた。素晴らしい連携プレーだ。しかし、その連携はこのままでは留まらない。
K2はそのまま態勢の崩したフードの者に接近すると、片足立ちの敵の脚を右足で蹴って刈り、そのまま倒れていった。
K2はすでにこのフードの者がe波を相殺できることを知っている。そして、それがおそらく、e-d複合波であろうことも勘づいていた。
だから、K2はこの者にe-d複合波を使わせて態勢を整えることがないよう、e波を展開させる。
e-d複合波はe波を相殺できる。そして、また、逆も同様なのだ。
フードの者はそのまま倒れていく。すると、すぐさま左手を地面の方に伸ばし、体を反転させようとした。しかし、K2がそれを見逃すわけがない。そして、このまま、何もしないわけがない。K2はこの数センチの差を埋めて、右足を上げ、目の前の敵の腹部あたりを踏みつける。まるで藻掻く虫のように這いつくばったフードの者は、仰向けのまま動かない。
その隙を見てK2が恐る恐る近づき、フードに手をかけ、フードを剥がそうとする。しかし、その瞬間、フードの者は下半身をK2の上半身の背後に持っていき、足を首にかけて、K2の背後へと引き戻した。その勢いのまま、K2は2mほど飛ばされる。
飛ばされたために宙に浮くK2は体を反らせ、手をついて、見事なバク転を見せて、態勢を整えた。
フードを少し上げたときの現れたそれは、あるべき顔の部位が全てない、奇妙な面だった。K2はそれに少なからず恐怖する。
フードの者は体を起こし、前進しようとする。しかし、すぐに振り向いた。フードの者の背後から、調査部のエキスパート格の者が攻撃性のe波を放つ。それをフードの者はe-d複合波で対応する。その状態から部長もe波を放った。K2は仲間の攻撃で動きが止まるはずのフードの者に攻撃をするモーションを取った。しかし、実際はそうなることはなかった。なぜなら、フードの者は部長の攻撃をe波を相殺させようとせず、それを交わしたからだ。後方3mに跳んだのだ。あまりにも予想外だった。K2はてっきり部長の攻撃もe-d複合波で相殺すると思ったからだ。
K2は動きが止まる。フードの者はさらにK2の予想の遙か上の行動を取る。フードの者は上空5mまで飛ぶ。そして、駅を支える一番近い柱に手のひらを向けた。
「まさか!」
しかし、K2が気づいた時にはもう遅かった。敵はe-d複合波を放つ。そして、柱は破壊され、もはや駅を成さない建物はフードの者の方へ崩れながら傾いていく。
K2はすぐにその崩れる建物にe波を放ち、崩れるのを止めようとしたが、それは出来なかった。手から放たれたe波はすぐに消えてしまったのだ。そう、フードの者はe-d複合波で展開した空間を生成していたのだ。
建物は崩れる。フードの者はそれの下敷きになったように見えた。しかし、その後、どれだけ捜索しても見つかることはなかった。
柱を壊そうとしていた感染者はその後全員確保された。
その後、これは大きな事件となった。負傷者13名、死者3名という大きな被害が出た。それについてK2は自分を責める。自分がいたのに、こんなに大きな事故になってしまったというのは少しあったが、大きかったのは、自分の判断ミスでこのような結果を招いたしまったと思ったからだ。K2はふと、この前言われたアシュリーの言葉を思い出す。
どうせ、名誉や権力に溺れるでしょうね。名誉ある称号を手に入れて不名誉になるなんて、皮肉ね。
K2は今、この言葉の意味に気づく。これは馬鹿にしたりしたのではなく、忠告だったのではないかと。それに気づいたK2はそれからずっと、これから自分がどうあるべきなのかということについて考えた。まったくその通りになってしまった自分がやけに恥ずかしかった。
立塔駅の名前の由来はこの駅の近くに古い小さな塔が五つ林立しているからだ。何のために建てられたのかは不明である。塔の高さはまちまちだが、平均して7mほど。芝生の生えた場所に立っており、北にはかなり高い壁がある。もうすでに錆びているが、K2はこの塔が被害に遭わなかったのは何よりだとつくづく思ったのだった。




