佐紀の悩み
もう、数人が帰った中で、K2とユーキャンとアクアと都記奈の四人だけははまだ残っていた。
「ねえ、三人とも、このあとなんか用事ある?」
振り向いた三人は代表するかのようにユーキャンが答えた。
「んー、ちょっと他部署に挨拶に行こうかなと思ってはいたけど、それ以外は特に……」
「じゃあさ、せっかく未来都市まで来たわけだし、その用事が済んだら遊びに行こう?」
午前中に報告会議は終わったため、時間はたくさんある。
自分たちが住んでいる谷保町あたりは娯楽施設が少ないため、未来都市まで来るとよく娯楽施設で遊ぶのだった。
「いいね! 大賛成!」
都記奈は元気にそう答えた。
「アクアとユーキャンは?」
「私もいいよ」
「もちろん、行くよ!」
アクアは静かに、でも、目には興奮が抑えられないような風に答えた。ユーキャンはいつもの口調で明るく答える。
「うーん、じゃあ、一時間後に一階ロビーのベンチでいいかな?」
オーケーとみんなが答えるとK2はそれまでの暇を潰そうと一階のカフェに向かって会議室を出た。
「あ、航ちゃん」
一足先に会議室を出ると、エレベーターの前で同い年で幼馴染み、学校では今までずっと同じクラスだった片山佐紀に会った。
K2のことを航ちゃんと呼ぶ、この世に何人かしかいない人の一人だ。こういうと規模が大きく聞こえるが、K2のことを航ちゃんと呼ぶのはK2や和也、そして佐紀ちゃんが所属する特攻部の数人とK2が、いくつか所属している部署の一つの特別対策部の人達だけだ。
「あれ、佐紀ちゃん? 今日は特攻部の集まりないよね? どうして本所にいるの?」
「そういう航ちゃんは今日は調査部の報告会議?」
「ビンゴ!」
「聞いたよー。アイディオクスの胎内に入ったんだって? よくやるねー」
「ああ、それね。他に方法思い浮かばなかったんだ」
その時エレベーターの扉が開いた。K2は先どうぞ、と譲ると、ありがと、と言って佐紀ちゃんは先に乗っていく。
「でも、航ちゃんほどの実力の人ならそんなことしなくても他に対策はあったんじゃないの?」
「ははっ。今回のやつは少々厄介でね、流水で外からじゃ核までe波は届かない。超純水で電気は効かない。装甲を破壊しても近くの少量の水で再生する。こんな効果があってね。他の対策は思い付かなかったんだよ」
「なるほどねー。確かにそれは厄介だね」
上を向いて考えるようにして佐紀ちゃんは言った。
「それで……」
「ん?」
佐紀ちゃんはK2を見て首を傾げる。
「どうして今日ここにいるの?」
「ああ、それね。なんかねー、部長から直々にお呼びがかかっちゃって。そうだ。このあと時間ある? この話、相談にのってほしいの」
そう言って佐紀ちゃんはお願い! と言わんばかりに両手を合わせた。
「んー、一時間後に約束があるけど、それまでなら」
そう言うと、佐紀ちゃんは笑顔を作った。
「うん、十分。そうだなー、一階のカフェじゃ一般客もいるし、話が聞かれるとまずいから、50階の関係者専用カフェで相談にのってもらおうかな」
そういったところでちょうどエレベーターが行ける最下層の階、2階にたどり着く。
「今からまた上がるの? そんなに聞かれてまずい話なら、どこかの個室借りた方がいいんじゃない?」
エレベーターから降りないまま、話し続けた。
「いや、それはいいよ。ゆっくりしながら話したいし。さあ、上がろう!」
と言って佐紀ちゃんは50階のボタンを押した。
扉は閉まり、エレベーターは再び動き出す。
「私の話をして時間があったら、航ちゃんの話もしてね」
「俺の話?」
「そうそう、さっきまで報告会議があったんでしょう? その話をしてよ」
「あー、いいよ。でも、そこまで大した話じゃないよ?」
「巨獣型のアイディオクスが出現したってだけで大した話だよ」
「それもそうだね」
そう言って二人で笑うと、エレベーターの扉は開いた。
50階に着く。一度もエレベーターが止まらずに50階に着いたことに疑問を感じた。
今日、本所に来てる人少ないのかな?
そう思った。
50階のカフェは全フロアに入っていて、エレベーターから一歩出ると、テーブルが並ぶカフェになっている。360度大きな窓のこのフロアの中央にレジがあり、そこで飲み物や食べ物を頼めるようになっていた。もちろん、関係者専用のカフェだからといってタダというわけではないが、限定メニューはいくつかある。
今日のカフェはガラんとしていて、数えられるほどの人が席に座って飲み物なり食べ物なり会話なりを楽しんでいた。いつも人気の窓側の席ですら、いくつも空いているほどである。
二人がレジの方に歩き出した。
「あれ、そこにいるのは佐紀とK2じゃん! なに、二人でデートですか? あらあら妬けますなあ。私、見ちゃいけないものを見ちゃったかしら。ごめんなさいね」
こうからかってきたのは窓側の席に座っていた同じ特攻部の同級生の芦田優里だった。気性が荒く、手加減ができない性格から阿修羅をもじったアシュリーと呼んでいる者もいる。ただ、そんな性格だけならまだ良いのだが、良くないことに基礎e波も高いため、一部の男子は苦手としている。
「ちょっと、優里ちゃん、からかわないでよ~」
佐紀ちゃんが軽く握り締めた両手を軽く上下に振って、必死にそう言っていた。対するK2はというと、
「そう言うアシュリーは一人でコーヒーを、しかも、ブラックを飲んで、可哀想だな。なに、誰かにフラれでもした? どうせ俺らが来る前までは遠目で外でも眺めながら物思いにふけっていたんだろう? 相談なら乗ってやるぜ。それとも、癒してやろうか?」
K2が笑いながらからかうと、アシュリーは立ち上がった。アシュリーの目はつり上がり、眉間にシワを寄せている。
追い討ちをかけるようにK2はまだからかった。
「眉間にしわ寄せると、怖い顔になっちまうぜ。そうでなくても後輩の男子からは恐れられてるのに」
「ほう、言うじゃない。あなたが私相手にそこまで言えるようになるとはね、大したものね。でも、いいのかしら? そんなことを言ってタダで済むとは思わなくてよ? 痛い目見るわ」
アシュリーは少し低い声でそう言う。
二人は揺るぐ事無く、火花を散らしていた。いや、e波を散らしていた。
「俺がアシュリーに負けた試しがない。自殺行為にしか聞こえないね」
「じゃあ、今から訓練所で私と模擬対戦しなさい。そこでどっちが上か思い知らせてやるから」
そう言い合うと、見かねた佐紀ちゃんが止めに入った。
「ちょっと、二人とも止めてよ! 他のお客さんだっているんだよ? ちょっとは周りを考えてよ! それに、二人ともe波を発してぶつかってたよ! 何かあったらどうするの!」
そう言う佐紀ちゃんからは二人が出していたe波を超える強さのe波を発した。
「佐紀!!」
流石にヤバイと判断したアシュリーは佐紀ちゃんを落ち着かせる。佐紀ちゃんは自分がe波を出してることに気づくと、急に顔を赤らめた。
「ごめんなさい……」
「ううん、むしろ私の方が悪いわ。佐紀、ごめんね。私、周りが見えなくなってた。まあ、全部この馬鹿が悪いんだけどね!」
そう言って、K2を指さしてきた。
「はぁ? 誰が馬鹿だ!」
「いいからあんたも謝れ、馬鹿!」
「くっ、後で覚えてろよ!」
そう言って佐紀ちゃんの方を向くと、ごめん、と一言だけ言った。いつか決着つけてやる、とだけ言うとアシュリーはかかってこいよ、と言う。
それを聞くと、K2は佐紀ちゃんとレジに向かった。
K2は冷たいアールグレイを、佐紀ちゃんは温かいカプチーノを頼むと、K2が会計を済ませた。最初は佐紀ちゃんも自分で払うと言ったが、半ば強引にそれを止め、払うのだった。
渡された二つのカップを受け取ると、カプチーノを佐紀ちゃんに渡し、アシュリーから少し離れた窓側の席に座る。
「さっきはごめん」
座ると同時にそう言うと、佐紀ちゃんは穏やかな顔をして答えた。
「うんうん、いいよ。私だって結局、二人に迷惑かけちゃったわけだし。こちらこそごめんね」
「あいつも言ってたけど、佐紀ちゃんは悪くないって。止めてくれたこと、感謝するよ。それにしても器用な佐紀ちゃんが感情的になってe波を発するなんてね」
「あ、あれはその……。そういうこともあるの! もう、そのことは触れないで!」
その部分は佐紀ちゃん的には触れて欲しくなかった部分らしく、必死に訴えかけてきた。
「それで、本題に入っていいかな? 航ちゃんに相談したいこと」
「ああ、うん。えーと、相談って?」
すると、今まで明るく笑顔だった表情が急に真剣になった。
「私が今日ここに来たのはね、部長から直々にお呼びがかかったからなの」
「特攻部部長直々の呼び出し? それは佐紀ちゃんだけ?」
「ええ、私だけ。何を言われたか言う前に、今、人型のアイディオクスが出てきてることは知ってる?」
「んー、人型っていうか、元は人だったってのはあるよね」
「ああ、鬼属性の奴ね。私たちが生まれた頃くらいに現れたのよね。えーと、なんだっけ、未来予知? 詳しく覚えてないけど、そんな感じよね?」
「そうそう。未来予知と言っても、テレビで子供を対象とした殺人予告をして、予告された子は不可解な死を遂げるってやつだったけどね。今まで現れない形で考えることができたって話だよね。結局、何が目的だったのかは分らなかったらしいけど。それに、これは聞いた話で、実際俺もそこまで覚えてないんだよね。あれも結局はブレインコントロールできるアイディオクスが人間に寄生してたらしいんだけどね」
「なるほど、だから鬼属性寄生型アイディオクスって呼ばれてるのね」
「そうそう。それで、人型って言うのはそういうこと?」
「なんかね、どうもそういう感じじゃないらしいの」
「らしい?」
「ええ。さっき言われたのはね、人型のアイディオクスが現れたからその駆除のために遠征に行ってくれないか、っていう話だったの。現れたアイディオクスは鬼属性だったり、また他のアイディオクスとも違って、アイディオクスが増えていくらしいの。これは鬼属性と同じなんだけど、人間に寄生していくんだって。でも、それは感染していくらしいの。で、今回の遠征はそれの調査と駆除だって」
佐紀ちゃんはそう言うと口を閉じて下を向いた。垂れた前髪で表情は読み取れなかった。
遠征。これはこの部署から離れた場所でアイディオクスが確認されると遠征という形で人員が派遣される。その場合、学校や他の生活に関しては補助を受けられるが、非常事態が起きたときはこちらにいるときほど良い対応はできない。しかも、この遠征はそのような危険も伴うため、実績をあげたもののみしか話が来ない。
佐紀ちゃんは優秀ではあるが12歳の少女だ。そんな子に遠征は荷が重過ぎた。
「遠征……。なるほどね」
「私ね、不安なの。やっぱり遠征は怖いもの。しかも、今まで出会ったことない形態のアイディオクスだから、余計心配で」
「じゃあ、今この遠征の話は保留になってるの?」
「ええ、急ぎではないらしいんだけど。でもね、今回のこの話は相談なんだって」
「というと?」
「嫌なら行かなくてもいいって。その時はほかに当たるって」
「なるほどね。というか、なんで特攻部からなの?そういうのって防衛部とか調査部とかから出るもんじゃない、ふつう?」
「他部署からも出るらしいの。だから、特攻部でも出すんだって」
「それで、場所はどこなの?」
「南森島だって」
「み、南森島!?」
「うん……」
南森島というのは、このあたりから大体南西の方向にあり、かなり遠い。しかも、全然発展していなく、難民がいるらしいと噂に聞くほどだ。
「危険だ……」
急ぎではないとはいえ、他部署からも出さないといけないレベルというのは、相当である。遠征するということは同時にこちら側が薄くなるということでもある。そんなリスクがあるにも関わらず、大規模で遠征するのだ。何かあるに決まっている。
しかも、感染するといえば、もう、危険に決まっている。前例がないわけでもあるし。
さらに、難民がいるほどの地域。何かあれば対処するのは困難を極めるだろう。
「でも、私が行かなかったとき、他の人にもこう悩ませるってことよね。つらいなぁ」
「でも、不安なら、怖いなら止めたっていいんだよ? 待ってくれてるってことは自己判断に任せるってことだろうし」
「私、分からないんだ。自分が行きたいのか行きたくないのか。遠征で変われる気がするんだ。自分が自分にもっと強くなれて、人を守れるしっかりした人になれると思うの。でも、怖くって。それに、友達とも離れたくなくって。私、どうしたら……?」
そうして頭を抱えた。さらに下を向き、もはや表情を見れる角度ではなかい。
もし、佐紀ちゃんが遠征に行かなかったらどうなるだろう? 今回の遠征は多分、かなりハードになるだろう。佐紀ちゃんが行かなければ、遠征メンバーは全滅しかねない。それならば佐紀ちゃんが行ったほうがいいのではないだろうか? 多分、佐紀ちゃんなら、リスクはあれど、無事戻ってくるだろう。
K2はそう考えた。
「ねえ。誰だって。遠征は怖いものだよ。多分、俺も遠征の話が来たら戸惑うと思う。でもね、同時にチャンスでもあると思うんだ。さっき言った通り、遠征に行けば自分は変われると思う。強くなれると思う。そして、この先、自分で物事を選べるようになれる。大人になれると思うんだ。佐紀ちゃん、世界を救うのは自分だよ。佐紀ちゃんだったら、この遠征、成功させられると思うな」
そう言うと、佐紀ちゃんは驚いた顔をする。気づかないうちに少し離れた窓側の席に座っていたアシュリーは居なくなっていた。
「うん……。もう少し自分がどうしたいのか考えてみるね。ありがとう、航ちゃんに相談して良かった」
「力になれたのなら良かった」
K2は壁にかかっていた時計を見た。いつの間にアクアたちとの集合時間まであと10分になっていた。目の前にあったまだ少し残ってるダージリンを飲み干して、椅子から立つ。
「俺、そろそろ時間だから行くけど」
「ああ、待って。今カプチーノ飲んじゃうから」
そう言ってカプチーノを一気に飲んだ。
「私ももう帰るから、途中まで」
「分かった」
そう言うと、ゴミ箱に行き、飲み終えたカップを捨て、エレベーターに乗った。
ロビーに着き、一階のベンチに向かう。
「じゃあ、私、行くね。今日はありがとう」
「うん、気をつけてね。じゃね」
「うん」
そう言って佐紀ちゃんは外に出ていった。




