広がる闇に煌めく光 13
訓練所、射撃演習室。その一角で拳銃一丁を持った少年が恐るべき威力でe波を撃ち放っているという噂が今日限り、この訓練所内に噂となって広がっていた。新生オノラリーナイトの素晴らしい威力と射撃術。K2こと柿川航太の実力が今なら目の当たりにできる、と。
K2はこの前開発部部長、つまり父親からもらった一丁の拳銃、リボルバー式のe波専用機器を試すつもりでここに来たのだが、いつの間にか撃っているところを見ていたプロベイショナーが変な噂を流していたのだ。それについてK2は正直迷惑だとため息をついた。
はあ、有名人は辛いなとか言っちゃうとまたアシュリーに罵倒されるだろうが、やはりこれはちょっと、いや、大分面倒だ。
そんなことを考えながら、ひたすら試し撃ちをする。時間が経つにつれてどんどん見学者が増えていくことについてK2はついに目眩を起こしそうになった。
もう、いっそ、フィニッシュだと思われるようなものを撃って終わりにさせようか……。
そう思うと、K2は弾を込めるところを手で回す。回っているまま、銃口を的に向け、連続八発、どれも違う属性のe波を目にも止まらぬ速さで撃った。すべての弾がいやe波が的の中央に当たる。それを目の当たりにする野次馬は、黙る。しかし、その沈黙はすぐに破れた。轟音をかき鳴らすかのような騒音が響く。もちろん、罵倒な訳が無い。全て褒め言葉などの言葉。すげーだのありえねーだの神業だ! など、様々な声が飛び交っていた。ひとしきり騒ぎ終えた野次馬は満足げにその場を離れていった。
さて、全員居なくなったかな。
人影も見えなくなり、K2は拳銃を片付け、振り向くと、そこには馴染み深い四人の顔があった。もう、誰もいないと思っていたK2だったので、軽く驚く。
「やあ、K2。凄かったよ」
「いやー、神速の八連撃ねー。面白い二つ名が付いたね」
そうしてニヤニヤする目の前の四人。調査部のトップランカー格、同じ班のアクアとユーキャンと都記奈と出井子。
「はぁ、やめてくれ」
笑えないK2は四人とは正反対、一人、そのノリを拒絶する。
「ごめんごめん。でも、すごかったのはほんと。流石だなーって思ったもん」
都記奈がいつもの調子でそう言う。
「そっか、ありがとう」
依然として暗い声で答えるK2。四人は顔を見合わせる。
「ところで、お前らはなんでここにいるの?」
「うーん、暇だったから?」
なぜ疑問形? そう思ったK2だったが、出井子の返答に他の三人は頷いた。女子四人は全員ジャージで、汗もかいていなく、きっと、これから何かしようと思っているところなのだろうとK2は容易に想像できた。
「ねえ、もう帰っちゃう?」
アクアが語りかける。少し考える素振りを見せたK2だったが、答えはもう既に出ていた。
「いいや、まだ何かしていこうって思ってたとこだよ。どうせ、今日は何も予定ないし」
さらに笑顔になるアクア。
「それなら……」
「いいよ」
アクアが言い終える前に答えた。何か意図があるわけでもなかったのだが。ただ、この後何を言うか想像できていたので、先走ってしまったのだ。もう、カバンも背負っていた。アクアはというと、当然きょとんとしていた。
「えーと、私、まだいい終えてなかったよね……?」
ゆっくりとそう言ってくる。K2は軽く笑う。
「そうだったね、ごめん。一緒に練習しない? って言おうとしたんでしょ? つい先走っちゃった」
それに反応したのはユーキャンだった。しかし、声は発しない。馬鹿にするような目でK2を見ながら、口パクで、相変わらずドジだね、と言った。その口はどこか笑っていた。K2は何も言わなかったし、何も反応しないようにした。
ひとまず射撃演習室から出た五人はベンチに座ってどうするか考えていた。三人、アクアと都記奈とユーキャンが座り、K2と出井子が立っていた。
出井子はケースに入った竹刀を持っている。出井子の戦闘スタイルはこの竹刀。e波専用機器ではない。この竹刀にe波を流し込み、それで切るというのが彼女の戦い方だ。e波を流した時の切れ味は真剣以上という凄まじい技を持っている。
そんな竹刀を軽々と手に持っているのだ。怒らせたらいつ切られるか分からない。
そんな出井子が発言する。
「久々にターゲットをやりたいな」
「ターゲットかー」
四人は少し考えて笑みを浮かべる。
「いいんじゃない?」
ユーキャンが言う。そこにアクアが入ってきた。
「ねえ、どうせなら縛りをしない?」
「縛り?」
都記奈が聞き返す。分かっていなかったのは他の人も同じだった。
「そうそう。条件を付けるの。例えば、e波専用機器は一つまでしか使っちゃダメみたいな」
納得した四人は笑顔で頷く。無言でその意見に賛成した。
「どうする? アクアの言った専用機器を一つしかっていうのはいいかもしれないね」
出井子は竹刀を上下に振りながらそう言った。隣でその様子を見ていたK2は竹刀を振り回すとか、と少しだけ恐怖した。いつしか手が滑ったレベルで人を切ってしまうのではないかとK2のおかしな妄想の中で怯えていた。怖がっていた。しかし、それはK2だけではなかった。他にも青い顔をしている人はいた。それはここにいる全員である。出井子以外の。
「え、えーと、俺もそれはいいと思う。でも、それ一つじゃなにか足りないよね」
ユーキャンが考える素振りを見せると、K2の発言に返答した。
「じゃあさ、新技しか使っちゃいけないってのは?」
「新技の定義は?」
すぐにK2が聞き返した。ユーキャンは少し考える。
「そうね、ここ一ヶ月以内にできるようになったもので、まだ技名発声しないと使えない技、かな」
それに答えたのはアクアだった。
「うん、それいいね! 私もちょうど最近できるようになった技があるの!」
K2は隣の出井子を見る。
「出井子、新技あるの? その竹刀で新技なんて、なさそうに見えるけど」
「あることにはあるよ。二週間前にできるようになった技が。今まで私近接だったから、遠距離まではいかなくても中距離の攻撃はできるようになりたいなっていうので考えた技があるの」
「へぇー」
そう言って次は都記奈を見る。目線で気づいたらしい都記奈は
「ん、私?」
と言った。K2はそれに頷く。
「まあ、一応あるよ」
出井子以上の驚きだった。都記奈の性格上、あまり新技を作るタイプじゃないからだ。
「マジか」
そう言うK2は実は新技などなかったので、今、少し焦っていた。
ターゲット。出現する直径30cmほどの的にe波を当てるという訓練の一つ。16㎡ほどの演習室という部屋の中のあらゆる場所に18枚の的が出現する。これは正確さと速さが求められる訓練となっている。競う場合、ほとんどの場合がタイムで競われる。つまり、より早く18枚の的にe波を、当てた方が勝ちというわけだ。
準備室で五人は向かい合っていた。それぞれ、e波専用機器を一つだけ持っている。
「じゃあ、お互い何を使うのかはっきりさせておこう?」
都記奈の言葉にみんな頷くと、それぞれ、前に全員が見えるように出した。K2は握れるサイズの黒い立方体、ヘックス。アクアとユーキャンと都記奈はe波増強グローブ。出井子は竹刀。
「出井子のそれ、e波専用機器じゃないよね? いいの?」
出井子は笑顔になる。
「うん。だって、私はこれしか使えないから」
「他にe波専用機器一つ使ってもいいよ」
アクアがそう言うと、出井子は遠慮する。
「でも、それだと私だけ……」
K2が笑顔になる。
「まあ、ルールとしてはe波専用機器は一つだけ、だからな」
出井子は悩んでいたがやがて、自分のカバンへと歩き出した。そして、e波増強グローブを持ってくる。
「じゃあ、甘えようかな。私はこれを使うね」
四人は頷いた。
「で、K2のそれは何?」
矛先がK2に向く。ヘックスを知らない四人はK2の手のひらの黒いキューブを見た。
「ああ、これはe波増強装置だよ。こういう形の」
K2は苦し紛れに笑った。ユーキャンは、ふーん、そっか、と言って話を変えた。
「順番はどうする?」
ユーキャンが言う。
「俺は……」
K2が発言しようとすると、急にユーキャンに遮られた。
「ああ、あんた、最後ね。トリってことで」
勝手に決められた。K2自身不満はなかったので良かったのだが。
「まあ、アクアも最後から二番目でしょうね」
都記奈の発言にアクアとK2以外は頷いた。二人は、なぜなのか分からく首を傾げた。ユーキャンが話を続ける。
「わたし的には出井子のが気になるから、出井子一番最初に見たいな」
ユーキャンは目で促す。出井子はため息混じりの笑顔を見せた。
「しょうがないなー。別に何番目でも変わらないし、いいよ」
「じゃあ、後は私たちだね。私は後がいいな」
そう言った都記奈。ユーキャンは快く頷いた。そして、承諾する。
順番、初めから竹富出井子、結城葵、岡崎都記奈、池戸瑞稀、柿川航太。
出井子は部屋の中央に、竹刀を構えて立つ。それを四人は部屋を見下ろせるように設置した隣の部屋との間にある窓から見ていた。
やがて、壁に数字が投影される。
3、2、1……
出井子はゆっくり竹刀を上げると、逆手に持ち帰る。しかも、右手だけで持っている。それを見ていた四人は果たして何をするつもりなのか、見当もつかなかった。
0
「グランドアイビー」
出井子はe波を溜め、竹刀で地面を軽くつつく。竹刀からe波が流れていく。地面を伝って360度ランダムに蛇が通るようにe波が進む。
そのe波は的確に、そして確実に的に向かう。そして、パン、パン、パン……。ほぼ同時に的に当たり、壁に投影されてるその光の的は割るようにして消えていった。しかし、その数は17枚。つまり、一枚逃してしまった。
「あーあ、一枚残っちゃった」
出井子は竹刀を構えて、上から下に振り下ろす。
「かまいたち」
的に飛んでいくe波。それはしっかりと的に当たり、ゲームは終わった。
タイム、00:10:52。
出井子はターゲットが終わると、四人のいる部屋まで上がってきた。
「お疲れ様。感想は?」
都記奈が出井子に聞く。竹刀を肩に乗せながら、威圧しながら近づいて来た。
「うーん、微妙」
満足そうな顔は浮かべていなかった。
ターゲットのタイムアタックは全体平均で約55秒。プロベイショナーでは三分四分かかるのも稀ではない。五分超えればタイムオーバーとなる。トップランカーでは10秒は普通ではあるが、今回は縛りがある。それを考えれば出井子の記録はいい方だ。ちなみに、このターゲットのタイムアタックの最速記録は0秒01。四年前にとあるオノラリーナイトが取って以来、その記録を越す者はいない。
「行ってくる」
ユーキャンは笑ったまま部屋へと向かった。さて、部屋についたユーキャンは立ち尽くすなり手を握った。
「さあ、始めよう!」
タイミング良くカウントが始まる。3、2と数字が刻まれ、やがて0となる。それと同時に微笑を浮かべた。
「ウインドコントロール!」
そう叫ぶと、部屋全体に風が吹いた。ユーキャンの髪は揺れる。
「おお、空間系e波か」
K2は感心する。そして……。
バン!
一気に18枚的が消える。そして、タイムが出る。00:05:02。
「えっ……」
都記奈はそのタイムに驚く。出井子は感心していた。速かった。かなり。
ユーキャンが戻ってくる。笑顔で。まだ三人やっていないが、ユーキャンは勝利を確信していた。それほどまでに自信のあるタイムだったのだ。
「ユーキャン、上達したな」
ユーキャンはさらに笑顔になった。まだ寒いのに、ここにはひまわりが咲いていた。そう、向日葵が。そんな気がした。
都記奈が部屋の中央まで歩く。手にはe波増強グローブ。上から見下ろすK2には都記奈が少し緊張しているように見えた。都記奈は右手を上げる。
「ヘックス、都記奈の手からe波は出ているか?」
「イイエ、カンチサレマセン」
つまり、構えただけということだ。
数字が投影される。3、2、1、0。
同時に都記奈は技名発声をした。
「岡崎フラグメント」
しかし、四人は何が起こっているのか視認できなかった。
「ヘックス、どうなってる?」
「マトガアルブブンニeハガアツマッテイマス。ソレゾレチガウジョウホウヲモッタeハデス」
つまり、的のあるところに必要な情報を断片的に継続して与え、大きな技にするということ。
ヘックスの言うことは都記奈含め四人には聞こえていなかった。
「ねえ、アクア、フラグメントって何?」
「さあ?」
アクアはそう言って携帯端末を取り出した。
「えーとね、断末、断片、だって」
「ふーん、じゃあ、岡崎断片?」
K2が言うと、ユーキャンが振り向いた。
「岡崎肉片かもしれないよ」
と、恐ろしいことを笑顔でさらっと言った女の子がそこにはいた。ユーキャンだった。
バン!
その間にも都記奈は真剣にその「岡崎フラグメント」をしており、18枚の的は全て消えて、タイムが出ていた。
00:09:27。都記奈のタイムはこれだった。
「あー、ユーキャンに負けたー」
大声でそんなことを言いながら歩いてきた。
「ねえ、岡崎フラグメントって何?」
ユーキャンが聞く。都記奈は笑いながら答えた。
「あー、さっきの聞こえてたんだね。生物学で岡崎フラグメントってのがあるんだけど知らない?」
「ぜーんぜん」
ユーキャンは大げさなくらいに首を振った。その間、アクアは携帯端末で調べものをしていた。
「なんかねー……」
アクアが携帯端末を見ながら話し始める。
「岡崎フラグメントっていうのは、DNA複製におけるラギング鎖の合成時にDNAプライマーゼとDNAポリメラーゼによって形成される比較的短いDNA断片のことなんだって」
「なにそれ?」
「さあ?」
互いに顔を見合わせ、首を傾げる。結局、何のことか分からなかったが、どうでもよくなった四人はこの話をやめた。
「楽しみだな。どんな妙技が見られるんだろう」
ユーキャンが窓に張り付くようにしながらそう言った。アクアの表情は曖昧で、緊張しているのかしていないのか、他者の目では視認しづらかった。
部屋に一人立ちつくすアクアは壁を見つめる。
私は、今、何に集中しているのだろうか。何と戦おうとしているのだろうか。ユーキャンに勝ちたいと思っている? 全力を尽くそうと思っている? いや、違う。私は……そう、私は美しく終わらせたい。美しく成功させたい。もちろん、これはこの競技には反すること。やろうとしてることとやらなければならないことは違う。でも、それでいい。これが、アクアという人物。私なんだ。ああ、いつの間にか、カウントが1になってるな。ふふっ。私は私らしく生きる。さあ、カウントは0になった。そろそろ始めようかな。
あらゆる考えを巡らしたアクアはついに動き出した。
「アクアリウムオブジェクト」
的を飲み込むようにして水の球が作り出された。
「こ、これは……すごいな」
K2は目を見開いてそう感想を言う。
「そうだね……。空間系e波を得意とするアクアだけど、これは空間系を超えてるよね。それぞれの水の球にe波で特異な空間を個別に作ってるんだろうね。それをまた別の空間内で制御してるのか」
ユーキャンがそう説明を加えた。
ふぅ。アクアは息を大きく吐いて、見渡す。壁にたくさんの、18個の水の球がある。それを確認したアクアは両手を水平横に広げた。そして、その場で一回まわって、左手を腰に右手を顔の少し下の横に人差し指を立てて持ってきた。
「空間系スキル、性質、高密度e波」
緩やかな声でそう言うと、人差し指を立てた右手からe波を発した。部屋の中の空間が変わる。
バン!
18個の的が一斉に消えた。それと同時に水の球が破裂し、タイムが出る。00:12:00。しかし、アクアにとってはそんなことどうでもよかった。破裂した水の球は霧となり、ゆっくり降るように下に下がり部屋を覆い尽す。覆い尽くした霧、つまり、水の粒に光が通り、乱反射して、キラキラ見えた。よくある漫画のエフェクトのような光がアクアを覆い尽くした。まるでアクアが輝いているように見えた。
部屋を窓から見ていた四人はもはやタイムなど見ていなかった。こっちを向き微笑むアクアが綺麗に見えていた。
「きれい……」
都記奈が不意につぶやいてしまうほど圧倒的な美しさがそこにはあった。
そして、最後にアクアは技名を呟く。
「うたかた」
そうして霧はスッと消えていった。もちろんだが、キラキラしていたものも消えていく。同時にその部屋にはもうアクアの姿はなかった。
アクアが四人のいる部屋に上がってくると、四人はアクアの方を向いていた。そして、拍手をする。
「凄かったよ! なんか、マジックショーを見に行ってるようだった。マジックショーを見に行ったことはないけど」
ユーキャンがそんな風に言う。他の三人は最初こそ頷いていたが、最後の言葉にがっかりした。出井子は小声で、最後の言葉いらないよ、と言った。
アクアは上品に笑う。そして、思った。楽しい仲間を持ったな、と。
「ユーキャン、俺の方が早いタイム出してやるよ」
不敵な笑みを見せるK2に呼応してユーキャンもまた似た笑みを見せた。
「できるものならやって見せなさい」
K2は部屋に向かった。正直な所、少しだけ緊張していた。アクアの後だからかもしれない。あんな「演技」を見せつけられたあとはやりづらいのが本音だった。それならば、恥をかかない方法は、より早いタイムを出すこと。ユーキャンに勝負を挑んだら、もちろんハードルは上がる。しかし、K2はそれを踏み台にモチベーションを上げようと考えたのだった。
「ヘックス」
階段を降りながらポケットの中に入っていたヘックスを呼んだ。ヘックスはまるでファンタジーゲームに出てくる妖精のようにK2に、飛びながらついて行った。
部屋の中央あたりに立つK2。そのK2の目の前にはヘックスが浮遊していた。
さあ、どうしようか。新技、ないんだよな。ユーキャンにはあんなこと言ったけど、どうしよう。もう、即興しかないか。
そう考えを巡らせていると、カウントダウンが始まった。
3、2、1、0。
0になると、K2はすぐに、ヘックスを両手で挟んだ。そして、e波を流し込む。
「スーパーノヴァエクスプロージョン」
そう言って、勢い良く両手を外に広げた。すると、K2を中心に強力なe波が球状に広がっていった。
バン!
そして、一気に18枚の的が消える。すぐにタイムが出る。
「なっ、なに!?」
ユーキャンが声を上げて驚愕する。他の者は絶句していた。
タイム、00:01:02。
K2はユーキャンの方を見てニヤリと笑った。ユーキャンは明らかに悔しそうな顔をしていた。
e波の残骸が球状にK2の周りに回転しながら漂っている。K2はこれをスーパーノヴァレムナントと名付け、一人で心の中で笑っていた。やがて、そのe波の残骸、K2曰く「スーパーノヴァレムナント」はあまりに速い回転で遠心力が生じ、まるで土星の輪のように、K2の周りに帯状になって回転していた。K2は右手を胸の高さまで持ってきた。そして、格好良く指パッチン。
カスッ。
しかし、指が擦れる音しかしなかった。K2の周りにあったe波は四散したが、あまりの格好悪さ今まで悔しい顔をしていたユーキャンも耐えず笑った。バカを見るような目をしながら。それに、K2は赤面する。勝ったのに、どこか負けた気がしてならなかった。ユーキャンとK2の表情は逆転した。K2は恥ずかしくて死にそうだった。
結局、順位は上から柿川航太、結城葵、岡崎都記奈、竹富出井子、池戸瑞稀だったが、K2と出井子だけはどこか、勝った気はしなかったのであった。
その後、アクア、都記奈、出井子がトイレに行っている間、廊下でK2とユーキャンが話していた。
「ねえ、先に行ってよう?」
ユーキャンがK2の手を引っ張って歩かせた。
「あんな技、いつ練習したの?」
ユーキャンがそう聞くとK2は微笑を浮かべる。そこにはどこか躊躇いの表情があった。
「実は、あれ、即興なんだ……」
ユーキャンは唖然とする。少し黙ったあとに盛大に驚いた。
「えっ!? 即興!? 即興であれだけできるの?」
K2は軽く頷く。
「そう言えば、K2だけ、なんか、違うの使ってたよね?」
「ああ、ヘックスのことね」
そう言ってK2はポケットからヘックスを取り出す。手の平の上にあった黒い、そして赤い線の入った立方体は浮かび始めた。
「親が勝手に製作した、まあ、一種のe波増強装置だな」
「わぁ、すごいすごい! ねえ、私にも使わせてよ」
興奮気味にユーキャンがそう言った。
二人は廊下を歩く。
「ごめん、これ、固有e波で反応してるから、俺しか使えないようになってるんだ」
がっくりと肩を落とすユーキャン。顔には残念さを込めた表情があった。
固有e波。人それぞれ、一つe波と言っても、個人を特定する波が存在する。一種の指紋のようなものだ。ヘックスはK2固有e波に反応して動くという設定となっている。だから、ユーキャンやその他の、K2以外の固有e波には反応しないようになっていた。
二人は扉を開き、部屋の中に入る。ごく自然と。
「なんでそんな設定になってるの? 私も、そういうの欲しいなー。なんか、K2の環境ずるくない?」
「まあ、人よりかはいい環境にいるなーとは時々思うよ。でも、大変な事だってたくさんあるし」
ユーキャンが返答する。
「そりゃ、そうでしょうね。……ところでさ、なんでここまでついて来てるの? ここ、女子更衣室だよ?」
K2は、はっと辺りを見渡す。K2はそのとき初めて、自分が更衣室にいることを知った。そして、男子更衣室とは少しだけロッカーの配置も違うことに気づいた。
「ユーキャン、ハメたな?」
K2が睨む。
「人聞きの悪いことを言わないでよ。自分でついて来たんでしょ? そんなことより、早く出ないと誰か来ちゃうよ?」
悪戯な笑みを浮かべながらそんなことを言う。
二人が立っているところは入口の扉からはロッカーで隠れて見えない位置にいる。
K2は急いで外に出ようとする。しかし、
カチャ
と、ドアノブが捻られる音が聞こえ、すぐさま元いたところに戻った。やがて、ロッカーの奥、ドアの方から声が聞こえる。それは、アクアと都記奈と出井子の声だった。予想外の出来事に、悪戯を仕掛けたユーキャン自身も焦り、K2の腕をぐいっと引っ張って、無理矢理縦に細長い、大きいロッカーの中に押し込んだ。すると、すぐに三人が目の前に現れる。体制的にロッカーの穴から外の様子が見えてしまうK2。
「あれ、ユーキャン先に来てたんだ。トイレから出てきたらいないから、心配したよ」
「あははは、ごめん」
ユーキャンの動きはどこかぎこちなかった。ユーキャンはK2のいるロッカーとは正反対の位置にいる。そして、三人の視線をユーキャン自身の方へと引きつけようとしていた。
三人は自分が使っていたロッカーを開ける。ユーキャンも遅れてロッカーを開けた。
「ねえ、アクアー、シャワー浴びる?」
都記奈がロッカーを覗きながらそう言う。その頃、K2は体制を保つのに必死で目を逸らすことも瞑ることもできなかった。
「いや、今日は浴びない」
「そう。出井子とユーキャンは?」
二人は横に首を振った。
「そっか、じゃあ、私もいいや」
そう言って、都記奈は服を脱ぎ出した。
──────ちょ、ちょ、ちょっと、待ってくれよ。
K2は見てはいけないものを見ているようでならなかった。露になっていく健康的な肌色はやがて、身体全体の八から九割を占めた。そして、アクアと出井子も次々に脱ぎ始める。ただし、ユーキャンだけは着替えようとせず、荷物を整理する素振りを見せた。
「ねえ、アクアー、今日見せてくれたあの技……」
女子は笑って話していたが、K2からして見たら、この状況は笑い事ではなかった。上下を僅かに覆う白い布がK2に罪悪感を覚える。
みんな、ごめん。みんな、ごめん。ユーキャンのせいだけどごめん。とK2は何度も心の中で唱えていた。
着替え中の三人はほぼ同時に身につけている最後の物、下着を脱ぎ始めた。
流石にダメだと思ったK2はどうにか体制を変えようと試みた。
ガタッ。
一番恐れていたことをK2はやってしまった。音を立ててしまったのである。
脱ぎ途中だった三人はすぐに中断して振り返った。自然と三人の視線はK2のロッカーに集まっていた。
K2の心臓の鼓動は音が聞こえるのではないかというくらいドキドキしていた。同時に大量の冷や汗も出る。
この状況を危険だと察したユーキャンはすぐにフォローに入った。
「か、換気扇の調子でも悪いんじゃない?」
もしここでこの三人の誰かがe波を使えば、もしくは直接確認すれば、すぐにバレてしまう。しかし、それをすることなく、ユーキャンの言ったことに納得して着替えを再開した。
K2は見つかる危険性を犠牲にどうにか体制を変えることに成功していた。
人が出ていく音が聞こえる。
「ユーキャン、先に行ってるね」
「うん」
K2はロッカーの外からそんな声を聞いた。そして、ペタペタとロッカーに、K2に近づいてくる足音。
ガチャ。
ロッカーが開かれる。
「そのぉ、ごめんなさい」
ロッカーの扉をつかまりながら真剣な顔で謝ってきた。
「いや、まあ、危ないところとかあったけど、なんとかなったし、今回は気づかなかった俺のせいもあるから、お互い様ってことでどう?」
ユーキャンが少しだけ笑う。そして、軽く頷いた。
その後、ユーキャンが外を確認し、K2は女子更衣室の外にようやく出ることができたのだった。
帰る前、ユーキャンとK2は訓練所の管理人の元へ行き、今回の件は黙ってもらえるように交渉しに言ったのだった。もちろん、管理人は承諾し、今回のことは事件になることはなかった。




