広がる闇に煌めく光 8
結局、連れて行かれたのは訓練所。まさかとは思ったが、K2は念のため聞いてみる。
「ねえ、模擬対戦とかしないよね?」
しかし、佐紀ちゃんはニッコリと笑った。それが否定であることはK2にはすぐに分かった。
「お、航ちゃん、よく分かったね!」
広い二階の廊下で二人は立ち尽くす。K2が振り向くと、佐紀ちゃんは握っている手をぐっと引っ張った。
「聞いたよ。航ちゃんオノラリーナイト取ったんでしょう? 凄いじゃない! 流石ね、おめでとう」
なぜ知っているのか不思議に思ったK2であったが、その後、佐紀ちゃんの顔が暗くなったことの方が気になった。
「佐紀ちゃん?」
「私さ、遠征に行くじゃない? そうすると航ちゃんと会えなくなるのは当然でしょう? だから、私と今日ここで戦って欲しいの。思い出を頂戴。新生オノラリーナイトと一番最初に戦ったのがこの片山佐紀なんだって自分で思っていたいの。私のわがままなのは分かってる。でも、お願い」
K2はため息をつく。
「もう、ここまで連れてこられて、しかも佐紀ちゃんが普段言わないわがままを言われたら、断れるわけないじゃん!」
二人、微笑み合う。歩き出し、それぞれ体育館横の更衣室に入った。もちろん、男女分かれて。
それぞれジャージに着替えると、準備室に向かった。
「今回はここにある道具だけを使って戦いましょう。ルールは、この頭に付けるバンドの真ん中に付いてるジュエルを先に割った方の勝ち」
佐紀ちゃんはそう言って、青いジュエルのついたバンドをK2に渡してきた。ジュエルが額に来るように二人はバンドを着ける。このジュエルは特殊加工が施されており、強いe波を受けるとそれと同量のe波を放ち割れる。しかし、その時にジュエルの受けていない部分には衝撃が届かない仕様になっているのだ。
準備室には数多くのe波専用機器がある。しかし、それらは殺傷能力が低いため、実践ではあまり使われない。詳しくは、実践で使われるものが威力が弱まっているものと考えてよい。今回佐紀ちゃんが提示したルールでは、この中からなら何を使っても良いとのこと。
二人は準備室から道具を取ると、体育館に入って、対立した。お互いの距離はおよそ7m。少しのモーションでも反応できる距離。互いに向かい合って、それぞれ準備室で何を取ったのか視認する。
「あれ? 航ちゃん、使用するのはe波増強グローブのみ?」
「まあね」
K2は不敵な笑みを浮かべる。佐紀ちゃんはぱっと見両手にe波増強グローブ、腰に拳銃一丁。
「お、ホントだ! すげー! これは見物だ!!」
ヤジが集まってきた。恐らく休憩中のプロベイショナーだろう。そうK2は判断した。
「さあ、よそ見してないで始めるよ!」
佐紀ちゃんがいつも出さないような大きな声を出すと、集まっていたプロベイショナーたちは歓声をあげる。
佐紀ちゃんが左腰の拳銃に手を当てる。
その動きにK2は佐紀ちゃんの胸の辺りに飛翔系攻撃性e波を左手で放ち、右手で空間系のe波を展開する。それと同時にK2はその作り出す空間に適するe波を体の外側に張る。
佐紀ちゃんは手に取った拳銃を上げて、速射する。放たれるe波は飛翔系攻撃性。つまりは弾丸のようにK2に向かってe波が飛ぶ。狙うはもちろん、額のジュエル。引き金を引いてe波が放たれると、真っ直ぐK2に飛翔した。
しかし、それは中間あたりで消える。K2の左手から放たれたe波で相殺されたのだ。少し遅れて佐紀ちゃんも空間系のe波を展開する。
K2優勢、しかし、佐紀ちゃんも負けず劣らず、e波によるせめぎ合い。空間系スキルがぶつかるその境界線ではまるで空間が歪むような状態になる。K2の展開したe波は無重力。対して佐紀ちゃんは超重力。
佐紀ちゃんは拳銃をしまい、両手でe波を展開した。
観覧者は叫ぶ。見たこともない超決戦に叫ばずにはいられなかった。
佐紀ちゃんのe波がK2を押す。しかし、K2は依然として笑顔のまま。
流石はオノラリーナイト。戦場で笑うとはね。私は笑っているかしら? きっと必死な顔をしているでしょうね。笑顔など微塵も感じられないほどに。さて、彼はどう出るかしら?
K2は押される。中間まで押されたところで、K2はe波の展開を停止する。
「!?」
佐紀ちゃんはあまりにも予想外過ぎて逆に身構えてしまったが、目の前のK2は何も対策をしていないように見える。なぜなら、佐紀ちゃんが展開した超重力の空間に押し潰されているからだ。
これはチャンスとばかりしまった拳銃を再び手に取り、見えるジュエルに向かってK2に放つ。しかし、それを読んでいたのか、K2は同じタイミングで起き上がり、見事な前宙を決めて、e波を避ける。
「くっ!」
接近するK2に、佐紀ちゃんは的確にe波を撃っていく。しかし、それをスルスルと避けていくK2。
「これならっ!」
佐紀ちゃんがそう言いながら、引き金を引く。すると、それぞれ別のベクトルを持つe波の弾丸が放たれた。それは緻密に計算されており、K2が避ける方向を予測し撃っていた。
一つ避けると、避けた方向にe波が飛来した。それをK2は左手で受ける。e波が左手に当たる瞬間のみに左手にe波を展開し、佐紀ちゃんの攻撃を辛くも相殺する。
「あ、ありえねぇ……」
そんな言葉が体育館に響く。もちろん、プロベイショナーの誰かが言ったもの。
佐紀ちゃんはK2に休む暇を与えることなくe波を撃ち続ける。飛来するいくつものe波。正面に壁のようにe波が飛んでくる。しかし、K2は避けるどころか、そこに立ち止まった。
「ふっ」
K2は不敵な笑みを浮かべる。右手を左肩の前に持ってきて、右に勢いよく払う。右手に宿してあったe波が軌跡を描き、まるでシールドのようになって、飛来するe波を相殺させた。
K2はその勢いのまま、半身になり、左手を掲げて拳銃を撃つモーションに入る。コンマ数秒で左手の指先にe波が集まると、それを勢いよく放射させた。
「転換! モードパープル!」
佐紀ちゃんは右手を高らかに揚げると、次第に二人を取り囲む空間は変わっていった。今まで存在した超重力は徐々になくなっていき、しまいには跡形もなくその空間は消える。チャンスと思ったK2は再び指先にe波を集めた。しかし、違和感を感じた。さっき放射したe波が少しずつ薄れていき、やがて佐紀ちゃんの目の前で消失した。この時、K2は悟る。佐紀ちゃんが変換させた空間はe波を消滅させる空間だということに。詳しくは、発生源から離れ、空間内で形を保つe波を相殺させ鎮める空間である。しかも、それは佐紀ちゃんは対象外。つまり、この空間内で発生源から離れたe波を保てるのは佐紀ちゃんだけなのだ。
ヤジが飛び交う。
ここに来てやっと技名発声をしたぜ。きっとトップランカーともなると、難しい技以外はいとも簡単に発動できるんでしょうね。なるほど、だから技名発声をしないのか。
そんな声が密かに聞こえてくる。先ほど、佐紀ちゃんがこの戦いにおいて、初の技名発声を行った。それは、確かにトップランカーには当たり前のことなのだが、意識を集中させないと使えないプロベイショナーには到底困難なことなのである。それにより、プロベイショナーにとってはここまで自由自在にe波を使いこなせるのは天才とも言える所業なのである。
K2は左手を下ろし、再度走る。佐紀ちゃんは下がりながらK2に拳銃と右手のひらを、向ける。しかし、それは微妙に的を外していることにK2は気づいた。
──────このまま行けばっ!
K2は走る。すると、佐紀ちゃんは多量のe波を放った。しかし、目論見通り、それらは外した。と思ったが、すぐにそれが作戦の内であるとK2は気づいた。後ろを振り向く。そこにはいくつものe波が展開されており、それらはすごい勢いでe波を凝縮していた。それが飛翔系攻撃性e波であることをすぐに気づき、身構えた。しかし、時すでに遅し。K2を取り巻くようにe波が展開されていた。おまけに足元には範囲系攻撃性e波も展開されている。
ここの準備室にある道具はどれも殺傷能力が低い。とはいえ、今佐紀ちゃんが展開したものはまともに受ければただでは済まないことをK2は直感した。
K2は360度にシールドを張るという対策を考えたが、この佐紀ちゃんが生み出した空間でそれができないことを理解する。すると、K2の顔から笑みが消えた。
──────タイムディクライン
頭の中でそう唱える。と同時に体内にe波を展開した。心臓の鼓動を高め、身体能力を飛躍的に上げるスキル。このスキルでは脳の処理速度を高めることができる。1秒を最高で20分で体感することができる。体感時間を長くするにはe波の強さを強くすることである。K2のオリジナルで、他に使える者はK2は知らない。しかも、かなり強いe波が必要で、繊細なので、使うのは極めて困難である。
佐紀ちゃんの攻撃を視認し、退路を考える。一瞬が一瞬でなくなるこのスキルで見出した退路は極めて複雑で、普通に走っては間に合わないことを理解した。
K2に笑顔が戻らない。
もし、このまま何もせずにこの攻撃を受けたらどうなるだろう? きっとまた病院送りだな。退院して数日後にまた入院は嫌だ。それなら、なんとしてもこの攻撃を避けなければならない。
退路及び佐紀ちゃんまでの通路を確認し、覚える。そして、今展開中のタイムディクラインを同系統のスキルに変換する。
──────モノクローム·アドベント
身体能力を上げるスキル。筋肉やすべての神経系にe波を補いながら負荷をかける。最高で物理限界で移動することができる。
目に見えないほどの速さで覚えた道を行く。このスキルを発動すると、色彩を認識出来なくなるため、世界が白黒に見える。ほぼ止まっているような佐紀ちゃんの攻撃を交わしながら、佐紀ちゃんの方へと進む。
そして、佐紀ちゃんの前で踏み止まる。展開中のe波を解放し、徐々に世界に色が戻っていった。右手にe波を宿しながら腕を持ち上げ、佐紀ちゃんの額まで持ってくる。
佐紀ちゃんは何が起こったのか、認識することが出来なかった。あの攻撃を全て交わせるわけない、そう思っていた。しかし、目の前に一瞬にして現れたK2は無傷。もはや、夢を見ているかのようであった。唖然とする。何が起こったのか分からず目を見開く。その間にもK2は右手を持ち上げる。佐紀ちゃんはe波を展開するどころか動くことすら出来なかった。徐々に展開中の空間系スキルも消えかかっている。K2の後ろ、佐紀ちゃんのK2越しの前方はe波が複雑に衝突した。
そして、K2はそのジュエルを人差し指で軽く弾いた。ガラスが割れるような音と共に、ジュエルは四散し、床に落ちる。
佐紀ちゃんは驚愕する。足がすくみ、その場で膝をついた。目の前にあるガラスの割れた破片のようなものを見て気づく。
「私、負けちゃったんだ……」
そして、微笑を浮かべる。少しは悔しかった。でも、それ以上に嬉しかった。この圧倒的な力を見せてくれたこと。きっと彼は本気でやってくれた。そのことがとても嬉しかった。何が起こったのか分からなかったが、神のような力を持つ新生オノラリーナイトと初めて手を合わせたのはこの私。ああ、これで目標ができた。私はこの遠征で成長して、いつしか航ちゃんに勝つんだ。手合わせしてくれたこと、心より感謝。
佐紀ちゃんはそう思う。
「大丈夫?」
K2は佐紀ちゃんに手を差し延べる。佐紀ちゃんは頷いて手を取った。引っ張られる勢いのまま、立ち上がる。
「全く、あんな攻撃まともに受けたら、かすり傷じゃ済まないっての」
しかし、佐紀ちゃんは笑う。
「でも、避けたじゃない?」
「そりゃ、そうだけど……。まあ、いいや」
そう言って二人笑ったのだった。もちろん、最後は割れたジュエルは片付けたのだった。
その後、この勝負はたちまちプロベイショナーに広まり、やがてアマチュアにも噂が広まった。おもちゃのような武器で滅茶苦茶な攻撃を繰り出す少女と神のような速さを持つ少年。やがて、爆撃の少女と神速の少年と、少しだけ呼ばれるようになった。
もちろん、この噂を聞いて黙っていない者がいた。最初こそ、二人は特攻部部長に怒られたが、素晴らしい人材を育成する特攻部のトップランカーの部長は素晴らしいと言われた日から部長は手のひらを返すように上機嫌で、二人を怒るどころか、嫌になるほど褒めるのだった。




