広がる闇に煌めく光 7
石敷の地面を歩く。屋台の匂いが漂う。食べ物のあらゆる匂いが混ざり、気温さえ高ければ夏祭りを思わせる。朝早いというのにも関わらず、人の多さはお祭り並みだ。まあ、お祭りのようなものなのだが。
年明け、K2は佐紀ちゃんと谷保町で一番大きい神社、谷保神社に来ていた。佐紀ちゃんが近いうちに遠征に行くということもあって、K2が昨日に連絡し、こうして初詣に来たのだった。
佐紀ちゃんは朝早くだというのにも関わらず、着物をビシっとキメてきて、K2はよくやるなぁと思った。と同時に流石だなと思った。通る人、着物を着ている女性はたくさんいたものの、それらは佐紀ちゃんに敵わなかった。K2は、それに比べ自分は……と思うと急に恥ずかしくなる。
お参りをする。奉納箱に五円玉を投げ、二礼二拍手一礼。そして立ち去る。その後、屋台を回った。好きなものを階買い、食べ、歩く。それを繰り返した。今だけは特攻隊のことを無しにして、思いっきり楽しんだ。
しかし、やっぱり思ってしまう。この後佐紀ちゃんは遠征に行って、会うことが出来なくなる。だからこうして楽しく話すことも当分出来なくなるのだなと思うと急に切なくなってきたのだった。
「どうしたの?」
佐紀ちゃんがK2の顔を覗いてくる。K2は目を合わせ、無理矢理笑顔を作る。
「いや、どうもしてないよ。なんで?」
「なんか、暗い顔してた」
不安そうに佐紀ちゃんはそう言う。
「そう?」
「うん。何かあった?」
「え? いや……その……。もうすぐ佐紀ちゃんに会えなくなるのかなって思ったらさ……」
すると、佐紀ちゃんは笑う。優しい目をして。それは決して蔑んでるわけでもなく、嘲るわけでもない。
「ふふっ。明るい航ちゃんがそんな悩むなんて珍しい」
佐紀ちゃんはK2の右手を両手で軽く握る。
「知ってるよ。航ちゃんが人一倍優しくて、人のことを思って怒ってくれたり悲しんでくれたりしてくれること。ありがとう。航ちゃんのその気持ちとっても嬉しい。私も航ちゃんと会えなくなるのは悲しいもん。だから、この遠征、できるだけ早く終わらせてくるね。そうしたら、航ちゃん、その時は私を笑顔で迎えて。お願いね」
目を見てそう訴えかけるように優しく言ってくる佐紀ちゃん。こう言われたとき、佐紀ちゃんは自分よりも数倍も数十倍も強いってことをK2は改めて実感した。
K2は目頭が熱いのを堪えて、笑顔で一つ頷くと佐紀ちゃんはK2の手を引っ張って宛もなく歩き出した。
「さ、時間はまだあるんだから、もっと遊ぼ!」
K2は少し握ってる手を強く握って、その手が二度と離れないようにと思ったのだった。
谷保神社の奥、五重塔の前にある階段の下まで歩いて来た二人。
「よう、柿川航太。久しいな」
石階段の横、石垣と階段の間に一人の少年が座っていた。
佐紀ちゃんはもちろん、K2もその少年に呼ばれたものの誰か分からないようだった。
「航ちゃん、誰?」
手を繋ぎながら歩いてここまで来ていたので、手を繋いだまま、目で促してくる。しかし、促されたところでK2も分かっていなかったので、K2の答えはもちろん、
「いや、分からない」
と首を振る。そんなK2の反応に当然ながら黙っていない者がいた。
「おいおい、俺だよ! 三年前の谷保神社少年境内競走でお前に続いて二位、二年前に三位だった田代悠斗だよ!」
K2は考える。そんなやついたっけなー? 記憶の奥からK2は田代悠斗なる人物の記憶を探った。
「あー、田代ね、久しぶり、元気そうだね」
深く関わった人物でもなかったので、思い出したことには思い出したが、正直仲良くしようとも思っていなかったので棒読みでそう言った。
「くっそー、二年連続優勝をかっさらった上に俺のことも忘れ、彼女連れで俺の前に現れるとは……マジ、許せねー!」
田代は怒りの籠った声でそう言ったが、K2には怒っていないことがすぐに分かったので、K2はテキトーに返事をした。
「はいはい」
この返事で田代はイラッとしたが、K2に話しかけたのは田代ではなく佐紀ちゃんだった。
「ねえ、谷保神社少年境内競走って、毎年元旦でやってるやつだよね?」
「そうそう、五から十歳まで参加できるやつだよ」
「航ちゃん、二年連続一位だったの?」
「まあね」
自慢げに胸を張ったが、佐紀ちゃんから次に言われた言葉はK2が期待するようなものではなかった。
「e波とか使ってないでしょうね?」
K2は堂々とした顔で言う。
「もちろん!」
そんなやりとりに田代が話を割って入ってくる。
「今回、弟は参加しないのか?」
「いや、知らんが、多分参加しないんじゃないか? 色々と忙しいだろうし」
その言葉に田代は少し残念そうな顔をする。
「そうか。いや、出るなら柿川弟の有志でも見てやろうと思ったんだがな」
K2が笑う。
「二年前の競走で負けてるくせに大分上から目線だな、おい」
田代はその言葉が相当悔しかったようで、しかし、言い返す言葉も見当たらず、ただK2を鋭く睨んだ。
「おい、柿川航太。お前、今回の競走見るか?」
K2は少しだけ考えた素振りを見せたあと、佐紀ちゃんの方を向いた。どうする? と顔で促す。すると佐紀ちゃんは見ようと言ったのだった。
「ああ、まあ、見ようかな」
その言葉を言った瞬間、田代は不思議な笑みを浮かべた。
「そうか」
田代はそう言いながら立ち上がり、笑顔のまま、じゃあな、と言って階段を上がり、五重塔へと消えていった。
「ねえ、その競走って何時から?」
佐紀ちゃんがそう問いかける。
「えーとね、例年通りなら10時からだよ。うーん、今9時45分であと15分でスタートするから、もし、スタートから見るならそろそろ移動した方がいいかも」
「スタート位置ってどこなの?」
「本殿の横にある道」
佐紀ちゃんは少し考え込んでから、よし、と言ってK2の手を引っ張った。
「さあ、行こう」
K2は頷くと、二人は本殿の方に向かった。
本殿の横には大きな門が立っていた。その後ろには多くの子供達がそわそわした顔で立っている。
「そろそろ始まるね」
K2は佐紀ちゃんの顔を見る。
「これ、コースってどうなってるの?」
佐紀ちゃんがK2に訊ねる。
「道の途中に順路を示す看板が立ってるんだよ」
「へぇー」
佐紀ちゃんは門の前に並ぶ子供達の一番後ろの方を見る。
「後ろに並んでる子、可哀想だね」
その言葉にK2は奇妙な笑顔を見せる。
「実はそんなことなかったりね」
「え?」
佐紀ちゃんは当然の反応をする。
そこでアナウンスが流れる。それはこれから谷保神社少年境内競走が始まるという旨のアナウンスだった。道を歩いている人は道の端へと避ける。二人も同じく端へ避ける。
すると、なんの合図もなく門が開いた。それと同時に、それをくぐるようにして子供達が走り出る。
どの位の子供が門から出てきただろうか。列にして大体真ん中辺りの子供が石につまづき、そのあたりの子供達は将棋倒しのように倒れていく。
「あっ!」
佐紀ちゃんがふと声を漏らす。
辛くも走り続けているのは先頭にいたわずか数人と後ろの方にいたわずか数人。前の子供達は何もなかったかのようにして走り去る。後ろにいた子供達はその倒れている子供達を見ながらそこを避けて通る。倒れている子供達の中には泣いてる子や怪我をしている子もいて、見ていて可哀想に見えた。しかし、このハプニングは恒例と言ってもいいほど毎年起こり、それを知っていたK2は年もか、という思いで見ていた。
「航ちゃん、移動しよう?」
門からすべての子供が出ていったところで佐紀ちゃんはそう言いながらK2の手を引っ張った。
歩きながら道の端を通っていく。K2は最初は五重塔に行きたいものだと思っていたのだが、五重塔へ行く道を左に曲がったときはもうどこに行きたいのか分からなくなった。K2がどこに行きたいのと聞いても、佐紀ちゃんは内緒としか答えない。そして、神社の外に出た時にはもう自分がどこに連れてかれるのか、K2には予想もつかなかった。




