広がる闇に煌めく光 3
眩しい日差しが病室に差し込む。部屋は電気を付けずとも明るかった。
退院の日となった。やっとこの暇な日々から抜け出せる。との思いでいたK2は心を踊らせていた。
荷物はもうまとめてあった。
たくさんの人が見舞いに来てくれて、色んなものをK2にあげたため、今日この日、持って帰る荷物がかなり多くなってしまったのだ。その為、誰かが迎えに来てくれるとK2は聞いていたが……。時間になって、病院の入口に立っていても、いっこうに迎えが現れる様子がない。
「来ないねぇー」
一緒に待ってくれている看護師も流石に待ちくたびれていた。
そして、もう、20分ほど。右の方から勢い良く自動車が突っ込んで来た。と、思うと、目の前で止まった。
「あれ?」
しかし、目の前に止まった自動車は親のものではない。親の誰かが来ると思っていたK2は不思議に思った。
「よお! 元気そうだな。父親からお願いされてな。ほら、乗りな」
自動車の中からそう言いながら顔を出したのは調査部部長だった。不敵な笑みを浮かべる。
「あー、えっと、はい」
K2はぱっとしない返事をすると、後部座席のドアを開けた。荷物を乗せるのは看護師も手伝ってくれる。看護師が、またね、と言うと、K2はお辞儀をして乗っていった。
自動車が動き出す。看護師がどんどん後ろに見えていった。小さく見える。カーブを曲がると、もう、その姿は見えなくなって……。
公道を走る。向かってるは谷保町。目の前に信号。赤になる。当然自動車はブレーキを踏んで止まる。
青になる。自動車は再び動き出す。直進して……。
「って、あれ?」
直進しなきゃいけない道を何故か右折した。
「まあまあ」
ずっと前を向く部長は笑っていた。笑顔がK2にとっては怖かった。
拉致だ。
K2はそう思った。
やがて、着いたのは…………未来都市、アイディオクス特攻隊本所。
「え? え? え?」
K2は完全に困惑していた。当たり前だ。迎えの車に乗って家まで連れて行ってもらえると思ったら、連れてこられたのが本所なのだから。
「じゃあ、降りて。フロントのカフェにいて。車置いてくるから。あ、荷物はそこでいいよ。逃げたら……どうなるか分かるね?」
怖い笑顔を浮かべた部長に逆らう術はK2にはなかった。
「はい……」
正直、泣きたいほど怖かった。逃げたかった。心臓は破裂しそうなほどドキドキしていた。
そんな思いでK2はフラフラした足取りで階段を登っていった。
カフェで待っていると、やがて部長が現れた。
「さあ、行くぞ!」
K2にはもはや何かを言う気力は残されていなかった。何も言わずにただついて行った。
エレベーターに乗って37階。エレベーターを降りて少し歩いたところの会議室。
部長が扉を三回ノックすると、ドアノブに手をかけて押した。開いたドアの奥には大きなスクリーンと、大人が数人。そして、端の方にアクアがいた。
部長とK2はその部屋に入っていった。
「やあ、柿川君。待っていたよ。おや? 緊張しているようだね? そんなに構えなくてもいいよ。うーん、このようだと奈緒ちゃんから何も聞いていないようだね。全く、いたずら好きなんだから」
中央にいた男の人がそう言うと、部長は、あはは、と頭を掻いていた。
「えーと……」
K2が何が何なのか分からずにいると、端にいたアクアがふふっと笑った。
「監視部の方たちだよ。なんか、この前の水属性巨獣型アイディオクスの件で話があるんだって」
朗らかな笑顔でそう言うアクアはK2とは逆に全く恐怖心などなかった。
「ああ、なるほど。いきなり連れて来られたから何かと思ったよ」
そう言ってK2が笑うと、隣にいた部長は笑いながら、わりぃ、と言った。
「今紹介があった通り、我々は監視部です。そして、私が監視部の部長、高山徹と言います。そこの奈緒ちゃんとは少々縁がある。柿川君、ここに呼んだ理由は気楽なものとは言えないけれど、まあ、あまり構えずにいてくれたまえ」
さっきと同じ真ん中にいる男性は優しそうな顔でそう言う。とはいえ、気楽でないと言われたら、やはり、構えずにはいられなかった。K2は、はい、とだけ答えると、アクアのいる方へと促され、そこにあった椅子に座った。
「さて、まずはこれを見て欲しい」
監視部部長は近くのノートパソコンを操作して、大きなスクリーンに映像を投影した。それは、雲のある晴れの日の時間的にお昼頃。水保駅。
K2はこの場面を見てすぐに分かった。なぜならつい最近、行った、いや、ちょうどその時間帯、その場所にいたからだ。だから、監視部部長に、ここがどこだか分かるね? と聞かれたときはすぐに、はい、と答えられた。そう聞かれるのとほぼ同じタイミングで画面の中に人影が現れた。その人影は容姿、立ち姿、そして、顔、どこをとってもK2である。そして、もう一つ、揺れる人影。K2はこの時アクアと出会っていた。だから、アクアだろうと目を凝らしてよく見る。しかし、そこにある人影は顔が見えない状態になっていた。
「あれ?」
ふと、K2はそんな声を漏らす。監視部部長は鋭い目をする。
「柿川君。この時のことは覚えているかい?」
監視部部長はそう言いながら、映像を一時停止した。
「はい。アクアと会いました。ちょうどあの人影があるところあたりに立ってました」
K2がそう言うと、アクアが声は出さずとも驚いた。そして、K2はアクアが驚いたことを不思議に思った。すると、監視部部長が次はアクアに向けて質問する。
「池戸君。君はこの時間にこの場所にいたかな?」
K2はあの人影が自分があの場で会ったのがアクアでなかったことを考えた。
あの場で出会ったのがアクアでなかったら……。いや、そんなはずがない。だって、向こうは俺のことに気づいたのだから。そして、そうだ。あの場で俺はアクアと話した。しっかり会話できたじゃないか。それなら、あれがアクア以外では考えられない。
しかし、アクアの返答はK2の考えを裏切るものだった。
「いいえ、私はこの時間帯、この場所にはいませんでした」
アクアがそう言ったのに対して、話を続けたのは監視部部長ではなくK2だった。
「そんなはずない! 俺は絶対にアクアに出会っている。あの場でアクアと会話したのだから! あれがアクアでなかったら、きっと、会話は成り立たなくなる!」
K2が強くそう言うが、この部屋のほとんどは困った様子でいた。
「では、柿川君。これを見て欲しい」
そう言うと、監視部部長は再びノートパソコンを操作する。次にスクリーンに映し出された映像。それは、さっきとは違かった。時間を見ると、さっきの映像と同じ日の一時間前。
「これはさっきのやつの一時間前の映像だ。場所は、水保駅から北西に行った、e波仕様防御柵のところだ」
映像が流れ出して数分。画面の左端から人影が現れる。すると、そこで一時停止される。一時停止された映像の人影のところをよく見る。それはどこを見てもアクアだった。
監視部部長はK2がこれがアクアであることを確認したところでまた映像を進めた。
映像の中。その人影、つまり、アクアは歩いてe波仕様防御柵の前に来て、手を添えると、ほぼ透明の光の壁のようなその柵をくぐって、やがて画面の外に出て行った。
「この時、池戸君はe波仕様防御柵をくぐっている。つまり、水保駅周辺の立ち入り禁止区域から出ているんだよ。そして、池戸君は水属性巨獣型アイディオクスが消滅するまでここには来ていないんだよ。そうだね?」
監視部部長がアクアを見る。アクアははっきりした口調で、はい、と言いながら頷いた。今の話に肯定した。いよいよ、K2は自分が見たものがなんなのか分からなくなる。証拠はこうして出されてしまった。反論などできやしなかった。
「では、柿川君。この時見えた人影のことを詳しく話してくれないか?」
「はい、分かりました。僕があの人影を見たときは……」
K2はあの時見た人影のこと、会話したことを言えること全て言った。言い終わったあとのみんなの反応はそれぞれで、アクアは声には出さずとも驚いていて、監視部部長は目を瞑りながら頷いている。そして、調査部部長も目を瞑って頷くように見えたが、よくよく見ると寝てるようでもあった。しかし、そのことには誰も気づいていなかった。
「なるほど。では、その話を踏まえた上でこの映像を見て欲しい」
再びノートパソコンを操作する。スクリーンに映し出されたのは先程のK2と人影が映っている映像。しかし、少し違う。それは、映像が揺れているということ。
「これは、映像を解析してそれからあらゆる波が見えるようにした映像だ。柿川君を中心に、周りに少しばかり波が出ているだろう? これがe波だ。そして、注目すべき点はこの人影。ここを中心に波が出ているのが確認できると思うが、これは、e波ではない。それは波の形で判断できる。柿川君から出ている波とは全然違う。そして、実はこの波はアイディオクスから発せられる波と同一なんだ」
その言葉にK2とアクアはすこぶる驚いた。それに対し、いつの間にか起きていた調査部部長はすまし顔でいる。部長はなんとなく予想していたのだ。だから、むしろ、にやけていた。
「え、じゃあ、俺が出会ったのは人型のアイディオクスだってことですか?」
「いや、もしかしたら、うっすら見えるこのモヤ自体がそうかもしれないので人型かどうかは断定できないが、おそらくこれは、アイディオクスだろうと考えている」
「そうですか……」
そして、K2はうなだれる。あれがアクアでなかったことに気づけなかったことはもちろんそうであるが、もはやアイディオクスであることに気づけなかったということに対してK2は悔いた。自分の未熟さを深く痛感した。もちろん、これがアイディオクスかどうかなんてのはまだ分かっていないことではあるが、K2の中ではもうあれはアイディオクスであるとされていた。
結局、この人影の正体を突き止めるということが調査部と監視部の共同の課題となって、この会議は終わった。K2はてっきりこれだけのためにこの本所に連れてこられたと思っていたので、調査部部長によって腕を引っ張られながらこの会議室の外に出された時はもう、訳が分からない状態になっていた。アクアと話したい気持ちもあったが、さらに、最高司令官の元へ行くぞと言われた時にはそんな気持ちなどどこにもない状態に吹っ飛んでいて、もう、好きにしてください、と心の中で泣き叫んだのだった。




