広がる闇に煌めく光 2
K2は欠伸をした。
「うわっ! K2だらしない!」
K2の大欠伸を見たユーキャンは馬鹿にするようにそう言ってきた。
水属性巨獣型アイディオクスとの激戦からというもの、重傷を負ったK2は中野駅の隣の駅の付近にある大きな病院に入院することとなった。
もう、あれから数週間は経つ。見舞いにはたくさんの人が来て日に日に訪れる者が少なくなってはいたが、今、この病室には同じ特攻部の同じ班の班員で幼馴染みのユーキャンと都記奈、そして、アクアが来ていた。
椅子に座っていたユーキャンはカーテンの閉まった窓の方へ歩き出す。アクアと都記奈は二人で何やら楽しげに話していた。
K2はベッドの横にいる二人の会話を聞いていたが、突然歩き出すユーキャンの方に顔を移した。
ユーキャンはカーテンを掴み、開ける。
外は既に暗くなっていた。三人が病室に来た時はまだ明るかったのだが、いつの間にか夜の景色になっていたのだ。
時計を見ると、針は五時半を指す。彼女らが来てから、かれこれ二時間半は経っていた。
「そう言えばさー……」
ユーキャンは両手で開けたカーテンを掴みながら外を向いて話す。完全に外を見ているが、K2たちに背中を見せているが、窓に映ったユーキャンの顔はK2たちに語りかけているようだった。
外に見えるのは綺麗な星ぼしと住宅街のうっすらとした光。それをユーキャンは物思いにふけるように眺めていた。
話をしていた都記奈とアクアはユーキャンの発言に反応してユーキャンの方を見る。K2もまた同様。
「結局、ふたご座流星群見れなかったね」
ユーキャンの声には少しばかり寂しさが籠っていた。
ユーキャンは本当に楽しみにしていたので、見逃してしまったことについてはかなり残念だった。もちろん、一年後にまた見れるはずなのだが、なんせ仕事が忙しい。みんなで集まって見るなんてことはそうそうできないのだ。
「そうだねぇ。残念だったねぇ」
アクアも残念そうにそう言った。
もちろん、アクアもユーキャンも同様、流星群を楽しみにしていた。
アクアは椅子に座りながら、ユーキャンの方を向いている。隣に座っている都記奈はというとアクアの方を向き、今の言葉に頷いていた。
「見れなかったの?」
K2はずっと病室にいたので、天気を気にすることがなかった。それゆえ、流星群が見れたかどうかなんて分からないのだ。
「うん……。実はその日曇っちゃってね。しかも、K2が入院しちゃってたし、ね」
都記奈はそう言うと、椅子から立った。薄ピンクのワンピースを揺らしながら振り返ると、ドアの近くにあったテーブルの上に置いてある自分のカバンの方へ歩き出す。
「そっか……。というか、ふたご座流星群っていつあったの?」
K2がそう言うと、窓の外を見ていたユーキャンがカーテンを閉めて振り返った。その顔にはもうさっきの寂しさは残っていなかった。
いつもの顔と言ってしまえばそうなのだが、どことなく笑っている。K2はそんな気がした。
「うーん、だいたい一週間前くらいかな」
ユーキャンは伸ばした右手の人差し指を右頬の下あたりに当て、上を向きながら思い出すように答える。
その頃、都記奈は自分のカバンから取り出したペットボトルのお茶を持ってきて、さっきまでと同じ椅子に座ってそれを飲んでいた。
病室内は静けさも騒がしさもないほどで、リラックスするにはちょうどいい。K2は友達と共にいる楽しさを感じていた。
「一週間前ねー」
そして、沈黙が訪れた。聞こえてくるのはエアコンの音だけ。誰も何も発言することなく、ゆっくりと時間が経つ。
それぞれ、複雑なそれでいて何も考えていないような顔をする。
その時、ドアがノックされた。
「佐紀です。入るよ」
という声が外から聞こえた。すると、部屋の中にいる四人はドアの方を向く。
片山佐紀。佐紀ちゃんは特攻部所属の同い年。そして、今ここにいるK2以外の三人は調査部。それにより、二部間の接点がない為、三人は佐紀ちゃんのことを知らない。それゆえ、三人は不思議そうな顔をしていた。
五秒ほど経って、ドアが開くと、そこには佐紀ちゃんの姿があった。
ドアが開いて女子三人に囲まれたK2の部屋の様子を見た佐紀ちゃんは何も言わなかったものの、その顔は驚いていた。きっとこれを絶句するというのだろう。
やがて、佐紀ちゃんは口を開いた。
「あれ、私、お邪魔だったかな……?」
「いやいやいや、そんなことないよ!」
K2は必死にそう言った。佐紀ちゃん、きっと誤解しているな。そう思った。
「こんばんは」
沈黙が流れたこの部屋の中で、ユーキャンはそうフォローを入れた。ユーキャン自身、耐え難いものがあったのだ。
へー、やるときはやるなぁ。だなんて、K2は上から目線でそう感心していた。
「こんばんは」
ユーキャンの言葉に佐紀ちゃんは挨拶を返す。上品に頭を下げて挨拶をした。その姿はまるで大人のようで12歳には見えなかった。
その返事に後の二人も返事をする。
「やあ、佐紀ちゃん。来てくれてありがと。三人には会ったことなかったよね。紹介するよ。こちらから結城葵、池戸瑞稀、岡崎都記奈。三人とも調査部の仲間で、結城葵と池戸瑞稀は情報部にも所属してる」
K2はそう言いながら、佐紀ちゃんに紹介していった。すると、三人はK2の紹介の後に、よろしくねと笑顔で言う。
「私は片山佐紀です。航ちゃんとは特攻部で同じです。こちらこそ、よろしくね」
そう、笑顔で自己紹介をした。K2は本当に同い年なのかと疑った。それはアクアもユーキャンもそして、都記奈も同じ。
すると、佐紀ちゃんは歩き出し、ドアのすぐ近くの机の上の空いているところに自分の荷物を置いた。
そして、K2の方に歩き出すと同時に、ユーキャンと都記奈は早歩きで佐紀ちゃんの方に向かって歩いていく。アクアは依然として椅子に腰をかけたままでいた。
「幼馴染み?」
座ったままのアクアはK2の方を向いてそう尋ねる。ユーキャン、都記奈、佐紀ちゃんの三人は笑いながら話していた。
「そうそう。特攻部の同じ班の同級生はアクアがこの前会ったアシュリー以外は全員幼馴染みだからさ」
「へー。同じ班……ってことは、やっぱり、あの、片山佐紀だっけ? もかなりスキルが高いんだろうね」
佐紀ちゃんの方をちらっと向きながら、アクアはそんな風に言った。
「高いも何も、佐紀ちゃんのマックス値は俺以上だよ」
アクアは驚く。それも、かなり激しく。当然だった。K2のe波の強さはかなり強く、人間ではないと言われるほど。それはアクアも知っていた。しかし、佐紀ちゃんはそれを超えるのだ。e波を使える者は誰だって驚くに決まっていた。
「そ、そんなに!? それって、もう……。ちょっと、話してくるね」
アクアは立ち上がると、一度ウインクをして佐紀ちゃんたちの輪に入っていった。
取り残されたK2は、しかし、その様子を微笑ましく思いながら見ていた。この部屋が楽しい雰囲気になるのはK2も望んでいる。
数分経つと、四人の会話は終わったらしく、佐紀ちゃんはK2の方へ歩き出した。
「そう言えば、そろそろ退院だよね。少し早いけどおめでとう!」
笑顔でそう言うと、しかし、K2は首を傾げた。
「あれ? そうだっけ?」
K2のその言葉に、笑顔だった佐紀ちゃんは呆れ顔になり、はぁー、とため息を吐く。
「もー、自分の事でしょー。しっかりしてよねー」
あはははは……。K2はただ笑った。呆れていたのは佐紀ちゃんだけではなく、後ろで話を聞いていた三人もそうである。
「でも、まあ、終業式には出れそうで良かったね」
「いや、俺は別に……」
「良かったね!」
最初こそ笑っていた佐紀ちゃんは怖い顔をして、迫ってきた。とはいえ依然として笑ってはいる。しかし、その笑顔には殺気のようなものが感じられた。
K2は本当は行っても行かなくても良かったのだが、怖い笑顔に加えて強く言われてしまえば、逆らうことはできない。結局K2は
「はい……」
としか言えなかった。そして、佐紀ちゃんの後ろの三人は笑った。
それから数時間が経ち、夜9時になる。
「私たち、そろそろ帰るねー」
アクアとユーキャンと都記奈が自分の荷物をまとめていた。ユーキャンがそう言うとK2は、そっか、分かった、と言う。
「佐紀ちゃんはどうする?」
都記奈がベッドの隣に座っていた佐紀ちゃんの方を向いて言った。佐紀ちゃんは座りながら、
「私はまだいるよ」
と言うと、都記奈は、そっか、じゃあ、またね、と言って三人は手を振りながら部屋を出て行った。K2は余計なことを言ってしまいそうだったので、何も言わなかった。
ドアの向こう。遠ざかる足音。
そして、その音が完全に聞こえなくなる。
佐紀ちゃんは椅子から立ち上がり、自分のバックの中を探った。取り出したのは汚れ一つない白にピンクのラインが入った手のひらサイズのドーム型の物だった。
それをベッドの横の小さなテーブルの上にその物体の平らなところを下にして置くと、その上に左手を置いた。すると、左手からe波が流れる。
それに反応したドーム型の物は同調して、この部屋に二人を包むようにe波で囲まれた空間を作った。
「遮音空間発生装置?」
K2が驚き混じりにそう言うと、佐紀ちゃんは笑顔のまま頷いた。左手はそのe波専用機器から離すと、そのまま、右手と同じように膝の上に置く。
佐紀ちゃんの顔はいつになく真剣で、K2もまたふざけられないことを察した。
「航ちゃん。この前の話。遠征の件。あれから、少し詳しく聞いたの」
K2はなぜ遮音しなければならないのか、今分かった。
K2は頷く。
「なんだかね、現場にはもう何人か行ってるらしいの。主にエキスパート格から。でもね、向こうから援軍依頼が来て、それで、今回の遠征の話が来たってことらしいの」
真剣な顔のまま、そう言う佐紀ちゃんの顔にはもう、迷いや恐怖なんてものはなかった。それはK2も気づいていた。
だからこそ、K2は恐れた。佐紀ちゃんが今言ったこと。それはかなり危険な遠征であることを意味している。
そして、真剣にこう言うということは恐らくもうどうするのか決めているだろうと分かった。
佐紀ちゃんは話を続ける。
「それでね、詳しいことを聞いたの。現地の人が感染するようにアイディオクスが増えているってのは言ったよね。それには初期症状と第二症状があるんだって。初期症状はまだ会話したりそのヒトとしての意識があったりするんだって。厄介なのは姿が普通の人とほぼ同じだから、大人しい時は見分けがつかないんだって。そして、第二症状。これはもう酷くて、会話するなんてことはできないどころか、奇声を発するようになるんだって。人格は完全になくなって、ヒトとしての意識なんて吹っ飛ぶ。そして、大きい表皮は青紫のような色に変色するらしいの。どちらにも共通することは、人格が狂うってことらしいの。」
K2は一人暗い顔をする。もちろん、その理由はたくさんあるが、当然ではあった。
「それって、その感染した人を救えないの?」
「方法は今のところないって……」
「そっか……」
K2はさらに俯く。それと同時にため息もついた。
「それでね、私……この遠征引き受けたの」
佐紀ちゃんは最初こそ言いづらそうにしたが、結局、言葉が止まることなくそう言った。
「えっ?」
K2は分かってはいたが、やはり、実際に言われると、驚いてしまった。
「この遠征に私が選ばらたのは、きっと、私にしかできない何かがあるんじゃないかなって思うの。それに、やっぱりこれは私が成長する絶好のチャンスだと思うんだ。もちろん、不安とか恐怖とかないわけじゃないけれど、それ以上にこの遠征を成功させたいって思いがあるの。私ね、考えたんだ。どうして私にこんな力があるのか。それは誰かを守る、助けるためなんだって思うの。だから、私はこの話受けることにしたの」
佐紀ちゃんのこの言葉はK2には深く理解できた。それは、前回の水属性巨獣型アイディオクスと対峙した時にK2も同じことを思ったからだ。だから、K2には佐紀ちゃんを止めることは出来なかった。
「そっか。悩んだんだよね。自分でそう決めたんだよね。なら、そうするべきだよ。俺に言えることはただ一つ。遠征、頑張れ!」
その言葉を聞いた佐紀ちゃんは最初は目を丸くしたが、やがて、それは緩んでいき、顔が緩んだ。
その目には微かに涙のようなものが見える。
「ありがとう。やっぱり、航ちゃんに言ってよかった。実はね、このこと話したの航ちゃんだけなんだ。まだ早いけど……頑張ってくるね!」
そう言ってお互い微笑み合うと、佐紀ちゃんは椅子から立ち、机に置いたe波専用機器に手をかざし、e波を流して遮音空間を消すと、それを自分のカバンにしまった。
そして、それを持つと、ドアの前まで歩く。振り向いて、じゃあね、とだけいうと、ドアを開けて出て行った。
出て行く時の佐紀ちゃんは笑顔だった。




