騒音を静寂に
これはK2が後になって聞いた話。
K2が細胞に取り込まれた時あたりで特攻部が現地、水保駅に到着した。いち早くK2の存在を確認したアシュリーはアシュリー愛用の大剣を持って速攻した。部長はK2がアイディオクスの体内にいることに完全に動揺しているアシュリーに声をかけた。
「やめろ、アシュリー!」
しかし、アシュリーの耳には全く届かない。完全にK2を助けることにしか頭になかったアシュリーは体から強いe波を発していた。他者からは冷静さを失っているようにも見えた。
アシュリーはただひたすら走った。闇雲に。真っ直ぐK2に向かって。
迫り来るアイディオクスの水でできた触手に対しても、大剣で一斬りし、かわし、本体に接近していく。もはや、走りでは限界であろう速さまでスピードが上がっていたアシュリーは残り数メートルで透けて見える核に向かって、その前に存在するK2に向かって大きく跳んだ。
「うおぁぁぁぁぁぁ!!」
そのアシュリーの咆哮が鳴り響く。そして、その咆哮と共に、水に飛び込む音が響く。
その咆哮が最後、もう、音が聞こえなくなった。無音空間が続く。他の特攻部の人ですら、何も言えないでいた。
はっと、非常に危険な状態になりつつあることに気づいた佐紀ちゃんはアシュリーの名前を叫んだ。
「優里ちゃーん!」
しかし、その声はアシュリーに届くことがなかった。
「仕方ない、こうなったら、レーザーで核を攻撃してアイディオクスを駆除してから二人を救出する!」
「しかし!」
部長の指示に和也がそう言った。
「確かに、早く助けなければというのは分かるが、多くの犠牲は出せない。このまま体内に突入して全滅するのは避けなければならない。それならば、彼らを助けるためにも、駆除をするのが最優先だ」
和也は何も言えず、下を向く。すると、部長は和也の前でしゃがみ、下を向く和也の顔と目を合わせた。
「彼らを助けたいんだろう?」
「はい……」
「じゃあ、頑張るのは私たちじゃないのかい? 私たちがするべきことはリスクを最小限にしながら彼らを助けることじゃないのかい? 大丈夫。必ず助かるさ。いや、必ず救い出そう!」
「はい!」
和也はそう言って顔を上げた。しゃがんでいた部長も立ち上がる。
「全員、作戦通りに! 始めるぞ!」
はい! という声が響く。全員、作戦通りに動いた。各班に分かれ、一班に一台e波混合超高エネルギーレーザー兵器を持ち、アイディオクスを囲んだ。
「私の合図に従え! 発射まで三秒前!」
そう部長が叫んだ。
一方、アシュリーは飛び込んだあと、水装甲がかなりの激流であるのを知り、数メートル流されたところで、空間系のe波を流し、周りの流れを変えた。アシュリーにとって都合のいいようにすると、揺れて見える数メートル先の黒い人影に向かって泳ぎ出した。
──────くっ! K2、こんなとこに入っていったの?
泳いでいると、生体膜の前にたどり着いた。
──────K2、待ってて。すぐに助けるから!
もうすでに目の前まで来ている。アシュリーはK2のいる生体膜内に入る勇気を出すと、右手に握っていた大剣で目の前を一斬りした。生体膜が斜めに切れると、そこからドロドロした液体が流れ出した。普段のアシュリーなら気持ち悪がっていたが、今はK2を救い出すことが必死だったので、そのことすら思えずにいた。
──────すぐ目の前にK2がっ! 待ってて、今、助けるからっ! 待ってて!
そうして、細胞内に突入する。動きづらい細胞内を、しかしアシュリーは難なく進んでいく。少しずつ外へ移動する黒い人影に向かって。K2に向かって。
泳いでいくと、K2の目の前に着いた。しかし、遠目では気づかなかったが、K2がまた違う細胞に包まれていた。着いた頃には、脚の僅かな肌色が黒く変色するところだった。そして、すべての肌色が黒くなった。K2の肌は完全に黒くただれていた。変わり果てたK2を見たアシュリーは心を締め付けられる思いになった。
──────どうして? どうしてそんな無理をしたの? ねえ、どうしてよ? 答えてよ!
泣きそうなのを必死に堪え、アシュリーはK2に問いかけるが、返事はないまま。アシュリーは右手の大剣を軽く振り上げ細胞を切ると、その細胞は消滅した。剣を持つ右手と逆の左手でK2を抱えると、身を翻し、外へと向かった。全力で泳ぐ。やがて生体膜までたどり着くと、泳いだまま大剣を振り上げ、真っ直ぐ切る。切れ目から脱出し、激流に呑まれると、その勢いをe波で殺し外に向かった。そして、泳ぐ勢いのまま外に飛び出した。
部長が合図を送る。
「三秒前! 二! 一!」
しかし、合図はそこで止まった。なぜなら、アイディオクスの体からアシュリーが飛び出してきたからだ。左腕には黒い肌の人を抱えていた。
「な!?」
誰かがそう叫ぶ。数メートル上空を飛翔するアシュリー。その時、後ろのアイディオクスが破裂した。支離滅裂に水が飛び散る。
ドオオオォォォォン!!
その爆発はアイディオクスの核の中からだった。アイディオクス跡形もなく飛び散る。爆発の衝撃でアシュリーは背中が押され、数メートル吹き飛んだ。すると、アシュリーは大剣の柄を逆手に握り直し、足の下に持ってくると、そのままサーフィンのように着地したした。剣先が最初に触れ、地面を抉りながら勢いを殺していく。そして、勢いがなくなってくると、剣の柄を離し、着地した。
アイディオクスはというと、跡形も飛び散ってからというもの、形が表れない。核も飛び散った。そう、死んだのだった。
「アイディオクスが飛び散った? なぜ? まさか、あいつが?」
部長はそう言ってK2の方を見た。
アシュリーは抱えていたK2を大剣の上に寝かせると、K2に必死に呼びかけていた。
「ねえ、K2、目を覚ましてよ! お願い、返事をしてよ!」
しかし、アシュリーの必死さ虚しく、K2は目覚めることも返事をすることもなかった。やがてアシュリーは哀号した。水保駅周辺にはアシュリーの声が虚しく儚く響いていた。
「すぐに病院に連れて行く! 全員、装備をしまい、装甲車に乗り込んでくれ!」
そう部長が言うと、アシュリー以外返事をした。佐紀ちゃんはアシュリーの背中をさすりながら立たせ、装甲車に連れていった。部長はK2を担ぎ、大剣を拾い上げると、急いで装甲車に乗り込んだ。
全員乗り込むと、装甲車は走り出した。猛スピードで駆け抜けていく。その間、K2の応急処置、そして、処理部、対策部、監視部に連絡をした。
病院は中野駅の隣の駅の近くにある。ここからだと急いでも 20分はかかってしまう。みんなはK2の無事を祈った。アシュリーは未だに泣いていた。
病院には23分で着いた。そこでは、すでに看護師や医師が待機していて、すぐに集中治療室に運ばれた。医師の話によると、心臓の音も脈も感じられなかったが、e波は感知されていたとのことだった。この病院は特攻隊専用も言ってもいいほどの病院で、アイディオクスとの戦闘で負傷した者が運ばれてくる。それにより、この病院も政府直属で最新鋭の医療機器が揃う。そして、ここに務める者もe波を使用できる。救急部とでも呼ぶべきところだ。病院名は中野町特攻隊総合病院。
二日してやっと集中治療室から出てきたK2はなんとか一命を取り留め、入院することとなった。本当は皮膚の下にe波を張っていたので死ぬことはなかったのだが。死んだ皮膚もやがて再生して、前のとおり肌色に戻っていた。その後もK2は眠ったままだった。
アシュリーは毎晩、泣いていた。
「私、いつからこんなに泣き虫になったんだろう……?」
自室でそうつぶやくアシュリーの目には涙が浮かんでいた。
アイディオクスが四散してから、監視部による監視カメラの映像を解析した。そして、二日後に特攻部の水属性巨獣型アイディオクスの駆除に向かったアシュリーたちの班が集められ、会議が行われた。
「水属性巨獣型アイディオクスが四散したことについて、監視部の監視カメラの映像を解析した結果、アイディオクスの核は完全に消滅したことが分かった。つまり、アイディオクスはあの爆発で駆除されたということだ」
「え!?」
部長がそう明らかにすると、誰かがそう呟いた。みんな、驚いていた。
「そして、あの爆発についてだが、監視カメラの映像を解析した結果、あれはK2によって仕掛けられた爆弾によるものだと判明した。K2が胎内に突入したとき、核の前でK2は核膜孔の中に黒い小さな立方体の物を入れていたのだ。それについて、開発部から情報が入っている」
「開発部から?」
アシュリーは疑問を持ったが、それについて納得した佐紀ちゃんが説明をした。
「実はね、航ちゃんのお父さん、開発部の部長なんだよ。だから、航ちゃんも何かと開発部と接点があってね。その立方体の物も開発部から貰ったものだと思うよ」
「その通りだ。開発部部長の話によると、新型のe波爆弾の実験として、効果を試してみて欲しいということで渡したそうだ」
「でも、すごい効力でしたね。あの爆発は並の爆弾じゃ出来ませんよ?」
佐紀ちゃんがそう感心した。
結局、この会議では、水属性巨獣型アイディオクスがどうなったのか、そして、あの爆発はなんだったのかについて聞かされただけであった。
K2が入院することになってから、いつ目が覚めるかわからないからと、特攻部内で勝手に当番を決め、泊まりがけでK2を見ることとなった。一人半日交代で見ることとなり、みんな嫌がることはなかった。もちろん、学校にはしっかり行っていた。たまに他の部署からも見に来る人はいたものの、みんな、暗い顔をして帰っていった。
「知ってた? 航ちゃんってこんなに人気者なんだよ」
耳でそう囁く佐紀ちゃんはK2が目覚めるのをずっと待っていた。それはアシュリーや他のみんなも同じだった。
そして、数日後に、K2が目を覚ました。




