穏やかさを取り戻していく日々
「あ……ああん。ああ……い、いいー!」
K2の耳に最初に聞こえたのがこの声だった。昼寝中だったので、最初は自身が卑猥な夢でも見てるのかと思ったが、すぐに違うことに気づく。
K2は目を開けずとも、これが誰の声で、どんな感じで言っているのか大体予測はできた。
「何してんだ? 都記奈」
そう言ってK2は耳元に口を寄せる都記奈を少し目をあけ睨んだ。都記奈はすぐに身を引く。
「いやー、こうすればK2も変な気持ちになるかなーって思って。あはは……」
そう言って頭の後ろに手を回した。都記奈の隣にはユーキャンとアクアが立っている。二人は冷たい笑顔で都記奈を見ていた。しかし、都記奈はその視線に気づいてすらいなかった。
「変な気持ちになったよ。なんか、俺の純粋な心に傷つけられたようなそんな感じ」
その言葉に対して反応したのは都記奈ではなく、ユーキャンである。
「K2の心が純粋?」
笑いながらそう言ったユーキャンをK2は睨む。そうすると、ユーキャンはその後何も言わなかった。
「それにしても元気でよかった」
「そう言ってくれるのはアクアだけだな。こいつらと言ったら……」
そう言ってK2は二人を睨む。二人は上を向いて目線を逸らした。その光景を見たアクアは笑っている。K2は覚えていないが、K2の身に受けた災難と反するほどに平和だった。
「あ、そうそう。アクアがすごいスキルを生み出したんだよ。本当は見舞いも昨日来るつもりだったんだけど、まだ完全にものにしてなくてちゃんとしたのをK2に見せたいからって、今日来ることになったほどなんだよ」
K2は期待の念を顔に出してアクアを見ると、アクアは恥ずかしそうに目を逸らした。
「そこまですごいものでもないよぉー」
アクアは必死そうにユーキャンに訴えるが、ユーキャンはそんなことないよ、と言って背中を押した。少しだけ前に出たアクアは椅子に座って腹のあたりで両手のひらを上に向けた。
「み、見ててね……」
恥ずかしそうな表情でそう言うと、すぐに顔をキリッとさせて目を瞑った。目を瞑って少し経つと手のひらの上に水のようなものが手のひらから湧くように現れた。大さじ一杯分の液体が現れると、その水がなんの前触れもなく浮かび出した。球状の透明な液体の塊は次第に形を変える。振動を与えたような動きをすると、その水の塊から一本の水の棒が生えてきて、指に着地した。すると、それに続くように何本かまた出てきて、それぞれ違う指に根を下ろすと、水のアーチを作った。
「おお、すげぇな!」
感激するK2の言葉に答えたのはユーキャンだった。
「アクアのこれはこんなもんじゃないんだよ」
そう言うユーキャンに答えたのはアクアだった。アクアは目を開けて答えた。集中していたはずだが、話ができるのか? とK2は思ったが、手のひらの水のアーチは動くことを知らなかった。
「ちょっとー、ユーキャン、ハードル上げないでよー」
そして、アクアはK2の方向を見て、じゃあ、行くよ、と言うと、その水のアーチを見た。自然とK2の目線もそのアーチに目が行く。すると、さっきまで静止していた水のアーチはうねうねと動き出した。それは生物めいていて、アクアが命を吹き込んだようにも見えた。動き出した水は次にアーチの中央で割れ、ひとつの柱となった。その柱が徐々に伸びていくと、いきなり四散した。キラキラとしたのが宙に舞うと、次第にそれも消え、さっきまであった水はどこかへ消え去っていった。
「マジか!? ほんとにすげーな」
「ふふっ」
少し照れていたが、すごく嬉しそうだった。
「でも、口で言ったら単純なんだよ。空気中の水蒸気から水に変えて、その水を操ったってだけなんだよ」
アクアはそう言っているが、実際はかなり高度なスキルだった。そもそも、何もないところから物質の状態を変えるというのはかなり難しい。それをアクアは素手でやってのけたのだ。e波増強装置を使っていないのだ。そして、それをあれほどまで操るというのも器用さ繊細さが必要である。さらに驚くことに、アクアはそれのスキルを誰かに教わった訳でもなく自分で生み出したのだった。
「実はね、このスキル、水属性巨獣型アイディオクスの特性を元に考案したんだよ。そのために、この前だって水保駅にカメラを設置しに行ったんだから」
「ああ、だからあの時水保駅にいたのか」
K2はそう納得したように言ったが、アクアはなんのことか分からないようでいた。
「え?」
そうは声に出してしまったが、アクアは自分がカメラを設置しているところをK2に見られていたんだと考えた。実際はアクアはK2と出会っていなかったからだ。
「え? って?」
K2がそう聞き返したが、アクアはなんでもないと言って、すぐに話を切り替えた。
「カメラで撮ったビデオをたくさん見て、アイディオクスの動きとかも参考にしてたくさん練習したんだよ」
「なんでそんなことをしようと思ったの?」
K2がそう言うと、また顔を赤らめた。
「私、アクアってあだ名だけど、水っぽいスキル、何もないなって思って、せっかく今回出現したのが水属性のアイディオクスだから、これを期に挑戦してみようかなって思ってね。そういうわけで練習してみたの」
そう言うとK2はもちろん、アクアの後ろにいた二人も納得していた。そうしていると、アクアはK2の目を見ていた。
「それにしても、K2はほんとにすごいね!」
アクアが唐突にそんなことを言ってきた。当然ながらK2はなんのことか分かっていなかった。
「ビデオで対戦のところ見たけど、実際に対戦しているところもすごかったけど、アイディオクスの中に入ったとき、細胞の中でまた違う細胞に飲み込まれたでしょう? その時、とっさに体の中にe波の膜を形成して、体内をその飲み込んだ細胞の攻撃というか特性から守ったんでしょう? そっちの方がすごいじゃない!」
それを聞いたユーキャンと都記奈はかなり驚いていた。そして、K2も動画だけでそれに気づいたアクアに驚いていた。そうなのだ。K2はあの食細胞に飲み込まれそうになったとき、とっさに皮膚の下にe波を張ったのだ。それによって、生命活動の不活性化処理、つまり、食細胞の食作用から守ったのだった。それだから、外からは心臓の鼓動は感知されないので、心電図が動いていなかったのだ。
「K2、マジ?」
驚いた顔でユーキャンはK2に言ってきた。
「え、んー、まぁ、本当だけど……」
真実と知った二人はさらに驚く。アクアは笑顔でいた。
「私も最初は見間違いかと思ったよ。でも、解析するとやっぱりe波展開してたからさ、ほんとに驚いたよ」
アクアが優しい声でそう言った。
「なるほど、だから、アクアはK2が死ぬんじゃないかっていう心配はしてなかったわけか」
「うーん、まあね」
アクアがそう言って笑った。
「それにしても繊細だね。どこでそんなスキル覚えたの?」
ユーキャンがそう問うと、K2はしかし、明確の答えは出せなかった。
「うーん、いや、どこでってわけでもないけど……。強いていうならあの細胞の中で?」
「え!? それってつまり、ぶっつけ本番的な、即興スキルだったってこと?」
「まあ、そういうことになるかな」
そう言うと、三人は驚愕した。当然だった。皮膚の下にe波を張るなど、繊細極まりないスキルを即興でやってのけるなど、普通じゃ出来ないからだ。普通だったら、何度か練習した末にできるようになるものなのだ。
「毎回思ってたけど、あんた、何者なの?」
都記奈が驚いたまま聞くと、K2はなんだか失礼なことを言われているような気がしたが、都記奈にそんなつもりはないことを理解すると、K2は返答した。
「何者でもなく人間だよ」
そう言って笑った。それ以外の返答はK2には出来なかった。なぜなら、K2はヒトの他、何者でもなかったからだ。もちろん、学者の中にはe波を使えるものはヒトではないという説を唱えている人がいるので、その説に乗っ取るのであればヒトではないのだが、それを言ってはキリがない。
その後、四人は時間を忘れてしまうほど話していた。結局、三人が帰ったのは日が暮れてからのことだった。
そして、K2はそれからも入院したままだった。その間にも知っている人はほとんど見舞いに来た。中には何度も来た人もいた。その度にK2は長話し、K2は楽しかった。




